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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
対抗戦
46/54

門と並木道  「聖域」の未来

「ふぅ~」


 馬車の中なので、ダナはだらけています。

 わずかな睡眠と、貴重な休憩時間。

 学園が主催とはいえ、これほど大規模なイベントは初めてということもあって、調整やら何やらでダナも多忙を極めました。


「もうすぐ着くようですな。ダナ様、身支度を」

「ああ、ありがとう、ジジ。すまない、こんなときにまで護衛を依頼してしまって」

「この依頼を達成すれば、『風竜の毛』を拝観できるとの由。このジジ、命に代えてもダナ様を御守りする所存」


 本当に「風竜の毛」か怪しいところですが、不思議な毛であることは間違いありません。

 家宝とはいえ、ダナにとってはただの「白い毛」。

 あんなものでジジが護衛になってくれるのですから、調査の許可など易いものです。


 外がざわつき始めます。

 鷹の紋章。

 馬車がダナ家の所有物であることが人々に知れ渡ったのでしょう。

 「八創家」の「筆頭」。

 身嗜みを整えると同時に、ダナ家の「当主」であり息子たちの父である、理想の自分の姿を脳裏に構築します。


「問題ございません。それでは」

「うむ、頼む」


 ジジが外に合図を送ると、使用人が馬車の扉を開けます。

 慣れてはいるものの、どうにも好きにはなれません。

 畏怖と好奇心、そして羨望と、わずかな嫌悪。

 サロウ・ダナではなく、ダナ家の「当主」に向けられる人々の視線ーーのはずでしたが。


 視線の半分、どころか、ダナを見ていた残りの半分も、(こぞ)って彼女が独り占め。

 壮麗な門の下に、美少女が一人。

 いえ、ダナは彼女の正体を知っているので、言い直さないといけません。


 そこには。

 紛う方なき美少女が立っていました。


 以前会ったときよりも髪が伸びています。

 その艶やかさたるや、「竜毛」と呼ぶに相応しい輝き。

 まだ(つたな)さが散見されるものの、細部までこだわって作ったことが知れる服。

 少し冷たい印象のある彼女の体を、やさしく包み込んでいます。


 通常の「聖板」の、半分くらいの大きさの「聖板」を抱えています。

 ちょうど胸を隠すような位置にあるので、最大の弱点(ウィークポイント)が克服されています。

 恐らく、誰かの指示でそうしているのでしょう。


「あ、ダナ様。いらっしゃいませ~」


 ダナに気づいた美少女が、極上の笑顔でお出迎え。

 もう一つの太陽が出現したかのようです。

 周囲の、特に男どもが、蜂蜜をかけた砂糖のような顔になっていました。


 極上の笑顔ーーということは、彼女にとって現在の状況は不本意である可能性が高い。

 ダナは。

 その明晰な頭脳を以て、二つの選択肢から一つを(すぐ)ることにしました。


「ーーティノ君。君はなぜ、女装をしているのかね」


 「邪竜の所業」。

 のちにそう言われることになる、ダナの暴露が行われると。

 周囲に悲鳴と怒号。

 特に、男どもの悲哀は見ていて痛々しいほどです。


 まるで天の国と地の国が同時に顕現したかのような騒ぎ。

 ここぞとばかりに事実の浸透を企図し、ティノが大きな声で答えます。


「はい! 昨日、アリスさんのお手伝いをしないといけなかったんですけど、今日の朝まで全力でぶっちぎってしまったので、罰ゲームを言い渡されました!」


 作りものではない、ティノの本物の笑顔。

 どうやらダナは、正解を引き当てたようです。

 これでティノが少女であるという正確な情報、ではなく、誤った情報が正されることになるでしょう。


 ティノが着ている服は、「聖休」の間にベルゼイが作ってきたものです。

 ひらひらでふわふわの、夢見がちな少女が着るような服です。

 下はスカートで、まだ冬の妖精もがんばっているというのに、生足万歳(みえまくり)です。


 ティノに似合う服を作ってきた。


 満面の笑みでそう言った、ベルゼイに悪意はありませんーーきっと。

 当然、ティノはベルゼイが作ってきた服を着ることを拒否したのですが。

 きっかり覚えていたアリスは、罰ゲームに追加。

 絶世の美少女の爆誕と相成りました。


 髪の毛も、周囲から切ることをとめられていました。

 最近、クロウが変な目を向けてくることが多くなったので、「腹パン」の回数も増えました。


「ティノ君。君は今日、何人からプロポーズをされたのかな?」

「……両手足の指の数を超えてからは、数えていません」


 「八創家」や有力者の中には、自分が特別だと勘違いした者が多くいます。

 そうした人間は、自分の思い通りにならないことを、断られることを考慮していません。

 こうしてティノが普通にしているということは。

 きっと彼にプロポーズした男どもは、トロウやカロウのような目に遭ったのでしょう。


 ティノが抱えている「聖板」には、催し物の案内が「聖語」で刻まれていました。

 地竜組と炎竜組の催し物は抽選。

 学園の施設の案内と、食堂での試食は先着で受けつけているようです。


「あっと、そうだった。ダナ様、選手の入れ替えがありました。ディズルが『欠場』になったので、クロウは四試合目になりました」

「入れ替え? そうなると、地竜組の五試合目は誰になるのかね?」

「……メイリーンです」


 「聖拳」のメイリーン・ストーフグレフ。

 掉尾(ちょうび)を飾るのに相応しい人物とはいえ、彼女は炎竜組ではなかったかとダナは記憶しています。

 クロウが格下げ。

 そのことに気を取られていたダナに、ジジは重大な懸念を伝えました。


「ダナ様。ストーフグレフ様が抜けられた、炎竜組の選手のことを聞いておいたほうがよろしいかと」

「はっ……。ま、まさかティノ君は、……四試合目に、クロウと試合をするの…だろうか?」


 トロウとカロウを一撃で沈めたティノ。

 ダナは、アリスとの面会のあと、ジジから一連の「ティノの振る舞い」の話を聞きました。

 クロウは強い。

 そう信じていても、戦わせてはいけない相手というのは存在するのです。


「朝、アリスさんから聞きました。僕は五試合目で、『裏切り』のメイリーンと戦うことになっています」

「『裏切り』?」

「ソニアが嬉々としてメイリーンを責め立てました。まぁ、それ以外の人たちは、『仕方がない』という感じでしたけど」


 ティノと戦いたい。

 その為に彼女は「裏切った」のでしょう。

 汚名を甘受してでも、成し得たいことがある。

 そんなメイリーンの想いを知っているからこそ、クラスメイトたちは彼女を許したのだとダナは思いました。


 ふと、若い頃に思いを致そうとしたダナでしたが、自分の立場を思いだし、溜め息一つ。

 見た目が美少女のティノと長く話していると、周囲から反感を買ってしまいかねません。


「クロウだけでなく、君の試合も楽しみにさせてもらうよ」

「あはは……、いえ、僕の試合のことは気にしないでください」


 良く言えば自然体、悪く言えば虚脱、というところでしょうか。

 以前と同じように見え、何かが異なる。

 どうもティノの印象が定まりません。


「ジジ。彼をどう見る?」

「以前より、()()()なっております。あれはヤバいーーとだけ申し上げておきます」


 門を潜ってから、ダナはジジに尋ねました。

 あのジジをして、答えを濁さなければいけない相手。

 クロウの友人、若しくは親友。

 本当に頭が痛いところです。


「おや、ダナ様ではないですかな。丁度良かった。申し込みはこちらですよ」


 一難去ってまた一難、と言ったら失礼になりますが、忽せにできない相手がまた現れました。

 「聖域(テト・ラーナ)」最強と、(まこと)しやかに囁かれている男。

 「八創家」が一家、マホマール家の「当主」です。


 敵にも味方にもならない偽紳士。

 「八創家」が分裂していないのは、マホマールの存在が大きいのですが。

 敵にも味方にもしたくない、その柔軟すぎる性格を、どうもダナは好きになることができません。


 スポンジのようなマホマール。

 そんな彼の許で、岩塊のようなディズルが育つのですから、世の中にはまだまだ不思議なことがたくさんあります。


「炎竜組の催し物は、ーー迷路、ですか。挑戦できるのは三百人」

「ええ、楽しみですな」


 実周期より若く見える優男ーーマホマールは、指に赤い球を挟んでいました。

 炎色ーーということは、抽選で当たりを引いたようです。


 地竜組のほうは、子供向けの、或いは家族向けのゲームのようです。

 地竜炎竜、どちらも一位には、賞品が贈呈されると「聖板」に刻まれています。


 迷路に挑戦したい。

 そう思いこそすれ、ダナはダナ家の「当主」であり「議会」の「筆頭」。

 肩書きを汚すわけにはいかないので、諦めないといけません。

 「聖語」から遠ざかっている今のダナでは、逆立ちしたところでマホマールには敵わないでしょう。


「お誘い、感謝する。ですが、『対抗戦』が始まるまでに会っておきたい方がいまして。これから捜さないといけないのです」

「それは残念ですな。私のほうは、アリス殿から『解説』を頼まれまして。ディズルが『欠場』し、方々に迷惑をおかけしたので、断ることもできずーー?」


 会話の最中に、マホマールは「聖礼殿(ヴィナー・ヤカ)」の方向に視線を向けました。

 同時に、ダナを護る位置に、ジジが移動します。

 二人の視線の先には。

 一人の青年が立っていました。


 「隠蔽」と一口に言っても、幾つもの種類があります。

 わかり易いところでは、視覚と聴覚。

 これを偽装します。


 「隠蔽」を刻めるのは、「聖語使い」の一割。

 上位の「聖語使い」でも、視覚と聴覚が限界。

 でも、このベズ・ランティノールは。

 姿を現す、その寸前まで、周囲の何者にも気取らせることがなかったのです。


「もしや、私との会話をお望みか? であれば、ついて来られよ」


 不愛想に言うと、並木道から外れ、ベズは校舎に向かって歩いてゆきました。

 風格、とでも言うべきか、歩く姿を見るだけで、只者ではないことがわかります。


 マホマールに軽く頭を下げてから、ベズを追います。

 相手は若輩者。

 そうであるというのに、「筆頭」であるダナは、気圧されてしまいました。


 アリス・ランティノールと、ラン・ティノ。

 彼もまた、()()()()、ということなのでしょう。


「ジジ。彼とは私一人で話す。周囲の警戒を頼む」

「ーー心得ました」


 ジジが居れば、会話の内容に制限がかかる。

 それを察したジジは、歩をとめ、並木道の近くまで戻りました。


 並木道の人々には聞こえない。

 そんな場所で振り返り、ベズはダナを見ました。


 ーー無理。

 ベズの視界にーー眼差しに射抜かれることに耐えられそうになかったので、ダナは彼の横までゆき、同様に並木道に視線を向けました。


「『八創家』は、もう一つ、学園を創設するつもりはあるのか?」


 ベズから話しかけてきました。

 特に話題があるわけでも、用事があるわけでもなかったので、ダナはこの話題に乗ることにします。


「当然、その考えはある。エーレアリステシアゥナ学園だけでは、『聖域』の子供たちのすべてを受け容れることはできない。『聖域』で学園を創設できるとするなら『八創家』だけでしょう。ですが、同時に、『八創家』であるからこそ、敵わない」


 もし「八創家」で学園を創設したとなれば、そこは「八創家」の駆け引きの場となってしまいます。

 主役であるはずの生徒たちを置き去りに、大人の都合が優先されてしまうことになるでしょう。

 それならば、エーレアリステシアゥナ学園一つだけのほうが増し。

 「八創家」の誰もがそう思い、現状、学園の新設を口にする者はいません。


「それで良いのか?」

「はい。よくはありません。ですので、『八創家』の介入を阻止する、一つの案はあります」

「ほう。それは?」


 相手は自分の半分もない周期の若者。

 そうであるというのに、ベズは対等、いえ、上位者としてダナと接してきます。

 不思議なことにダナは。

 それを不快に思うどころか、心地好いとさえ感じてしまっています。


「ベズ・ランティノール殿。貴殿が、新設する新たな学園の学園長となられることです」

「私をーー、学園長に?」


 ベズの顔。

 してやったり、といったところでしょうか。


 ダナは悪戯好きの子供でした。

 父親が浮かべていた表情と、ベズのそれが重なります。

 大人になってわかりました。

 悪戯をしていたダナは。

 忙しかった父親に、構って欲しかったのです。


 表情に乏しかったベズが笑いました。

 どこか(さび)れている、その視線がダナに向くと、彼は不思議なことを話し始めました。


「私はランティノールの孫ではない。ランティノールの弟子だ」

「弟子、ですか?」


 「孫」と「弟子」。

 言葉に違いはあれど、ランティノールとの関係性に、それほど違いがあるとは思えません。

 ティノは、「お爺さん」がランティノールだと言っていました。

 もはや何が嘘で、何が真実なのかわかったものではありません。


「ランティノールには3人の弟子がいた。一人は私。一人はマホマール。そしてもう一人は、ーーダナだ」


 マホマールに、ダナ。

 そのようなこと、ダナ家の「当主」であるダナは聞いたことがありません。


 でまかせ。


 その言葉がダナの口から放たれることは、永遠にありませんでした。

 ベズは、ダナを見ていました。

 いえ、ダナではなく、ダナのーー遥か遠くを、或いはダナの根本に、澄明な眼差しは向けられていました。


「勘違いしないことだ。私は、マホマールの、ダナの味方だ。ーー学園の新設に、解決方法はある。それは学園を二つ、新設することだ」

「ーー二つ? 確かに、それであれば、『八創家』の介入を減らすことができる。条例か何かで、特別職だけの、利権に絡まないように、……あ、いや、学園が三園となれば、生徒数がーー」

「エーレアリステシアゥナ学園は、『議会』に学園を創ることを認めさせる為に、創った学園だ。二園が新設される周期に、エーレアリステシアゥナ学園を廃園させれば、問題ない」

「それで、……よろしいのですか?」


 それではあまりに「聖域」にとって都合が良すぎる。

 ダナは、その真意を、尋ねずにはいられませんでした。


「私たちは導く者であって、先を走る者ではない。ーーダナよ。心しておけ。これから先、活況の時代が遣って来る。息子に『当主』を譲った頃が、最も()()()()。私たちは『議会』に口だしするつもりはない。未来を創るのは、お前たちだ」


 ダナは。

 振り返って彼の背中を見ることができませんでした。

 本当に酷い。

 言いたいことだけを言って、早々に去って行ってしまいました。


 ダナは一つの答えを得ました。

 アリスとベズは、ランティノールが造った「聖人形(ワヤン・クリ)」なのでしょう。


 そうであるなら、アリスとベズの聡明さにも納得がいきます。

 学園を廃園にするというのも、容姿に変化がない彼らからすれば当然の方策。

 アリスとベズに、ランティノール。

 それだけでなく、祖父や曾祖父の、いえ、もっと前の時代からずっとーー。


 足が勝手に前に進みました。

 並木道の人々。

 はしゃぐ子供たち。


 一人一人の、その道の先に、未来が拓けています。

 それを輝かしいものにする、それがダナの仕事です。

 そんなわけで。

 お仕事は大変なのです。


 ダナは。

 束の間の夢を空の彼方に。

 現実と向き合うことにしました。


「おやおや、どなたかと思いましたら、ダナ家のダナ様ではございませんか」

「ええ、そういう貴方様こそ、ベルマ家のベルマ様ではございませぬか」


 仇敵、とでも言いたくなる、ベルマの登場。

 本当に、こんな親からよくぞフィフェスのような素直な子が生まれてきたものです。

 水と油、或いは炎竜と氷竜。

 それでも、未来のことを想えばーー。


「そういえば、クロウ君は、ストーフグレフとの対戦を免れたようですな。さてさて、ダナ様は、どのような汚い手段を用いたのでしょう?」

「それはディズル君の、マホマール家の名誉を汚す発言であると、私などは危惧してしまいますが、ベルマ様は、如何お考えなのでしょう?」


 駄目でした。

 人には、できることとできないこと、譲ってはいけないことがあるのです。

 ジジが頭を抱える中。

 一歩も譲らない二人は、そのまま譲ることなく、並んで「対抗戦」を観戦することになったのでした。

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