18 ピクニック気分
力を抜きつつ、変な姿勢にならないよう椅子に座って数分。私は大きく息を吐いた。
「どう、でしたか?」
窓際でこちらの様子を伺っていたギルに声をかける。
「だいぶマシになった……。あと少しだ……」
「そうですか……」
練習を積み重ねて、ソファに頼らずとも、座った状態なら姿勢を崩さずに力を抜けるようにはなった。
けれど、肝心な気配を消す、という領域には到達出来ていない。
もう少しで何かつかめる気がするんだけどな……
その一歩がなかなか超えられない。このまま続けるだけでいいのだろうか、という疑問が浮かぶ。
「少し、外でやってみるか……?」
突然の提案に、私は目を瞬いた。
「自然を感じた方が、やりやすいかと……」
「……なるほど。やってみる価値はありますね」
気配を消すのは、周りに溶け込むというか、自然と一緒になるような感覚に近い。だから、外でやるのはいい作戦かもしれない。
「ダリアに確認してみます」
机に置いてあったベルを手に取り、チリンチリンと鳴らした。
暫くすると扉がノックされ、返事をするとダリアが部屋の中に入ってくる。
「お呼びでしょうか、姫様」
「ダリア。授業の一環で、少し外に出たいんですけど、駄目ですか?」
ダリアはそうなんですか? と確認するようにギルに視線を向けた。頷きで肯定された後、外に視線を向けて考える仕草をする。
「……そうですね。霧は薄い方ですし、少しでしたらいいですよ」
「やった!」
嬉しくて、ぴょんっと飛び跳ねる。それをギルとダリアに微笑ましく見られて、子供っぽい喜び方をしてしまったと、ちょっと恥ずかしくなる。
「少し肌寒いので、上着を羽織って行かれた方が良いでしょうね。ご用意しますので、ギル様と中庭前でお待ちください」
「分かりました。行きましょう、ギル」
「ああ……」
部屋を出てギルの後をついていく時に、じっと歩き方の観察をしてみる。特別な動きをしているように見えないのに、足音は全く聞こえない。
作法を教わった時に歩き方も練習して、私もそれなりに静かに歩けるけど、流石に無音では無理だ。どうやっているんだろうか。
真似をして歩いてみるけど、上手くはいかない。色々試行錯誤をしながら歩いていると、ぴたりとギルが足を止めた。いつの間にか中庭前まで来ていたようだ。
扉の前で待っていると、小走りでダリアが荷物を持ってやって来た。
「姫様、こちら上着です」
「ありがとう」
腕に抱えた薄手の白いカーディガンを着せてもらう。その時、ダリアが足元に置いたバスケットが目に入る。
「それは?」
「ああ、サイモンが是非食べて欲しいとミートパイを作ったそうです。よろしかったら、休憩がてらにと持ってきたんですが……」
「わあ、ピクニックみたいですね! あ、でも……」
ギルに視線を向ける。外に出ていい時間は限られている。授業のために出るのに、そんなティータイム的なことをしてもいいのだろうか。
「好きにしたらいい……。気分転換も兼ねてたからな……」
「! ありがとうございます!」
「では、準備をしますね」
ダリアが先に庭へと出る。その後をゆっくりとギルと一緒について行くと、早速庭の一角にシートを敷いてあった。
どうぞ、とダリアに促され腰をおろす。
「ほら、ギルも」
こういったことに慣れていないのか、ギルは戸惑った様子で棒立ちしていた。隣の空いている部分をぽんぽんと叩く。
「いや、俺は……」
「折角だからギルにも食べてもらいたいんです。サイモンの料理は本当美味しいんですから!」
もう一度シートを叩くと、渋々といった感じでギルが隣に座った。
それを確認すると、ダリアがトレイにミートパイと紅茶を二組用意して、私達の前に置いてくれた。
「わー、美味しそう!」
「出来立てですので、気をつけてくださいね」
「はーい」
ミートパイの乗った皿を手に持ち、フォークで一口分に切る。香ばしい匂いが食欲をそそる。
少しドキドキしながら、口に運んだ。そして広がるのはサクサクとしたパイ生地の触感と、ジューシーなお肉の味。
「はふっ! んんー、美味しい! これはサイモンにお礼を言わないと!」
「ふふ、サイモンが聞いたら泣いて喜ぶでしょうね」
「あ、ギルも遠慮なく食べてください」
皿を取ろうとしないギルに、半ば強制的に渡す。「食べてみて、食べてみて」と私が目で訴えかけると、観念したのかのろのろとした動きでミートパイを口に入れた。
「どうですか?」
「……うまい」
驚きの混じった声。素直な感想に、私は自分のことのように嬉しくなる。
「そうでしょう? 好きなだけ食べていいですからね」
一口、一口味わうように食べるギルを横目に、私は自分の持っていたミートパイを食べ終わり、紅茶を飲んで一息つく。
こんな風に穏やかに過ごすのは久しぶりかもしれない。頬を撫でる風が心地良くて、目をつぶった。
葉の擦れる音や、ダリアが紅茶を注ぐ音が、まるで音楽のようだ。何だかいつも以上にリラックス出来ている気がする。
あ、ギルがもう一切れ貰って食べている。ミートパイ好きだったのかな?
意外だなー。さっきより無くなるのが早いなー、と思った所ではっと目を開ける。
そう。私は目を閉じていた。なのに、気配の薄いギルが何をしているのか鮮明に感じられた。
確認するようにギルを見ると、ちょうど二切れ目を食べ終わり、皿を置いた所だった。
「今、の……」
「出来ていたな……」
「!」
肯定され、嬉しくなってギルの手を握った。びくっと反応したけど、振り払われはしなかった。
「やった! やりましたよ! ギル!」
「あ、ああ……」
ぶんぶんと繋いだ手を振る。すると、ギルは不安そうにぽつりと漏らした。
「……あんた……気持ち悪く、ないのか……?」
気持ち悪い? 何がだろう……?
不思議に思って首を傾げると、少し言い辛そうにしながらも口を開く。
「俺に、触るのが……」
ギルから怯えのようなものを感じる。私は改めてギルの手を見た。手の甲辺りから黒い鳥の羽毛のようなものが肌を覆っている。そういえば、ギルは魔族の中でもひと際魔物の特性が体に出ているんだった。
確かそういった者は『忌み子』と呼ばれていると、オルガから聞いた。ゲームではここまで掘り下げた設定はなかったから、よく覚えている。
自分の能力に抑えがきかず、周りの人間を傷つけたり、最悪の場合死に至らしめる事が頻発したため、そう言われるようになったと。
全ての忌み子がそうであった訳ではないが、心無い者や恐怖に駆られた者達の手によって、淘汰されてきたらしい。
恐らくギルも過酷な状況で、必死に生き抜いてきたんだろう。その中でそういった言葉を浴びせた人達がいたに違いない。
けど、私はその人達とは違う。ギルの肌を見ても、不快感どころかこの羽毛の部分の触り心地はどうなっているんだろう。という興味の方が湧いている。
ちょっと、ちょっとだけ……
ふわふわと風に揺れる羽毛の誘惑に負け、私はそっと触れてみた。
「うわ、やわらか……」
「……!」
そこを触られると思ってなかったのか、ギルは体を強張らせた。「大丈夫だよー」という想いを込めて優しく撫でる。
あー……これは、ずっと触っていられる……
ドラゴンとは違う手触りに、手が止まらなくなる。もふもふ、最高。
「ひ、姫様、ギル様が困ってらっしゃいますよ」
どれくらいそうしていたんだろう。見かねたダリアが声をかけてきた。顔を上げると、くすぐったいのか恥ずかしいのか分からないが、耳を赤くしたギルがぷるぷるしていた。
「あ……す、すみません。触り心地が良くてつい……」
私は慌てて手を離す。名残惜しいけど、彼は動物ではなく人だ。流石にこれ以上触るのは良くないだろう。
「……」
「ギル?」
解放された筈なのに微動だにしないので、不安になる。大丈夫かと手を伸ばしかけて、止める。今、触らないと決めたばかりだ。
手を引っ込めようとしたら、おずおずといった感じでギルが私の指先を掴んだ。
「……本当に、平気なんだな……?」
「え? はい」
再度確認され即答する。それどころか、もっと触らせて貰えないだろうかと思ってるぐらいだ。これを言ったら別の意味で引かれそうなので言わないが。
「なら、いい……」
安心したような息をつき、ギルは何事もなかったかのように、三切れ目のミートパイを要求する。かなり気に入ったらしい。
うん、今度からギルの授業時はミートパイを用意してあげよう。




