新たな友
食事を終えたリュクスは片づけるため立ち上がりかけるが、即座にモイザが足を上げた。
『片づけは全て私におまかせください。』
「え?でもいつもは一緒にやってるじゃん?」
『一応、お前は病み上がりなのだ。モイザに任せておけ。』
レイトの言葉にモイザは意気揚々と片付けを始める。
リュクスが改めて座りなおすと、魔王はモイザに視線を向けた。
「…君の従魔はすごいな。魔法力はデモナに劣らないというのに、雑務までこなせるのか。」
「モイザは特にすごいですよ。料理もこなしますので。」
「ほう。それは一度見てみたいものだ。」
よほどリュクスの料理がおいしかったのだろうか、魔王の視線はモイザではなく、鍋のほうに向いているように見えた。
「ただ、準備が整い次第、僕は帰宅しようと思っています。」
「っ!な、なぜだ?この部屋はすでに君が自由にしていい場所だ。好きなだけいていいのだぞ。」
「そうかもしれませんが…やはり落ち着くのは我が家なんです。何より、そこで待つ従魔もいますので。」
この世界で作った家はとても広く、大きな調理場と風呂もある。
口にこそ出さなかったが、この一部屋とは比べものにならないほど充実している。
そして、レササ達が待っている。リュクスにとってこの世界で帰るべき大切な場所となっていた。
「…そうか。あまり無理強いはできないな。とはいえ、この部屋の充実には手を貸そう。何か必要なものはあるか?」
「…それでは、できればですけど、この部屋にイリハアーナ様の像を置けませんか?それがあれば転移場所として登録できるので、いつでも来ることができます。」
「もちろんだ!すぐに作業に取り掛からせよう!」
「あ、ありがとうございます。」
立ち上がった魔王の勢いに、リュクスは少し引き気味になる。
魔王はその様子に気づいたのか、やや落ち着いて座り直す。
「…済まない。君が外に出ている間に、聖神像を使った簡易教会を用意しておこう。」
「えっ、ご存じなのですか?」
「転移の力を持つデモナは存在している。彼らも転移地点として魔王城内の教会を使っているからな。」
「なるほど、城の中に教会があったんですね。でも、そしたらそっちに祈ればいいかな?」
魔族だろうと聖族だろうと、この世界のものは聖神を信仰する。
邪神が信仰されることはあまりないが、イギルガブラグの名が忌み嫌われることは少ない。
リュクスはそれを知っていただけだ。
「いや、こちらに作ったほうがいいだろう。それほど手間ではない。」
「わかりました、頼らせてもらいます。」
お互い頷き合い合意すると、魔王が再び口を開く。
「他にはなにかないか?頼み事でも、聞きたいことでも。」
「それでしたら…実は気になっていたことがあって、あなたの武器についてです。」
「我の武器?デモナウェポンのことか?」
魔王が腕を横に出すと、その手元に柄は白く刃は赤黒いサイスが現れる。
リュクスは一瞬体をこわばらせたが、従魔たちは特段警戒していない。
リュクスが眠っていた三日の間に、それだけ魔王に気を許したのだろう。
「もしかして…その形状や色合いは、魔王に代々伝わるものだったりしますか?」
「ほう?よく知っているな。これは我ら魔王一族が受け継ぐサイス。先代も同じものを扱えた。」
「…やっぱり。あのエンペラーリッチはかつての魔王ってことか。」
リュクスが思い出したのはバレーカタコンベ最深部で出会った、獅子のデモナがエンペラーリッチと化した魔物のこと。
目の前の魔王も獅子のデモナであり、血筋はうかがえていたのだ。
ほぼ間違いないとは思っていたが、今リュクスの中で完全に確証に変わった。
そして、魔王はリュクスのつぶやきに、忌々しそうに顔を歪める。
「…まさか、聖族の領域に再び踏み込み、あの崖壁をつくる切っ掛けとなった魔王か。」
「おそらくはそうです。とあるダンジョンの最下層にいました。」
「くだらない怨嗟にとらわれた無能の末路にはふさわしい。」
呆れるように言い放つ魔王に、リュクスは少し悲しげに顔を伏せた。
「…いくらなんでも、血縁の方に対してひどい言いぐさでは?」
「君は優しいな。だが、我々デモナは大樹が癒えてもなお、贖罪を忘れてはならぬのだ。特に魔王である我はな。」
「…そういうもの、ですかね。」
「そういうものだ。もはや戻る気もないが、我らデモナの故郷も、破滅の地に沈んだのだぞ。たとえ破滅の地がなくなろうとも、この地を離れる気はない。」
遥か昔だが、この地に魔王が攻め込み、大樹を傷つけるなどという暴挙に出なければ、破滅の地は生まれなかった。
大樹が生える大陸を除く外界がすべて飲み込まれるような、世界の崩壊寸前まで追い込まれることもなかったはずだ。
現魔王はその贖罪に重きを置くことを、リュクスは改めて飲み込む。
「…そのうち、僕の家にあなたを招待したかったのですが、難しそうですね。」
「実にそそられる提案だが、魔王である我には無理だ。」
一瞬、魔王の瞳が揺らいだように見えたが、確固たる決意で首を横に振る姿に、リュクスもうなづいた。
「わかりました。あなたの考えを尊重します。ですが、たまには肩の力を抜きましょう。」
「…そうだな。癒し手として優遇するだけでなく、心根の優しい君とこの部屋で話す時くらいは、素の自分が出せそうだ。」
「それなら僕もうれしいです。」
柔らかに微笑む魔王の笑顔は、今まで以上に優しいものだった。
そこには王としての威厳など感じないが、リュクスは友として親しくなれたと思えた。




