倒れたリュクス
リュクスの状態を見たベードはそれまでの疲れも忘れ、すぐさま駆け出そうとした。
だが、レイトは正面に立ち、それを諫める。
「待て!動かすのも危険かもしれぬ。ゆっくり慎重に状態を確認するべきだ。」
『っ!…はい。』
ベードが少し項垂れて返事をすると、背から飛び出そうとしていた従魔たちも引っ込む。
そして、レイトがゆっくりと歩み寄り、リュクスの背に負荷が一切かからぬよう前足をそっと乗せた。
「…魔素切れか。意識は失っているが、呼吸はある。」
『それって、主は大丈夫なんですか?』
「どれだけ魔素を失ったかによるが…息をしているならば、命に別状はない。」
レイトの言葉に、従魔たちは皆ほっと息をつく。
『よかったです…しかし、魔素切れですか。私の魔素補填ポーションが切れたのでしょうか?』
『よくわからないけど…ニたちみたいにいっぱい食べれば元気になるんじゃない?』
『意識がないのだ。そういうわけにもいかぬことは吾でもわかるぞ。』
『コッ!早く起きてくれねぇと困るぜ!』
「騒ぐな、焦るな。どちらにせよ、負荷のかかる動かし方はできぬ。」
レイトが騒ぎ始めた従魔たちを睨み、再び落ち着かせる。
そこで付き添っていた魔王が手を上げた。
「魔素補填ポーションなら医務室に在庫が少しある。持ってくるか?」
「いや、ここは大樹の領域。ここで無理に魔素を補填させるより、医務室に運び治療するべきだろう。」
「そうか。大樹がこんなにも生き生きした姿は初めてだが…リュクス君の魔素を奪った相手でもあるのか。」
「そういうことだ。モイザ、石糸を使い、丁寧に持ち上げろ。」
『了解しました。』
魔王は大樹を赤い葉を食い入るように見つめた。
その様子は、怪しげなものに魅了されたかのようだった。
もっともすぐに意識を戻し、静かにリュクスを運ぶ手伝いを始める。
モイザの石糸でリュクスの体が曲がらぬよう固定し、寝させたままベードの背に乗せる。
しかし、頭上以外に従魔たちが乗るスペースがなくなる。
『ネティス。お前が頭に乗れ。そのヒレじゃ地上は動きにくいだろ。』
『え?でもそこはフレウの場所でしょ?』
『コ…まぁ、こんな時くらいは俺も自分で歩くぜ。』
フレウはネティスに場所を譲り、ベードもゆっくりと歩き始める。
フレウはその横を、主であるリュクスが落ちぬように見守りながら進む。
他の従魔たちもリュクスを見つめたまま、大樹のもとを去っていく。
ただ一匹、後方を陣取ったレイトは足を止め、大樹を睨みつけていた。
『…世界の異常を治すなど、どうでもよい。もしリュクスが正常に起きなければ、今度は己がお前を叩き折る。』
大樹の真っ赤な葉が、風もないのにざわめくように揺れ動いた。
少し時は戻り、リュクスが大樹の元へ転移した頃。
従魔もデモナもおらず、周囲には誰もいない中、リュクスは大樹に再び触れ癒しを始めようとした。
「…あれ?なんか、上手く癒せない?」
触れた右手は癒しの力を帯びて緑に光るが、以前と違いまったく大樹へと流れ込まない。
疑問に思い大樹を見上げるが、葉は落ちてこない。
だが、どこか必死に現状維持しようとする気配だけは感じ取れる。
「…やっぱり、あの破滅の地が迫ってきてるのが関係してるってことだね。」
リュクスは気合を入れ直し、多量の魔素を癒しに乗せていく。
ようやく大樹にも緑の光が流れ込んでいく。
しかしそれはあまりにも微量なもので、大樹が容易に癒せないと悟る。
その瞬間、唐突に癒す手から魔素が吸い上げられ始めた。
リュクスの意思とは関係なく、すさまじい勢いで魔素が大樹へと引き抜かれていく。
体は今すぐ手を離せと警鐘を鳴らす。
しかし、リュクスは魔素補填ポーション片手に大樹にがっつり手を押し付けた。
すさまじい量の魔素が吸われているというのに、流れる緑の光は非常に細く、大樹が癒える様子もない。
その最中、再び大地が激しく揺れた。
倒れ込みそうになり、大樹へと寄りかかりながらもリュクスは必死に癒しを続ける。
何度大地が揺れても、リュクスは大樹にしがみつき続けていた。
いつの間にかポーチの魔素補填ポーションはかなりの数があったはずなのに在庫が切れていた。
このポーションを自主制作できるのは、リュクス本人かモイザのみ。
店で購入できればコネクトポーチに補充できると考え、連絡魔道具を取り出した。
しかし、魔道具には何も映らず、触れても反応しない。
リュクスの保有魔素は相当量だが、大樹はそれを奪いつくすように吸い取っていく。
地震の揺れを差し引いても、立つことすら困難になるほど魔素が抜けてしまったが、それでもリュクスは食いしばり、白くなった瞳を輝かせ大樹に張り付き続けた。
そして、大樹がひと際強い光を放った瞬間、リュクスは意識を手放し倒れ込んだ。
リュクスの意識が再び戻ると、周囲は何もない一面真っ白な世界だった。
しかし、不思議と焦燥は感じない。
この光景は以前にも見たことのあるもの。聖神イリハアーナの世界だと理解した。
「リュクス様、お疲れ様です。」
「イリハアーナ様…あれ?体が、動かない。」
イリハアーナの声に顔を向けようとしたが、肉体が動かないどころか、まるで存在していないような状態であることに気が付く。
それはまるで、この世界に来た際にイリハアーナと対面した時のように。
「申し訳ありません。今回はあなたの精神のみこちらにお連れしております。」
「そういうことでしたか。」
そんな驚くべき話も、何度か経験しているリュクスには納得できた。
だが、イリハアーナはさらに沈んだように言葉を紡ぐ。
「度々の謝罪になりますが、破滅の大地が力を増したため、大樹が貴方に負荷をかけすぎたことを謝らせてください。」
「いえ、大丈夫…ではありませんでしたが、僕はまだ生きているんですよね?」
リュクスにしては素っ頓狂な質問だったが、状況ゆえに仕方ないだろう。
イリハアーナはすぐに返答した。
「もちろんです。ただ、再び覚醒の力が使われてしまったようですね…」
「覚醒の力…僕の覚醒は、他とは少し違うもの、なんですよね?」
「そうですね。来訪者故に起こる、世界により順応する覚醒です。その覚醒は貴方の魔素やスキルを飛躍的に膨れ上がらせますが、同時にあなたらしさを失う危険な力なのです。」
「僕らしさ、ですか…」
レイトから説明された覚醒の危険性を思い出す。
この世界に来て多少物事の考え方は変わったが、それはこの世界に触れた影響だと思っていた。
それが全て覚醒によるものなのかと、不安を覚える。
「そこで、あなたの覚醒が今後起こらないよう封印させてもらおうと思います。世界を救ったあなたの成長を阻害するようなことですが…」
「いえ、覚醒がなくともスキルを育てたり、保有魔素を増やしたりはできるのでしょう?」
「もちろんです。覚醒による飛躍的な上昇がなくなるだけです。」
「ならば構いません。」
リュクスが強い意思で承諾すると、姿こそ見えないが、イリハアーナが微笑んだように感じられた。
「一年程かけて世界は修復されます。破滅の地は消え去り、大樹の大陸の外界も復活していくでしょう。」
「一年…結構かかるのですね。」
「一年は短いほうですよ。外界はとても広いのですから。」
「そう、なのですね…」
白い世界にリュクス自身の肉体はないが、温かいものに包まれるような感覚が広がる。
「封印の代わりになるかはわかりませんが…貴方が外界を訪れたとき、会話に困らぬよう、全言語を扱うスキルを授けます。」
「えっと…ありがとうございます。」
感謝を告げるとともに、リュクスの意識は白い世界から遠のいていく。
そして今度こそしっかり目を開くと、見知らぬ青い部屋が広がる。
首を動かそうとした瞬間、リュクスの顔の上にレイトが顔を覗かせた。
「…やっと起きたか。」
「…うん。おはよう。」
起床の言葉と同時に、従魔たちがリュクスに群がった。




