閑話:ペリュトンの生態
リュクスの識別にも、その本質までは表示されなかった、ペリュトンという魔物の生態。
その存在は、冒険者のいないデモナの地でのみ確認されており、図鑑のような記録は残っておらず、明確な分類すらされていない。
見た目からまず異物で、頭と胴体は立派な角の生えた鹿。
背中には鳥のような翼、四つ足は猛禽類のような鋭いかぎ爪。
濁った魔素で汚染された黒ずんだ雑草と同じ、全身黒ずんだ緑色をしている。
リュクスたちが捕らえたペリュトンの気配は、鹿のようでもあり、鳥のようでもある肉体から発せられていたが、その実、本体は影そのものだった。
ペリュトンは生き物そのものではなく、肉体が放つ気配が、生き物の存在感を帯びていただけに過ぎない。
気配と存在が一致しないため、識別が完璧に機能しなかったのも当然だった。
ペリュトンの肉体はあくまで影に付随する器であり、影をこの世界に定着させるための依代に過ぎない。
そのため、その肉体自体は実体を持ち、誰の手にも触れることができる。
だが、それは生き物としての器官を持つためではなく、影を伸ばすための光源生成器としての役割を果たすためである。
影は光がなければ存在できない。
ゆえに、ペリュトンは自ら光を生み出し、影を育てるという、極めて特異な進化を遂げた魔物と考えられる。
一匹の個体が生み出せる光は弱く、影もまた小さい。
しかし複数の個体が集まることで、光は強まり、互いの影が干渉し合い、より広く、より濃く伸びていく。
彼らにとっての群れとは、社会性ではなく、成長のための環境そのものだった。
また、空を飛び、より多くの光を浴びる行動も、影の成長につながる。
肉体に羽が備えられているのは、空を飛んでも違和感のないフォルムとして生み出された結果に過ぎない。
翼としての機能も、筋肉も存在せず、羽ばたくことはない。
それでも彼らが空を飛べるのは、肉体ではなく影が空間を捉え、肉体を引き上げているためだと推測される。
その飛行は、鳥というよりも、影に引きずられて浮かび上がる異物に近い。
食事もまた、肉体が行うものではない。
影が触れたものを飲み込み、魔素や存在そのものを吸収することで、ペリュトンは糧を得る。
不毛の地に生えた、濁った魔素をたっぷり吸った雑草を影が飲み込んだ結果、肉体もまた汚染された色合いを帯びた。
だが、それによる生体上の影響はほぼ見られず、肉体の変質は副次的な現象に過ぎない。
鹿のような顔から放たれる鳴き声は、鷹や鷲といった猛禽類に近しい音をならす。
これは威嚇や断末魔の際にあげるだけでなく、同族との意思疎通に使われることもある。
おそらく、空を通った鳥の声を真似たものとされているが、詳しくは不明である。
影さえ伸びれば成長できるため、肉体の行動は一見すると自由奔放に見える。
無目的に走り回り、獲物を追うこともなく群れたり、ただ空を漂うだけの個体も多い。
特に視認や魔素の感知は肉体を通して行われるため、他の魔物と比べると、索敵能力は著しく鈍く見えるだろう。
しかしそれは、肉体側の感知に限った話だ。
本体である影は、極めて敏感であり、わずかでも触れた存在を正確に捉えることができる。
どれほど巧妙に気配を消した相手であっても、自身の影に、獲物の影が触れた瞬間、その存在は完全に露呈する。
一度獲物を捉えれば、あとは接近し、影を踏ませるだけでよい。
影は抵抗を許さず、容易に相手を飲み込み、存在ごと吸収してしまう。
そのため、鹿の頭には立派な角、足には鋭利なかぎ爪を持ち、どちらも獲物を狩り得る手段になりそうだが、ペリュトンがこれらを狩りに使うことはない。
しいて言えば、同族同士で角を合わせ、光源を大きくするのに使われる程度である。
魔物らしい見た目を誇示するため、角とかぎ爪があるのかもしれないが、それを裏付けるものはない。
ペリュトンの影は、少しでも触れれば、魔法ですら飲み込むことができる。
あらゆるものを糧にできるのだが、同族の肉体だけは襲わない。
それは彼らにとって、同族の肉体が敵ではなく、影を育て合うための光源だからである。
なにより、影は肉体と強く結びついた存在だ。
肉体が激しく損傷すれば、影は定着を失い、影もろとも霧散してしまう。
同族同士で争い、わざわざ対消滅するほど、無知で強欲な存在というわけではない。
むしろ、お互い影を伸ばすため助け合うのだから。
影が霧散したペリュトンは、二度と元の形に戻ることはなく、個体としての死を遂げる。
そしてその際、肉体もまた毛も羽も欠片も残さず霧散してしまう性質ゆえに、ペリュトンの生態の多くは推測の域を出ない。
何より、魔物を体系的に調べる専門機関が存在しないデモナの地では、詳細な記録そのものがほとんど残されていない。
ペリュトンがなぜこのような生態を持つに至ったのか。
影を伸ばすことは、単により効率よく捕食するためか、はたまた、より存在を誇示するためか、それとも全く違う要因があるのか。
それを知る者は、今も存在しない。




