38 黒い獣
次の日、朝御飯を食べながら私は欠伸をする。
下に葉っぱを敷いていたが寝床は固く、魔物の声がするたび目が覚めてしまって、上手く眠れなかった。
食事をすましたら身支度を整えて、ぐっと伸びをしたりして体をほぐす。少し疲れた感じはあるが、また水の調達をしなければならないし、休んでいられない。
近場にないだろうかと耳を澄ませてみるが、水の流れる音は聞こえなかった。あるとしたら、魔物がいる方角か。
そう思って気配を探ると、昨日より魔物の数が増えているような気がした。昨日騒がしかったことに何か関係があるのかもしれない。
用心して行った方が良さそうかな……。
一匹一匹の強さはそれなりだが、数がいると面倒だ。組み合わせによっては、危険に陥る可能性もある。
昨日より、一層警戒しながら探索を始める。
それでも魔物に見つかってしまう回数は増え、なかなか思うように進めない。森を歩いて回って、もう数時間は経っている。水分を含んだ木の実などでどうにか凌いでいるが、本格的に水源を見つけないとまずい。
焦る気持ちを抑えながら、更に森を彷徨う。
すると、どこからか不穏な空気が漂ってきた。この周辺にいる魔物もそれを感じ取っているのか、酷く騒いでいる。
この奥から……?
危険かもしれないと思いながら、私はその方向へ足を進める。
ぐるぐると何かが渦巻いている中心に近づくほど、重苦しくなってきた。
いやだ、いやだっ! 苦しい――!
その時、自分じゃない何かの感情が流れ込んでくる。助けを求めていると感じた私は、警戒心を置いて一気に駆け出した。
そして辿り着いた先にいたのは、木のうろで横たわっている一匹の獣。黒い毛並みに尖ってるような丸いような耳をしていて、黒豹の子供のようにも見える。
苦しそうに鳴くその子の首には、禍々しい感じのする首輪がつけられていた。あれが原因になっていることは確実だろう。
「シャーーッ!」
外してあげようと近づくと、牙をむき出しにしてこちらを威嚇してきた。
「ちょっとその首輪を見せて欲しいだけなの。あなたを傷つけるつもりはないから」
こちらの言葉が理解出来るか分からないが、優しく声をかける。だが簡単に警戒心が解ける訳もなく、伸ばした手はその子の鋭い爪で引っ掛かれた。
痛みを感じながらも、私は「大丈夫、大丈夫だから」と声をかけながら再び手を伸ばす。今度はがぶりと思い切り噛まれるが、構わず続けた。そして、何度も爪や牙で攻撃をされ傷だらけになりながら、ようやく手が首輪にかかった。
その瞬間、その子に纏っていた禍々しいものが、私をも飲み込もうとして襲ってくる。反射的に首輪を持っていない方の腕で顔を覆う。しかし、それは特に私を苦しめることもなく、すうっと体の中へと吸い込まれていった。
え……?
一瞬ブローチが守ってくれたのかと思ったが、石は変わらず煌いていた。慌てて自分の体が大丈夫か触ってみる。すり抜けた訳でもないようだし、やっぱり完全に私の中に入ったということだろうか。だが意識はしっかりしているし、変わった所はなにもない。
呆然としていると、掴んでいた首輪がパキリと音をたて、地面に落ちた。私の手には半分だけになったものが残されている。禍々しい気配はもう感じない。
はっとして、先程まで苦しんでいた子に目を向ける。
その子も何が起きたのか分かっていない様子で、壊れた首輪を見つめていた。
「もう、大丈夫みたいだよ」
そう声をかけると、びくっと体を震わせて、たたたっと木の後ろに隠れてしまった。その様子にくすりと笑う。
追いかけると怯えさせるだろうから、下手に刺激をしないでおこう。その間に私は落ちた首輪の片割れを拾った。
装飾の様に嵌められた宝石はただの石のようになっているが、刻まれた魔法陣や紋様は確認できそうだ。
ハミルミーに見せれば、どういったものだったのか分かるかも……
マジックバッグから手頃な袋を取り出して、まとめて入れておく。
「い、てて……」
何も考えず腕を動かしていると、傷が少し痛んだ。意外と深いものもあったようで、血が滲んでいる箇所もある。
治さないと、と思っていると、先程隠れていた獣の子が鼻をひくひくさせながら私の手に近づいて来た。
そして、ごめんねと言うようにぺろぺろとを舐めてくる。
「ふふ、平気だよ。こんなのすぐ治せるから……“ヒール”」
すーっと傷が消え、痛みも引いていく。
「ほらね? 一応あなたにもかけておくね」
さっきは首輪をとるのに必死で気付かなかったが、この子も軽く怪我をしているようだ。私は手をかざしてもう一度「“ヒール”」を唱えた。
光が収まると、きょろきょろと自分の体を確かめている。痛みがなくなったのだと分かると、やった、やった! という感じで私の周りをくるくると回った。そして、最後にぴょんっと飛びついてくる。
「わっ」
子供といっても、立てば私の頭三つ分くらいの大きさはある。ヘリオスで鍛えられていたから倒れないですんだが、ちょっとびっくりした。
そんな私をよそに、すりすりと頬をすり寄せてくる。
ふわふわだ……
緊張感が解けて、急に喉の渇きを感じた。もともと水場を探していたんだと思い出す。だがそのあてはどこにもない。
「君、水がある場所を知ってる? なーんて……」
何気なくそう声をかけると、獣の子はするりと私の腕から離れた。そして少し歩いた先でこちらを振り向き、じっと見つめてくる。
「もしかして、ついて来いって言ってるの?」
返事をするようにその子のしっぽが揺れた。本能的に誤った道を避けれるのかもしれない。私は立ち上がり、後をついていくことにする。
数歩先を歩くその子は、時々私がちゃんとついてきているか確認をしながら、迷いなく進んでいく。
暫くすると、私の耳にも水の流れる音が聞こえてきた。そして数分もしないうちに、川へと辿り着く。
「すごいね、君。ありがとう」
頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目をつぶった。可愛いなぁ。
満足したのか、その子は川の水を飲みに行く。じゃあ私も……と思うが、明日まで頑張らないといけないので、調子を崩したくない。かといって、火をおこす時間を待つ気力もない。
私は鍋に直接水を汲み「“ヒート”」と魔法を唱える。一回だと温まる程度だが、何度もかければ沸騰させることが出来る。
魔力は温存したかったが、こればかりは仕方がない。
まぁ、ここに来るまでもここに来てからも、周辺に魔物の気配は感じられなかったから大丈夫だろう。
水が沸騰したら今度は「“コールド”」で冷まして終わりだ。コップを取り出し、鍋から注いでからごくりと飲む。ああ、生き返る。
少し休憩をしたら、水筒にもたっぷりと水を入れておく。
「じゃあ、私は行くね」
立ち上がり、岩場に寝そべっていた獣の子に声をかける。水は確保出来たし、今度は休める場所を探そう。食料は昨日のお肉が多少残っているから、最悪調達出来なくてもどうにかなる。
森の中へ足を進めると、たたたっとこちらを追いかけてくる音がした。見送りかなと思ったが、何故か私の隣を歩き始めた。
「えっと、もう助けは大丈夫だよ? 君も自由になれたんだし、好きな所に行けば……」
すると、その子はすっと私の行く手を阻むように前に座り、何かを訴えるような視線をこちらに向けてくる。
「……もしかして、私と一緒に行きたいの?」
その言葉にぶんぶんと尻尾が揺れる。ああ、これ拒めないやつ。
仲間を作るのは駄目とは言われていないし、恐らくこれで試験が失格となることはないと思いたい。
呆れられはするだろうけどね!




