凍てつく雪女
マンモスの縄張りもイエティ同様それほど広くはなく、二日ほどで抜け切る。
だが、昼だというのに魔物の気配は一切しない。
ずっと感じていた雪兎の気配もなくなったことで、レイトは忌々しそうに歯噛みした。
『これは、まずいな。ベード、もう少しマンモスどもから離れたら休憩を入れるぞ。』
『了解です!』
「また洞窟を探すの?」
『できればな。日が暮れそうならば、最悪その場で転移だ。』
「…そういうことね。了解。」
レイトの反応で、リュクスもこの先の魔物の正体を察する。
ベードの気配遮断すら感知してくるアンデッド系の可能性が高いと。
そしてリュクスたちは夕刻前には小さな洞窟を見つける。
ミミックの気配もなく、安心して中に入り、自宅へと転移した。
「良い休み場所があって助かったね。まぁ、転移するなら雪の上でもあんま関係ないのかもしれないけど。」
『いや、転移地点は雪の上では安定しないかもしれぬ。洞窟のほうが安泰だ。』
「そっか、雪が踏まれて崩れたりするかもしれないのか。」
『もっとも、次の魔物が生物ならばの話だがな。』
「…アンデッドだよね。どうしようか。」
アンデッドといえば、大量に湧き出ることが多いが、リュクスたちならば蹴散らせる可能性は高い。
問題は、その先に待ち受ける相手である。
『アンデッドなど吾のブレスで蹴散らしてやるぞ!』
『どの程度いるかもわからないのにか? 』
『ぐっ、そ、それはそうだが皆で蹴散らせば…』
「あんまり消耗したくないんだよ。だっているんでしょ?ドラゴンが。」
『…いる。確実にな。』
グラドは深くうなずき、そのまま悩み始めた。
それに合わせるように、レイトもうなずく。
『己も気配は感じぬが、あそこまで進めばいるとわかる。』
「え?そうなの?」
『あれだけ山頂に近づけば、嫌でもわかってしまう。』
「な、なるほどね。というか、次の魔物の縄張りを超えたらドラゴンかもしれないのか…」
リュクスも悩み始める。
山頂までの距離を考えると、縄張りの広さ次第では次の魔物が最後となる可能性が高い。
アンデッドは確かに脅威だが、日のあるうちは出てこないという習性がある。
ドラゴンともなれば、その周囲にほかの魔物が居るとは考えづらい。
ならば、次の縄張りをできるだけ安全に進むべきだと。
「消耗しないように進むことを考えたら、日のあるうちだけ進むのがいいかもね。」
『…やはりそれしかないか。ベードもいいか?』
『一気に走れないのはちょっと不服ですが、仕方ないですね。』
『吾がドラゴンと戦ってよいのであれば、その案でもいいぞ。』
「…それは相手を見てから決めよう。」
その返答にグラドはリュクスを睨みつけたが、首を横に振られて、しょぼくれたように頷いた。
『お話し終わったなら、ニはカレー食べたーい!』
「おっと、そうだったね。ごはんにしよう。」
『吾は唐揚げだ!それ以外認めん!』
「了解了解。」
賑やかな夕食を終え、冷えた体を温める湯につかり、その日は就寝した。
翌朝、日がしっかり登り切ってから、リュクスたちは雪山を再出発していた。
予定通り魔物の気配はなく、順調に進んでいく。
夕方になると日が沈む前に転移地点を作る。
洞窟には入れなかったが、ここまで雪が荒らされた跡もなかったため、外で転移を行う。
せっかく自宅に戻ったというのに、床が転移に巻き込まれた雪で濡れてしまった。
「…転移地点とずれて転移して正解だったね。」
『だから洞窟のほうがいいと言っただろう。かなりずれることになったが、ないわけではなかったのだぞ。』
「明日はそうしよう。拭いてから夕飯にするから、先にリビングに行ってて。」
リュクスはベードの足を拭き終えたタオルで床も拭く。
従魔たちは軽く返事しつつ、拭き終わるまでその姿をドア越しにじっと見つめていた。
「…先行ってていいのに。」
『いえ!手伝えないとはいえ、主と共に!』
『ベードは殊勝だな。』
『そういうグラドも、私たちと待っていたではありませんか。』
『わ、吾だけ戻るのは心苦しかっただけだ!』
「まぁまぁ、とにかくご飯にしよう。」
『わーい!今日もカレー!』
賑やかな従魔たちに囲まれ、リュクスは簡易神殿を後にした。
二日目も何事もなく順調に進み、夜になるまえに洞窟より帰還した。
そして、三日目の旅はすでに昼時を迎えていた。
『…ぬ?魔物の気配がする。』
「え?雪兎でも迷い込んだ?いや、それにしては離れすぎてるか。」
『雪兎ではない。だが、捕えきれんほどに気配が薄い。』
「え?どういうこと?」
『っ!こちらに来るぞ!』
疑問をかき消すようにレイトが叫ぶ。
すぐにリュクスの感知範囲にも魔物の気配を捕らえる。
だが、レイトの言う通り、非常に薄く、とても驚異的な魔物とは思えなかった。
「何このうっすい感じ。まるで弱い魔物みたいだけど…」
『違う!気配を薄めているだけだ!』
「まさか、気配をしてた魔物ってこと?」
『それとも少し違うな。接敵するぞ!』
ベードの前に立ちふさがったのは、薄く透けた女性の霊体のような存在。
黒ずんだ雪景色でもかすむような、帯も襟も白い着物姿だった。
首は下を向き、垂れ下がった白く長い髪によって表情は見えなかった。
すぐにベードは方向転換し、真左に走り始める。
だが女性の霊体はベードの速さに適応し、浮遊したまま追いかけてくる。
そんな中、リュクスだけはその魔物の姿に唖然としていた。
「ゆ、雪女…」
『どうしたリュクス、識別したのか。』
「あ、いや、すぐにやる!」
我に返りリュクスはすぐに識別をかけた。
----------
対象:スノーウーマンスピリット
雪の地に現れるとされる、女性の姿をした精霊
アンデッドでありながら深い雪山では昼でも現れることができる
その息はあらゆるものを凍り浮かせ、最後は雪の一部とする
----------
「精霊…でも、やっぱアンデッドみたい。ただ、深い雪山では昼でも現れるんだってさ。」
『なるほど、だが最悪ではない。敵が一体だけならばな。』
「他の気配はないね。」
『ならば吾がやろう!』
「ちょっと待ってグラド!」
飛び出しそうになったグラドを、リュクスが止める。
『な、なんだ。主が戦いたいのか?』
「いや、グラドが戦ってもいいんだけど、相手の息はあらゆるものを凍り付かせることができるらしい。気を付けて。」
『ふん!吾の黒炎が凍り付くものか!』
リュクスの手を振り払うようにグラドが飛び出し、背後に迫る雪女へ飛んでいく。
ベードも足を止め、臨戦態勢をとった。
『行かせてよかったのですか?』
『ドラゴンの前哨戦と思えばいいだろう。おそらく、山頂のドラゴンは氷属性だぞ。』
「まぁ、こんなところに住むならそうだよね。」
リュクスもその予想はしていた。
とはいえ、雪女を前哨戦としていいのかと疑問に思いつつ、グラドの戦いに目を向ける。
『ブラックブレス!』
グラドの口から放たれる激しい黒炎。
雪女は宙にとまり、そっと息を吐く。
たったそれだけで、広がった黒炎は瞬く間に凍り付き、砕けて雪に沈んだ。
『んなっ!?』
怯むグラドに雪女の息がそのまま迫る。
しかし、すぐにグラドも羽ばたき、息を避け切って見せる。
『やはりだめか。リュクス、転移でやつに直接魔法を叩きこむ準備をしろ。』
「え?りょ、了解!」
『メニーサンダーランス。』
グラドが次にどう攻めるかと悩んでいるうちに、レイトが雷の槍先を放つ。
鋭く速い槍先だったが、雪女は大きく息を吐き出して槍を凍らせていく。
「ディメンションインパクト、テレポート!」
その隙にリュクスが空間衝撃を転移で直接雪女の体内へ送り込んだ。
「キェアァァァア!」
雪女は金切声の断末魔とともに弾け飛び、あっけなく消滅した。
ほっと息を吐くリュクスだったが、宙を飛ぶグラドは不貞腐れたように睨みつけていた。
「…今日の夕飯はグラドのを一番豪華にするから許してー!」
リュクスの叫びに、ふてくされながらも降りてくる。
そしてベードの背で定位置に座ると、睨んでいた顔をそっぽへ向けた。
『仕方ない、それで手を打とう。』
「よかった。」
『だがグラド、あれは素早く片付けなくてはいけない敵だった。』
『それはわかっている!あの息は危険だった。』
「それってさ、ドラゴンはそんなものじゃないってこと、だよね?」
二匹の会話に疑問をぶつけたが、グラドは軽く首をかしげただけだった。
『そうだが、主は父様のブレスを受けきったと聞くぞ。問題ないだろ。』
「えぇ…あれは炎だったから何とかなっただけなんだけど。」
『お前なら何とでもなるだろう。それよりも、また雪女とやらが出るやもしれん。気を付けろ。』
「…そうだね。今はそっちに集中するよ。」
『主、レイトさん、頼みます!』
昼でも現れるアンデッドの存在により、旅はもはや気楽なものではなかった。
だが、その日の夕刻まで新たに襲われることもなく、再び洞窟より帰宅するのだった。




