閑話 娘の成長
夜が更ける頃、燭台の灯りで照らされた執務室にノック音が響いた。
「レジェ様、オルガです。定期報告に参りました」
「入れ」
書類に書き込む手を止め、がちゃりと開いた扉に目を向けた。
入ってきたオルガはいつもの生真面目な表情を浮かべているが、その奥には気疲れが窺える。
「今週のセレーネ様の成果をお伝えします」
世間話に花を咲かせることもなく、本題を口にした。授業が始まって以来、毎週こうやって報告を受けている。
セレーネからもその日何があったかは聞いているが、それだけでは分からないことも多い。
「ウィネットからは、魔力量は中級魔法が一つ打てる程に上がったと報告が。知識においては複合魔法も理解出来ていると聞いています。武術の方は身体強化と気配を消す技術を上手く使って、ゴードル相手に奮闘しています。武器を扱った訓練も少しずつですが始めたようです」
「本気ではないとはいえ、もうそこまで来たか。新兵が聞いたら卒倒するだろうな」
ゴードルの訓練や手合わせについて行けず、辞める兵は多い。それを幼い女の子がこなしていると知ったら、どうなるだろうか。想像して苦笑いが漏れる。
「調合の方は、簡単なものなら自身で魔法陣を起動しながら作業出来るようになったとのことです。気配察知の方も伸びているようで、『影』の存在に気付きつつあると聞いています」
「なるほどな……」
『影』とは、ギルが率いる部隊の総称だ。主な仕事は諜報活動や破壊発動、時には暗殺もこなす。外へ活動に出ている時以外は、常に誰かの傍に潜んでいて、呼べば何処からでも現れる。故に影と呼ばれている。
熟練の者でも彼等の気配を察することが出来るのはごく少数だ。それにもう気付く様になるとは……自分の娘ながら末恐ろしい。
「レジェ様は、セレーネ様を後釜にでも据えるおつもりですか?」
「馬鹿げたことを言うな」
魔王などという勇者と対立しているものに、セレーネを巻き込むつもりはない。じろりと睨むと、オルガは「ですよね」と言って肩をすくめた。
「ただ、自衛のためにしては、過剰な能力と言いますか……」
「俺とて、これほど力をつけるとは思っていなかった……」
互いにため息を吐く。
自分の身を守れるように……と、良かれと思ってやらせたことだったが、予想以上の成長ぶりを見せている。
顔合わせの日、セレーネが俺を守れるぐらい強くなる、と言った時は軽く流したが、このまま続ければ宣言通りになるのではないだろうか。
親として成長は喜ばしいことでもあるが、強大な力は盾にもなり、己を傷つける刃にもなりえる。
セレーネに限って、誤った選択はしないと思うが……。周りがどうでるか……
今は限られた者にしか知られていないセレーネの能力だが、外に出るようになれば交流が増え、いずれ露見していく。
頭がいいとはいえ、セレーネはまだまだ子供だ。悪い大人にそそのかされてしまうことがないとも言えない。
早めにセレーネ自身に忠誠を誓う味方が欲しい所だ。
まずダリアは筆頭だろう。戦闘面では心許ないが、生活面での支えとしては最適だ。後は護衛が数人と、影を一人はつけたい。
誰が適任か……と考えていると、確認の終わった書類を整理するオルガが目に入る。
「そういえば、お前の息子はセレーネをいたく気に入っていたな」
「ヘリオスはまだ世間知らずな所が多いですし、まだ力も未熟です。セレーネ様に預けるのは時期尚早かと思います」
俺の話したいことを察したのか、先に言われてしまった。
「セレーネにつかせることには反対しないんだな」
「本人がそれを望んでいますから。まぁ、セレーネ様が受け入れてくれなければ成立しない話ですが」
なるほど。ヘリオスの方が契約を結ぶ心積もりがあるのか。それはありがたい。数年後にはなるだろうが、強力な護衛が一人確保出来たと思っていい。
ドラゴンに怯えることもなく、子ドラゴンを友と呼ぶ子だ。一緒にいることを拒んだりはしないだろう。
「ヘリオスは決まりとして、他に候補はいるか?」
「……難しい所ですね。傍に置くのなら、セレーネ様の全属性のことを知っている者が最適ですが、現段階では幹部の面々しかいません。かと言って、彼等に主を変えろと命令する気はないのでしょう?」
「ああ。偽りの忠誠を誓わせても意味はないからな」
「となると、全属性のことは知らず、セレーネ様と親しくしている者の中から、信用における相手を探すしかないですね」
「親しくしている者……サイモンか?」
料理にも興味があるのか、最近よく耳にする。「サイモンに作ってもらったんです」と言って嬉しそうに差し入れに来るセレーネは癒しだ。
「彼は料理人でしょう。狩りを一人でこなす腕はありますが、護衛としてはどうかと思います」
「では他に誰がいる?」
俺、オルガ、ダリア、ヘリオス、幹部四人……。そこを除いて、他に頻繁に話題に出てくる人物がいただろうか。
「ヒューバートの話は聞きませんか? 宿舎に行く時はいつも一緒ですし、先日はセレーネ様に兄みたいだと言われたと聞かされまして……」
ばきゃっ
手を置いていた肘掛け部分から、ぱらぱらと木屑が落ちる。
「セレーネに兄はいない」
「例えですよ……。こんなことで椅子を壊さないでください」
はあ、とオルガは小さくため息を吐く。
「そういえば顔合わせの時にセレーネに会ってみたかったと言って、衛兵をしていたな。あの頃からセレーネを狙っていたということか!?」
「落ち着け!」
がん、と頭に拳が振り下ろされた。
人型になっているとはいえ、力の強さはドラゴンの時とさほど変わらないから、それなりに痛い。普通の人間だったら潰れている。
「……容赦がないな」
「阿呆なことを言うからだ。今は護衛候補の話をしていたんだろう。お前の親馬鹿発言はどうでもいい」
殴られたのも砕けた口調もいつ振りか。昔はこういったやり取りは日常茶飯事だった。少し懐かしい気持ちになり、落ち着いた。
「……信用に足るのか?」
「足らない者を隊長にはしないし、セレーネ様の案内役も任せはしない」
腕組みをして、呆れたような顔で鼻を鳴らされた。
「……お前が言うなら、候補として考えよう」
ドラゴンナイトならば、ヘリオスとの連携も上手く出来そうだ。組み合わせとしては最善なのかもしれない。
「ただ、兄と慕われるのは気に入らないがな!」
「まだ言うか……」
「ああ、言うさ! ちょっと付き合え」
棚からワインとグラスを取り出し、オルガを半強制的にソファに座らせた。今日はとことん愚痴ってやる。




