赤黒き薔薇
三日月の山を登り始めたリュクスたち。
山の形はいびつだが、登れる獣道はあり、ベードの足なら問題なく進める。
バロメッツこそいなくなったが、山を覆う茨は健在で、再び道を阻まれた。
『これは…俺では飛び越せません。』
「そうだね。どうせもう一回燃やしちゃったし、ここも燃やしちゃおう。フレイムボールズ!」
リュクスがすぐに大きな炎球をいくつも茨に放つが、命中した箇所は燃え落ちたものの、他まで燃え広がらなかった。
そのうえ、燃え跡を埋めるように周囲の茨が伸び、再び道を塞ぐ。
「嘘、全然効いてないんだけど。」
『おいおい、燃やすなら吾に任せろ!』
「そうは言うけど、ちょっと前に大量に黒炎吐いてたでしょ?疲れてるかなって思って。」
『まだまだいける!見ていろ!ブラックブレス!』
グラドが飛び出し、茨に黒炎を放つ。
リュクスの炎と違い黒い炎は燃え広がり、しっかりと道ができあがった。
「おー、すごい!」
『火力の差だな。お前でももっと強い技を使えば燃やし切れたはずだ。』
「なるほどね…でも、ちょうどいい技がないから、何か考えておくよ。」
『ずっと吾に任せてもいいのだぞ!』
「じゃあ、この山の茨はグラドに任せちゃおうかな。でも、疲れたら言ってね。」
『わかっている。』
『では進みます!』
開けた道をベードが軽快に進んでいくが、数刻ごとに度々茨に道を阻まれ、グラドが黒炎のブレスで焼き払っていく。
夜になっても文字通りの茨道は続き、また行く手を塞ぐ茨にリュクスは肩を落とした。
「なんていうか、まるで行く手をふさぐかのようだよね。」
『まるでではない。確実に己らの行く手を防いできている。』
「え?そうなの?」
『見える範囲より遠い茨が薄くなり、進む先に集まってきている。茨のヌシはよほど己らが山を登るのが嫌なのだろう。』
「そうなんだ…でも、避けたところでもうこっちの気配がばれてるってことだよね?」
『そういうことだ。茨を焼いたことでばれたのだろうが…まだ向こうの気配はつかめていないのが不穏だな。』
「レイトでもわからないとなると、マンイーターみたいに茨と気配が混ざってるんだろうね。」
リュクスは山頂を見上げながら、まだ見ぬ茨の本体に不穏を感じていた。
グラドの黒炎で茨を焼き払い、ベードがどんどん進んでいく。
日が昇り、山頂も近い頃、リュクスは魔物の気配を感知した。
「いた。魔物だ。僕たちの進む先に陣取ってるよ。」
『己はまだ感じ取れぬ。どういうことだ?』
「わからないけど、近づけば見えると思う。結構でかい気配だよ。」
『そうか。』
『どうします?このまま進んでいいですか?』
「うん。多分倒さないと先には進ませてくれそうにないから。」
明らかにリュクスたちを待ち受ける気配。
よほど登らせたくないのだろうと察したリュクスは、まっすぐ対峙することを選択する。
やがてリュクスたちが気配のヌシまでたどり着く。
周囲の茨が蛇がとぐろを巻くかのように蠢き、丘と見紛うほどに盛り上がっている。
その中心に大きく咲き開く、赤黒い薔薇。
「あれが、魔物みたい…」
『ただの花に見えるが…』
『己の感知では、茨と同じく魔物とすら感じ取れぬ。』
「そうなんだ、とにかく識別してみるよ。」
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対象:マザーローズ
植物の母である薔薇
初めはただの小さな薔薇だったが、濁った魔素に汚染され魔物と化した姿
今では魔物の本能で月の大樹の力を奪う
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「濁った魔素で魔物と化した薔薇ね。植物の母で月の大樹の力を奪ってるみたい。」
『なるほど、元は植物か。そして母ということは、マンイーターやバロメッツを生み出したのもこいつか。』
レイトが睨みつけても、蠢くのは茨だけで、マザーローズ自体に動く気配はない。
だが、すでに背後を茨で覆われ、退路はふさがれていた。
『にしても襲ってこないな。もう吾が燃やしていいか?』
『待て。明らかに待ち構えられたのだぞ。何か罠があるかもしれん。』
『そうはいうけどよ、見ててもらちが明かないぜ?』
「どうせ向こうから仕掛けてこないなら、少し準備しよう。スペースエリアコントロール。」
リュクスが辺り一帯を空間掌握したが、大量の茨の影響で巨大なマザーローズは半分も入らない。
「さすがに、あいつは全部入らないか。でも、これなら何かあっても転移で回収できるよ。」
『なるほど。グラド、これならば突っ込んでもいいぞ。』
『そう来なくてはな!行ってくる!』
意気揚々とグラドが飛び出し、マザーローズ前の宙を陣取る。
そして大きく口を開いた。
『ブラックブレス!』
激しい黒炎がマザーローズに襲いかかり、誰もが決着を予感した。
しかし、マザーローズ本体に黒炎がたどり着くことはなく、巨大な薔薇全体を覆う水の壁に阻まれる。
『んなっ!?』
グラドが驚いたのもつかの間、マザーローズ周囲の茨が蠢くと、そこから棘が打ち出される。
それは宙にいるグラドだけでなく、後方で見ていたリュクスたちにも襲いかかる。
「うわっ!こっちまで来た!フレイムシールド!」
『背後は動いてません!盾手伝います!ストーンシールド!』
リュクスたちは炎の盾と、モイザの石の盾で、飛んできた棘をすべて塞ぐ。
しかし、グラドは黒炎を放ったばかりで、素早く防御できる手段はなく、何とか飛んで避けようとする。
だが、マザーローズに近すぎたがために、体にいくもの棘を受けてしまう。
『うぐっ!?』
「グラド!」
棘の麻痺毒が回ったのか、苦しげな表情で宙から落ち始める。
「ショートテレポート!」
リュクスはとっさに、茨の地に落ちる前にグラドを手元へ転移させた。
『悪い、しくじった…』
「無理にしゃべらないで!モイザ、解毒できる?」
『すいません…この麻痺毒に私の解毒薬が効くかどうかは…』
『リュクス、お前のヒーリングハンドのほうが効くだろう。』
「わかった!あの薔薇を見ててね!ヒーリングハンド!」
リュクスの手が緑の光を放ち、グラドの全身を包んでいく。
苦しげだった顔も少しばかり収まる。
癒しで手がふさがるリュクスを見て、レイトはまだ寝こけているフレウを睨みつけた。
『仕方あるまい。フレウ、起きろ!』
『コッ!?な、なんだ!?うお、敵か?』
『そうだ。だが、本体はグラドの黒炎すら防ぐ水の結界がある。』
『コッ!?それって、俺の炎でどうにかなるのか!?』
『ならないな。だが、そのグラドがダウンしている。リュクスが癒し切るまで防御役くらいにはなれ。』
『コッ!?グラドがやられたのかよ!?まぁわかった!』
フレウもリュクスのひざ元で麻痺毒に倒れているグラドに気づき、気合を入れ直すようにマザーローズへ向き直る。
そしてマザーローズは再び周囲の茨をうねらせ、リュクスたちへ棘を飛ばす。
今度は薔薇の根元の棘だけでなく、リュクスたちを囲うすべての棘を。
『防ぎます!ストーンシールド!』
『ベード、ネティス、お前らも手伝え。サンダーシールド。』
『了解です!フロストブレス!』
『ニもいくよー!フロストシールド!』
『コッ!負けてらんねぇ!フレイムシールド!』
従魔たちがそれぞれ得意属性の盾を展開し、棘を完璧に防ぐ。
これで茨の蔓の棘は尽きたかと思われたが、すぐに新たな棘が生え始める。
異様な再生能力にさすがのレイトも顔を歪めた。
『なんだ…魔物としても、再生力が早すぎる。』
『コッ!?気持ちわりぃな!あの茨なら焼けるんじゃねぇか!?』
『そうだな。ならば、ライトニングストライク。』
リュクスたちの退路を塞ぐ茨へ、激しい雷撃が降り注ぎ、着弾点が燃え上がる。
だが、茨の一部が燃え落ちただけで、すぐに周囲の茨が延びて再び塞がれた。
『…ダメか。』
『まさか、レイトさんの雷でもダメとは…』
『また棘が来るぞ。構えろ。』
従魔たちが棘に対処する中、リュクスはグラドの治療に専念していた。
「ただの癒しじゃ完全に治らない…もっと麻痺毒を癒せるように…」
リュクスのヒーリングハンドは傷を癒すことに長けているが、状態異常を癒すことは得意ではない。
イメージを切り替え、癒しの効能を変えるため、技そのものを切り替える。
「キュアハンド!」
緑の光が青に変わり、グラドの体全体を包む。
麻痺毒が抜けたのか、ようやくグラドの顔から完全に苦しみが消える。
だが、影響はまだ残っているようで、目覚めない。
「さすがに起きれないか…」
『リュクス、癒せたなら加勢しろ。そいつなら一晩も寝れば治る。』
「ごめん、すぐ手伝う!」
『よし、あの花には水の結界があったが、お前の転移ならば抜けて攻撃でキルやもしれぬ。防御は任せて試せ。』
「了解。ディメンジョンインパクト、テレポート!」
レイトの指示に従い、即座に空間衝撃波をマザーローズへ転移させる。
だが、薔薇の周囲にある水の壁に阻まれ、その地点で破裂してしまう。
「嘘、転移が通らない!?空間掌握までしてるのに…」
『水を防ぐことはできないのか?』
「無理!みんながいろいろ魔法使ってるし、あいつ全体を掌握できてない!」
『そうか、何か手段はないのか…』
従魔たちが度々飛んでくる茨の棘を防ぎつつ、リュクスも少し悩む。
そこでベードが氷の吐息で茨を凍らせ防ぐのを見て思いつく。
「そうだ!薔薇の周りのやつって、ネティスの水結界に似てるでしょ?凍らせたりできないかな?」
『似ているというか、ほぼ同じだな。確かに、凍らせられるだろう。』
『ニの結界よりなんかつよそーなのむかつく!ニも凍らせる!』
「え?でも、ベードのブレスで凍らせようと思ったんだけど。」
『ニもブレスはけるよー!ベードみたいな広がるやつ!』
『んなっ!?お前もできたのか…』
明らかにベードが項垂れたが、すぐにリュクスが慰める。
「まぁまぁ、今はできるだけブレスの威力は強いほうがいいから、二人で協力してよ。」
『ならば、次の棘は己が防ぐ。モイザとフレウは万が一抜けてきたらカバーしろ。』
『了解です。』
『レイトの防御を抜いてくるとは思わねぇけど…まぁやるぜ!』
棘が再生しきり、再びリュクスたちを狙って発射される。
その瞬間、レイトが右前足を掲げた。
『ライトニングドーム!』
リュクスたちの周囲を覆うように雷がドーム状に覆い、棘を防いでいく。
レイトの懸念は当たらず、通り抜けてくる棘はない。
「僕たちも行くよ!ベード、ネティス!転移させるから、同時にブレスを出して!」
『了解です!』
『りょうかーい!』
「じゃあ行くよ!せーの!」
『『フロストブレス!』』
「テレポート!」
合図に合わせ二体が氷の吐息を放ち、リュクスがマザーローズに向けて転移させる。
薔薇を包む水の壁に阻まれるが、同時にその水が凍り付いていく。
水の壁全体が完全に凍り付き、マザーローズは氷の中へ閉じ込められた。
「ディメンジョンスラッシュウェーブ!」
すぐさま空間斬撃波を放ち、氷ごとマザーローズを切り裂く。
凍り付いた赤黒い薔薇が真っ二つに裂け、蠢いていた周囲の茨も動きを止める。
もともと黒ずんだ茶色の茨だったが、より枯れ落ちたように蔓が萎れていく。
「気配は消えたね。倒せたみたいだ。」
『そうだな。棘も止んだ。』
『さすがです、主!』
「いやいや、ベードとネティスが凍らせてくれたおかげだからね。」
ほっと肩を下ろしたリュクスは、いまだ眠るグラドを少し撫でる。
『さて、もう茨も復活しないだろう。燃やしてしまえ。』
『せっかく起きたんだから俺がやるぜ!フレイムボール!』
フレウの炎球によって、萎れた茨はあっけなく燃え落ち、道が出来上がる。
あれほどの再生力は見る影もなく、マザーローズ討伐の決着を物語っていた。




