研究室 「対抗戦」前夜
メイリーンが開花寸前。
ディズルが兆候を見せ始めました。
他に炎竜組だと、ソニア、ナイン、リム。
地竜組は、フィフェス、ギル、リース。
そう、ディズルが「聖語」を刻むことで体を壊したーー壊すことができたのは、魔力を使ったからです。
「魔力」のことを知らず、自分の「魔力」を使う。
「聖語使い」の次の段階。
アリスが学園を創った目的の一つです。
この初期の段階で、「魔毒者」にならないように導かないといけません。
学園生が先導役となり、「あるべき姿」を示せば、「聖語使い」たちは新たな地平へと踏みだすことができます。
そうなると、末恐ろしいのはクロウです。
彼はまだ、魔力の兆候をまったく示していません。
それでいて、ティノ以外では学園の揺るぎないトップ。
クロウに関しては管轄外。
アリスは、彼に関する思考を放棄しました。
ベズ、それとティノも彼に傾倒しているようなので、任せてしまって良いでしょう。
「何を企んでいる?」
「人聞き、いいえ、竜聞きが悪いわね。大したことは考えていないわ。疾っくの疾うに、お見通しなのでしょう?」
「ある程度は予測している。できれば、私の予測を上回って欲しいと願っている」
「今回は、そんなに突飛なことは考えていないわ。あまり期待しないで。ーーそうね、あの子は何をするかわからない。ティノに期待でもしていたらどう?」
ベズを驚かせる。
本当にそんなことができるのであれば、これほど楽しみなことはありません。
竜からすれば、児戯に等しい「戦い」。
それでも生徒たちは、その内で全力を尽くし、光り輝くような姿を見せてくれるでしょう。
「驚き」の種類は異なりますが、アリスもベズも、楽しみなのは本当です。
でも、二人は教師であり主催者。
楽しむだけでなく、楽しみを提供する側でもあります。
「ベズ。あなたはもう、やることはないの?」
「これから案内板の設置だ。明日は九千人前後が学園に遣って来る予定。主要路に設置。迷わないよう、案内役の生徒をどこに配置するか選定。さして時間はかからないだろう」
こういうときベズは、竜の力と能力を用いることに躊躇しません。
逆に、竜の力を制限するような事柄を多く担当してきたアリスは、歩いたり、手で書類を書いたりと、人種のような無駄なことをしてしまうことがあります。
そんな「無駄」が愛しいということは、アリスも十分に理解していますが。
今夜は。
人種の、妹の手だけでなく、仔犬の前脚も借りないといけなくなりそうです。
「あっと、そうだったわ。案内板は学園、就中大人数を収容する『聖技場』にも設置しないといけないのではなくて?」
「それはもう、昨日の内に済ませてある。『聖技場』の機能、備品に観客席、各種点検も終えてある。『特別室』や不埒な客への対応など、モロウ君たちとも協議済みだ」
こうした能力では炎竜より地竜のほうが上。
あとはベズがぐっすり寝て(?)いる間に、アリスが働けば良いだけです。
やるべきことを頭の中で整理してから、さっそくアリスは取りかかることにしました。
先ずは、ティノの呼びだしからです。
「まぁ、私が決めたことだから、『対抗戦』のことは私から伝えておくわ。どうせまた、ぷぅぷぅ、ティノは文句を言ってくるでしょうから」
「ああ、私から言えば、ティノ君は普通に納得してくれるかもしれない。それでは詰まらないので、学園長とティノ君のやり取りを観覧させてもらうとしよう」
悪趣味。
事実を言ったところで、ベズを喜ばせるだけなので、アリスは無言で「聖放送」の準備をしました。
疲れと気苦労と相俟ち、炎竜は淡い吐息のような言葉で呼びかけます。
「ティノ。『あなたの愛しのお姉様』はとっても忙しいの。あと20、数える内に遣って来なかったら、一巡り『抱き枕の刑』でイオリともども可愛がるわよ」
ティノがどこにいても聞こえるように、学園中に「聖放送」を流しました。
いえ、アリスは竜なので、ティノがどこにいるのかはわかっています。
そう、ただの、ティノへの嫌がらせーー意地悪です。
アリスはアリスで、ティノに甘えています。
本竜に言っても否定するだけ。
ベズは、アリスをさらに凹ませるという、有意義なほうを選択しました。
「学園長も酷なことを言う。現在ティノ君がいる屋上から研究室まで、25、といったところだろう。到底間に合わない」
「まぁ、そうでしょうね。ティノーー、あら?」
「やっと気づいたようだ。今日、ティノ君は、屋上で『イオリ袋』を天日干しにしていた。袋のーーイオラングリディアの魔力に遮られ、学園長は『イオリ袋』の中にいるイオリの魔力を感知できなかった」
「だから何よ。イオリから『移譲』されたって、ティノは細かい操作はできないのだから使いこなせないわよ。20は切れない……って、ティノのヤツ、何をしているの?」
ティノの魔力は屋上から動いていませんでした。
まさか、アリスからの呼びだしをぶっちぎるつもりでしょうか。
ここでベズは。
アリスが感づく前に種明かしをしました。
「20を切れる方法は、複数ある。一つは、私がティノ君を迎えに行き、戻ってくるという方法。だが、私がそれをするまでもなく、ティノ君は似た方法を選択したようだ」
ベズは話しながら窓に近づき、「方術」ではなく、態々手で窓を開けました。
ここまで言えば当然、アリスも気がつきます。
ここから追い打ちです。
「学園長は、自身の楽しみを優先し、誤った。『聖放送』は、屋上にだけ流すべきだった。しかし、学園中に流してしまったが為に、ある者の耳にも届いてしまう結果となった」
「だ~っ、うっさいわね! 炎竜はお疲れなのよ! 変な燃料を投下するんじゃないわよ!」
アリスが喚いている内に、18で「狼」が「仔犬」に「縮小化」。
19で、「イオリ袋」を背負ったティノが窓の外から研究室に飛び込んできました。
「危なかったかの。メイリーンが中々放してくれなかったゆえ」
「もうメイリーンには、マルが話せることを教えてもいいんじゃない? イオリは話しているんだし」
「メイリーンはの、隠し事なぞを抱えんほうが良いじゃろう。真っ白なほうが、あの子は強いからの」
「ぱー」
一気に騒がしくなりましたが、イオリは眠っているので、これでもずいぶんと増しなほうです。
こうして、三竜と魔狼の魔力で室内がごった返す中ーー。
鎮火していたアリスは。
休火山が噴火するが如く、突然立ち上がりました。
「ひ……ひ、ふ……ふ」
まるで夢遊病者。
仕事のしすぎでおかしくなってしまったのでしょうか。
どうやら、アリスは精神崩壊してしまったようです。
いえ、魂が蕩けてしまったのかもしれません。
地竜の「治癒」でも治すのは不可能。
溶岩が根詰まりを起こしたかのようなアリスの表情を見ながら、ベズがそんなことを考えていると。
もう一つ。
異常な事態が発生しました。
「あ、スグリの魔力。予定より一星巡り早いけど、何かあったのかな?」
「わしより早う魔竜王の接近に気づこうとは、魔獣の矜持が傷つくかの」
「ぱーずー」
地竜であるベズより早く「感知」したアリス。
何より奇怪だったのは。
ベズがスグリを「感知」したのは、ティノとほぼ同時でした。
人種の能力を超えている。
いえ、そんな水準ではありません。
竜と同等の能力を持っているなど、あり得ないことです。
でも、そのあり得ないことが、実際に起こりました。
「ひ…ひっふ~、ふ…ふっひ~」
この桃色竜は役に立たない。
「発火」されて室内の貴重な品が燃えてしまっては目も当てられないので、ベズはアリスを「結界」で囲いました。
竜と同等ということは、竜の影響を受けているということです。
先ず考えられるのが、イオリ、或いはイオラングリディアの能力の一部を使っているということ。
他に、スグリが自分が遣って来たことを、魔力でティノに知らせたーーなどが考えられますが、それはあとで魔竜王に尋ねればわかることです。
そして、考えたくないことの一つが。
ファルワール・ランティノール。
彼の、置き土産である可能性です。
師からの宿題。
さすがにそれは穿ちすぎでしょうか。
物事の本質や、機微など。
それを上回ってくるのがランティノールという人種であることも、ベズは十二分に理解しています。
「だ~! スグリの到着だ!!」
「スグリ!」
直前で「人化」。
「闇い」肌と、純白の長髪とワンピースの、明暗がくっきりとした鮮やかな子供が窓から飛び込んできます。
ティノは後ろに下がりながら魔力を纏い、胸に飛び込んできたスグリを抱き留めました。
「お早い到着だけど、もう仕事は終わったの?」
「ぱーだー」
「だ! 『魔黒』はしっかり閉じ込めてきただ!」
「『マグロ』?」
「だ! 『黒い魔力』のことだ! スグリが名づけただ!」
どうやら被害者その二は、「黒い魔力」のようです。
ティノは、被害者その一である「ヒエー」、もとい「エー」を見ました。
(どうします?)
(早すぎるわよ!? 心の準備ができていないよわ?!)
(混乱し過ぎです。もう一度、聞きます。いえ、もう一度しか、聞きません。どうします?)
(こんちきしょう!! お姉様に対して、たまには優しさを献上しなさい!!)
(ーーで?)
(わかったわ!? わかったよわ?! 今は無理だからっ、時間が必要だからっ、スグリな感じでスグリして!!)
(あー、はい。スグリします)
久しぶりの、目線での会話。
「お姉様」は混乱中であり、懇願中でもあったので、後々の為にもティノは炎竜に恩を売っておくことに決めました。
「『エー』さん。『スグリ袋』を造ってください」
「ふひ……?」
「だ? 『スグリ袋』だ?」
「はい。『イオリ袋』は、イオラングリディアを素材に造ったと聞いています。なので、スグリが入る袋を、『エー』さんの素材で造ってください」
皆までは言いません。
自分の素材で造った袋に入るスグリ。
炎竜袋の、ほっこり暗竜。
スグリを優しく包み込む、自分の分身、ではなく素材。
「……ひふ?」
果たせるかな。
アリスの想像の限界を突破してしまいました。
「だ? エーが造ってくれるだ?」
「僕の感覚だと、スグリと『エー』さんの魔力の相性はいいから、『スグリ袋』の入り心地は抜群だと思うよ」
「だ! エーが造ってくれるだ!」
「え、ええ~、今から突貫で頓珍漢な私が~、明日の朝までにお造りいたします~」
酔っ払った風竜のような足取りで扉に向かうと、アリスは研究室からでていってしまいました。
それから。
掻き消えるような速さで、アリスの魔力が移動。
東に向かっているようです。
時間節約の為に、細かい加工は東の職人から機器や器具を借りて行うのでしょう。
「スグリ袋」が最優先とはいえ、他の仕事のことも忘れていないようです。
「お初にお目にかかる、魔竜王。私もスグリと呼んで構わないか?」
「だ! すなおー、スグリのことはスグリと呼ぶだ!」
なぜスグリが「すなおー」のことを知っているか定かではありませんが。
おかしな名づけをされる危険性があるので、沈黙は地竜。
ここでベズは。
選択することになります。
「私はこれから案内板の設置に向かう。その後は休むつもりだったが、イオリに関する研究の資料を纏めておこう」
「だ? 別に急がないで良いだ!」
「こう見えて、私も忙しい。時間があるときにやっておきたい。それに、『対抗戦』明けに資料があったほうが、スグリも暇を持て余すようなことがなくて良いだろう」
アリスの役目。
彼女が自分で言いだしたのですから、ディズルの「欠場」とメイリーンの「裏切り」、そしてティノの「出場」のことは伝えないことにしました。
それだけでなく、もう一つ、大きな選択があったのですが。
終ぞベズは気づくことができませんでした。
「はい。スグリ、どうぞ」
「ワヲ……」
「だ?」
ティノは笑顔で差しだしました。
喜んで、スグリは受け取りました。
さすがに四竜目なので、マルも悟っています。
アリスの言った通りでした。
スグリとの魔力の相性はあまりよくありませんが、暗竜の能力なのか「不快」と感じる部分が取り除かれています。
ベズ以上、アリス以下といったところ。
スグリもまた、繊細な手つきでマルを撫でてきます。
自分も撫でたい。
スグリの腕の中のマルを見て、そんなことを思ったベズでしたが。
地竜の沽券に係わるので、無言で窓から飛び立ちました。
「いってらっしゃ~い」
「だ! 頑張ってくるだ!」
「ワンっ」
「ぱー」
「竜化」したベズは、尻尾をフリフリ。
お見送りは、好印象だったようです。
振り返ったティノの顔。
マルは。
尋ねないわけにはいきませんでした。
「ティノよ。何を考えておるのかの?」
まだティノの答えを聞いていないというのに。
嫌な予感が「竜盛り」でした。
イオリに背後に立たれたような、致命的な何か。
前脚で耳を塞ぎたいところでしたが。
なぜか、スグリにとめられてしまいました。
「それはそれとして、思いだしたことがあるから、ちょっと待ってて」
ティノの表情が普段のものに戻ったかと思うと、彼は背負っていた「イオリ袋」を下ろしました。
紐を緩めると、イオリの髪に結ばれているリボンを避けるように、袋に手を突っ込み、そこから腕が右に。
そこは貴重品が入れてある場所だと、マルは記憶しています。
「あ、あった。ずっと入れっ放しにしていたけど、大丈夫かな? 思いだせて良かった」
「だ? その白い紐は何だ?」
マルも見覚えはありませんでしたが。
それが何かはわかりました。
イオリの頭の後ろに結ばれているリボンと同じ物です。
でも、イオリのリボンとは色が異なります。
枯れ葉色ではなく、雪の純白を宿した真っ白な布。
見た瞬間にわかりました。
マルの首輪と同じ材質の物が使われています。
「わしの首輪と同じものかの?」
「こっちの布のほうが大きいし、高価だけど。メイリーンが全財産をつぎ込んだのと違って、僕は予算内の買い物。想いの強さではメイリーンには敵わないよ」
「そうじゃの。わしの『腹毛』でも使うて、何か造りよう……」
「マ~ル!」
メイリーンに何か贈り物でもしようかと考えたマルの言葉を、ティノが遮りました。
本気ではないものの、珍しくマルに対して怒っているようです。
スグリもまた、マルに何か伝えたいのか、撫でる手がとまりました。
「マルはずっと、メイリーンと一緒にいたよね?」
「そ…それはそうじゃが」
「なら、それで十分。それ以上のものなんてないよ」
一緒にいる。
それが当たり前になってしまっていたから。
マルは、その本当の価値をーー輝きを忘れていました。
ティノとイオリ、それからアリス。
ベズとメイリーンと学園生たちに、モロウやガロ、職員たち。
メイリーンにとって、マルは「魔獣」ではなく「聖人形」なのです。
正体を明かすーーそれも一つの答えかもしれませんが。
最後まで「聖人形」であること。
それを貫くこともまた、一つの答えなのです。
「スグリは頭の横に結んだほうがいいかな? 蝶結びよりも普通に垂らしたほうが良さそう?」
「だ! だ!! だ!!!」
喜びの表現なのか、スグリは両手を上に突きあげました。
喜びが過ぎて、マルのことを失念してしまっているようです。
マルは魔力で軌道修正、ティノの肩へと舞い降りました。
「だ! 初めて贈り物をしてもらっただ! 嬉しいだ!」
「ぱーうー」
「うん、よく似合っているよ、スグリ。ーーとまぁ、そこで、欲深い人間らしく、お返しということで、スグリにお願いしたいことがあるんだけど」
「だ? スグリにお願いだ? わかっただ! 駄目なこと以外なら、何でもしてやるだ!!」
暗竜がーー魔竜王が安請け合いをしてしまいました。
マルが口を挟む間もなく、トントン拍子に決まってしまいます。
ティノの底抜けの笑顔。
本当に、嫌な予感しかしません。
「僕はね、『エー』さんを信用しているんだ。だから、『エー』さんが明日、何もしないなんて思っていない。でも、『エー』さんは竜だから、僕が何をしてもバレてしまう。そんなとき、絶竜な登場でスグリが遣って来てくれた」
「だ~! スグリは頑張るだ!」
「スグリは魔力操作が得意だよね。『エー』さんにバレないような『結界』とか張ることはできる?」
「できるだ! エーやすなおーにも、『結界』を張ったことすら気づかせないだ!」
一緒に行けば、共犯者になる。
先ほど、一緒に居ることの意味を心に響かせたというのに、マルはさっそく疑念を抱いてしまいました。
「何をするつもりかの?」
諦めの代償として、マルは尋ねます。
それでも。
ティノが楽しそうにしているので、「親バカ」と「兄バカ」、どちらが自分に合っているか迷うことで、現実から目を逸らすことにしました。
「下準備、かな。必要になるかどうかなんてわからないけどね。あとは、『エー』さんの想像を超えられるように、意地悪を回避できるように、時間が余ったら秘密特訓」
「だ! よくわからないけどよくわかっただ!」
「ぱーおー」
「イオリ袋」を背負ったティノは、マルに笑顔を向けてきます。
了解したマルが「狼」に「拡大化」すると、ティノとスグリが乗ってきました。
当然、行く先は明日の舞台ーー「聖技場」です。
マルはまだ、ディズルの「欠場」やメイリーンの「裏切り」のことは知りません。
知っていれば、もう少し上手く立ち回れたでしょうに。
結局マルも。
「対抗戦」に巻き込まれることになってしまうのでした。




