35 フラグが立ったのは
遊び場は遊具が置いてある訳でもなく、多少の広い敷地と砂場がほとんどだった。そんな中でも、子供達はボール遊び、縄跳び、追いかけっこなんかをして思い思いに遊んでいる。
「わたしたちもいーれて」
エリーは臆することなくその輪の中へ入っていく。その中に先程勇者をいじめていた子達はいないようだ。
「いいよー、いまはあの子がオニだよ!」
一人の子が、待てーと言って他の子を追いかけ回している男の子を指刺した。
「わかった。わたしたちもいまからはいるからねー」
「おー! つかまえてやるからなー!」
オニである男の子が答え、こちらに向かって走ってくる。
「ほら、にげないと!」
「う、うん!」
エリーに言われて、勇者がやっと私の手を離して駆け出した。
「おねえちゃんも!」
「私も!?」
まさか自分も数に入っているとは思わなくて、傍観していた。そのためみんなより一歩出遅れてしまう。
「おりゃっ!」
「うわっと」
オニの手が伸びてきて、私はつい反射的に躱す。まさかこの距離で避けられると思っていなかったのか、オニの子は驚きの表情を浮かべた。
その隙に駆け出し、一気に距離を離す。
「は、はや! まてっ!」
オニの子は悔しかったのか、そのまま追ってくる。だがなかなか追いつけず、最後は諦めて標的を別の子に切り替えた。
「おねえちゃん、すごい!」
少し離れた場所でエリーが飛び跳ねる。
「いやー、ははは」
対格差もあるだろうが、身体能力の差の方が大きいだろう。少し大人げなかっただろうか。
手加減をするべきかと考えていると、いつの間にかオニが変わっていた。そして何故だか私を狙ってくる。
なんで!?
疑問に思いながらも、ただ捕まるのは私も遊んでいる子も面白くない。もう一度ひょいと避けて、また距離を離す。
なかなか捕まらない相手、というのが面白かったのか、オニが変わるたび私を捕まえてやろうと挑戦してくる子が後をたたなかった。
しかし結局誰も私を捕まえることが出来ずに、追いかけっこは終了した。
「ねーちゃん、すげーな! オレ足はやいけど、ぜんぜんおいつけなかった!」
「ひら、ひらって、よけるのもかっこよかった!」
「どうやったらそんなふうにできるのー?」
わー、と一緒に遊んでいた子供達が群がってきて、一気に人気者になってしまった。次はあれをしよう、これをしようと腕を引っ張られる。
あっちに戻ったら、こんな人数で遊ぶ機会なんてない。折角だから思い切り遊ぶのもいいかもしれない。
「よーし、じゃあ次はオニさんがころんだだ! 私がオニやるよ!」
「やったー!」
***
その後も色々な遊びをひと通りやって、私は一人花壇に腰かけて休憩をする。体力はまだ平気なのだが、流石にちょっと気疲れをしてしまった。まだまだ遊び続けている子供達をぼうっと眺める。
少しすると、すとんと隣に勇者が座ってきた。
「みんなと遊ばないの?」
「……ぼくもきゅうけい」
辺りを見回すと、エリーは他の子と話をしていた。仲良くなった子がとられた気分になったのだろう。ちょっとご機嫌斜めだ。
「声をかけたら、輪に入れてくれると思うけど?」
「? なんのこと?」
あれ?
勇者は本当に分からないのか、首を傾げた。その反応に私も戸惑う。
「エリーと話せなくて、不貞腐れてたんじゃないの?」
「え、違うよ」
「じゃあ、どうして……」
ずっと楽しそうに遊んでいた筈だ。理由が分からなくて、問いかける。勇者は少し視線を逸らし、迷いながらも口を開いた。
「……おねえちゃんがすごいってこと、ぼくだけがしってたのにって」
「え……」
まさかの原因は私?
エリーと仲良くしていたし、いい感じに修正出来ていると思っていたが、それは思い違いだったらしい。
「ぼく、きめた! おねえちゃんみたいにカッコよくなって、こまってる人をたすけるんだ!」
「え、ええっ!?」
「そうしていれば、またいつかあえるよね……?」
助け出された時の出会いは、私の考えている以上に心に根付いていたようだ。細かい所は違うが、エリーに言うはずだった台詞が私に向けられている。
「あ、あのね……それは……」
「おい、帰るぞ!」
どうにかして軌道修正出来ないかと思ったが、突然響いた男性の声にかき消されてしまった。
遊び場の入口の方に目を向けると、酒に酔っているのか顔を赤くさせた、だらしない感じの男がこちらを睨んでいた。
「……おとうさんだ。もういかなくちゃ」
あれが!? 母親が亡くなってから、自暴自棄になった父親とは設定したけど……。
彼をこのまま見送って大丈夫なのかと不安になり、つい手を掴んでしまう。勇者はびっくりしたあと私の表情を見て、笑った。
「おねえちゃんとまたあうんだっておもえば、がんばれるよ。だから、名まえおしえてくれる?」
「え、名前? せ……」
ついセレーネと言おうとして、はっとする。今は髪色を変えている状態だ。
「……ルーナだよ」
「ルーナ……」
その名前を大事そうに呼ぶ。騙しているような気持ちになり、酷く胸が痛い。
「ぼくのことはレオっておぼえておいて! ぜったい、またあおうね!」
勇者はエリーに教える筈だった愛称を名乗って、父親のもとへ駆け出した。その途中エリーに声をかけていたが、話しているのはお礼の言葉で、名前を教えてた様子はない。
私は彼の背中を見つめながら、呆然と立ち尽くす。
かんっっっっぜんに、思い出の相手が私になってしまった……
やっぱり最初に出会ったのが駄目だったのだろうか。それとも、この場についてきたのがいけなかったか……。今更後悔しても遅い。
だが、対象が私になっただけであって、展開的にはそれほど外れていない。彼も今日のことを糧にするようなことを言っていたし、勇者が勇者として目覚めない……という最悪の事態は免れたのだろう。
ひとまず良しとしよう……。
その時、カラーンカラーンカラーンと三回鐘が鳴った。
げ! もう三の鐘!? 夢中になって遊び過ぎた!
までに帰って来いと言われていたのに、これじゃあ完全に遅刻だ。私はエリーやその他の子供達に挨拶をして、急いで遊び場を出る。
そしてひと気のない路地からまた屋根の上に登り、ガザード商会へと駆け出した。
***
「……それでー?」
商会の前で仁王立ちになっていたハミルミーに執務室へと連行され、机の前に立たされる。こちらに笑顔は向けているが、問いかける声がいつもより低い。
「……この街の子供達と遊んでいたら、時間を忘れていました! すみません!」
下手に言い訳しても仕方がない。というか、勇者のフラグを折ろうとしてました……なんて説明しようがない。私はばっと深く頭を下げる。
「……」
「…………」
「………………はぁー」
長い沈黙のあと、ハミルミーは小さくため息を漏らした。
「まぁ、他のことは守っていたみたいですしー、大急ぎで帰って来たので大目にみましょー」
「あ、ありがとうございます」
私はほっと息をつく。もう人の街に遊びに来させない、とか言われたらどうしようかと思った。
「では、そろそろ戻りましょうかー」
「ハミルミーの方の問題は片付いたんですか?」
「滞りなくー」
隣の秘密部屋へ移動すると、転移陣の周りに台座に置かれた魔核石が並べられていた。
「これは?」
「僕はレジェ様みたいに一人で転移陣は動かせないのでー、魔核石の魔力を使うんですー」「すごくお金がかかったんじゃ……」
工房で見た機械を動かす魔核石よりは小さいとはいえ、四方に並べられているので使われている数が多い。
「レジェ様が負担なさっているので、僕は痛くも痒くもないですよー」
「お父様が!?」
行きだけでなく、帰りまでも。感謝してもしきれない。何かお土産でも買えば良かっただろうかと後悔する。
「お話しをしてあげるだけで十分だと思いますよー。姫様の楽しそうにする姿が、レジェ様にとって一番の贈り物になりますからー」
考えが顔に出ていたのか、ハミルミーはそうアドバイスをしながら周りの魔核石を起動させていく。少しずつ転移陣が光を帯びる。
「じゃあ今日は久しぶりに、親子水入らず話に花を咲かせようかな」
「お喜びになると思いますー」
最後の仕上げというように、ハミルミーが足元に魔力を送ると大きな光に包まれた。
こうして、私の初めての人の街散策は幕を閉じだのだ。




