おまけ小話:禍根を断つ意志
つい先ほど部屋を去ったはずの魔王が再び戻り、自分たちでカレーを作ってみたいと言い出した時、リュクスは驚きのあまり、開いた口がすぐには塞がらなかった。
しかし、友の頼みならばと頷き、王都で購入したスパイスと、城下町の畑では見かけなかったトマトをカレーの食材として渡した。
「実にありがたい!いくら払えばいいのだ?」
「差し上げるという形でもいいんですが…多分気になると思うので、購入額分くらいはもらいます。」
「それでいいのか?もっと吹っ掛ければよいものを。」
「僕とあなたの仲じゃないですか。…あ、でもリラって持ってます?」
流れで金銭の話になっていたが、リュクスはここが聖族の地と断絶されたデモナの地であることを思い出す。
しかし魔王はどこからともなく、じゃらりと音を立てる袋を取り出した。
「問題ない。リラは世界通貨だ。デモナも外界にいた頃より使用していたそうだ。」
「そうなんですね。では、破滅の地がなくなった後でも、外界で使えるかもしれませんね。」
「…そうかもしれないな。」
魔王は、リュクスの展望に同意の言葉を向けたが、そこには複雑な感情が混ざっていた。
一万年もの時を経た外界がどう機能していくかなど、誰も知る由もない。
その件について、リュクスが何か神から聞いているのかと踏み込む考えも一瞬よぎった。
だが、彼が袋から現金のリラを食材分だけ取り出し、証明の中へ入れる様子があまりにも自然すぎて、その問いを飲み込むことにした。
そうして購入を終えたわけだが、受け渡す食材を見て、リュクスはふと思い出したことを口にする。
「そういえば、城下町には畑がありましたよね。この不毛の地でよくあそこまでの畑ができましたね。」
「人海戦術により広さはあるが、育つ作物は限られている。世界が癒え終えれば、このスパイスも育つかもしれぬがな。」
「なるほど!それじゃあいつかはボルコナさんのとこにも何か送ってもいいかもですね。」
「ボルコナ?それは、デモナの名か?」
突如、魔王の表情が険しくなる。
何か悪いことを言ったかと、リュクスは慌てるように手を振り答えた。
「そ、その、デモナの方の名前ですが、ご存じありませんか?」
「ないな。どこのデモナだ?」
「えっと…カトブレパスという牛のような魔物がいる地に住むかたです。そこで隠れるように暮らしていたビスタを抱え込み、今は一つの集落をまとめていますよ。」
「ほう?あんな場所に集落を。潰すデモナの集落が増えたな…」
その情報に、魔王は考え込むように頭を指でつつく。
だがリュクスは、潰すという言葉に顔を青ざめさせた。
「つ、潰すって、そんな物騒なことしないでください。あそこにいるデモナはボルコナさん一人。ビスタとは主従関係にあるようですが、確かな信頼を築き、僕を見ても聖族だからと襲ってきませんでしたよ。」
「聖族嫌悪を持たぬのか。ならばうまく付き合っていけるやもしれん。」
「そうしてくれると、僕もうれしいです。」
魔王ほどではないにしても、縁を持った相手が無事に過ごせそうだとわかり、リュクスはほっと息をつく。
だが、魔王はわずかに目を細めた。
「優しい君は酷な話かもしれないが、世界が癒えたことはいいことばかりではない。」
「…どういうことでしょう?」
「魔王城付近に住み続けるデモナたちは、すでに聖族への逆恨みなど持たぬ者たちばかり。それはこの青い魔王城をつくりし魔王の代より、聖族を憎むなという方針があったからだ。」
「…ボルコナさんからも聞いています。集落に住むデモナの生活が豊かになれば、次に目指すは聖族の住む崖壁の先だと。」
集落に住むデモナは、リュクスが聖族だからと問答無用で殺しに来るような連中ばかりだった。
それだけ聖族を憎む者たちばかりだったため、魔王と出会った当初も警戒したことを思い出す。
「そのとおり。そんな考えを持つ同族は、我々の関係を悪化させる膿でしかない。破滅の地が海洋まで押し戻ったのを確認したら、我は群を率いてつぶすつもりだ。」
「…ボルコナさんのように、集落に生まれながらも、聖族嫌悪がないデモナもいるかもしれません。一応、話くらいはしてあげてください。」
魔王が今の代でデモナと聖族の禍根を完全に断ち切る覚悟をリュクスは感じ取る。
少々願いを含ませたが、止めるような言葉はかけられなかった。
「やはり、君は優しいな。ほかならぬ癒し手の頼みだ。できるだけ努力すると誓おう。」
魔王が拳を胸に当てる。
つらい話に沈んでいたリュクスも少し笑みを浮かべ、同じように拳を胸に当てた。




