魔王との食事
リュクスが完全復活したのは、目を覚ましてから翌々日の朝だった。
翌日の夜更けには起き上がれるようになっていたが、従魔たちに寝かしつけられたのである。
リュクスはベッドから起き上がり、大きく体を伸ばしていた。
「んんー!やっぱ動けないのはきつかったよ。」
『おい、己以外はまだ寝ている。静かにしてやれ。』
「おっと、ごめん。」
リュクスは倒れてから三日間寝続けていたわけだが、看病していた従魔たちはずっと気が気でなく、ろくに睡眠が取れていなかった。
目を覚ましても体を動かせない状態だったので、昨夜はようやく熟睡することができたのだ。
今はまだ太陽がにじむ、早朝といえる刻。リュクスは従魔を起こさないように声を落とした。
起きて早々だが、リュクスは音を立てぬようストレッチを始める。
数日寝たきりだったわりに、動かしても違和感はなく、肉体への影響はほとんど残っていないようだった。
「…思ってるより平気でよかった。」
『なにがだ?』
リュクスにはレイトが何に疑問を抱いたのか一瞬わからなかったが、すぐに寝たきりによる悪影響について話す。
「えーっと、筋力が衰えてなさそうって話だよ。」
『そうか、寝たきりが続けば、そういうこともあるのか。だが、お前は魔素に包まれていたから無事だったのだろう。』
「魔素に包まれていた?」
『あぁ。倒れてもなお、お前は大気の魔素を纏っていた。魔素切れで倒れているのだから、お前の魔素を補填でもしてほしかったものだが、ままならないな。』
「さすがに魔素そのものに意思はないでしょ。…ないよね?」
不安になったリュクスだが、レイトは首を横に振った。
『ない。意思があったなら、それこそお前が吸収できるよう性質を変えていただろう。』
「難しい話だね…」
リュクスが悩む中、絨毯で寝ていたベードがもぞもぞと動き出し、それに合わせてフレウ以外の従魔も目を覚まし始めた。
『…あ!おはようございます!主!もう動いて大丈夫なのですか?』
「うん、心配かけてごめんね。看病もありがとう。」
『いえ。当然のことをしたまでです。』
『主のお世話してたのほとんどモイザだけじゃん!ニも手伝いたかったのにー…』
『…吾ももう少し手を貸せたのだがな。』
「まぁまぁ、せっかく起きれたし、リハビリも兼ねて僕がご飯を作るよ。なにがいい?」
リュクスは従魔たちを宥めつつ、朝食の話題を出すと、各々が食べたい料理を挙げる。
慣れない調理場ではあるが、ポーチから調理器具と食材を取り出すと、腕まくりをしてどんどん作り始めた。
フレウの起きる気配はないが、他の従魔は大食感ばかり。
既存のコンロだけでは足りず、ポーチから料理セットを出し、手際よく進めていった。
料理を作っている最中、扉がノックされる。
今回はリュクスが声をかけたのちに、魔王が入室してきた。
「おぉ、リュクス君!起きたか!…いい匂いだな?」
「あ、すいません。朝食を用意してて。」
「好きに使ってくれて構わぬ。…ただ、すこし、ご相伴に預かっても?」
やたらと目を左右に動かし、鼻をひくひくとさせる様子があまりにも魔王らしからなくて、リュクスは軽く噴き出しつつ答えた。
「いいですよ。何か食べたいものはありますか?」
「肉だと嬉しいが、無理に新たに作ることはない。」
「では、ちょうど今作ってるベートとグラドの料理にしちゃいますね。」
大狼のベードはもちろん、子供とはいえ黒竜のグラドもかなりの量を食べる。
なので、多少増やす程度なら手間ではない。リュクス自身のおかずも二匹に合わせることが多いほどだ。
ただ今日は唐揚げを所望され、魔王の分だけを増やして揚げていく。
昨日の夕飯は粥だったことを考え、リュクスが用意しているのはうどんである。
この世界の小麦粉はどこで買っても一種類だったが、王都ではいつからか数種類の小麦粉が売られるようになった。
おそらく、リュクスと同じく【ゆりかご】より来た来訪者がもたらしたのだろう。
麺は以前自宅で制作したものだが、茹でるのは今日が初である。
つゆも自家製で、薬味はシンプルにネギとショウガに油揚げを一枚入れただけ。
ネティスのカレーも、今日はライスではなくカレーうどんで出してみる。
テーブルは隅に寄せてあったが、睡眠スペースを汚さないためにも、そこへと運ぶ。
「はい、おまたせ。えっと、魔王様もどうぞ。唐揚げという料理です。」
「…確かに肉なのはわかるが、不思議な色だな。」
カラっと揚がった唐揚げの色は茶色一色で、初めて見ると確かに臆するだろう。
だが、ベードとグラドは遠慮などなくガツガツと食らいついていく。
いつもよりもグラドはフォークの持ち方が雑になるほどだ。
その様子に、魔王もおずおずと唐揚げを口に運ぶ。
「っ!うまいっ!?何だこれは!?肉がはじける!」
「そ、そうですか。喜んでくれたならよかったです。」
魔王の手が速くなっていったので、相当に気に入ったのだろう。
『こっちもちゅるちゅるでおいしー!主、これ何ー?』
「それはカレーうどんだよ。僕のは普通のうどんだけどね。」
『かれーうどん!覚えたー!』
麺をすするネティスの口元は汚れるが、不思議と周囲は汚れていない。
どういう技なのかはわからないが、いつもカレーの一滴も跳ねないように食す。
魔王には普通に成人男性一人前ほどには唐揚げを盛ったのだが、すでに食べ終えてネティスとリュクスの器を見つめていた。
「…もし、余っていればでいいのだが、そのうどんというのも気になる。」
「え?あー…一応カレーうどんなら残ってはいるんですが、ネティスのおかわり用でして…」
『主と同じ一杯分なら、二はあげてもいいよー!』
ネティスのおかわり分はあくまでおよそだが八杯分にはなるだろう。
いつもの夕飯並みの量ではあるが、朝から用意したのは久しぶりにその場で作ってあげる料理だからである。
「一杯分ならいいそうです。食べてみますか?」
「…ぜひお願いしたい。」
カレーうどんは唐揚げよりも異質な料理に見えただろう。
それでも魔王は一杯分を所望した。
目の前に置かれた未知なる料理に一瞬臆したが、フォークで麺をすくい、ゆっくりと口に運ぶ。
チュルリと一本すすった瞬間、動きが止まった。
「…はっ!?何だこの複雑な味は!これがカレーうどん!」
そこからは唐揚げを食べた時よりもさらに手早くなる。
カレーが少し服に跳ねても気にせず、夢中でカレーうどんに食らいつく。
リュクスがゆっくりとうどんのスープを飲み干すのと同時に、魔王は豪快にカレースープを飲み干した。
「…あぁ、すまない。夢中で食べてしまった。」
「お粗末様です。でも、せっかくの豪華な服が汚れてしまいましたね。注意しておけばよかったです。」
「あぁ、それは問題ない。」
魔王が軽く指を鳴らすと、一瞬で服の汚れがなくなり、元通りになる。
リュクスはデモナの服は魔力で作っていると聞いたことを思い出した。
「す、すごいですね、便利そうだ。」
「これくらいは純血のデモナなら誰でもできる。」
口元に残るカレーをハンカチでふき取り、言葉こそ冷静に返した魔王だった。
しかしその視線は、ネティス用の巨大な鉢へとよそられる、最後のおかわり分となるカレーうどんにばかり向いていた。




