14 ドラゴンの宿舎
ずしん……と重い音をたてながら地面に着地をする。アビーから降ろしてもらい、改めて辺りを見回す。
薄っすらした視界の中、思い思いの場所で寛ぐドラゴン達。平地だけじゃなく、岩場や水場なんかがあるのも窺える。
宿舎の方に目を向けると、ひさしのついた大きめの開口部が均等に並んでいるのが見える。すると、そこからひょこっと顔を出して、外に出てくるドラゴンがいた。
「あの一つ一つがドラゴンの部屋になっているんですか?」
「はい。でも、部屋で寝泊りするドラゴンは少ないですよ。仮の寝床というか、休憩所……みたいな感覚でしょうか」
アビーの手綱を外しながら、ヒューバートは笑って答える。
「そうなんですか? てっきり契約したドラゴンはここに住んでるのかと思ってました」
「基本的には山の寝床に帰りますね。食事もお腹がすけば自分達で狩りに出かけるので、こちらが用意することはほとんどないです」
「それは助かりますね。でも、それならわざわざ部屋を作る必要性はないんじゃ?」
不思議に思い、首を傾げる。
「契約したドラゴンは自身の鱗を一枚剝いで渡します。それは、自分の一部を預けるという意味があり、契約の証でもあります。
その鱗は目印でもあり、呼ばれた時その印がある場所に降り立つのですが……。ドラゴンの方から訪ねてくることもあるので、個人が鱗を持ち歩いていると何かと問題なんです」
「例えば?」
「この巨体ですから、自宅に広い敷地を持っていない者は、突然やってきたドラゴンに家を壊された……とか。結婚式中にドラゴンが来て、相手方が逃げ出してしまい結婚が頓挫したなんて話もあります」
「それは……問題ですね」
ドラゴン達に悪気はないんだろうが、そんなことが続けば折角築き上げた信頼関係は破綻してしまうだろう。
「あれ、でもドラゴンは人型にもなれるんじゃ……?」
ふと、オルガの姿を思い出す。彼は常に人型でいる。寧ろドラゴンの姿でいることを見たことがない。先ほどの話は人型になれば問題がないように思える。
「人型になれるのはそれなりに力があるドラゴンだけなんです。ここにいる中でも、数体いるかどうか……」
「そうだったんですね。アビーはどうなんですか?」
「なれるみたいですが、必要性を感じない……という風にあしらわれて、私もまだ見たことがないんです」
ヒューバートは困ったような表情を浮かべながら、アビーを見やる。ちらりとこちらに視線を向けたと思ったら、ふいっと顔を反らして水場の方へのしのしと歩いて行ってしまった。
「姫様がいれば……と思ったんですが、駄目でしたね」
ヒューバートは肩をすくめた。
「話が脱線してしまいましたが、先程お話ししたように問題があったため、この施設を作り、部屋を用意してドラゴンの鱗を置くようになったんです」
「じゃあ、部屋の中にドラゴンの鱗があるんですか?」
「はい。各部屋に飾られています。宿舎の中を見てみますか?」
「是非!」
私が反射的に答えると、くすりと笑いながら「では、こちらへ」とヒューバートが歩き出す。少し恥ずかしくなりながらも、その後ろをダリアと一緒についていく。
「そういえば、ダリアはドラゴンの宿舎に来たことはあるの?」
「はい。以前に一度だけ」
「へー、一人で? それとも誰かと一緒に?」
「それ、は……」
何気なく聞いただけなのに、珍しくダリアは言葉を詰まらせた。
「……友人と一緒に来ました」
すぐ何事もなかったように笑顔を浮かべて答えたが、一瞬寂し気な目をしていたのを見逃さなかった。
うーん、聞いちゃいけないことだったかもしれない。何か話題を変えた方が……
「ぎゅわ~~~!」
「え?」
ここで聞こえるにしては不釣り合いな、幼い鳴き声が響く。くるりと振り返ると、薄緑色の子ドラゴンがこちらに向かって飛んできているのが見えた。
「ヘリオス!」
ばっと手を広げると、嬉しそうにヘリオスは飛び込んできた。
ただ、スピードは全く緩まなかったので、ど――――ん、と突き刺さるような衝撃を受け、そのままばたりと後ろに倒れてしまった。
「きゃあっ! ひ、姫様!」
「姫様! 大丈夫ですか?」
「ぎゅ、ぎゅわわ~……」
心配そうに三人(二人と一匹?)が覗き込んでくる。
「ぷっ……あははは、すごい勢い! びっくりしたぁ~」
「その様子だと大丈夫そうですね」
ヒューバートが手を差し伸べてくれてくれたので、厚意に甘えて体を起こしてもらう。
「これでもゴードルに鍛えられていますから」
「そうでしたね」
「それでも、倒れた拍子に頭を打ったりしたら大変です! 本当に平気ですか!?」
心配性のダリアが声を張り上げ、無事を確かめるように右に左にとチェックをする。「怪我はないようですね……」と息を吐いて、服についた汚れを掃ってくれた。
「さてと……」
ヘリオスに目を向けると、しゅんと尻尾が垂れ、うるうると目が潤んでいる。
悪いとは思ってるんだろうな……
何だかあっちの世界で飼っていた犬を思い出す。悪いことをしたと分かっていると、尻尾を丸めてこちらを窺うようにちらりと見るのだ。
笑っちゃいそうになるのを抑え込み、真面目な顔でヘリオスに向かい合う。
「ヘリオス、嬉しいのは分かるけど、今度からはもう少し優しく飛び込んでこないと駄目だよ? 今日は大丈夫だったけど、次は私もヘリオスも怪我しちゃうかも」
「ぎゅわ!」
「約束、守れるよね?」
「ぎゅわわ!!!」
「よし、いい子」
頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。オルガには甘いと言われるだろうが、反省している子をこれ以上叱りつける気になれない。
「ヒューバート、宿舎の見学にヘリオスも連れて行って大丈夫ですか?」
「ヘリオスなら大丈夫ですよ。よく遊びに来ているので、他のドラゴンも気にしないでしょう」
「だって。一緒に行こうか」
「ぎゅわ!」
私の歩調に合わせるように、ヘリオスはぽてぽてと付いてくる。可愛い。
***
宿舎の中は、真ん中が通路になっていて左右に部屋がある構造だった。一部屋一部屋が分厚い壁で仕切られてはいるが、通路側に壁や扉はなく柵だけなので、横を通るだけで中がよく見える。
外からは分からなかったけど、部屋の内装がそれぞれ違う。藁が敷かれていたり、いくつもの布が乱雑に置かれていたり。砂が盛られている部屋なんかもある。
「好みがそれぞれ違いますからね。一匹一匹に合わせて整えられているんですよ。気に入れば、自分の捕ってきた獲物とか、好きな物なんかを持ち込むことがありますよ」
よくよく見れば、部屋の中にキラキラ輝く石が置いてあったり、花が飾られていたりと様々だ。
「鱗はどこに飾られているんですか?」
「あそこですよ」
ヒューバートがすっと上を指差す。その先を辿ると、仕切りの壁から棒のようが突き出していて、それに額縁のようなものに入れられた鱗が吊り下がっていた。
こんな間近にあったとは。部屋に目がいって気が付かなかった。
鱗は形や色味がそれぞれ違い、同じもとは一つとしてなかった。きらりと光が反射して、それが一層美しさを際立たせる。
「綺麗……」
ぼうっと眺めながら通路を進んでいると、海のように深い青色をした鱗が目に入った。
「もしかして、そこがアビーの部屋ですか?」
「そうです。よく分かりましたね」
「今日じっくり見て来ましたから」
部屋の中を覗くと、「わぁ……」と声を上げてしまった。
黒い絨毯の上に、特注であろうクリーム色の大きなクッション。上から白いカーテンのようなものと、貝殻を糸で繋いだものがいくつも垂れ下がっている。風に揺れると、しゃら……と微かに擦れる音がした。
「なんだか豪華ですね……」
他の部屋と比べると、凝りようが全然違う。
「アビーの要望に応えてたら、いつの間にかこんな風になってたんです」
「へぇ……! アビーはおしゃれさんなんですね」
噂をすれば、アビーが部屋の中にのそりと入ってきた。この部屋いいでしょ? と言わんばかりのすまし顔をして。




