リュクスの起床
リュクスが従魔たちを抱きしめようとするが、腕が動かない。
なにか重しがあるわけではなく、単純に力が入らない状態だ。
「あれ?なんか、動かない…」
「三日も起きなかったのだ。体が鈍っているのだろう。」
「え!?そんなに?割とすぐに起きたつもりだったんだけど…」
イリハアーナとの対話は非常に短いものに感じたが、今までの神との対面とは時間の流れが違ったようだ。
体を確かめようにも、起き上がることすらできない。
唯一、首だけは左右に動かせた。
「無理はするな。ポーションで魔素と栄養を補填していたが、相当体が弱っている。」
「了解。…それで、ここどこ?」
見回すとそれなりに広い部屋だが、窓は一つもない。
青い壁と天井が特徴的だが、あるのは小さなキッチンと、どう見ても後付けしたであろう調合台。
それと隅に追いやられたテーブルと椅子に、リュクス自身が寝ているベッド程度。
他に目立つものは、やたら豪華な装飾が施された、新品同然にふかふかな絨毯くらいで、内装は非常にシンプルなものだ。
「ここは魔王城地下の休憩室だ。本来はベッドも調合台もなかったが、己ら全員が入れる部屋がここしかなかった。」
「魔王が用意してくれたってことだね。後でお礼言わないと。」
リュクスの言葉にレイトは首を横に振った。
「むしろ、お前が大樹を癒し終えたおかげで、魔王も己らも助かったぞ。」
「え?どういうこと?」
「…そうか、お前は知らなかったな。破滅の地がどれだけ魔王城に近づいたのかを。」
そのとき、部屋をノックする音が聞こえる。
リュクスたちが答える前に扉が開き、入室してきたのは魔王だった。
「っ!リュクス殿!起きられたか!」
「えっと、おはようございます。」
従魔たちが群がる中でも臆することなく、魔王が急接近してきた。
さすがにリュクスは困り顔を見せる。体が動けば後ずさっていただろう。
「おっと、申し訳ない。しかし、貴殿のおかげで我らは救われたのだ。」
「あの、何があったかも気になるんですが…その前に魔王様の話し方が気になります。」
「むしろ今までの無礼をお詫びしたい。大樹の癒し手と知りながら、無礼な言葉遣いでした。」
姿勢を正して頭を下げる魔王に、リュクスはゆっくりと首を横に振った。
「そんなこと、気にしなくていいんですよ。普通に話してください。」
「しかし、貴殿は数日寝込むことになってしまったのですよ。」
「そうかもしれませんが、むず痒いですし、何より無理にそういう話し方をされるのは嫌なんです。」
「…そこまでいうのであれば、崩させてもらう。」
魔王は正していた姿勢を崩し、柔らかな笑みを浮かべた。
「モイザ、そろそろリュクスもスープくらい飲めるだろう。用意しろ。」
『はい。かしこまりました。』
リュクスの足元にしがみついていたモイザだが、すぐに調理場に移動する。
その様子に、魔王は再び謝罪を述べた時のように顔を歪めた。
「まだ起きて食事もできていなかったのか。すまない。」
「いえ、お気になさらず。それよりも、レイトの言葉がわかるのですね。」
「己は先ほどより聖族言語で話している。気が付かなかったのか?」
戒めるようなジト目で睨まれ、リュクスは困り顔で答える。
「あー…僕は元々、レイトがどっちの言葉で話してるのかわからなかったけど、全言語ってスキルを得たらしいから、余計にわからなくなったのかも。」
「全言語を得た?まさか、神の力か?」
レイトが先ほどよりもさらに険しい顔になる。
リュクスは少し疑問に思いながらも、軽く頷く。
「うん。イリハアーナ様から、これ以上覚醒が発生しないよう封印してもらう代わりに、外界に出ても言葉がわかるように全言語のスキルをもらったんだ。」
「…そうか。それならばいい。」
呆れるような鼻息をつきながらも、レイトは安心したように表情を緩めた。
そしてベッドの横に、石のお盆を持ったモイザが戻ってくる。
『お待たせしました。コーンスープです。まだ咀嚼はきついと思うので、具は入っていません。』
「ありがとう。…でも、自分では食べれなさそう。」
『お任せください。』
モイザが糸を器用に操り、大きなスプーンをリュクスの口に運ぶ。
介護されている感が強く、リュクスは一瞬顔を歪めたが、動けない体に力をつけるため、おとなしく口を開いた。
その様子を、なぜか羨ましげに他の従魔たちが見つめていた。
「うん。おいしい。」
『ありがとうございます。口元まで運びますが、ゆっくりとお飲みください。』
「ありがとう。じゃあその間、レイトと魔王様が行ってた助かったって話を聞いてもいいかな?」
その要望にレイトと魔王が顔を合わせ、一瞬苦々しい顔を浮かべたが、魔王が口を開いた。
「ならば我が話そう。今回起こった、異常な破滅の地との防衛戦のことを。」
リュクスはモイザの介護でスープを飲みつつ、魔王とデモナたち、そして自分の従魔たちが破滅の地から生まれた砂の魔物と戦った話に耳を傾けた。
魔王の話は主に砂のキメラがどれだけの脅威だったのかという内容になる。
「あの脅威は未だに手が震える。他の砂の魔物とは違う再生能力と、魔物を生み出す生成能力を持っていたのだ。」
「確かにあのキメラは厄介だった。」
魔王の言葉にレイトもうなづく。
語りに力が入り、今までにない長期的な消耗戦や、魔王城に迫られた絶望感が、情景として浮かぶかのようだった。
そして、突如砂の魔物たちが動きを止め、崩れていった話を終えた頃には、リュクスもスープをすっかり飲み干していた。
「そんなことがあったんですね…」
「そうだ。そして、己らがお前の元に戻ると倒れていた。」
「さすがに焦ったぞ。我らの救世主が命をとしたのではないかと。」
「必死にしがみついてた記憶しかありませんが、さすがにそこまではしませんよ。ほら、少し手も動くようになりました。」
体に栄養が行き渡ったのか、リュクスは手を少し上にあげるが、すぐにだらりと力が抜ける。
「無理をするな。」
『もう少しスープを飲みますか?』
「いや、ちょっとこれ以上は飲めそうにない。…もう少しこの部屋を使わせていただきますね。」
リュクスはまだ自分の復帰に時間がかかるとわかって掛け合うが、魔王は軽く首を横に振る。
「いや、すでにここは君の部屋として周知している。今後いくらでも自由に使ってくれて構わない。」
「え?そんなことをしていいんですか?」
「我は魔王ぞ。この魔王城の全権を握っている。」
「さ、さすがですね。」
リュクスの反応に、魔王がにやりと笑みを浮かべた。
「何より、地下の他の部屋は仮眠室で、部下たちもよく利用していたのだが、この調理室はほぼ使われていなかった。」
「そうなんですか?」
「ここは一般兵のために解放していたわけだが、兵士は調理を知らぬものばかり。専門の調理師は上階の調理場を使う。そして、腹をすかせた者はそちらでばかり飯を食うからな。」
「…なるほど。使えなくなっても困らないんですね。」
「そういうことだ。まだ鍵をつけられていないが、落ち着けばすぐに設置しよう。他に希望するものがあればいつでも…いや、動けるようになった後に相談してくれ。」
「・・・了解しました。ありがとうございます。」
従魔たちに冷たい視線で睨まれ、魔王は困り顔を見せながら部屋を去っていった。
リュクスも従魔たちの刺々しい様子に気づいていた。
だが、それだけ自分を気遣っているのだと言葉にせずともわかる。
なので、咎めることもなく、これ以上無理に動こうとするのをやめ、完全にベッドへ体を預けた。




