30 人型ヘリオス
私達がアビーに乗って城へと戻ると、ダリアが外へと駆け出てきた。
「ひ、姫様、どうなさったのですか? こんなにお早くお戻りになるなんて……」
「ダリア! オルガに緊急の話があると伝えてきてくれない?」
アビーから降りるより先に、ダリアにそう声をかける。
「オルガ様にですか? わ、分かりました。姫様達は応接間の方でお待ちください」
私の焦りを感じ取ったのだろう。ダリアは追及することもせず踵を返した。その間に私達はアビーから降りて城の中に入り、応接間へ移動する。
ここは広さも十分あるし、もしヘリオスが元の姿に戻ったとしても大丈夫だろう。私とヘリオスはソファに座り、ヒューバートはその後ろで待機する。そうしていると、思ったよりも早く応接間のドアがノックされた。
「どうぞ」
「姫様、緊急の話があるとのことでしたが……」
ドアを開け部屋に入ってきたオルガは、こちらに視線を向けて言葉を止めた。そしてこめかみを押さえた。
「これは……どういうことですか?」
「なんだ、どうした?」
何故かオルガの後ろからお父様が顔を出す。ついてきたのだろうか。
「ん? 知らない顔がいるな……」
お父様がちらりとヘリオスに視線を向ける。ヘリオスは少し体を強張らさせ、私の腕にしがみついてきた。昔尻尾を掴まれ落とされたことがあるため、警戒しているようだ。
「……随分、仲が良いようだな」
その様子を見て、お父様はむっとした表情を浮かべて不満そうな声を出す。
「彼はヘリオスですよ、レジェ様」
「何?」
オルガに言われて、お父様は改めてヘリオスにじっと目をやる。
「なるほど、確かにお前に似ているな。いつの間に人型になることを覚えたんだ?」
「人型になるのを見るのは、私も初めてですよ。そのことで私を呼び出したんでしょう? 説明をお願いします」
向かいのソファへと座り、オルガはにっこりと笑顔を向けてくる。悪いことをしていない筈なのに妙な汗が出る。
「えっと、実は……」
私は緊張しながらも、こうなってしまった経緯を説明した。話を聞いて、オルガは静かに腕組みをする。
「……そういうことでしたか」
「あ、あの……ヘリオスは大丈夫なんでしょうか……?」
「心配ありませんよ。こうなったのは恐らく、アンクレットが余分な魔力を吸ったことで、体内の魔力が安定したせいでしょうから」
「え……?」
予想していなかった返答に、私はぽかんと口を開ける。
「ヘリオスの魔力量は膨大ですよ? この歳で私に引けを取りません」
「ええっ!?」
思わず声を上げてヘリオスに目をやる。当の本人は我関せずで、ぶらぶらと自分の足を揺らして遊んでいる。
「全然そんな風には見えないんですけど……」
「あまりに多すぎて、まだ上手くコントロール出来ていないんです。もとの姿に戻れないのも、そこの訓練が足りないせいでしょう」
オルガはおもむろに立ち上がり、ソファから離れた所に移動する。
「ヘリオス、こちらへ」
名前を呼ばれ、ヘリオスは確認するように私に顔を向ける。私が頷くと、渋々といった感じでオルガのもとへ行く。
「自分のもとの姿は思い浮かべられますか?」
「むー……」
もとに戻るのが嫌なのか、ヘリオスは口を尖らせて不満顔だ。
「ヘリオス?」
低い声で名を呼び、怖い笑顔が向けられる。ひゅっと危険を感じとったのか、ぱあっと光が放ちヘリオスはドラゴンの姿に戻っていた。
「ふむ。強く恐れを感じると、魔力が乱れて戻る訳か。これは改善すべき課題だな……」
「ぎゅわ……」
しゅんと首を下げたヘリオスの足元には、体に巻いていたヒューバートのマントが無残に落ちている。
「す、すみませんヒューバート。貸していただいたマントがびりびりに……」
私は申し訳ない気持ちで後ろを振り返る。
「あー、大丈夫ですよ。団長に弁償してもらいますから」
「何故私が……」
「息子さんがしたことですから、親である団長の責任かと」
ヒューバートはいつものにこにこ顔で、臆することなくオルガにそう言った。
「あなたが勝手にマントを貸していたんでしょう」
「なら、団長は姫様に裸体が晒されているのを我慢しろと言うんですか?」
「……」
あのオルガが押し黙ったことに少し驚く。意外とヒューバートはしたたかなようだ。
「娘に汚らしいものを見せたというのか! 貴様!」
「ぎゅわっ!?」
「レジェ様、話が進まなくなるので大人しくしていてください」
話を聞いていたお父様が別のことに食いつき、ヘリオスに掴みかかろうとしたが、オルガに首根っこを掴まれ止められる。
「ヒューバートの言う通り、マントはこちらで弁償しましょう。同じもので構いませんよね?」
「はい。ありがとうございます」
ヒューバートはオルガに頭を下げ、満足そうに笑った。
「さて、毎回人型になる時に裸では困りますね。ヘリオス、こういった服を着ているイメージをしながら、もう一度人型になれますか?」
「ぎゅうわぁ?」
オルガの言葉を聞き、ヘリオスはぐるりとみんなの姿を確認する。
「ぎゅわ!」
一つ頷き声を上げると、再び光が放つ。
そして現れたのは、フリルのついたブラウスにキュロットスカート。更にニーハイソックスとショートブーツを履いた少年ヘリオス。
「あなたは……」
オルガは呆れたように額に手をやる。
「あはは、ヘリオスは本当に姫様が好きですね」
「そ、そうですね」
ヒューバートの言葉に戸惑いながらも答える。
ヘリオスが着ているのは、私と全く同じ服だ。男の子が着るには可愛すぎるが、美少年のせいかそれがまた似合っている。見る人が見たら、何かに目覚めてしまいそうな程に。
「どー?」
「ヘリオス、それは主に女性が着る洋服です。せめて下はパンツスタイルにしなさい。息子は女装癖があるなんて噂されたら堪りませんから」
「ぱ、つ?」
「私が履いているようなものです」
ヘリオスはじっとオルガのパンツを見ると、「こー」と言って自分の履いていたキュロットスカートをパンツへ変えた。それだけでがらりと雰囲気が変わり、貴族の男の子という感じになる。
「そうです。今度から人型になる時は、意識するように」
「セレ、ネも、こえでいー?」
自分の姿を確認するようにその場でくるりと周り、私に問いかけてくる。
「うん、すごく似合ってるよ」
「へへ、やたー」
顔を綻ぼさせ、たたたっとこちらへ走って来て、ぎゅっと抱きついてきた。中身はヘリオスだと分かってはいるのだが、見た目は自分と同い年ぐらいの男の子だ。妙に気恥ずかしくなって、顔が火照る。
「おい、その姿で気安くくっつくんじゃない」
「やー」
お父様が引き剥がそうとするが、ヘリオスは離れまいと私をしっかりホールドしてくる。
「っ……ヘリオス、ちょっと苦しい……」
「あ……」
本当はそこまでじゃなかったが、これ以上抱きしめられるのは心臓に悪い。力が緩んだ瞬間、お父様がぽいっとヘリオスを後ろへ放った。そして私の両肩を掴み、顔を覗き込んでくる。
「セレーネ、大丈夫か? 何やら顔が赤いようだが……。ま、まさか、奴のことを好きになったのではあるまいな!?」
「ち、違う、そうじゃないよ!」
盛大な勘違いをされ、慌てて否定する。昨日までドラゴンの姿しか知らなかったのに、恋愛対象で見ている訳がない。
「セレ、ネ……おえのこと、きあい……?」
お父様の後方へ投げられたヘリオスは、涙目になりながらそんなことを言う。
「えっ!? あ、そういうことじゃ……。ヘリオスの事は好きだよ」
「やっぱり好きなんじゃないか!」
「もう! お父様はちょっと黙ってて!!」
私がピシャリと言うと、お父様はショックを受けた様子で肩を落とした。可哀想だが、まずは説明しようとヘリオスに駆け寄る。
「あのね、ヘリオス。ヘリオスのことは好きだけど、それは友達として好きってことなの」
「ともあち……?」
「うん。けど、好きには他にもあってね。毎日一緒にいたいとか、他の異性と話していると嫌だとか……その人のことを考えるとドキドキが止まらない、みたいな恋愛の好きっていうのがあるの。お父様はそっちの好きと勘違いしていたから、違うよって言ったんだ。分かるかな?」
「んー……むつかしー」
ヘリオスは首を捻り、眉間にしわを寄せる。
「ヘリオスが理解するには、まだ少し時間が必要そうですね。そういった面も含めて、これから教育を進めて行きますので心配なさらないでください」
まだまだだな、と言うようにオルガはヘリオスの頭に手を置いた。
「それより、セレーネ様はどこでそのようなことを覚えたのですか? 妙に具体的でしたが……」
誰か想い人でも? という声が聞こえる気がする。落ち込んでいたお父様もばっと顔を上げた。
「れ、恋愛小説を読んだら、そういう風に書かれていたんです」
前の世界の経験からとは言えない。一応それで納得はしてくれたようだが、お父様は「もし好きな相手が出来たら、絶対に報告するように」と釘を刺してくる。
ぼそりと「どれだけの相手が見極めてやる……」と不穏な空気で言っていたのは、きっと気のせいだろう。




