39 首輪の正体
木の上で息を潜めて待っていると、下の方でがさがさと葉が揺れ、生き物の足音が近づいてくるのが分かった。そして、何かに追い立てられるように茂みの中から熊のような魔物が飛び出して来る。
私はその瞬間を狙って下降し、首元目掛けてロッドを思い切り振った。ゴキンッと鈍い音が響いてその巨体が倒れた。
「ふうっ」
上手くいったと息を吐くと、がさりと背後で音がする。
「アステル、ありがとう。助かったよ」
声をかけて振り向くと、そこには先程熊が出てきた茂みから顔を出す黒い獣の子。
一緒に過ごすのに名前がないのは不便だと思い、私はその子に「アステル」と名前を付けた。確か星という意味だったと思う。
その名前にしたのは、キラキラと星が輝いているように見える不思議な瞳をしていたから。
アステルはこちらの話すことをきちんと理解しているようで、狩りをすると言えばこうやって魔物を追い立ててくれたり、獲物がいる方に誘導してくれたりしてくれる。
「解体が終わったらお昼にしようか」
私がそう言うと、とすんと地面に寝転がった。賛成のようだ。私はすぐさま作業に取り掛かる。
通常なら周りに危険がないか確認する所だが、昨日から一緒に過ごして一つ分かったことがある。それは、アステルが近くにいると何故か他の魔物が寄ってこないということだ。
アステルが相当強い獣なのか、それともこの森にとって特別な存在なのか。それはよく分からないが、気兼ねなく作業出来るのはとてもありがたい。
手際よく解体を済ませ、素材はマジックバッグにしまって、次は昼食作りだ。
肉は香りの強いハーブで臭いを取っておく。そのままでも食べれないことはないが、やはり独特な獣臭がするのでやっておいた方が食べやすい。
一部は塩やタレで味を付けてシンプルな串焼きに。もう一部は茸や野草なんかを入れて鍋にする。野外の食事としては、まぁいい方だろう。
匂いに釣られたのか、アストルが体を起こして傍まで寄ってきた。
「出来たのが分かったの? ふふ、熱いから気を付けてね」
完成した料理を器に盛って地面に置く。
アストルの食事は最初は生肉だったものの、私が調理して食べているのを見てからは同じものを欲しがった。味の濃いものを食べて平気だろうかと心配したが、特に体調を崩している様子はなかったし、普通とは違うのだろう。
食事を済ませ少し休憩をし、また森の散策に戻ろうとした頃、魔物ではない複数の気配がこちらへ向かって来るのを感じた。
アステルも同様だったのだろう。私の隣で姿勢を低くし、その方向を睨みつける。
「大丈夫、私の知り合いだから」
安心させるようにひと撫でして、アステルを守るように一歩前に出る。
流石に何も聞かず攻撃をしてくることはないと思うが、念のためだ。
それからほんの数秒で、幹部の面々が到着した。気配で私が生きていることは分かっていただろうが、私の姿を確認して皆ほっとしたように見える。
「三日間、お疲れ様でした。ご無事でなによりです」
「ああぁぁぁ……そんなに汚れてしまって。姫様の美しい肌や御髪が悲鳴を……! 帰ったら、しっかりケアなさってくださいね! ね!」
平静を保ったままのゴードルとは反対に、ウィネットは半泣き状態だ。心配する所は少しズレているが。
「魔石も使うことがなかったみたいで、良かったですー」
私の胸元に付けているブローチを確認して、うんうん、とハミルミーは頷いて笑う。
「……そいつは?」
みんながスルーした中、ギルがじっと私の足元……というより、後ろに隠しているものに視線を向ける。
「……ちょっと色々あって、助けてあげたら懐いちゃったんです」
少しだけ足をずらして、アステルの顔が見えるようにする。
アステルは幹部のみんなを警戒しつつも、唸ったり威嚇したりはしなかった。
「黒い獣……まさか、ヘスディアの子供ですか……?」
ゴードルがぽつりと漏らす。
ヘスディア……。なんかその名前どこかで見たような気がするけど……。
うーん、と頭を捻っていると、見かねたウィネットが口を開いた。
「黒い体毛に、頭には二本の角。尻尾は鎌のようになった魔物ですよ」
「それじゃあヘスディアじゃないんじゃ? 角も生えてませんし、尻尾も普通ですよ……」
毛は黒いが、合っているのはそれだけだ。頭を撫でた時も、角のようなものがあった感触はなかった。
「大人になる過程で変化していく個体ですから、そう見えないのも仕方ないでしょう。宝石のように輝く瞳を持っていることが、最大の特徴です」
ゴードルは補足するようにそう言う。
それならば納得出来る。アステルという名前を付けたのも、その瞳を見たからだ。
「その瞳は希少価値があり、コレクターに狙われることも多いと聞きます。そのため警戒心が非常に強く、人前に出てくることはほとんどありません……」
「そんな魔物が何故……?」
ウィネットの言葉に、ゴードルはぽつりと疑問を漏らす。それを聞いて、私はマジックバッグから首輪の入った袋を取り出した。
「あの、ハミルミー。実はこの子、こんなものを付けられていたんです」
袋を受け取り、中身を確認したハミルミーは顔をしかめた。それを不審に思ったウィネットも首輪をまじまじと見る。
そして何かに気が付き、ばっと私に駆け寄り両肩を掴んできた。その突然の行動に驚いたアステルは、後ろの茂みへと身を隠す。
「姫様! この首輪が壊れる前に、触れたりしてませんよね!?」
「え、えっと……私が触れたら、壊れたという感じで……」
「そんな……」
正直に言うと、ウィネットはさあっと顔を青ざめさせた。
「姫様、何か異常や違和感はありませんかー? 本当に些細な変化でもいいんですー」
ハミルミーもいつになく真剣な顔で問いかけてくる。
「い、いえ……特には」
私の答えに、ウィネットもほっと息を吐いた。それでも心配なのか、肩に置いた手は離そうとしない。
「それは何だったんだ……?」
傍観していたギルがそう尋ねる。
「……呪いの首輪ですねー。それもかなり強力なー」
ハミルミーの言葉を聞いて、ギルとゴードルの間にも緊張が走った。かくいう私も、ごくりと息を呑む。
呪い……って、聖女の神聖魔法でしか解けないやつだよね?
聖水のようなアイテムはあるが、それは一時しのぎにしかならない。根本的にその効力を消すには、聖女の力が必要だ。
それなのにどうして……。
「呪いにも色々ありますが、これは対象が呪いに蝕まれ化け物となるまで外れないようになっていますー。そうなる前に壊そうと思っても、外部からの干渉があるとその相手も呪いを受ける代物ですー」
「姫様はそれを受けたと……?」
話を聞く限り、かなり危険なものだったようだ。ゴードルは確認するように私に視線を移す。
「……首輪に触れた瞬間、あの子に纏っていた何か嫌なものが自分を飲み込もうとしたのは覚えています。でも、まるで吸い込まれるように消えてしまったんです」
「うーん、姫様が呪いを全て受けて壊れたというなら、納得は出来ますがー……何も異常がないということが不思議なんですよねー。姫様が嘘をついているようには見えませんしー」
ハミルミーと同様の考えなのか、全員が黙り込んでしまった。そんな中、一瞬だけギルと目が合った気がした。
「……?」
何か言いたいことがあったのかと思ったが、それ以上の反応はない。こちらから問いかけるべきかどうか迷っていると、ゴードルが口を開いた。
「ここで話していても埒が明きません。ひとまず城へ戻り、姫様の無事と首輪の件をご報告するべきでしょう」
「ですねー。これは早く戻った方が良さそうですー」
「あ、あの、アストルも連れて帰っても……?」
城に戻る話になり、私は慌ててそう聞いた。首輪がなくなったとはいえ、このままここに置いて行くなんて心配でならない。
「アストル?」
誰のことかと、ウィネットは首を傾げる。
名前を呼んだことが分かったのか、アストルはこちらの様子を窺いながら、茂みから顔を出した。
「名前まで付けていたのですか……」
はぁ~っと深いため息を吐きながら、ゴードルは呟く。
「これだけ姫様に懐いていますし、危険性はなさそうなのでいいのではー? それに、このまま置いて行って、同じ様なことが起きても厄介ですしー」
ハミルミーはひらひらと壊れた首輪を揺らす。ゴードルも化け物が生み出されることは望んでいないのか、仕方なさそうに「責任は自分でとってくださいね」と折れてくれた。
「アストル、私と一緒に城に行こう?」
茂みの前へ行き、そう声をかけるとぴょんっと私の胸に飛び込んでくる。
「……では、戻りますよ」
ゴードルの言葉に全員が頷き、私達は大樹の森をあとにした。




