蠢く茨
戻ってきたリュクスたちは、集落跡を避けて西へと抜けていく。
さらに進み、一日が過ぎた頃、ようやく目的地の山が見えてきた。
聞いていた通り、見事な三日月型を描く大きな山であり、これが普通の土地ならばおそらく美しく見えただろう。
だが、淀んだ魔素によって歪む三日月山は不穏な雰囲気を纏い、なにより頂上を除くほとんどが黒ずんだ茶色の茨に覆われていた。
リュクスたちの進む道も、茨に覆われた場所が次第に増えていき、ベードは何とか踏まずに進んでいたが、山のふもとにたどり着いた翌日には完全に行き詰まっていた。
「これは…処理しないと進めないね。ちょうどバロメッツも近くにはいないし。」
『吾に任せろ!燃やしつくして道を作ってやる!』
『待てグラド。忘れているかもしれぬが、あの茨は魔物の気配が混ざっている。燃やせば何かしら来るぞ。』
飛び出そうとしたグラドを、レイトは言葉だけで止める。
残念そうにしながらも、グラドは一面に生い茂る茨を見渡した。
『そうは言っても、どかそうとしたらどうせ感知されんだろ?それともまた遠回りして他の道探すのか?』
「多分だけど、他の道もどうせ茨だらけだよ。グラドの言う通り ここでどかすしかないね。」
『…それもそうか。確かに、どかすならグラドの黒炎が一番確実だろう。』
『よっしゃ!そう来なくっちゃな!』
レイトの許可も出たので、今度こそグラドは意気揚々と飛び出す。
『ブラックブレス!』
グラドが黒炎を放つと、炎は茨へと広がり、あっという間に黒焦げになり燃え落ちていく。
黒炎が収まると、茨は焼け落ち、そこに道ができた。
「さすがグラド。」
『あたりまえだ!動かぬ草など余裕すぎる。』
「まぁ、そうだよね。レイト、魔物の気配はする?」
『…ひとまず、接近してくる気配はないな。』
「それじゃあベード、先進んでくれる?」
『了解です!』
焼き払って生まれた道を、ベードが駆けていく。
二刻ほど進むと、再び広大な茨に道を阻まれる。
今度はバロメッツも咲き、燃やせば巻き込むのは確実だった。
『どうすんだ主?吾ならばあの羊ごと燃やすのはたやすいぞ。』
「まぁ、それはそうだろうけど、レイトはどう思う?」
『…バロメッツはどうでもいい。それよりも、別の魔物の気配だ。まっすぐこちらへ来るぞ。』
「え?うわ、ほんとだ。…でも、なんか遅いね?これなら逃げれそうだけど…」
バロメッツよりもさらに奥から、七つの魔物の気配が近づいてきていた。
しかしリュクスは、その動きがそれほど速くないことに気づき、ベードに下がるよう指示しようとする。
だが、いつの間にか背後にも茨が伸びており、今まで進んできたはずの道が塞がっていた。
「え?後ろに茨が伸びてるんだけど…」
『今更気が付いたのか。いや、己も迫る魔物の気配に気づくのが遅れた。なかなか面倒な相手かもしれん。』
『どうしますか主!グラドに背後焼いてもらいますか?』
「いや、明確に僕たちを狙ってるから意味ないよ。ここで迎え撃つ。」
『よし!そう来なくてはな!』
『グラド、あなたは少し自重してください。』
唯一テンションの上がるグラドに、モイザが軽く釘を刺す。
そして臨戦態勢のリュクスたちの前に現れたのは、頭部が巨大なハエトリソウのような魔物だった。
胴体といっていいのかわからないが、頭部の下は茨の蔓が絡み合って形作られた集合体。
脚部は蔦が束ねられ、疑似的な足を形成している。
木質はなく、柔軟な蔦のみでありながら、生物のように動いている。
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対象:ソーンマンイーター
茨より生まれ出た食人植物
植物でありながら、大地を歩ける魔物
大地を走るには遅めだが、茨の上ではそれなりに速く移動できる
周囲の茨を自由自在に動かし、茨の麻痺毒で獲物をしとめる
人だけでなく、他の魔物も食すため、巨大な頭部が存在している
胴である茨には小さな薔薇を咲かす
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リュクスが識別する中、マンイーターは威嚇のようにハエトリソウのような頭部を大きく開いた。
その口には鋭い牙が並び、よだれのような液体を垂らしている。
その異様な造形に目を奪われていたが、よく見れば、マンイーターの茨にだけ小さな赤黒い薔薇が咲いていた。
『なるほど、完全に茨と同化した魔物か。気配が混ざり確認が遅れたのはこのせいだな。』
「識別したけど、マンイーターだって。でも魔物も食べるみたいだよ。」
『吾らを餌だと見ているとは不届きな!吾が燃やしてもいいか?』
「まぁ、いいよね?」
『ふん。好きにしろ。黒炎を操るお前が遅れをとるような相手でもあるまい。』
『そうこなくてはな!では、行ってくる!』
再びベードの背から飛び出したグラドは、マンイーターたちの進路をふさぐように宙へ陣取った。
マンイーターも二体が前へ出て、胴体の蔓をうねらせる。
すると周囲の茨までうねり始め、グラドへ勢いよく伸びた。
『生意気な!本体ごと燃やす!ブラックブレス!』
得意の黒炎ブレスで迫る茨を焼き払い、二体のマンイーターも一瞬蠢いたものの、黒炎に巻き込まれる。
だが茨と違い、すぐには燃え尽きず、しばらく燃え続けた末に息絶え、倒れ込むと共に燃えカスとなった。
『ちっ!しぶといやつだ…んなっ!?』
後方に残るマンイーターへ目を向けると、五体すべてが体をうねらせ、茨を操っていた。
彼らの狙いは、グラドの背後にいるリュクスたちだった。
「ディメンションスラッシュ!フレイムボール!」
『フロストブレス!』
『ストーンシールド!』
『アイスランス!』
レイトは傍観し、フレウは戦いのさなかでも眠ったままだったが、他の面々が迫る茨を問題なく対処する。
だが、グラドは少し癪に障っていた。
『おいおい、吾がここにいるのに、主たちを狙うとは。不届きすぎるだろ!燃え尽きろ!ブラックブレス!』
グラドが激しい黒炎を再び吐き放つ。
それに応じて、マンイーターたちも激しくうねり出す。
すると周囲一帯の茨が集結し、茨の壁となって黒炎を受け止めた。
当然、茨は燃え落ちるが、マンイーター本体には炎が届かず、怪しくうねり続けている。
『まさか、草のくせに吾の黒炎を防ぐとは。だがこれで確実に仕留める!ブラックブレス!』
いつものブラックブレスは一、二秒ほどの短いものだが、今回は大きく息を吸い込み、黒炎を吐き出し続ける。
マンイーターたちも再び茨を集め、黒炎を防ぐ茨の壁を何度も作り出していく。
だが、リュクスたちを囲んでいた茨すら引っ込み、やがて周囲の茨がすべてなくなってしまう。
そして、黒炎を防ぐすべがなくなり、惨めに逃げようとしたマンイーターたちだったが、鈍い動きのままあっけなく黒炎に包まれる。
炎に包まれながらうねっていたが、やがて息絶え、燃えカスと化した。
『ふぅ、さすがに疲れたぜ。』
「お疲れ様。大丈夫?」
『あぁ、問題ない。だが長くブレスを吐くのは久しぶりだった!』
『植物相手にしては苦戦していたな。』
「まぁまぁ、倒せたんだし良しとしよう。おかげで辺りの茨もなくなったし。」
マンイーターが茨を集め、それをグラドが焼き払ったために周囲の茨は消え、その影響か生えていたバロメッツも枯れて崩れ落ちていた。
『だが、まだ茨が完全に消えたわけではない。こやつらが元凶というわけでもないようだな。』
三日月山を見上げると、いまだに茨が絡みついている。
リュクスもこの先に元凶がいると察し、息をのんだ。
「…レイトは気配を感じる?」
『いや、残念ながら魔物の気配はバロメッツしか感じ取れぬ。このマンイーターのように、茨に気配が混ざっているのだろう。』
「なるほどね。進まないとわからないか。」
『どっちにしろ、植物なら吾の相手ではない!また燃やし尽くしてやろう!』
「ほんとにまだまだ元気そうだね。それじゃあ頼りにしてるよ。じゃあベード、進んでくれる?」
『了解です!』
グラドのはつらつとした表情に少し呆れつつも、リュクスはベードに指示し、茨だらけの山を登り始めた。




