雪潜のワーム
一日しっかりと自宅休憩したリュクスたちは、再び雪山山頂へと戻ってきていた。
周囲に魔物の気配は一切ないが、やはりグラドは東の果てを見つめる。
そんな中、ベードは皆を乗せ、南を目指し雪山を下り始めた。
一日半ほどは何もなく進んだが、レイトが片耳を持ち上げ、忌々しそうに雪を睨みつけた。
『面倒そうな魔物が居るな。ベード、絶対に足音を立てるなよ。』
『了解です!少し速度を落とします!』
「どうしたの?魔物の気配を感じたんだろうけど…」
『雪の下を進む魔物だ。アンフィスバエナを覚えているだろ?あれに似た気配の形をしている。』
「それは、厄介そうだね。」
アンフィスバエナは岩盤を進む魔物で、地表にいるベードの気配を見つけ襲ってきた相手だ。
似たような魔物なら、雪上を走るベードが見つかる可能性は高い。
「フレウを起こして、空から進む?」
『いや、やめておけ。あいつでもどこまで進めるかはわからん。襲われるとも限らないしな。』
「確かにそうだね。じゃあ気配にはいつも以上に気を付けるよ。」
『よろしくお願いします!』
いつもよりも姿勢を低くし、少し速度も下げ、一切雪音を鳴らさず、足跡すら残さず、ベードは走り進む。
そして、リュクスもソナーエリアで魔物を感知した。
その気配はとにかく巨大で、長い。
その時、突如雪が揺れ始める。
「やば!突き出てくる!」
『問題ない。こちらを狙っているわけではない。ベード、絶対に音を鳴らさぬよう、このまままっすぐ進め。』
『りょ、了解です!』
黒ずんだ雪の中からドゴンという音と共に顔を出したのは、巨大なムカデ型の魔物だった。
甲殻部分は真っ黒だが、腹部は真っ白。
頭部はより分厚い甲殻に覆われ、砕氷船の船首のような形状で、少し生物らしくない。
雪から半身しか出していないというのに、太く長い肉体はマンモスにも劣らないほどの巨体。
そして、巨大な口を少し開きながら、周囲を見渡していた。
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対象:スノーダイブワーム
雪に潜る巨大ムカデ
雪中にいる間は非常に音に敏感
些細な変化を感じ取ると地表に顔を出し辺りを見回す
しかし、目が付いていないためあまり意味はない
獲物には雪下より襲い掛かり、一口でほおばる
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「識別した。どうやらこっちには気づいてないけど、なんかあるとは感じてるみたい。」
『あの様子ではそうだろうな。このまま進めば問題ない。』
『はい。このまま進みます。』
ベードが気配を消しているので、普通にしゃべっても声など届かないが、それでも皆小声で会話を済ませる。
ある程度離れると、顔を出したワームは再び雪に潜り、どこかへと去っていった。
それ以降は誰も声を発さずワームの縄張りを超えていく。
ワームたちは群れることこそしていないが、雪下から時折顔をのぞかせ、そのたびにベードはより気配を殺す。
夜になってもワームの活動は続き、雪を踏む音もなく、沈黙は続く。
数こそ少なかったが、巨体のワームだからか、縄張り範囲は広く、昼夜を通して走り続け、四日ほどで縄張りを抜けた。
「もうワームの気配はないよね。どっかで休めればいいけど。」
『そうだな。一応、己の感知範囲には魔物の気配はない。少し危険かもしれないが、洞窟より帰還するべきだろう。』
「洞窟の場所はわかる?」
『無論だ。』
レイトの案内で洞窟まで進み、転移にて帰還する。
自宅でしっかりと昼食を取ったところで、リュクスとベードはレイトの忠告を受けていた。
『この先、雪原を超えるまで…いや、越えてもすぐには休めない可能性が高い。』
「え?そうなの?縄張りと縄張りの間は割と平気だったりするじゃん。」
魔物の縄張りの境というのは、魔物同士が干渉しすぎないように離れている傾向が多い。
今回もそのおかげで帰還地点を用意できたのだ。
『可能性の話だ。むろん、無理をすれば転移することはできるだろう。だが、向こうへ帰還したときに襲われれば、いくら己らと言えどひとたまりもない。』
「…それはそうかもしれないけど、それなら雪原に転移地点を作って、フレウで空から戻ればいいんじゃない?」
『それは無理だ。雪の上に作った場合、踏み荒らされれば転移地点が崩れるぞ。』
「…確かにそうだね。」
転移地点は通常の地表ならば、踏み荒らされたところで、崩れたりはしない。
だが、雪の場合は地表そのものが崩れるため、転移地点が共に崩壊する恐れがある。
『残念だが、己の勘は当たりやすい。あの場所は問題ないだろうが、いつもより休めないと思って、しっかり休息しておけ。』
『それで俺も呼ばれたんですね。問題ありません。走るだけなら十日は進めます!』
「心強いね。最悪、ベードに任せて僕は途中で眠るよ。」
『…そうだな。それがいいのかもしれん。』
なぜか遠い目で天井を見つめるレイトに、リュクスは疑問をぶつける。
「それにしても急だね。今までこんな予想とかなかったじゃん。」
『己も昼食中に突如漠然と出てきた予想だ。だが、こういったことはお前と会う以前はよくあった。その予想は大体が的中したわけだがな…』
「な、なるほどね。」
リュクスはレイトの種族名に運命の輪を冠することを思い出す。
フロストドラゴンという雪山最大の脅威を超えても、一筋縄ではいかない旅が続くだろうという予想に、リュクスは小さく息を吐いた。




