31 転移陣
授業をこなし、休日にはリリー達やヘリオスと遊んだりして、充実した日々は早くも半年が過ぎようとしていた。
そんな折、いつもの気の抜けたような口調で、ハミルミーから思わぬ提案がなされた。
「姫様。今度のお休みの日、私と人の街に行ってみませんかー?」
「え……。あ、うわ!」
調合作業をしていたので鍋に流す魔力の調整が狂い、中身を思い切り焦がしてしまった。失敗するなんて、一人で調合をし始めた時以来だ。
ハミルミーに笑われながら、汚れた液体を流し、残った固形物をゴミ箱に捨てた。そして「“ウォッシュ”」と魔法を唱えると、ざぱっと鍋が水に包まれ、一瞬にして焦げつきが消え去る。ひとまずこれで大丈夫だろう。
「さっきの話ですけど、本当ですか?」
残った材料や調合道具をしまいながら、私は聞き間違いじゃないかと思い、確認をする。
「本当ですよー。ほら、姫様と初めてお会いした時、うちの店に遊びに来てくださいって話をしたじゃないですかー。アズヴァイドにもいくつか店舗はありますけど、僕が主だって動いているのは人の街の方なので、社会科見学も兼ねてどうかなーと」
「行きたいです!」
必要ないのに、ばっと手を挙げて主張する。
「良かったですー。レジェ様にはもう許可を貰っていますので、心配なさらないでください」
相変わらず事前準備がしっかりしている。やはり商売人だからだろうか。
「あの、人の街に行く時の注意点とかはありますか?」
「そうですねー。姫様は外見に魔族の特徴が出ている訳ではないですし、厄介事に首を突っ込まなければ特にはー……。しいて言えば、髪色を変える腕輪はした方が良いということぐらいですかねー。そのままのお姿ですと、どうしても目を引いてしまうでしょうからー」
「分かりました」
「まぁ、護衛には『影』もつきますし、あまり気にしなくても大丈夫ですよー。社会科見学と言ってますが、実際は姫様に人の街を楽しんで欲しいだけなのでー」
「ふふ、ありがとうございます」
人の街か。楽しみだなぁ。あとで、ダリアに何を着ていくか相談しよう。
***
それから数日後、ついに人の街に行く日がやってきた。裾も袖口もふわりと広がり、腰ぐらいまであるトップスに、下はショートパンツを履いた。
スカートと迷ったが、散策して回るには動きやすい方がいい。それに、もしものことがあった時気兼ねなく戦える。
『影』はつくと言っていたが、自分を守る手段があって悪いことはない。トップスの下に隠すように装着したロッドを、ぽんと叩く。
「姫様、ハミルミー様が迎えに来られました」
ダリアの言葉を聞いて、私は最後に髪色を変える腕輪をつけ、逸る気持ちを抑えながら部屋を出た。
「おはよーございます、姫様」
「おはよう、ございます……?」
部屋を出て、まず目の前にいたのは橙色の短髪に糸目の見知らぬ男性。煌びやかな服を着ているから、地位のある人物ではあるんだろう。声をかけられ、とりあえず挨拶をする。
「どうかされましたかー? ああー、そういえばこの姿を見せるのは初めてでしたかー」
「え、まさか……。その話し方にその声……もしかして、ハミルミーですか?」
私は信じられないものを見るように目を見開き、確認するように問いかける。
「はいー。あらゆる姿に変身するのは、僕の特殊能力なんですよー。いつもの姿では子供だとあしらわれてしまいますから、人の街に行く時は姿を変えるんですー」
「すごいですね……」
変幻自在という設定はしていたが、こうやって目にするまで忘れていた。実際見てみると、すごい能力だ。同じ人物とは思えない。
「ありがとーございます。では、出発しましょうかー」
「は、はい。あの……ところで、どうやって人の街まで行くんですか?」
歩き出したハミルミーのあとをついていきながら、私は疑問を口にした。流石にドラゴンに乗って行く訳にいかないだろうし、ノーブルホーンも魔物だから乗っていったら騒ぎになる。
「普段ならダラ湿原を抜けるまではノーブルホーンを使ってー、近くの街までは徒歩。そのあと、人の街で移動手段に利用されている天馬に乗りますねー。ですが、今回は時間もありませんし、安全面も考えて転移陣を使いますよー」
「転移陣……?」
聞き覚えのない単語に、私は首を捻る。ゲームでは、長距離の移動手段はハミルミーが言ったように天馬だけだった。
「別の場所に描かれている転移陣に、一瞬で移動できる魔法陣のことですよー。便利なんですが起動自体にも膨大な魔力が必要でー、送る人数や距離によって更に増加するので乱用は出来ないんですよねー」
話をしながら、ハミルミーは地下へ続く階段を降りていく。下まで降りると、倉庫の扉と同じ様に嵌め込まれた石の周りに模様がある扉。恐らくこれも登録された人物しか開けない扉なのだろう。
ハミルミーが石に手を触れると、ぎぎぎっと音をたてながら扉が開く。地下だから光源が少なく薄暗い。そんな中見えるのは、ここがだだっ広い石造りの部屋で、中央の床に魔法陣が描かれているということぐらいだ。
その傍に誰かが立っていて、見慣れた銀髪のしっぽ髪が揺れる。
「来たか」
「お父様、どうしてここに?」
「俺が転移陣を起動させるからだ。本来は数人の魔法師でやるんだが、今日はお前のために一肌脱ごうと思ってな」
「え、お父様一人!? 大丈夫なの……?」
「問題ない」
誰だと思ってる? と言うようにニヤリと笑う。ハミルミーも頷いていて、特に心配している様子はない。お父様の魔力は、数人の魔法師の魔力量を合わせた以上ということか。流石というか何と言うか……。
「一緒に行けないのは残念だが、楽しんでこい」
「はい」
お父様は私の頭を一つ撫で、ハミルミーへと目をやる。
「頼むぞ」
「お任せくださーい」
私とハミルミーが転移陣の上に立ったのを確認すると、お父様は魔法陣の四方に伸びた線の先へと移動する。恐らくあの線は魔力注入用のホースみたいな役割をしているんだろう。 お父様がその上にだん、と足を下ろすと、足元から魔力が放出され、魔法陣がすーっと光に染まっていく。
「いってきます」
私が手を振ると、お父様は優しい顔で頷いた。
次の瞬間、ぱあああっと周囲が光に包まれて、目を開けていられなくなる。
ぐるんぐるんと、ジェットコースターに乗っているような感覚がして、ふらりと体が後ろに倒れそうになった。
「大丈夫ですかー?」
「あ、すみません」
どうやらハミルミーが支えてくれたようだ。ゆっくりと目を開けると、先程までの地下ではなく、転移陣以外には観葉植物ぐらいしかない、シンプルな部屋に立っていた。
「ここは……」
「ユーリシアの街のガザード商会の秘密部屋ですー」
「え、もう着いたんですか!?」
ユーリシアはアズヴァイドと大陸の真反対にある街だ。体感的にはほんの数秒だったのに。
「外に出てみましょうかー」
「は、はい」
秘密部屋は執務室らしい部屋に繋がっていた。机には書類と魔道具のパーツのようなものが乱雑に置かれている。
窓から外を見てみると、霧がない空の下に朱色の三角屋根の建物がたくさん見えた。石畳の街道には人や馬車が行き交っている。
アズヴァイドの街とはまた違った雰囲気で、わくわくが止まらない。
執務室を出て廊下を歩いていると、こちらに気付いた商会の人が駆け寄ってきた。
「ガザード会長、お戻りになられたんですね。そちらがお話ししていたお嬢様ですか?」
「ええ、ルーナ様です。失礼のないようにお願いしますねー」
男性は「はい」と答えてから、私に向かって丁寧に頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。私達商会の者も、ルーナ様が有意義に過ごせるようお手伝いさせていただきますので、何かございましたらお気軽にお尋ねください」
「ありがとうございます」
「では、私はこれで失礼します」
男性が立ち去り、私達は再び歩き出す。
「まずは魔道具工房に行ってみましょうかー」
「魔道具を作っている所を見学出来るんですか!?」
魔道具の説明は少ししてもらっていたが、制作工程は一度も見たことがなかった。どんな風に魔道具が出来上がるのか興味がある。
「面白いかは分かりませんけどねー。工房は隣で、内部から繋がっていますのですぐですよー」
「早く、早く行きましょう!」
「おやおやー」
私は我慢が出来なくなり、ハミルミーの腕を引っ張る。その姿を商会の人達が微笑ましく見守っていたことなど知らずに。




