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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
対抗戦
47/54

聖技場  表彰と「聖炎」

 日常とは雰囲気が異なる、非日常ーー祭りの気配。

 これだけの人の数となると、もはや声というより雑音。

 アリスの永い竜生でも、娯楽の為にここまでの人数を集めたのは初めてのことです。


 円形聖劇場ーー正確には、「円形聖技場(アンフィテアトルム)」。

 楕円の「聖技場(バナー・ラス)」は八等分され、座席が色分けされています。

 「聖技場」の上部から、その色に対応した巨大な竜ーー八竜の像がフィールドを威圧するように睥睨(へいげい)


 これはもちろん、アリスの趣味も含まれていますが。

 観客たちが目的の席へ迷わずに向かえるようにとの配慮から設置されたものです。

 「聖語使い」たちの多くは、団体行動の経験がありません。

 その為に、主にベズが知恵を絞った結果です。


 アリスは炎竜のような、壮麗で豪華な「聖技場」を造りたかったのですが。

 ベズの駄目出しによって、地竜のような地味で詰まらない「聖技場」になってしまいました。


 あまり遣り過ぎると良くない。


 観客席の最前からフィールドを見下ろしながら、アリスはベズの言葉を思いだしました。

 それでも、観客の多くは巨大建築物に圧倒され、こちらも「聖域(テト・ラーナ)」初となる「対抗戦」の開始を待ち侘びています。


 アリスが座っているのは、特別席。

 特別なのは座席ではなく、座席のある位置です。

 「聖礼殿(ヴィナー・ヤカ)」から観客席へと続く正面口。

 観客席のない、その下に設置されています。


 特別席に座るのはアリスと、「解説役」のマホマール。

 フィールドの中央。

 見下ろした先には、ベズが一人で立っています。


 その中央の左右に、選手の待機所ーー選手席があります。

 アリスから見て、左が炎竜組で、右が地竜組。

 どちらも五名ずつ、席に座っています。


 まるで突風が吹き始めたかのように、「聖技場」が騒然となりました。

 それはティノが、噂の美少女(?)が待機所からでてきたからです。


 ベルゼイの作った服ではなく、学園の制服を着ています。

 スカートを穿いています。

 生足を隠す為なのか、普段は着用しない外套(ローブ)で体を覆っています。


 そう、今も罰ゲーム継続中なのです。

 孤独に一人で仕事をし続けたアリス。

 この程度で、彼女の炎が鎮火するはずがありません。


 「対抗戦」前夜の忙しい時期に、ティノは姿を消しました。

 しかも、スグリをーーついでにイオリとマルを連れてです。

 超特急で「スグリ袋」を造って戻ってみれば。

 学園だけでなく、その周辺からも魔力を感知することはできませんでした。


 人の手も竜の角も、「仔犬」の前脚も借りられず、アリスが独りで仕事をしまくっていたというのに。

 もしや「敵」の攻撃なのではないかと、心配しまくっていたというのに。

 アリスの「感知」が届かない、どこか遠くで、ティノはスグリと楽しく遊んで(?)いたのです。

 これが許せるでしょうか、いえ、許せません。


 仕事に(かま)け、すっかり忘れていたティノの「出場」のことを伝えても、彼はあまり驚きませんでした。

 どこに行っていたのか問い質しても、ティノははぐらかしました。

 そんな不埒な態度。

 アリスが許すなど、炎竜が氷竜になってもあり得ないことですが。

 なぜかスグリがティノの味方をしたので、罰ゲームで妥協するしかありませんでした。


「良い天気ね」

「ええ、冬にしては暖かな日和で重畳々々。これで観客席の皆さんも、寒さと戦わずに済みますな」


 ベズが設置した巨大「聖暖房」は問題なく機能しているようです。

 寒さは、人を殺せます。

 特に、じっと動かないでいるのはよくありません。

 屋外での観戦が初めての者も多い。

 体が弱い者には寒さは(こた)えるので、バレない程度に「聖技場」内を暖めておきました。


 今日は、アリスは主役ではないので、大人しい服装をしています。

 とはいえ、アリスという絶炎の美女は、どうやったところで目立ってしまうので、さほど効果はありません。

 男性女性と関係なく、視線を集めまくっています。


 予定通り、観客は九千人といったところ。

 傷病者やそのつき添い、「聖域」の警備を担当する「聖士」、外せない用事がある者など、仕方がない理由がある者以外のほとんどが「聖技場」に参集しました。

 それだけ「学園」が注目されているということの証左でもあります。


「ベズが『聖語』を刻み始めたので、開始いたしますわ。ーーマホマール様。準備はよろしくて?」

「ええ、いつでも。あれはーー、『隠蔽』の『聖語』のようですな」


 さすが「聖域最強」と噂されるだけのことはあります。

 ベズが刻み始めてから一拍。

 優れた「読刻」で、マホマールは「聖語」の種類を読み取りました。


 ティノが小さな二つの箱を持ち、ベズに歩み寄ってゆくのを確認してから。

 アリスもまた、「聖語」を刻み始めます。

 そして、刻み終えた瞬間。

 アリスとマホマールの頭上ーー上空に、巨大なアリスとマホマールの上半身が映しだされました。


『ほう。見事なものですな。『幻影』の応用ですかな? 声も拡声している様子。あ、ご存知ない方もいらっしゃると思いますので、自己紹介をさせていただきます。この度、『解説役』を拝命されたマホマール家の『当主』、マホマールでございます。さて、私のことなど皆さん興味ないでしょうから、お隣の麗しい姫君に場を譲るとしましょう』


 突然の事態に観客たちは息を呑みますが、マホマールの説明及び自己紹介で、観客たちの緊張が解れました。

 それだけでなく、随所から笑いも漏れています。

 上手い、だけでなく手慣れている。

 「解説役」に抜擢した甲斐があったというものです。


『寒い中、足を運んでくださり、まことに感謝に()えません。私はエーレアリステシアゥナ学園の学園長であり、今回の『対抗戦』の主催を務める、アリス・ランティノールと申します。ーー長話など竜に喰われてしまえ、ということで、ちゃっちゃと先に進めてしまいましょう。先ずは地竜組、炎竜組の催し物の、優勝者への表彰を行います』


 観客席の熱気が冷めやらぬ内に、アリスは「聖語」を刻み始めました。

 上空のアリスとマホマールの「幻影」が消え、同じ場所に青年の「幻影」が映しだされます。

 その瞬間。

 若い女性たちから黄色い悲鳴が上がりました。


『先ず、炎竜組の催し物である迷路。100を切ったのは三名で、三位は48のキューイ様』


 「若手三強」の一角の登場に、女性陣は大興奮。

 「若手三強」は未婚とあって、その人気は凄まじいものです。

 そんな彼女たちの声に、微笑みを返す美男子ーーキューイ・クーリゥ。


 実は、「迷路」の二位と三位も、フィールドに下りてもらうつもりだったのですが、諸事情(ティノの猛烈な反対)によって却下されたのでした。

 「聖技場」の中心で、ティノにプロポーズなどされても面倒なだけなので、アリスは承諾。

 男性陣の不満が爆発しない内に、アリスは「聖語」を刻みます。


『二位は、40のマホマール様。今回の『迷路』は、三つの関門があり、それぞれ10。最短で、30でクリアできるようになっていました。あまりむずかしくしてしまうとクリアできない者が多発してしまうので、三つ目の関門だけ難易度を上げました』

『ええ、その三つ目の関門ーー『合わせ鏡』で、少々時間を取られてしまいましたな』

『単純そうに見える、『聖語』による引っかけ。この関門をクリアできなかった方は、70名。それ以外の棄権が30名ほど。3人に2人はクリアできたので、次回があれば、もう少しむずかしく設定しても良いかもしれません』


 アリスは。

 ティノを魔力でぶっ飛ばしました。

 スカートの中が丸見えです。


 ーーそのつもりでしたが。

 残念ながら、ベズの「結界」で防がれてしまいました。


 丁寧に喋っているアリスを(あざけ)る、ティノの半笑いの顔。

 本当に。

 昨日から、やけに反抗的です。


 スグリを味方につけ、調子に乗っています。

 有頂天竜です。

 どこかで痛い目に遭わせる。

 アリスは内心で炎を(たぎ)らせながら誓いました。


『一位は、30のフロン様。最短時間でクリアするという快挙を成し遂げました。皆さま、温かい拍手をお願いいたします』


 アリスの「聖語」が効果を示すーー上空に「幻影」が映しだされると同時に、ベズの「隠蔽」の効果が切れ、フィールドに置かれた台の上にフロンが現れます。

 キューイとマホマールーー男性が続いたあとの若い女性の登場。

 それだけでなく、男性が優位な「聖域」での優勝と相俟ち、「聖技場」は大盛り上がりです。


「いえいっ、いえいっ! 『聖樹(サイプレス)』の店長っ、()()のフロンちゃんで~す! ふっふっふっ、キューイ様だけじゃなくてマホマール様にまで勝利するなんて、きんっもちい~わ~っっ!!」


 はしゃぎまくるフロンを見て。

 ティノの表情が凶悪なものになりました。

 そう、フロンが頭から生やしている地竜の角は。

 「聖樹」で見たときと同じく、派手なままだったからです。


 ベズは。

 「イオリ(イオラングリディア)優先」の病人が発作を起こしそうだったので。

 魔力で患者をグルグル巻きにしました。


『フロンさんは『隠蔽』に、偽装に強いと聞いていましたが、ここまでのものとは思いませんでしたな。本当にお見事です』


 内心はどうあれ、マホマールは笑顔で拍手し、フロンを称賛。

 マホマールの手放しの賛辞に、再び「聖技場」が沸きます。

 拍手の勢いが落ち始めたところで、アリスは賞品の贈呈に移りました。


『優勝者であるフロン様には、とある希少な動物の毛で織られたハンカチーフをお贈りいたします』

「ちょっ、ちょっ、この手触り!? あの動物の毛よりも上等じゃないですか?! アリス様っ、この毛っ、()()()してください!!」


 「聖域」の「聖語使い」の九割が集まった「聖技場」の中心で、フロンは堂々と犯罪を持ちかけました。

 どうやらマルの「腹毛」は、高級品の扱いに慣れたフロンでさえも、とち狂わせてしまうくらいの一品だったようです。


『ダメよ。本当なら私が独り占めするつもりだったのに。今回は仕方がなく手放したのよ。もう上げないわ。フンっ』


 絶世の美女であるアリスが子供っぽく拗ねて見せると。

 「聖技場」がほんわかと温かな雰囲気に包まれました。

 そんなわけで。

 フロンの「横流し」発言は有耶無耶に、暗竜に食べられてしまいました。


 特製のマル品を手放すようにアリスに申しつけたのは、スグリでした。

 いったい昨日は何があったのか。

 ティノだけでなく、スグリはマルの味方にもなってしまったのです。

 でも、これ以上の供出(きょうしつ)、というか自己犠牲は回避。

 マフラーや枕、帽子や手袋は死守しました。


『次は、地竜組の催し物であるゲームです。子供向け、という触れ込みの通り、賞品の贈呈対象は子供です。そんなわけで、大人の参加も可だったわけですが。ーーここで、二人の大人が、ぶっちぎりで優勝と二位を掻っ(さら)ってゆきました』

「がっはっはっ、優勝はもらったぜ! 何を隠そう『ストーフグレフの大問題』とは俺のことだぜぇ!!」

「うはっ、うははっ、そんで『ストーフグレフの珍獣』とは俺のことだぁ!!」

『はい。そういうわけで、五試合目に出場するメイリーンの父親と長兄が、優勝と二位よ。ほら、ティノ。次がつかえているのだから、とっととメイリーンの家族をそこからどかしなさい』


 メイリーンは。

 その(たぐい)まれな反射神経を以て、床に伏せました。


 絶対に来るなと家族に厳命しておいたのに、彼らは来てしまいました。

 いえ、メイリーンもわかっていました。

 彼女の言葉など、家族が聞き入れてくれるはずがないと。

 メイリーンは周囲の、選手席に座っている地竜組の皆と目を合わせないようにしながら、暗竜が家族を誘拐してくれることを願いました。


『警備員さん。そこの『大問題』と『珍獣』を早くつまみだしてください。連行する際、うっかり処刑してしまっても構いません。『セレステナ聖地の汚物』を早々に処理してください』

「おおっ、マホマールじゃねぇか! 久しぶりだ! もう『おねしょ』はしてねぇ……」


 強制撤去、もとい強制退場。

 ベズの「隠蔽」で、メイリーンの父親と長兄は消えてしまいました。

 同じくベズの「隠蔽」で姿を消されたモロウとガロ、それからエルラが二人への対処を開始します。


『さて、二人が地の国に行ったところで、実質上の優勝者の発表に移りましょう』

『そうね。ーー飛び抜けた高得点はなかったものの、五つのゲームを高い点数で纏めたケイン・ラグリィ君が優勝』


 先ほどの悪夢(?)を忘れるかのように、台の上に現れたケインに対し、観客たちは盛大な拍手を送りました。

 ただ、この拍手には、別の意味も含まれています。

 それは、台の上で恥ずかしそうにしているケインが「八創家」ではないからです。


 これには理由がありました。

 「八創家」の子供たちは、まだ人が少ない内に学園に遣って来ていた為、抽選に当たった子供たちは早々にゲームを終えていたのです。

 そこに現れたのが、「大問題」と「珍獣」。

 彼らは高得点ーーつまりゲームの攻略法を子供たちの前で披露してしまったのです。


 それが、ケインが「八創家」の子供たちをわずかに上回った理由です。

 がんばった「八創家」の子供たちには申し訳ありませんが。

 この結果は、アリスにとって悪いものではありませんでした。


 フロンとケインーー女性と、「八創家」以外の子供。

 「対抗戦」の前の「予感」としては十分です。


『優勝者であるケイン君には、学園の食堂の『一星巡り無料券』です。是非、家族で食べにきてください』


 ケインよりも、彼の後ろにいる両親のほうが大喜び。

 「聖域」に新たな料理を普及し続ける、学園の謎の超絶料理人。

 「八創家」以外の人々は、その謎の人物の正体を知らないので、あちらこちらから羨ましがる声が上がります。


 ティノの先導で、「聖礼殿」に続いている正面通路からでてゆくフロンとケイン一家。

 ここからが本番。

 アリスとベズは高速で「聖語」を刻み始めました。


 こんなものは序盤ーーつけ火に過ぎません。

 そう、これから燃え上がらせてゆくのです。

 正確無比、というだけでなく美しい所作によって刻まれてゆく「聖語」に、観客たちは魅了されますが、アリスが本当に見せたいのはこんなものではありません。


『先ずは『幻影』。『隠蔽』の効果が切れたら。開始の『聖炎(ウェスタ)』よ』


 本当に「幻影」を行使しても良かったのですが、ここは専門家に任せました。

 待機所の奥に置かれた「スグリ袋」の中で、待機中のスグリが空を闇で包み込みます。

 それから、観客席の合間にある階段の下に。

 外套を纏った24人の生徒が突如現れました。


 一斉に「聖語」を刻み始める学園生たち。

 見る人が見ればわかります。

 全員が全員。

 「聖域」に於いて、トップレベルの実力者でした。


「予想はしていましたが、……これは本当に」


 アリスは、マホマールの呟きを観客たちに伝えることはしませんでした。

 言葉よりも雄弁なものがある。

 アリスとベズは同時に、天竜を撃ち落とすが如く「光球」を放ちます。

 刹那。

 生徒たちの「光弾」が光の線を描きながら、二人の「光球」を追ってゆきました。


 これまた、一斉に爆破。

 空の闇を彩る、光の乱舞。

 星空を焼くかのように、闇が吹き払われてゆきます。


『エーレアリステシアゥナ学園が学園長アリス・ランティノールの名に於いて、ここに『対抗戦』の開始を宣言する!』


 道は拓けました。

 もう、後戻りはできません。

 新時代の幕開けを「予感」させるように、アリスは高らかに告げ知らせたのでした。

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