黒砂の集落
デモナとの戦いが終わり、周囲には魔物の気配もない。
スカラベはアスプから逃げ、そのアスプもデモナが刈り取った影響だ。
縛られたアスプの死骸が残っていたが、リュクスはそのままにしても無駄になると思い、一応回収する。
「…せっかく魔物の気配がないし、一回休みたいね。」
『そうだな。少し南に行けばちょうどいい場所もある。』
「え?転位向けの場所があるの?」
『今しがた倒したデモナたちの集落だ。』
「…なるほどね。じゃあいこうか。」
『了解です!』
レイトの提案にリュクスは渋い顔をする。
とはいえ、すでに日は暮れ、月が見え始めている。
何より、何もない砂漠よりましだと理解し、ベードは集落へ走り始める。
到着した集落は、周りが硬く固められた黒ずんだ砂岩の壁で覆われていた。
中の建物もすべて砂製で、地面すら壁と同じように固くなっている。
「これ、あのアヌビスみたいなデモナが作ったんだろうね。」
『アヌビス?』
「えっと、僕が戦ってた砂を操るデモナだよ。」
『あいつか。確かに、魔素はかなり豊富だったな。あれもボルコナと同じということか。』
「…魔物の姿を持って生まれるデモナね。」
レイトの言葉で、この世界にもアヌビスが魔物として居る可能性に、リュクスは今さらながら気が付いた。
そして周囲を見渡す。
夜の砂漠は濁った魔素の影響で雰囲気こそ悪いが、風もなく、不思議と寒さはない。
ただ、十三軒の砂の建物が静かに立ち並ぶ光景は、静まり返った寂しさを感じさせる。
一軒だけ離れたところに建てられた、ひと際豪奢で大きな建物が、アヌビスデモナの家だったのだろう。
『おい、ぼさっとするなよ、主!夕飯なしで戦ってるから腹が相当減ってるんだ!』
『グラド!主に対してなんて言い草だ!』
吠えるように叱るベードだったが、直後、巨狼の腹から虫の音が鳴る。
『ベードも吾のことを言えないな?』
『ぐぬぬ…』
『ニもお腹すいたー!』
『コッ!俺もさっきから起きてて腹減ったぜ!』
「…そうだね。じゃあ帰ろうか。ここなら魔物が寄ってきたとしても、対処しやすいもんね。」
しっかりとした防御壁に、地面の砂も固めているため、スカラベもアスプも容易には入ってこれない。
リュクスは転移地点を設置して、自宅へと帰還する。
同じ月夜だが、濁った魔素の影響がないここでは思い切り羽を伸ばせる。
だが、リュクスはそれよりもまず、料理場に向かう。
春巻き、肉料理、魚の煮つけ、果物系、カレーは従魔たちの分で決まっているが、特に肉料理は何を作ろうかといつも悩む。
道中ではいつも焼き肉サンドを食べているため、薄い焼肉は除外。
できれば分厚い肉を、と思案していると、次の料理で使おうと作った自家製タルタルソースを思い出す。
「チキン南蛮とかいいんじゃない?」
メニューが決まればリュクスの作業は早い。
コカトリスの一枚肉に衣を纏わせ豪快に油へ落とす。
油がはじける音が響き、綺麗な狐色に変わったところで引き上げる。
リンゴ酢で作った甘酢にしっかり浸し、切り分けた肉にタルタルソースをかけて完成である。
もちろん、他の料理も同時進行。
カレーが出来上がり、皿によそうと、その上にもチキン南蛮を乗せる。
全ての料理が完成し、従魔たちの待つリビングへと運ぶ。
「お待ちどうさん!ベードとグラドにはチキン南蛮!ネティスにはチキン南蛮カレーだよ。」
『これはチキン南蛮、というのですね。』
垂れそうになったよだれを戻すベード。
『ぐっ!我慢ならねぇ!食うぜ!』
グラドは器用にフォークを使いながらも、我先にといわんばかりに一切れをほおばる。
『これおいひー!いつものカレーとちょっと違う味!』
甘酢とタルタルの味がカレーと混ざるチキン南蛮カレーも、ネティスの好みだったようだ。
口の周りがいつも通りカレーでべたべたである。
「気に入っていただけて何より。んじゃ、僕も食べようかな。」
『すこしまて、あの上にかかってるソース。あれには肉を使っていないだろう?』
「え?まぁ確かに使ってないけど。」
『ならば、己の春巻きにあのソースをかけろ。』
「えぇ…いや、野菜春巻きにタルタルソースも悪くはないか。」
揚げ物にタルタルソースは合う。
リュクス自身は春巻きにかけたことがなかったが、レイトの春巻きにかけると、味変が気に入ったようで夢中で食らいついた。
そしてリュクスも自分のチキン南蛮に舌つづみを打ち、腹ごなしの後就寝した。
夜の帰還だったので、翌一日は休息日。
再びの夜になって就寝前、リュクスは一人、少し気を落としていた。
それを不機嫌そうにレイトが睨みつける。
『どうした。暗い顔をしているぞ。』
「…いや、明日にはあの集落に戻るんだなって思って。」
『またデモナのことを悔やんでいたのか。あれは向こうから仕掛けてきたのだ。気にしすぎるな。』
「うん、わかってる。わかってはいるんだけどね…」
励まされても、まだリュクスには倒したデモナの姿が脳裏に浮かぶ。
寝ようとしていたグラドも気が付き、首を傾げた。
『主は不思議だな。襲ってきた魔物の時はそれほど気にしていないではないか。』
「魔物とデモナは違うよ。言葉も通じるし。」
『そうか?だが、主は魔獣言語がある。一部の魔物ならば会話できるではないか。』
「…そういえばそうだね。」
『そういう面では、デモナも魔物もさほど変わらんだろ。』
『そうです!むしろ対話を試みる主を襲うデモナのほうが、魔獣よりよほど危険です!』
「ふふっ、ベードまでそんなこと言うんだね。言われてみればその通りだね。」
魔物の中には言葉を交わし仲良くなった相手もいる。
何なら初めは言葉すら通じなかったが従魔にすらできた。
それはスキルの影響かもしれないが、襲ってくるデモナよりよほど常識的だとリュクスも思わず笑ってしまった。
翌朝、リュクスは再び砂漠のデモナ集落跡地へと転移してくる。
すべてが黒ずんだ砂でできた異様な集落。
人も魔物も自分たち以外の気配がない静まり返った集落。
月の大樹へ向かうため、西へと進み始めたリュクスは、もはや集落に未練はなかった。




