33 人の街散策
「……先程は申し訳ありませんー」
客間のソファに座りぐったりとしている私に、ハミルミーは本当に申し訳なさそうな声を出す。
「……いえ、私も軽率でした」
研究を第一にしている相手が、新たなものを目の当たりした時、タガが外れるのはウィネットで体感していた筈なのに。すっかり忘れていた。
ふーっと深い息を吐いて、出されていた紅茶を一口飲む。
「しかし、ルーナ様の発想には驚きましたー。恥ずかしながら僕も、忘れていた創作意欲が掻き立てられましたよー」
「忘れていたって……ハミルミーはもう魔道具作りをしていないんですか?」
「今は他の者に任せていますので、自分じゃほとんど作りませんねー。ここ最近で作ったのは、ルーナ様の腕輪くらいじゃないですかー? それも数十年ぶりに作業したものですけどー」
「それだけブランクがありながら、この質ですか……」
私は苦笑いをしながら、つけている腕輪を見る。紋様を刻む体験をしたからこそ分かるが、この細い枠内に凹凸がある線を引くのは至難の業だろう。
いつもの子供っぽい見た目と口調に騙されるが、能力が優れているからこそ幹部を任されているのだと実感する。
そんな話をしていると客間にノック音が響き、「会長、申し訳ありません。少々ご報告することが……」とドアの向こうから商会の人の焦った様な声が聞こえた。
「……少し話を聞いてきますねー」
「はい」
ハミルミーは客間を出ていく。あの感じだと、何かトラブルでもあったんだろうか。添えられていたお菓子に手を伸ばし、私は気長に待つ。
そして注がれていた紅茶がなくなった頃、ハミルミーは戻ってきた。
「ルーナ様、申し訳ありませんー。どうしても僕が出向かなければいけない案件が発生しましてー……。街の散策がご一緒出来なくなってしまいましたー」
「それはしょうがないですよ。私なら一人で大丈夫なので気にしないでください」
予想はしていた。だが、散策をしないという選択肢は私にはない。余計な事を言われる前に、自分の主張をしてにっこりと笑みを向ける。ハミルミーは困った様子で苦笑いを浮かべた。
「お一人では危険ですよー」
「優秀な『影』がついています。この街についた時から傍にいますよね?」
もともとこちらで待機していたのだろう。城を出る時には感じなかった気配というか、妙な安心感がついて回っていた。
私に場所を悟らせないくらいだから、相当な実力者なのが分かる。
「……仕方ありませんねー。ですが、これだけは約束してくださいー。危険な事には首を突っ込まない、魔法は極力使わない、三の鐘が鳴る前には戻ってくる。この三点ですー。守れますかー?」
「頑張ります!」
「……そこは、守りますと言ってくださいよー、もー。破ったのが分かった時は、強制連行ですからねー」
「……はーい」
不安そうな目を向けられながら、ハミルミーに見送られて私はユーリシアの街中へ出発する。
屋根の色もだったが壁も暖色系の色を使ってあり、明るい雰囲気を感じさせる街だ。なにより、至る所に花が飾ってあるのが良い。
アズヴァイドでは見かけない色鮮やかな花達ばかりで、一層目を引く。
とりあえずお店とかには入らず、歩いて回る。
この付近は工房が多いせいか、すれ違うのはいかにも冒険者っていう感じの人が多い。アズヴァイドではあまり見かけなかったから新鮮だ。
その区画を抜けると、飲食店が見えてくる。美味しそうな匂いが食欲をそそった。
さっきお菓子を食べていなかったかって? あれは別腹ですよ。
ただレストランっぽい感じだから、この見た目で供も付けず一人で入ったら追い返される可能性は高い。今回は諦めて屋台にでも行ってみよう。
散策しながら探していると、広場の近くに屋台が数店並んでいるのが目に入る。肉の串焼きやサンドウィッチみたいな主食系のもの。クレープやワッフルのような甘味系もあるみたいだ。
しっかり食べたいので、私はお肉と野菜が入ったサンドウィッチを一つ注文する。パンもお肉もそれなりに厚みがあるし、満足できそうだ。包み紙に入れられた商品を受け取り、傍にあったベンチへと腰かける。
「いただきまーす」
いつもの癖でそう言うと、周りから少し変な目で見られた。
しまった、ここではそういった挨拶はしないんだった。お父様達の前で言った時もそれは何だと聞かれたものだ。
食べ物に感謝をする言葉だと説明すると「それはいい習慣だな」と受け入れてくれて、今ではみんなが使っているから忘れていた。
私は少し恥ずかしくなりながらも、気にせずサンドウィッチへとかぶりつく。
口の中に肉の旨味とマスタードだろうか? その刺激が広がる。野菜もシャキシャキしていて、パンは固すぎず柔らかすぎずでいい塩梅。これは当たりだ。
二口、三口と止まらなくなって、結構なボリュームだったのにぺろりと食べてしまった。
流石にすぐ動き出す気にはならなかったので、少し休憩を挟さむ。暫くするとお腹の苦しさが落ち着いたので、よし、とまた散策を再開する。
広場を離れ大きな通りを歩いていると、複数の視線と尾行されている気配を感じる。悟られないよう靴紐を結び直す仕草をしながら、辺りに視線を向ける。
数人のガラの悪そうな男達が、立ち話をしてる風を装いながらこちらを窺っていた。抑えているとはいえそれなりの身なりをしているし、供もいない。そういった輩にはかっこうの的だったのだろう。
折角楽しんでいたのに……
かといって倒す訳にもいかない。ハミルミーに問題を起こさないよう言われている。
小さくため息を吐いて、私は気付いていないフリをしながら進行方向を変え、ひと気がない道の角を曲がった。
男達がしめた! といった感じで追いかけてくる。
「!? どこへ行った!?」
「確かにここを曲がったはずだろ!?」
目標を見失って、困惑する男達。見つからないのは当たり前だ。だって私は屋根の上にいるのだから。
まだ周辺を探し回っている馬鹿な男達を無視して、私は屋根伝いに移動をする。下にいればまた変な輩に絡まれないとも限らない。景色も良いし、暫くはこのままで行こう。
鼻歌を歌いながら、屋根の棟の部分を綱渡りをするような感じで歩く。体幹が鍛えられているからか走ってみても全然余裕だ。
気分が乗ってきて、くるりとその場で回ってみる。その瞬間、びゅうっと強風が吹いてバランスが崩れる。
「う、わっ、わっ、あわわわ!」
屋根はかなり角度がある。棟から足を踏み外すと、坂道を下るように勢いがついて止まることが出来なくなってしまった。
とりあえず、体勢を整えて安全な場所に着地をしないと……!
ばっと足元に屋根がなくなり下を確認すると、路地裏の空き地だった。しかし降りる先には数人の子供がいた。
やばっ!
「どいて、どいてー!」
声を上げると、子供達はびくっと体を震わせこちらを見上げた。そして慌てた様子で、もといた場所から離れてくれる。
そのお陰で、私はすとっと無事着地をすることが出来た。
「ふう……君たち、怪我はなかっ……」
「な、なんだおまえ! こいつのなかまか!?」
「あんなところからおちてへいきなんて、おかしいぞ!」
「まものか!?」
私の言葉を遮り、頭一つ分くらい小さい子供達がまくしたててくる。
「ええと……ちょっと落ち着いて……」
「う、うわっ! こっちをつまかえようとしてるぞ!」
「に、にげろ!」
すっと手を持ち上げただけなのに、子供達はパニックになり、止める間もなくだーっと立ち去っていってしまった。
そんな中、一人だけ取り残された男の子がいた。先程までいた子供達とは違い、安っぽい感じの洋服に、櫛でとくこともしていないぼさぼさな金髪。
視線を合わせるようにかがむと、綺麗な青い目がこちらを不安そうに見ている。
あれ? 初めて会った筈なのに、なんか見覚えがあるような……?




