36 最悪の結末
ふと気が付くと、私は暗闇の中にいた。辺りを見渡すけど、何も見えない。言い知れぬ不安に駆られ、私は自分の体を両腕で抱きしめた。
「――!」
その時、誰かの名前を叫ぶ声が聞こえた。顔を上げると、先程の暗闇はそこにはなく、窓がない石造りの円形の部屋に変わっていた。
ここは城のどこだろうか? 転移陣があった地下にも似ているが、どこか雰囲気が違う。しかし、何故だか見覚えがある気がする。
ぽつぽつと灯る僅かな明かりの中辺りを見回すと、少し離れた石造りの床に血を流して倒れている青年と、血に染まった剣を手にして俯いている青年の二人の存在に気が付いた。
突然の光景にひゅっと息が止まる。
え、な、何……血……? まさか死んで……
この場から離れたい衝動に駆られ、体を引く。でも、足はそこに縫い付けられているかのように動かなかった。
な、何で……
そうこうしている内に、剣を持った青年が顔を上げた。
見つかった! そう思い身構えたが、彼は何故か私の姿を素通りして天井を見上げた。気付いていないのだろうか。
いや、いくら薄暗いとはいえこの距離で見えない筈がない。なのにこちらを気にする様子すら感じられないということは……
「……こうするしか、なかったんだ」
まるで自分に言い聞かせるように剣を持った青年は話す。その頬には涙が伝っていた。
ああ、これは……
私はこの光景を知っている。そう認識したら、彼等の姿が鮮明に見えるようになった。悲しみが湧き上がり、口元を手で覆う。
倒れているのは金の髪に青い瞳の青年。歳も雰囲気もだいぶ変わっているが、今日会った勇者で間違いない。
そして勇者の傍で剣を持って立っている青い髪の青年。彼は勇者の友人であり、一行の仲間にもなる筈の騎士だ。
しかし、彼は暗殺部隊『梟』の暗殺者の一人でもあった。
「ディ、ルク……」
倒れている勇者は息も絶え絶えに彼の名を呼ぶ。ディルクと呼ばれた青年は一瞬反応したが、ぐっと剣を握りしめた。
「……お前の知るディルクはもういない。お別れだ、レーヴェ」
酷く冷たい目と言葉を浴びせ、倒れている勇者に剣を振り下ろす。
「ぅ……!」
私は見ていられず、さっと視線を反らした。肉を刺す生々しい音と小さな呻き声が一瞬響き、静寂が訪れる。
「オレを恨んでくれ……」
そう声が聞こえると同時に、目の前の光景は暗転した。
「う、……あぁ……」
ぼろぼろと涙が零れる。現実じゃないと分かっているのに、苦しさで胸が張り裂けそうだ。そんな状態なのに、さあっとまた景色が変わった。
今度は何を見せようというのか……。
前を向くと、田舎風の部屋に数人の男女がベッドを囲むように立っていた。その中に、先程より少し成長した勇者の姿が見え、彼等は勇者一行なのだろうと想像がつく。
ある者は涙を流し、ある者は嗚咽し、ある者は自身の拳を強く握りしめた。
いったい何が……
どの場面なのか分からなくて困惑していると、すうっと上から見下ろす形に視点が変わる。そして、ベッドに横たわる人物がよく見えた。
「あ……」
そこには、顔や体のいたる所が黒い痣のようなものに侵食されてしまった聖女の姿。唇も顔色も青白くしており、もう息絶えていることを優に物語っていた。
「ごめん、ごめん……」
勇者は何度もそう言葉にする。彼の手には、少量の不思議な液体が入った小瓶が握られていた。
あの容器には見覚えがある。『回帰の雫』というアイテムで、聖女でも治せない死の呪いを解く代物。しかしその効力を発揮するのは、飲まされた相手が生きていることが条件だ。
間に合わなかったんだ……
救えなかったこと、最後の瞬間傍にいられなかったこと……。みんなのあらゆる後悔の念が、ひしひしと伝わってきて自然と涙が溢れた。
そしてまた世界が暗転し、別の場所に立たされた。
悲しくて、苦しくて、目を覆いたい気持ちに駆られたが、見覚えのある部屋だったため一度持ち上げた手を下ろした。
壁や床の一部は激しく壊れ、窓はほとんど割れているが、間違える訳がない。ここはアズヴァイド城の謁見室だ。
その部屋で、勇者や聖女を含めた六人の男女が傷だらけになりながら一点を見つめていた。嫌な予感が膨らみ、息が上手く出来なくなって荒くなる。
そんな筈がないと心の中で否定しながら、ゆっくりとその視線を追う。
そこには、玉座で血に濡れて項垂れているお父様の姿。
「……い、や」
嘘だ、嘘だと頭の中で何度も繰り返す。でも、その光景が変わることも、消えることもない。
「……これで終わりだ!」
勇者の声が冷たく聞こえ、剣を振りかざした。
「やだ、やめてっ……!」
ここでも私の足は動かない。代わりに声を張り上げるが、その声は誰にも届いていない。
そして無情にも勇者の剣はお父様へと深く突き刺さった。
「いやあああああっ!」
***
叫んだ瞬間、はっと意識が覚醒して、開いた目からは涙が流れていた。
「セレーネ、大丈夫か?」
声が聞こえた方を見ると、隣で横になっていたお父様が心配そうな目で私を見つめていた。
そうだ。話が盛り上がって遅い時間になったから、そのままお父様の所で一緒に寝ることになったんだった。
私はぎゅっとお父様に抱きつく。どくどくと心臓が動いている音を聞いて、ちゃんと生きていることにほっとする。
「……怖い夢でも見たか?」
ぽんぽん、と私の背中を優しく叩いて、そう問いかけてくる。私は顔をお父様の胸にうずめたまま、こくりと頷く。
「そうか……」
お父様は特にそれ以上追及もせず、そのまま抱きしめてくれる。
暫くそうしていると、だんだんと気持ちが落ち着いてきて、頭が冷静になってきた。
恐らくさっきの夢は、この先起こり得る未来の一部だ。勇者と出会ったことで、シナリオの記憶が呼び覚まされたのだろう。
何もしなければこういった結末を迎えるぞ、という警告でもあるかもしれない。
私は魔王側の人間だから、勇者達がどういった道を歩み、何を選択をするのかは、彼等の意思に任せようと思っていた。けど、それじゃあお父様か勇者達、必ずどちらかが命を落とす。
あんな思い誰にもさせたくはない。
じゃあ、どうすればいいか。
占い師を装って、助言を与える? いや、信じてもらえたらラッキーみたいな賭けは駄目だ。もっと絶対的に信頼を得られる立場でないと……。そう、例えば仲間のように……
そこまで考えて、はたと気が付く。
そうだ、私が勇者達のパーティーに入って、誘導すればいい話だ。幸いにも、私の見た目は人とほとんど変わらないし、彼等が学園に入学する頃には、成長も緩やかになって同じ様な年代に見えることだろう。
そう思い、私はうずめていた顔を上げ、お父様に目をやる。
「……もう大丈夫になったか?」
「うん。あのね、お父様。実はお願いがあって……」
言葉を続けようとして、私はあることに気が付く。お父様は勇者のことをどう思っているのだろうか?
もし、絶対に倒すべき相手だと考えているのなら、私の提案はお父様を裏切る行為に捉えられてしまうかもしれない。
お父様に突き放さることを想像してしまい、次の言葉が出てこない。
「どうした? 言ってみろ」
どんなことでも受け入れるぞ。という風に、優し気な笑みを浮かべる。そうだ。お父様なら、理由を話せばちゃんと分かってくれる筈だ。
「わ……私……が眠るまで、何かお話ししてくれる?」
口をついて出たのは、子供っぽいそんなお願い。勇者はまだ力に目覚めていないし、今その話をしても、何故そんなことを知っているのかと問い詰められるだけだ。決して怖気づいた訳ではない。
「いいぞ。じゃあ、俺の武勇伝を聞かせてやろう」
お父様は気にした様子もなく、あらゆる魔物との死闘を語りだす。変に思われなかったことにほっとする。
あと数年。数年もすれば勇者が証を発現させる。そうなってからお父様の考えを聞いて、話しをしよう。
そう決めたら、気が抜けたのか眠気が襲ってきた。お父様の話にうつらうつらしながら相槌を打っていたが、意識は深い眠りの底へと沈んでいった。




