29 思わぬ変化
リリー達と出掛けた日から数週間後の休みの日。都合がつき、久しぶりにヘリオスに会いに行くことになった。
あの時に買ったアンクレットも、ちゃんとマジックバッグに入れてある。
「ヘリオスには、今日姫様が来ることを伝えていますから、ドラゴンの宿舎で待っていると思いますよ」
アビーに乗って宿舎に向かう空の上で、ヒューバートはそう話す。
「いつもありがとうございます」
ヘリオスは契約をしている訳じゃないので、呼び出すということが出来ない。折角会いに来たのに会えないなんてことがないように、事前にヒューバートに伝えてもらうのが常になっている。
以前、別の騎士の人に言伝を頼んだ時、ヘリオスに近づけなくって話を出来ない……なんてことがあったからだ。
どうやらヘリオスは契約しているドラゴン達とは仲が良いようだが、騎士の人達のことは警戒しているらしい。
その中でヒューバートだけは受け入れているようで、それからは言伝は彼に頼むようにしている。
暫くすると宿舎が見えてきた。空の上からヘリオスはどこにいるかなと探してみる。
……うん、分からん。
いつもより霧が薄いから見えるかなと思ったが、影がいくつかあることぐらいしか分からない。
そんな私の様子を察したのだろう。ヒューバートが指を刺した。その方向をじっと目を凝らしてみる。そこには、他のドラゴンより二回り程小さい影がある。
なるほど、あれか。宿舎からそこまで離れた場所にはいないようだ。
そんなことを考えていると、アビーが着陸態勢に入った。ふわっとエレベーターが下降した時のような感覚がし、地上がどんどん近づいてくる。
どすん、と宿舎前に無事アビーが着地し、ヒューバートの手を借りて降りた。
「アビー、今日もありがとう」
ぽんぽん、とアビーの体を触ると、どういたしまてと言うように「ギュルル」と鳴いた。
「今日はヘリオス、飛んで来ませんね……。姫様が来ることを喜んでいたんですが……」
アビーの手綱に手を掛けながら、ヒューバートは先程影があった方を見つめる。いつもなら私が来たと分かれば自ら出迎えてくれるのだが、今日はそれがない。
「なかなか来なかったから、拗ねているのかもしれません。ちょっと行ってきますね」
「分かりました。私もあとで参ります」
ヒューバートとアビーに手を振り、私はヘリオスがいるであろう方向へ駆け出す。暫く走っていると、地面に丸まっている薄緑色の体が見えてきた。
この数年で、ヘリオスは最初に会った時から三倍くらいの大きさまでに成長している。
「ヘリオス!」
声をかけると、もぞりと体を動かして、ちらっとこちらを向いた。けど、すぐにぷいと顔を背けてしまった。
「ヘリオス、ヘーリーオースー。すぐに会いに来れなくてごめんね?」
よしよし、とあやすように体を撫で寄り添う。そうしていると、我慢が出来なくなったのか、私のお腹に頭を押し付けてきた。なので今度は頭を撫でてやる。
「ぎゅうわぁ~~」
寂しかったよーと言うように、ヘリオスが鳴く。
「うん、そうだよね。だからそのお詫びに、ヘリオスに買ってきた物があるんだよ」
「……ぎゅわ?」
ヘリオスは顔を上げて首を傾げる。
「じゃーん」
私はマジックバックからアンクレットを取り出す。ヘリオスはそれをじっと見て、ぱかっと口を開けて食べようとした。
「ちょっ! 待った、待った! ヘリオス! これは食べ物じゃないから!」
「ぎゅわわ?」
咄嗟に手を引いたから無事だったが、危なかった。折角の贈り物が駄目になる所だった。
そういえば私のウォーターボールも躊躇いなく口にしていたことがあった。何でも口に入れようとする癖はどうにかした方がいいかもしれない。
「これはね、魔力を通したら伸縮して、あなたの足首ぴったりになるアクセサリーなの」
私はヘリオスの足元にしゃがみ込み、左の足首にあててみる。すると、途端に魔法陣が反応し、しゅるりと大きくなったと思ったら、次の瞬間にはヘリオスの足首に装着されていた。
「すごい……」
偽物だと思っていた訳じゃないが、本当に大丈夫かと少し不安だった。けど、その心配は杞憂だったらしい。
ヘリオスも不思議そうに自分の足を持ち上げ、アンクレットを見ている。
「ヘリオス、締め付けられたりしていない? 体調が悪かったりとか……」
「ぎゅわ、ぎゅわわ♪」
顔を上げて声をかけるけど、ヘリオスはどす、どすと嬉しそうに足踏みをしていて聞いていない。うん、特に問題はないようだ。
ほっと息をついて立ち上がると、突然視界が眩い光で埋め尽くされた。
「な、何!?」
慌てて目を覆う。奇襲でも受けたのだろうか。咄嗟に腰にあったロッドに手を掛ける。だが攻撃は一向にこないし、怪しげな気配も感じない。
不思議に思いながら光が収まるのを待ち、ゆっくり目を開ける。
「へぁ……?」
つい間抜けな声を出してしまった。それも仕方ないだろう。
何故なら先程までヘリオスがいた場所に、全裸の少年が立っていたからだ。
「セレ、ネ……あい、がと……」
たどたどしい言葉で私の名前を呼び、お礼を言ってくる。
え、何!? ヘリオスが人型になったってこと!? 力がある個体しかなれないって話じゃなかった!? ていうか、前! 前! 隠して!!
私は再び自分の目を覆う。もう頭の中は大混乱だ。
「ひゅ、ヒューバート! ヒューバートーーーー!」
この広い敷地で叫んで聞こえるかは分からないが、呼ばずにはいられなかった。これ、私じゃ対処出来ません。
「姫様! どうされましたか!?」
聞こえていたことにも驚きだが、叫んでからほんの数秒。
その間にヒューバートは私を背に庇うように立ち、見知らぬ少年へと剣を向けた。
優秀かよ。
「姫様、この者は……?」
「……ヘリオスです」
「はい?」
声だけでヒューバートが困惑しているのが分かる。うんうん、そうだよね。だけどその前に……
「ひとまず体を隠してあげてください!」
「! 気が利かず、申し訳ありません」
ヒューバートは剣をしまい、自身のマントを外して、少し警戒しながらもそれをぐるりとヘリオスに巻きつけた。
「もう大丈夫です」
そう言われ、やっと目を覆っていた手を外し、改めてヘリオスであろうその少年に目を向けた。
肩にかかる長さの薄緑色のさらりとした髪。オルガと同じ様な金色の瞳に、顔立ちもどこかしら似たものを感じる。なにより、少年の足首には私がヘリオスにあげたアンクレットがついている。
「ヘリオス……?」
最終確認のため名前を呼ぶ。
「な、に……?」
私と同じ様に首を傾げ、答える。ああ……間違いなくヘリオスだ。妙に納得できてしまった。
「……姫様、何があったのか聞いても?」
「はい。といっても、私も何が何だか……。ヘリオスに贈り物であるアンクレットをつけたら、突然こんなことに……。ヘリオスは前から人型になれたんでしょうか?」
「……分かりません。ヘリオスがどれほどの力を持っているかは把握していませんから」
ヒューバートも知らないのか。
だが、こうやって人型になっているということは、それなりの力を持っているんだろう。ただ、そういった個体しかなれないということは、人型を維持するには相当の魔力が必要ということでもある。アンクレットからも魔力を吸われているし、いくらドラゴンでもこのままにしておけば危険かもしれない。
「ヘリオス、もとには戻れるの……?」
「んー……ない!」
「えっ!?」
せめてドラゴンの姿に戻れればと思ったのだが、予想していなかった答えに私は狼狽える。
「恐らく、分からない……ということかと。人型になったのも、自分の意思ではなさそうですし……」
「あ、なるほど……」
納得はしたが、解決にはなっていない。戻る方法が分からないんじゃ困る。
「そうだ! アンクレットを外せば戻れるんじゃ……」
「やー!!」
私の言葉にヘリオスが叫んで、首をぶんぶんと横に振る。これは外させてくれないやつだ。
「姫様、この状況私達には手に負えません。ヘリオスを連れて城に戻り、オルガ団長に相談するべきかと」
「……そうですね」
気は重いがそうする他ない。まさか贈り物をしただけで、こんな事態になるとは誰も想像していなかっただろう……。




