擬態する雪洞
雪原を走り続けて五日。
目の前には遥か北まで連なる山脈が見えていた。
雪原突入前に休憩は挟んだものの、日も沈み始めた今、登り始める前にもう一度休もうかと考えていた。
「どうしようか。辺りにはダイアウルフの気配は少ないけど…」
『転移を使えば確実に集まってくるぞ。だが、いい場所がある。ベード、もう少し先だ。』
『了解です!』
レイトの指示に従い、ベードが進んでいくと、斜面が崩れて生まれた低い崖の下に、小さな洞窟を見つけた。
「あれがいい場所?」
『そうだ。魔物の気配もない。転移は使わず、あの中で休むとしよう。』
「なるほどね。」
洞窟内に入ると、高さはこそあれど、奥へはそれほど続いていない。
岩肌はむき出しだが、雪の影響を受けないぶん休みやすく、外よりは多少寒さもしのげる。
これほどの環境なら、ダイアウルフが住み着いていてもおかしくないが、その痕跡もない。
「休みやすい場所なのに、ダイアウルフはこういう場所使わないのかな?」
『おそらくそうだろう。夜の間も活動していたからな。』
雪兎たちは夜になると、雪の上で縮こまったまま眠ってしまうのを確認したが、ダイアウルフは夜も狩りをつづけ、どこかへ獲物を持ち帰っていた。
「でも、その場で食べてなかったわけだから、どっかに巣はあるんだろうね。」
『そうだな。そこに子でもいるかもしれぬが、追いかけてまで確認することではない。』
「それもそうだね。さて、久しぶりの野宿の準備をしようか。」
リュクスがポーチからテントを取り出す。使うのはいつぶりになるだろうか。
転移で気楽に自宅と行き来できる。そのうえ、数日休まず進むのも、いつものことだ。
だからこそ、 雪山の麓で再び使うことになるとは、リュクスは思ってもいなかった。
だが、この世界に来てはじめのころは重宝したもので、体が設営の仕方を覚えている。
あっという間に組み立て終え、続いて夕食の準備を始めた。
『カレーはないのー?』
「いくら周囲にダイアウルフの気配はないとはいえ、匂いの強いものはやめておこう。」
『本来は、火を使うのも危険だが、なぜかダイアウルフはこの洞窟を避けているようだ。己も茹で野菜くらいは食いたい。』
「そうだね。体は冷えただろうし、しっかりあったまろう。」
ベードとグラドとネティスは、昼にも食べた焼き肉サンドをほおばりつつ、皆でスープをすすった。
コンソメもない中、リュクスが独自に味付けしたトマトスープだが、寒さの中ではその温かさが何よりのごちそうとなる夕食だった。
その後はテントの中で皆が引っ付き合って眠る。
レイトだけは目をつぶりつつも気配探知を怠らなかったが、結局洞窟に近づくダイアウルフはいなかった。
翌朝、再びリュクスたちはベードに乗って、目の前の山へ登り始める。
雪原に比べ、ダイアウルフの気配は少なくなっていくが、まったくいないわけではない。
雪兎の気配も雪原と同じくまばらに感じ取れる。
そんな中、これまでとは別の魔物の気配を捉えた。
「なんというか、また動いてない魔物っぽいね。」
『そうだな。だが、この気配。なかなかに大きいぞ。』
「そうだね。一応姿を確認しておこうか。」
『了解です!』
ベードがリュクスの指示に従い、その魔物の気配へと近づいていく。
そこは先ほど休んだ場所と同じく、崖の下に洞窟が出来ていた。
「あれ、また洞窟だ…」
『お前、何を言っている。あれが魔物だ。』
「え?うわ、ほんとだ。洞窟そのものから気配がする…」
リュクスはてっきり洞窟の中から魔物の気配がしているのだと勘違いしたが、口を開けた洞窟そのものから気配を感じ取り、すぐに識別をかけた。
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対象:スノーケイブミミック
雪山の洞窟に擬態する魔物
自然に溶け込む擬態をしているのは、自ら動くことができないため
常に口を開き魔素を吸い込んでいる
他の生物が中で休もうと侵入すれば、たちまち口を閉じ捕食する
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「これがミミック?宝箱に化けてるんじゃないんだ…」
『何を言っている?』
「あぁ、ごめん。とりあえず、自分で動けないみたい。洞窟のふりをして、獲物を待ち伏せてるんだってさ。」
『なるほど。あれはつららに見えたが、牙か。』
ミミックの口にあたる洞窟の入り口には、上からつららが垂れ下がっているように見える。
しかし、先ほどの洞窟では、つららなどなかった。
レイトの言う通り、それは牙であり、口内の侵入者を確実に捉えるための檻でもある。
「こいつがいるから、ダイアウルフは洞窟に近づかなかったんだろうね。」
『そうだろうな。』
『主!あれを倒したらどうなるのか気にならないか?』
「気にならなないと言ったらうそになるけど、ここで戦闘起こしたらダイアウルフが来るからやめておこう。」
『グッ、そうか…』
グラドは残念そうにしながらもあきらめる。
宥められたのもあるが、リュクスの視線がベードに向いたことに気づいたからだ。
しばらく下を向いていたグラドだったが、洞窟ミミックの気配から離れ切ったところで顔を上げた。
『ぬ?まさか、この山…』
「どうかしたのグラド?」
『おそらくだが、この山に近縁種がいる。』
「え?グラドの近縁種って…ドラゴンってこと?」
『そうだ。』
リュクスの疑問に、グラドはしっかりとうなずく。
だが、レイトは信用できないように、山頂に目を向けた。
『よくわかるな。お前は気配探知は下手だろう。己でもそんな気配は感じぬぞ。』
『確かに、気配を感じたわけではない。だが、なんとなくわかるのだ。父様が住む盛り上がった大地。この山からは、あそこと似た雰囲気を感じる。』
『…なるほど。ドラゴン同士だからわかる縄張り意識か。ならば、居るのだろうな。』
「えぇ…出来れば出会いたくはないね。」
レイトが山頂を睨みつけ、リュクスも不安げに見上げる。
だが、ドラゴンの姿など見えず、そびえ立つ雪に覆われた山の景色だけが広がっていた。




