一年後の王都
リュクスが大樹を癒した翌年の初め。
赤月祭りの日を境に、世界から破滅の大地は完全に消え去る。
白い砂に飲み込まれた外界の生命は、何事もなかったかのように元へ戻っていた。
だが、飲み込まれる直前の記憶を持つ者は、誰一人としていない。
そのため外界では、世界を破滅させようとした白き砂の大地の伝承すら残らなかった。
リュクスという一人の聖族が世界を救ったことなど、知る由もない。
赤月祭りの日が終わり、リュクスは落ち着いたころを見計らって、食料調達のため王都を訪れていた。
たった一年だが、ある意味大きく様変わりしていた。
街並みや歩く人々ではなく、共に過ごす従魔が圧倒的に増えたのだ。
元々、王都には従魔を持つ者は少なくなかったが、増えた現在でも、人口と比べれば千分の一にも満たない。
それでも、大きな従魔が街を歩けば自然と目を引く。
以前はそのほとんどが郊外の従魔専用施設に押し込まれ、訓練時や戦闘時だけ駆り出される、便利な道具のように扱われていた。
一部の者はもう少しペット的な扱いをする者もいたが、街に従魔を連れ出すとしても、見せびらかす目的がほとんどだった。
現在の従魔たちも力の象徴とされる面はあるが、以前より待遇も改善されている。
それは去年まで、どれだけ腐り権威を著しく落としても、王族関連による抑制の影響が大きかった点。
そして、そもそも王都以外では従魔を持つ習慣自体が薄かった点にある。
だが、別に王都以外でも、王族がいた頃から冒険者ギルドによって従魔の連れ歩きは認められていた。
リュクスがその好例で、どんな街でも従魔たちを連れ歩いている。
もっとも、リュクスの後ろに付き添うのは、気配を消したベード。
従魔たちはみなその背に乗っているため、一般市民にはいることを悟ることすらできない。
冒険者でも熟練の者だけが気配を悟ることができるかどうかというものだ。
そのうえ、ベードが人とぶつかったのは、相手が故意に突撃してきたときのみ。
そこにいるとはわからなくても、人は歩く際、無意識に相手を避けるよう身体に刻み込まれている。
そして、万が一ぶつかりそうなときも、ベードが避けるため、いざこざになったケースはほぼなかった。
とはいえ、王都の冒険者ならば、ベードの気配を悟れる者も少なくない。
そしてリュクスは度々王都を訪れるため、その姿を目にする機会も少なくなかった。
気配を隠して目立たなくさせているが、そんなことをしなくても従魔の連れ歩き自体は自由である。
そして、共に王都を歩くリュクスたちを見て、羨ましいと感じたのだろう。
そうした影響で、従魔を連れ歩く習慣が王都で広まり始めていた。
とはいえ、リュクスの従魔たちと、王都の従魔には決定的な違いがある。
リュクスの場合はテイムの力と、愛でる手の力によって従魔にしていた。
しかし、本来の従魔契約では、魔物をできうる限り弱らせることで強さを認めさせ、従魔証を装着させて契約するという流れである。
そのため、契約による従魔はやや気性が荒い。
特に従魔になりたてのものは扱いが難しく、冒険者ギルドが調教を命じるケースも増え始めていく。
そんな中、いまだに道具扱いする者も少なくなく、従魔持ちの冒険者同士で衝突する事案もあった。
王都ギルドは王族制度を撤廃したことで、今まで以上に実権を持ち、国としての安定を深めていく。
だが、処理する案件も増え、従魔問題に頭を悩ませていた。
「…それは、大変ですね。」
「だからこそ、君に従魔指南役になってほしいんだけど…」
リュクスが今回王都に来たもう一つの目的が、テルミクからの相談だった。
内容は従魔と最も親しいリュクスへの指南役の依頼だった。
「すいませんが、やっぱり無理です。指導するような立場でもないですし…」
「君はSランク、指導する立場としては十二分だよ?」
「そうかもしれないですけど、僕はやっぱり外界を見てみたいんですよね。」
苦笑い気味に拒否するリュクスに、テルミクも項垂れた。
「はぁ…まぁしょうがない。これ以上無理強いはできないね。でも、外界に行くっていうけど、船はどうするんだい?」
「船、ですか?」
「そう。言っておくけど、外洋の魔物を対処できる船は今のところない。沖合の魔物で手いっぱいだからね。」
冒険者も乗り合わせるが、魚介類は魔物のため、漁師も腕の立つものばかり。
だが、そんな彼らが乗るドワーフ特製の船ですら、遠洋の魔物には手も足も出ない。
技術面でも、魔法面でも、戦いにすらならず藻屑となる。
四魔帝の住む狂邪の地よりも、ある意味恐れられているのだ。
「そうなんですね。でも、ネティスの背に乗っていくつもりなので、船は使いません。」
「…そうか!その子は本来、巨大海獣だったね。」
今はベードの首元に乗る小ささだが、本来の大きさはそのベードを乗せてもあまりあるほど巨大である。
「はい。それに海中への対処も色々考えてますので。」
「なるほど。大樹を癒したほどのものならば、いろんな手があるというわけか。」
「あまりそれを言わないでください。」
「おっと、ごめんよ。まぁ、僕たちにはどう変わったのか、全然わからないんだけどね…」
テルミクの言葉は、世界の人々の感情を表していた。
彼は王都サブギルドマスターという実力者で、その気になれば四魔帝の元にも行けるかもしれない。
だが、無理できる立場ではなく、破滅の地を見る機会すらなかった。
この世界に住むほとんどのものが、破滅をもたらす白き砂の大地を知ることすらない。
存在を知っていても、見たことのあるものはさらに限られる。
真に目視し、脅威を知っていたのは、多くは南端の魔王城兵、そして四魔帝と部下の魔物くらいである。
神の想定より早く消し去れたのは、最後の大樹が癒える直前、破滅の大地が激しい抵抗を行った影響だと、二柱は仮説を立てた。
だが、王都から南端の街までの聖族の区域は、以前より濁った魔素の影響も全くなく、テルミクも何が変わったのか理解出来ない一人である。
「破滅の大地なんて、見てもいいことなかったですよ。」
「そうだね。今後も二度と現れてはほしくないよ。」
四大樹はリュクスの手によって傷が癒えた。
だが、再び傷つけば、世界は崩壊へと向かうだろう。
しかし、そもそも傷ついていた頃でも、影響を与える者は一握りもいなかった。
完治した今となっては、大樹に傷をつけられる存在など、一時代に一人か二人存在するかどうか、といったところだ。
そして現代においては、その力を持つ者が一人、確実に存在している。
もっともその人物は、大樹を癒した張本人なのだが。




