17 グレードボードを見に行こう
「姫様ー、こーんにちはー。今日はグレードボードを見に行きますよー」
午後になって部屋を訪れたハミルミーは、開口一番そう言った。
「グレードボードってこの城のですか? 見に行っていいんですか?」
「はいー。今日は納品日ではないですし、良いと許可が下りましたのでー。遅くなってすみません」
ハミルミーは頭を掻いて、へにょりと眉を下げた。
「いえ、約束覚えていてくれたんですね。ありがとうございます」
「ふふふ、じゃあ行きましょー」
部屋を出て一階へ下り、長い廊下を突き進む。グレードボードは裏口横の倉庫にあるということだ。
目的の場所に到着した私達の目の前には、両開きの厳重そうな扉。中庭への扉と同じ様に石が埋め込まれている。違うのは、その石の周りに紋様が描かれていることだろうか。
ハミルミーが石に手を触れると、淡く光ってから、ガコンと音をたてて扉が開いた。
「この扉は、登録された人が触れないと開かない仕組みになっているんですー」
なるほど、と頷く。確かに誰でも入れたら、検査をして管理している意味がない。
扉の向こう側へ入ると、巨大な空間の左右に沢山の棚が並び、様々な品物が分類されているのが目に入ってきた。
箱に入って積まれているものや、布を被されている置物のようなもの。見ただけでは何に使うのか分からないような不思議なものまである。
「棚に並べてあるものは、検査が済んだものですけど、触らないようお願いしますねー」
私が興味のあるものに走りだそうに見えたのだろうか。しっかり釘を刺された。
「グレードボードはこの奥の、搬入口前に置かれていますー」
大人しくハミルミーの後をついていき、もう一つの入口近くまで行くと、棚がなくなり広くなった空間に、どーんと三畳ほどの大きさの板……というか台が二つ床に置かれていた。
「これがグレードボード……ですか?」
全体の大きさもだが、はめ込まれている魔石の大きさや数もかなり違う。水晶にいたっては、大人の顔よりも大きいものが使われている。
「家具なんかも検査しますからねー。小さい型だと、情報を映し出す水晶が隠れたりしてしまって不便なんですよー」
「確かにそうですね。ここまで大きいとは思ってなかったですけど……。魔石は同じ属性のものがいくつも嵌っていますけど、どうしてですか?」
「属性の割合を出すためですよ。いくつ光が灯ったかで判断をします」
「へー……。あの、試しに何か調べてみても……」
「――て下さい!」
会話を遮るように、搬入口の向こう側から騒がしい声が聞こえてきた。
「おやー、今日は納品日ではなかった筈なんですけど……」
ハミルミーが首を傾げる。その間にも騒ぎは大きくなり、突然ガコンと扉が開いた。さあっと外の空気が入ってくる。そうなると霧も入ってくる訳で……。
それに気付いたハミルミーが、ぱっと私の後ろから抱きしめるような形で、服の袖を使って口元を覆ってくれた。
「サイモンさん、今日は納品日ではないですし、午後の利用はお控えくださいと何度も……」
「ばーか、いい肉が入ったんだから、新鮮な内に食べてもらわなきゃなんねぇだろうが」
「入ったというより、狩ってきたの間違いでしょう!?」
開いた扉の前には衛兵らしき人と、サイモンと呼ばれ、大きな獣を肩に担いだ恰幅のいい男がいた。
「ったく、ぐだぐだとうるせぇな……」
「うるさいのはどっちですかねー」
ハミルミーの言葉で、男がやっとこちらを向く。
「え、は……ハミルミー様? どうしてこちらに……」
男は呆然と立ち尽くし、瞬きをする。その戸惑いの視線は徐々に下がり、私と目が合った。
「そ、そのお姿……。ま、まさか、姫様!?」
口が塞がれているので、私はこくりと頷いた。
「ま、誠に申し訳ありません。姫様が訪問中とは知らず……。私は……」
「挨拶よりも、先に検査をして扉を閉めろ」
ハミルミーの冷たい声に驚く。いつも優しいイメージだったが、こういった面もあるとは意外だ。
「へ……あ! は、はい! ただいま!」
ハミルミーの言わんとしてることが分かったのか、男はグレードボードに抱えた獣を置いた。見た目はイノシシそのものだ。大きさは倍以上はありそうだが。
土属性の魔石が三つに、風属性の魔石が一つ光り、水晶に情報が映し出された。少し距離はあるが目を凝らせば何とか読めそうだ。
グレード:B
キラーボア(オス):大型の魔物。体は硬い毛に覆われていて、下顎の大きな牙が口外に突き出している。噛みつき攻撃も強力だが、風魔法を使った突進攻撃は即死級。嗅覚や聴覚が発達している。昼行性である。
状態:死亡。血抜き済み。
討伐者:サイモン
流石は上位のグレードボード。以前見たものより、かなり詳細な情報が書かれている。状態欄に病気などは載っていないから、検査結果は良いということなのだろう。
確認が終わると、サイモンは扉の石に手を触れ搬入口を閉める。その向こうで衛兵の人が、申し訳なさそうに頭を下げていた。
完全に閉まった所で、やっとハミルミーが手を離してくれた。
「あ、改めまして。私このアズヴァイド城の料理長を任されております、サイモンと申します」
少し緊張した面持ちで頭を下げてくる。それに応えるように私もスカートを持ち上げた。
「セレーネ・ロードニクスです。料理長だったんですね。いつも美味しいご飯をありがとうございます」
「! セレーネ様にその様なお言葉を頂けるとは……光栄です。作り甲斐がありますね」
サイモンは心底嬉しそうに顔をほころばせた。
「それで、あの魔物はサイモンが今捕ってきたんですか?」
「はい、そうです。レジェ様やセレーネ様に食べてもらおうと……」
「魔物って食べられるんですね……。初めて知りました……」
「え……」
「え……?」
お互いにクエスチョンマークを出す。
「姫様、姫様。普段口にしている肉類はほとんどが魔物なんですよー」
「そうなんですか!?」
ハミルミーにそう言われて、驚きの声を上げる。味に違和感がなかったから、何がもとになっているかなんて考えたことなかった。でも、よくよく考えればこの付近は霧の影響で動物が少ないから、魔物を食べるのは自然なことなのかもしれない。
「魔物って美味しいんですね……」
私の言葉に、サイモンは心底安心したように息を吐いた。
「良かった……。姫様が魔物を食べるのは嫌だと言い始めたらどうしようかと……」
「食べても別に問題はないんですよね?」
「それは勿論です! 特殊な力を持っていたり、体の大きさが違ったりはしますが、普通の動物と変わりなく食べられます」
「なら、特に気にしないですよ。これからも素敵な料理期待してますね」
そう話すと、サイモンの目がキラキラと輝いた気がした。
「お任せください! セレーネ様のためにも、最高のものを仕上げてきます!」
「え、あの……今すぐ作って欲しいって意味じゃ……」
私の声は届かず、サイモンはキラーボアを担いですごい速さで倉庫を出て行った。
「あの感じは、キラーボアのフルコースでも出てきそうな勢いですねー」
「ええっ!? それは困ります。私、そんなに食べられませんし……。止めに行きましょう!」
作ってもらったものを残す、なんてことはしたくない。私はハミルミーの腕を引っ張る。
「グレードボードの見学はもういいんですかー?」
「使う所も見れましたし、大丈夫です。ありがとうございます」
「いいえー。姫様が満足されたなら良かったです。では、調理室に行きましょうかー」
「はい」
調理室に行くと、キラーボアを解体し終わったサイモンがフルコース料理を作るために、他の料理人達に指示を出している所だった。
慌ててそれを阻止して、キラーボアのお肉は小分けにして使いましょう。という話に落ち着いた。
ちなみに晩餐に出てきたのは、キラーボアの赤ワイン煮込みで、柔らかくって最高でした! サイモンありがとう!




