南端への再出発
翌朝、テルミクからの連絡でリュクスは再び王都ギルドの倉庫へ来ていた。
そこで報酬と素材の受け取りを済ませていた。
「毎度のことながら、こんなにもらっていいのか…」
「何を言っている!まだ君しか手に入れてない新種の素材だぞ!そのうえ、薔薇は二度と手に入らぬやもしれぬもの。高額で当然だ。」
「な、なるほど。」
ギルシュの勢いにリュクスがわずかに引きつると、テルミクがそれを制して話題を切り替えた。
「リュクス君、マスターの言う通りです。それで、この後はまた旅を続けるのですか?」
「はい。転移地点を置いてきたので、月の大樹から最後の大樹を目指す予定です。」
「なに!?転移地点を置いてきただと!それはつまり…」
「マスター、駄目ですよ。リュクス君たちの旅を邪魔することになります。」
テルミクが翼を広げ、飛び出しそうになったギルシュを強く引っ張り戻した。
言葉は途切れたが、何を言おうとしたのかは察したリュクスは、困り顔で頷いた。
「そうですね。みんなでベードに乗って進んでいますので、これ以上誰かを乗せるのは厳しいです。」
リュクスが部屋の隅に目線を向けると、伏せるベードの上には、旅を共にする従魔たちの姿がある。
ギルシュも諦めたようで落ち着きを取り戻す。
「そうだったな。すまない。」
「それ以前に、僕たちはそろそろ武術大会の準備が大詰めで忙しいのですから。」
「あ、そういえばもうそんな時期でしたね。」
以前参加したとき、大会のルールに敗北を喫したことをリュクスは思い出し、苦い顔になる。
「本当は君にも参加してほしいところだ。今回は旧王家の影響を完全に消した大会にできるのだからな。」
「え?どういうことですか?」
「特に一般参加からは特定人物以外の勝者を出さないようにと、色々圧をかけてきてたからね。本当に処理できて清々したよ。」
言ってる内容は激しいのに、すごくさわやかな笑顔を見せるテルミク。
リュクスは苦笑いしつつ、小さく手を振る。
「どちらにせよ、僕は参戦しないつもりです。今の旅は急ぎすぎることはないかもしれませんが…」
この地にいる限り、世界崩壊に端を発する濁った魔素の影響を強く感じることはない。
だが、崖壁の向こうに広がる黒ずんだ大地を思えば、少しでも早く癒したいと願うのも当然だった。
その決意を汲んだのか、今やこの国のトップとなった二人も深くうなずく。
「わかった。余計な引き留めだったな。行ってくるとよい。」
「頑張ってきてください。出来れば、魔物の回収もお願いしますね。」
「それはちょっと、気分次第にはなってしまいますが…」
「テルミク、お前こそ控えろ。気にするな。君の好きなようにするといい。」
「ありがとうございます。では、失礼します。」
王都ギルドを後にし、王都神殿から一度自宅に戻る。
これから行くのは月の大樹の元。
マザーローズこそいなくなったが、魔物がいる可能性を考慮し、不死鳥となったフレウに乗って転移門で移動する。
空から戻ると、見下ろす月の大樹の葉はより青い月のような美しい色に染まり、元気を取り戻しているように見える。
周囲の雑草も黒ずんだ色から少し緑を取り戻し、徐々に大地は芽吹いていくのだろう。
魔物の気配もなく、フレウはゆったりと着地した。
『だから俺はいらねぇだろって言ったのによ…』
「ごめんごめん。万が一ってこともあるだろうからさ。」
『まぁいいけどよ。もう俺は寝るぜ。』
あっという間に元の姿に戻り、定位置であるベードの頭上で眠り始める。
いつものことながら、皆が少し冷たい視線を向けた。
三日月山を下っていくと、あれだけ一面ぎっしり生えていた茨はすっかり枯れ落ちたのか、地面に張り付くように伸びる雑草だけが残る。
さらに降りていくと、赤黒いつぼみが、萎れ落ちているのを見つける。
元は大きなバロメッツの実であったのだろう。
他にも瘦せこけ過ぎて、食えるところもなさそうな羊が、地に倒れているのを見つける。
白かった姿は、枯れた花のように黒ずみ、あれほど優雅に咲き誇っていた成れの果てを、リュクスは回収する気にはならなかった。
茨のなくなった三日月山を降りきり、そのまま南へ進んでいく。
目指すのは、月の大樹から受け取った葉先が示す魔王城。
さすがにこのあたりの雑草はまだ黒ずんだままだが、茨があったことを物語るように地に伸びる。
時折、バロメッツの実と羊を見かけつつ進んだ翌朝、生きている魔物の気配を捕らえた。
「ダイアウルフだ。」
『バロメッツを取りに来たのだろうが、あれでは餌にならないだろうな。』
気配の元にたどり着くと、レイトの予想通り、訝し気な表情で枯れ落ちたバロメッツを突くダイアウルフの姿を捕らえた。
とはいえ、リュクスは構うこともなく、走るベードが向こうに気づかれることもなく、南へと抜けていく。
そこからさらに三日進むと、辺りは冷え込み、やがて白い景色が広がり始めた。
「あれが雪山?いや、まだ雪原か…」
『そうだろうな。』
「みんな、寒くはない?」
『俺は全然平気です!』
『私も大丈夫です。』
『吾はここまで寒さは初めてだが、今のところ問題ない。』
『ニも平気ー!』
従魔たちの元気な返事とは対照的に、寝こけていた一羽が飛び起きた。
『コッ!?なんだ!?急に寒くなってきやがった!』
「あれ、起きたんだ。」
『起きたんだ、じゃねぇ!これじゃあ気持ちよく眠れねぇよ!さみぃ!』
「はいはい。じゃあこっちおいで。」
『お、おう。』
走るベードの背で、フレウは手招きするリュクスの元に飛びつく。
リュクスはそんなフレウを抱き寄せた。
「ほら、これで少しはあったかいでしょ?」
『良いんだけど、結構恥ずかしいんだよ、これ…』
文句を言いつつも、リュクスのひざ元でぬくぬくとし始めるフレウ。
それを振り返り、羨ましげに見つめる黒い小竜と、背後からわずかに嫉妬を滲ませる視線があった。
『…主、吾も少し寒いかもしれん。もっと寄ってもいいか?』
「え?まぁいいけど…」
『主、私ももう少しくっ付いても?』
「モイザまで?」
グラドとモイザが座る位置をずらし、リュクスにくっ付いてきた。
『いいなー!ニもくっ付きたーい!』
「ちょ、ネティス、これ以上は無理!」
『俺の上で羨ましいことをするな!』
「べ、ベードも落ち着いて!」
従魔たちがよりくっ付こうとしてくるのを、なんとか留めるリュクス。
その頭上からため息が聞こえてきた。
『くだらない。フレウも少し魔素を使えば耐えられるだろ。定位置に戻れ。』
『…そうは言うけどよ、一番くっ付いてるのは結局レイトじゃねぇか。』
『…己はいいのだ。より気配を消すための隠れ蓑としているのだから。』
『それ、そこらの魔物相手では必要ないですよね?』
『ほう?モイザも己の位置に物申すと?』
「ちょ、フレウもモイザもレイトもストップ!狭い!狭いから!」
まだ雪原にも入っていないというのに、レイトは威圧まで放ち始め、リュクスが慌ててなだめる。
その後は結局、フレウは自身の魔素で体を温め、他の皆と共に定位置に戻った。




