15 ヘリオスと遊ぼう
「何だ、自慢したかったのか?」
ヒューバートが呆れつつも、優しい声色で話す。肯定するようにアビーはぎゅるる、と鳴き頭を差し出した。その意図に気付き、ヒューバートはよしよしと頭を撫でてやる。
数回撫でられたら満足したのか、今度は私に頭を向けてきた。
撫でてもいいってことかな?
おずおずと手を伸ばそうとしたら、アビーと私の間にヘリオスが割り込んだ。
「ぎゅうわっ!!」
駄目! と言わんばかりの表情で、アビーに威嚇するように翼を広げた。
「ヘリオス!?」
ここに遊びにくるぐらいだから、怖いもの知らずだとは思っていた。でも、アビーは序列でいえばかなり上のドラゴン。そんな相手にこんな態度をとってしまって大丈夫だろうか?
心配になってヒューバートに目を向けると、少しだけ困ったような顔をしただけで、焦ってる様子はない。危険はないようで、ほっと息をつく。
「あの、ヘリオスはどうしちゃったんでしょう……?」
「うーん、恐らく嫉妬かと」
「嫉妬?」
「ドラゴンにとって頭を撫でるのを許すのは、親愛の証拠なんです。アビーがそれだけ姫様を気に入ったということなんですが、それがヘリオスには面白くなかったんでしょう」
「なるほど……。それにしても、ヒューバートはドラゴンの気持ちがよく分かるんですね……」
「ドラゴンナイトはドラゴンとの意思疎通が上手く出来ないと駄目ですから。でも、そう言う姫様もヘリオスやアビーの表情を見て、なんとなく感じているものがありますよね? 私はそちらの方が驚きですよ」
「そうですか? ダリアもなんとなく分かるよね?」
「ええと、ヘリオス様はまだ幼いので分かりやすいですが、他はちょっと……」
後ろの方にいたダリアに声をかけると、頬に手を当てて首を傾げられた。
え、そうなんだ。何で私には分かるんだろう?
向かい合うドラゴンに視線を戻す。ヘリオスはまだ怒って、ぎゅわぎゅわ文句を言っていて、アビーは呆れたような顔をしつつ、うんうんと黙って聞いている風に見える。
「あれ、今は子供だからって許されてますけど、本当なら注意しなきゃいけないことですよね……?」
「姫様が気にする必要はありませんよ。私がきっちりオルガ団長に報告しておきますので」
あー、うん。オルガに任せるなら、もう何も言うまい……
ごめんよ、ヘリオス。これも君のためなんだ。
***
文句を散々言って落ち着いたのか、ヘリオスは私の所に戻って来て、「ぎゅわ~~~~」とぐりぐり頭を押し付けて甘えてくる。
「宿舎の見学はここまでかな」
「まぁ、よろしかったのですか?」
「うん、今はヘリオスと遊んであげようと思って。ヒューバート、どこでなら遊んでもいいですか?」
「平地の端の方なら、他のドラゴンも少ないので大丈夫かと。外に出てみましょうか」
来た通路を戻って宿舎から出ると、ヒューバートが辺りを見回す。
「あちらの方なら良さそうです。行きましょう」
「あ、はい」
よく見えるな……
霧が薄いとはいえ、視界は悪い。私は目をじっと凝らしてみる。けれど、私に見えるのは近場のドラゴンだけで、奥の方にいるドラゴンはどこにいるのか分からない。
離れないようヒューバートの背中を追いかける。その道中、横を歩いていたダリアが声をかけてくる。
「姫様、いつもより長い時間外に居られますが、体調が悪かったりはしませんか?」
「ん、平気だよ。布もちゃんとしてるし」
「それでも全て防げる訳じゃありません。もし何かおかしいなと思ったら、我慢せず、すぐ知らせてくださいね」
「分かった」
暫く歩いていると、ぴたりとヒューバートが足を止めた。
「ここら辺ならいいでしょう。ただし、目の届く範囲でお願いしますね」
「はい! ヘリオス、行こう!」
「ぎゅわ~!」
私がたたっと走りだすと、テンションが上がったのか、ヘリオスはばっと翼を広げ、私の視線ぐらいの高さを飛んでさーっと追い抜いていく。
「あ、ずるい! ま――て――――!」
「姫様、遠くに行ったり、危ない事をしては駄目ですよ!」
「分かってる――――!」
ダリアにそう答えながらも、私はヘリオスを追いかけるのを止めない。
結構な速さで飛びながら、ヘリオスはひゅるり、ひゅるりと器用に方向を変えていく。
おお、小さいと言えども流石はドラゴン。すごい機動力。
でも動きは単純だ。ゴードルに鍛えられた私には通じない。私はフェイントを入れつつ、距離を詰めていく。それに驚いた一瞬の隙を狙って、ばっと飛びつく。
「ぎゅわ!?」
「つっかまえたー」
そしてそのままこしょこしょとくすぐってみる。
「ぎゅわっ! ぎゅわわわっ!」
ヘリオスは声を上げ、わちゃわちゃと手から逃れようとする。くすぐり攻撃はドラゴンにも効くらしい。面白い。
と思っていたら、お返しと言わんばかりにヘリオスの尻尾が私の首元をくすぐった。
「うひゃあ! あ、はははははは、ちょ、まっ……ははは!」
「ぎゅわわわ! ぎゅ、ぎゅわっ、ぎゅわっ!」
互いに譲らず、くすぐり合戦が始まる。けど、長くは続かなくて、笑い疲れて地面に座り込む。
「あー、お腹痛い。ははっ」
「ぎゅわっ」
私がお腹を押さえると、ヘリオスも同じ様に自分のお腹を押さえた。ドラゴンも腹筋が痛くなるんだろうか。そう思うと、それがまたおかしくて笑いが込み上げる。
ああ、駄目駄目。これ以上笑ったらほんと無理。
ふーっと息を吐いて、別の遊びはないかと考えを巡らす。
「あ、そうだヘリオス。私あれから魔法を覚えたんだよ」
「ぎゅわ?」
会ったら見せてあげようと思っていたんだった。私はちらりとダリアとヒューバートがいる方を見る。二人は何やら談笑中だ。今がチャンス。
「見ててね。“ウォーターボール”」
呪文を唱えて、背に隠すように目の前に手に収まるサイズの水の玉を出してみせる。応用のやり方を教えてもらってから、細かい調整が出来るようになったのだ。
ヘリオスは不思議そうに玉を見つめ、顔を近づけたと思ったら……
ごくんっ
「え……」
目の前の水が消えてなくなった。というか、ヘリオスが飲みこんでしまった。うん、喉が渇いていたのかな?
って違う! この水って飲んでも大丈夫なやつなの?
私の心配をよそに、ヘリオスはきょとんとしている。見た感じは平気そう。もし、問題があった時は謝ろう……。
「ぎゅわ、ぎゅわ!」
「ん? 今度はヘリオスが何か見せてくれるの?」
じっと見つめていると、ヘリオスはすーっと息を吸い込んでから、ぼっ! と口から火を出した。
「すごい! 火を吐けるんだ!」
「ぎゅわ!」
褒められて気分が良くなったのか、ぼっ、ぼっ、ぼーっ! と連続で火を吐く。私は「おー」と拍手を送る。
ぱちぱち……
あれ、何か焦げ臭い?
ふと視線を横に向けると、枯れた草に火が燃え移っていた。
「おわーーーー! や、やばい、やばい! うぉ、うぉ、“ウォーター”!!!」
大きめの水の玉を出し、すぐに形状解除するよう式を組み替える。水はばしゃりと音をたてて落ち、じゅうっと火を消した。
「あ、危なかったぁ……」
「ぎゅ、ぎゅわ~……」
ふう、と安心したのも束の間……
「ひーめーさーまー?」
ヘリオスと一緒にびくりと体を縮こませた。ひやりとした空気が背後から漂ってくる。恐るおそる振り返ると、ダリアが怖い顔をして仁王立ちしていた。
「危ないことはなされないように、とお約束した筈では?」
「今のはわざとでは……」
「……」
「……ごめんなさい」
「……ぎゅわわ」
私が魔法を見せなければ、起きなかった事だ。反省をして二人で頭を下げる。それでも、約束が守れなかった罰ということで、予定した時間より早めに帰ることになってしまった。残念。




