13 空中飛行
休みである闇の日は、日課にした方がいいと考えた走り込みと魔法訓練をこなす。そのあとは体を休ませるためにゆっくり読書を楽しんだ。
そしてまた授業の日々。ウィネットには基本魔法の応用を学び、ゴードルとはいつもの手合わせ。ハミルミーとは新たな調合をし、ギルとは気配の消し方の特訓。
そんな毎日を何週か過ごしたある闇の日。
「姫様、準備は出来ましたか?」
「うん、もういつでも行けるよ!」
ダリアの問いかけに、自然と声が弾む。それもその筈。なんたってこれからドラゴンの宿舎に行くのだ。
ヒューバートに誘われて、お父様に話をしていたが、ドラゴンの宿舎はアズヴァイド城から少し離れた場所にあり、霧が濃い日は駄目だと言われ、ずっと先延ばしになっていた。
だが今日の朝、やっと行ってもいいという許可がおりた。
一緒に行くのはダリア。
お父様も本当は一緒に行きたかったみたいだけど、お父様が行くとドラゴン達が大混乱に陥るらしい。前は宿舎が半壊したとか。何をしたらそこまで怯えられるんだろう……。何だか怖くて聞けなかった。
ダリアに連れられて城の中でひと際豪勢なドアの玄関を開けると、予想外のものが目に飛び込んできた。
「え……」
私はてっきり馬車かなんかで宿舎まで行くんだと思っていた。けど、門まで続く石畳の通路にいるのは数匹のドラゴン。その中でも、海の様に青く深い色の鱗を持ったドラゴンに目を奪われた。
その傍には見覚えのある水色髪の人物がいる。私達が出てきたことに気が付いて、彼は笑顔で駆け寄ってきた。
「おはようございます、姫様。お待ちしておりました」
「……おはよう、ございます……。ええと、ヒューバート、これは一体?」
ちらりと彼の後ろに目をやる。うん、見間違いじゃない。大人三人分はあろう大きな巨体達がそこにいる。
「ドラゴンの宿舎は岩山に囲まれた場所にあるんです。地上から行くとなると日数がかかってしまいますので、空から行くのが通例になっています」
「じゃあ、ドラゴンに乗って行くってことですか!?」
「はい」
わああああ、とテンションが爆上がりしていく。いつか乗れるなら乗ってみたいとは思っていたが、まさかこんなに早く叶うとは思ってもみなかった。
「この青いドラゴンがヒューバートの相棒ですか?」
「はい。アビーと言います」
アビーと呼ばれたドラゴンは、ちらりとこちらに目を向ける。
「よろしくね、アビー」
「ギュルルルル……」
ヘリオスよりだいぶ低い声。それでも、喜んでいるのがなんとなく分かる。手を差し伸べると、顔を近づけてきてくれる。ふすーっと鼻息がかかってくすぐったい。
「姫様、乗る前にこちらを」
ダリアの方を向くと、ふわりと首元に布を巻かれ、ボタンで留められた。
「これは?」
「霧が薄いと言っても、ない訳じゃありません。少しでも吸い込む量を減らすために、これで口元を覆ってください」
マスク代わりってことかな。
私が布を鼻あたりまで持ち上げてみせると、ダリアは「そうです」と頷いた。
「では、姫様はこちらに」
ヒューバートが私をアビーの背中の方へ促す。ダリアは別の人に連れられている。どうやら別のドラゴンに乗るようだ。
アビーの真横まで来ると、「失礼します」とヒューバートが私を持ち上げて、背中に乗せてくれた。
ぺたりと手をついたドラゴンの肌は、つるつるしていてひんやりしている。不思議な感触を堪能していると、ひょいっとヒューバートが私の後ろに飛び乗った。
「それでは出発しますよ」
ヒューバートが手綱を握り、足でアビーに合図を送ると、畳んでいた翼を広げて力強くはためかせる。するとごうっと風が起き、一瞬の浮遊感のあと、その巨体は宙へと浮かんでいた。
「うわぁ……」
ぐんぐんと城が小さくなり、高さが増していく。けれど、ヒューバートがしっかり支えてくれているお陰だろうか、怖さはあまり感じなかった。
「姫様、もうすぐ霧の上に出ますよ」
視線を上に向けると、ばっと霧がなくなり、青々とした空が目の前に広がった。あまりの鮮やかさに目を細める。
「……きれい」
前の世界じゃ見慣れたはずの空。それがこんなにも胸を打つとは思ってなかった。霧に覆われた景色も幻想的で悪くないと思っていたが、やはりない方が心も晴れやかな気分になる。
初めて霧の外に出た私のためか、アビーはゆっくりと飛んでくれている。乾いた風が気持ちいい。
私はいつの間にか、前の世界で好きだったアニソンのメロディを口ずさんでいた。そんな私の音に合わせるように、アビーがぎゅわぎゅわと鳴く。
「姫様の歌を気に入ったようですね。初めて聞きますが、なんという曲ですか?」
「え!? ……ええと、思いつくまま歌ってただけなので、曲名はありません……」
「今、姫様が作ったということですか? 素晴らしい才能をお持ちなんですね」
「たまたまですよ」
私はただ前の世界の既存の曲を歌っただけだ。曲を作ることに長けているなんてことは、これっぽっちもない。
「ふん、ふふーん、ふーん♪ こんな感じですかね」
「一度聴いただけで覚えたんですか!?」
「覚えるの、得意なんです」
そんなのあり? もし催促されても、思いつきだったからメロディを忘れましたってかわそうと思ってたのに……
私の気持ちとは裏腹に、ヒューバートは何度も繰り返して歌っている。
「……ヒューバート、その歌広めないでくださいね」
「どうしてですか?」
「えっと、恥ずかしいからです」
「これほどいい曲なのに、ですか?」
「ぜーったい駄目です! もし広めたら……」
「広めたら?」
「えっと、えっと……一生ヒューバートと口を聞きませんから!」
我ながら子供っぽい脅しだ。でも、他に思いつかなかったんだからしょうがない。
「うーん、それは嫌ですね。分かりました。この曲は私達の秘密ということですね」
意外にもヒューバートはあっさりと引いてくれた。本当に脅しが効いたのか、それとも私の必死さに折れてくれたのか分からないが、これでこの歌が広まることはないだろう。私はほっと息をつく。
そんなやり取りをしていると、ドラゴンの鳴く声がした。距離的にアビーや他の騎士が乗っているドラゴンではない。
前方に目を凝らすと、複数のドラゴンが飛んでいるのが見える。それを気にも留めず、アビーはどんどん近づいていく。
「……あの、このまま進んで大丈夫なんですか?」
「平気ですよ。あのドラゴン達も契約された個体ですし、アビーはその中でも序列が上の方ですから……」
集団の中に入ろうとした時、さあっとそのドラゴン達は道を開けるように散った。その光景に驚いて、ヒューバートに視線を向けると「ほらね?」といった感じで微笑んだ。
「ドラゴンは強さで序列が決まると本で読みました。アビーはとても強いんですね」
「はい。といっても、上には上がいますけどね」
「そうなんですか?」
「姫様もよく知っておられますよ」
「え」
私は首を傾げる。
ドラゴンの知り合いなんて、ヘリオスぐらいしかいないような……。
あ……
「もしかして……」
「はい。魔族に味方しているドラゴンの中では、オルガ様が一番強いです」
そうだよね~……
いつも人型の姿だから、ドラゴンだってことを忘れがちになる。けど、ゲームでラスボスの前に立ち塞がるのは彼だ。そりゃ強いだろう。
「そろそろですね。また霧の中に戻りますよ」
「分かりました」
すーっと高度が落ちていき、ぶわっと霧に包まれる。暫くすると薄っすらした視界の中に、岩山に囲まれた広大な敷地と、厩舎のような横長な建物が見えた。




