37 単独サバイバル
あれから四年の月日が経ち、私は九歳になった。体の方の成長は緩やかになったので、今の見た目は中学生くらいになっている。
そんな私は今……見知らぬ森の中に立たされている。
「あの、今日はこれまで学んだことの仕上げだと聞いていたんですけど……」
目の前に並んだ幹部の四人を見つめる。あれよあれよという間にここへ連れてこられたので、訳が分からない状態だ。
「ええ、そうですよ。今日から三日間。姫様にはこの大樹の森で、サバイバル生活を送ってもらいます」
「はい!?」
ゴードルがさも当然のように言い放ち、私は思わず声を上げた。城を出る前にマジックバッグの中身をチェックされたのは、そのためか!
「寝床も食料も、全て自分で確保してください。アズヴァイド周辺より魔物は弱く、数も少ないですが、油断をなさらないように」
戸惑っているにも関わらず、ゴードルはそう続ける。質問は受け付けないと暗に言われているようだ。
「『影』もつけないなんて、心配ではありますが……。これも姫様のためなのです。きっとやり遂げると信じていますよ」
「あんたなら、大丈夫だ……」
ぎゅっとウィネットには抱きしめられ、ギルは頷いて肩をぽんと叩いてくる。
え、何? この森危険な魔物でも住んでるの?
激励を受けるが、逆にちょっと不安になる。二人が離れると、今度は手のひらくらいの箱を持ったハミルミーが傍に来た。
「姫様、こちらレジェ様からお預かりしてきましたー」
蓋を開け中身が見えるようにしてくれる。覗いてみると、中には深い青色の石が嵌め込まれたブローチが入っていた。
「これ、もしかして……」
「はい。姫様の魔力が込められた魔石ですー。別の色で覆う工程が意外と難しかったようで、今になってしまったようですー」
装飾具はブローチが良いと伝えたのも随分前だったから、自分でもすっかり忘れていた。
「今回はお一人ですし、何があるか分かりませんから、肌身離さずにいてくださいねー」
そう言ったあと、ハミルミーはウィネットに目配せをする。それだけで意図を汲み取ったのか、彼女は「失礼します」と言って、ブローチを私の胸元に付けてくれた。
「とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます」
一回きりのお守りだが、あるだけで安心感が違う。
「では、三日後にまた迎えに来ます。ご武運を」
ゴードルのその言葉で、ざっと一瞬のうちに全員がその場からいなくなる。一応気配を探ってみるが、近くにいる感じはしない。『影』もいなくて、本当に一人なんて初めてだ。
気持ちを切り替えるように、ぱちりと自分の頬を叩く。
さて、まずは拠点をどこにするかを決めないと。川の近くは魔物も寄って来る可能性が高いから避けた方がいいだろう。かと言って、あまりに離れていると水の確保に困りそうだ。
魔法でも水は出せるが、飲んで大丈夫なのか分からないし、魔力は出来るだけ温存しておきたい。
魔物の気配を避けながら森を進む。すると、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。耳を澄ませて方向を確かめる。
向こうかな……
音がした方に行くと、そこには小さな川が流れていた。周りに魔物がいないのを確認してから、近づいてみる。濁ってもいないし、変な臭いとかもしない。
私はマジックバッグから丸型の水筒を取り出し、水を汲む。だけど飲むのは一度沸騰させてからだ。いくら見た目が綺麗だからって、何が含まれているか分からない。用心しておいて損はないだろう。
次は寝床だ。流石に三日間寝ずに過ごすのは厳しい。安眠とは言わないが、仮眠をとれるくらいの環境は欲しい所。
恐らく地上は夜行性の魔物が徘徊するだろう。そう考えると、一番マシなのは木の上だろうか。そこにも魔物が来ないとは限らないが、下よりは安全だ。その代わり、落下の危険性はあるが。
「……とりあえず、近くを探索しよう」
もしかしたらいい場所が見つかるかもしれない。自分が通った道が分からなくならないよう、ナイフで木に印を付けながら歩く。その道中、食べられる植物や木の実を見つけたので採っておく。
暫くそのまま進んでいると、目の前に広がる景色に何か違和感を覚えた。
同じ道は歩いていない筈だが、一度通った場所のように思えたのだ。木に印がないか確かめてみる。けれどそんな跡はない。
気のせい……?
私は目の前の木に印をつける。そしてその場から動かずじっと待ってみた。すると、ものの数分もしないうちに、付けた傷がすうっと消えてしまった。
そういえば、ゴードルがここは大樹の森だと言っていた。確か別名は、迷いの森。そう呼ばれている理由は至極単純。
森の奥深くに行くためには、正しい道順を通らなければいけないのだが、方位磁石や目印等は役に立たず、誤った方に進めば別の場所に戻され、最終的には自分が今どこにいるかも分からなくなるからだ。
いつの間にか、私も同じ場所を歩いていたってことか。
こうなると拠点を決めたとしても、もとの場所に戻って来られるか怪しい。それならば、その日その日で過ごす場所は決めた方がいいだろう。
水が先に調達出来ていたのは良かった。迷って水場に辿り着けない、なんて可能性もあったということだから。
あと必要なのは食料だろう。流石にさっき採った植物や木の実だけじゃ全然足りない。
さっきは魔物を避けたが、今度は魔物の気配がする方に足を向ける。
蜘蛛や虫系の魔物も種類によっては食べれるらしいが、好んで食べようとは思わない。獣や蛇なんかの魔物がいるといいのだが。
目的ではない魔物といくつか戦闘こなしていると、やっと食用であるトカゲのような魔物を発見した。ただ、警戒心が強い個体だったと記憶している。周辺には他の魔物もいるようだし、ここで戦うと逃げられてしまうかもしれない。
どこか別の場所に移動するまで待とうと、じっとしていると、トカゲがさささっと動き始める。気付かれないよう注意を払いながら後を追う。
そして他の魔物から十分距離が離れた所で、ロッドで攻撃を仕掛ける。
「お、りゃ!」
私に気付いていなかったのか、トカゲは避けることも出来ず、身体強化された強烈な一撃をくらった。そして間髪入れずに、魔法を放つ。
「“ウォーターカッター”」
応用で威力を高めた水の刃は、ザンッといとも簡単にトカゲの頭を落とす。
仕留め終わり、ふと視線を上げるとトカゲが向かっていた方向に洞穴があるのが見えた。住処に帰ろうとしていたのだろうか。
トカゲを近場の木の枝に吊るし、血抜きをしている間にその洞穴を探りに行く。
警戒しながら、そっと窺うように中を覗いた。
穴の中はそれほど深くなく、入口から全貌が分かるくらいの広さしかない。何かを食べ散らかした跡があるだけで、他の仲間がいた訳ではないようだ。
あれ、もしかしてこの洞穴、寝床にいいんじゃない?
少し汚いかもしれないが、贅沢は言っていられない。雨風はしのげるし、魔物がやってきたとして入口は一つしかないので、挟み撃ちになることもないから上出来だろう。
「そうと決まれば、火をおこさないとね」
私は近くの枯れ葉や枝なんかを回収して、本格的にそこに留まる準備をする。
血抜きの終わったトカゲは解体し、バッグに入れていた火打石と火打金を使って焚火を作った。
まずは片手鍋に汲んできていた水を入れ、沸騰させ飲み水を確保しよう。その間に、丈夫な枝を削って串を作り、捌いた肉を刺し塩を振る。何も味をつけないと美味しくないからね。
串の手持ち部分を焚火の周りの地面に刺し、焼き上がるのをじっくりと待つ。
外に目を向けると、いつの間にか日は落ちてきていた。
一人でサバイバルなんてどうなるかと思ったが、意外とうまく行ってほっとする。これも幹部のみんなが鍛えてくれたお陰だろう。
明日への自信を胸に、私は食事をしてゆっくり休むことにした。




