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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
対抗戦
44/54

研究室  欠場と裏切り

 ーー不運。


 ディズルはそう思っていましたが。

 実際には、幸運でした。


 血液の代わりに、(なまり)でも流し込んだかのような倦怠感。

 体が罅割れるような、いえ、引き裂かれるような激痛。

 寝れば治る。

 そう信じ込み、男子寮へと。

 感覚に乏しい、他人のような手足を動かしていたとき。


 最も見つかってはいけない人物と鉢合わせしてしまいました。

 抵抗など無意味。

 有無を言わさず、ディズルは研究室まで連れてゆかれました。


 汚いーーとは言えないくらいに室内は散らかっています。

 ベズの性格や人柄からすると、意外です。

 本来なら、几帳面なディズルは眉を顰めるところですが。

 不思議と、居心地は悪くありません。


 やはりベズへの信頼が大きいようです。

 ベズ・ランティノール。

 父親のようにはなれないディズルの、目標。

 彼のような懐の深い人物になりたいと、ディズルは憧れていました。


 その、憧れの人物の口から。

 最も聞きたくない言葉が放たれようとしたときーー。


「このっ、バカチン! 新しく何かするときは、私かベズに相談してからだって言っておいたでしょう!」

「うひっ、あひっ!? アリス先生っ、耳っ、耳っ?! 引っ張りゃにゃいで~~!!」


 ノックもせず、勢いよく扉が開きます。

 学園の生徒数は少ないので、接点が少ないディズルでも二人が誰か、すぐにわかりました。


 アリスに耳を引っ張られながらも、体勢を崩していないメイリーン。

 ディズルではそうはいきません。

 父親が言っていたように、「聖拳」の使い手は体術にも優れているようです。


 どうやら、彼女ーーメイリーンも、ディズルと同様の理由で連れてこられたようです。

 ディズルもまた、ベズに相談することなく「聖語」の鍛錬を行ってしまいました。


 まるで二人が遣って来るのがわかっていたかのように、ベズは動揺することなく「治癒」の「聖語」を刻み始めました。

 質実剛健の、(かがみ)のような男。

 「聖語」の光が掻き消えると、ベズは正面から言い放ちます。


「明日の『対抗戦』、棄権しなさい」

「いえ! ベズ先生っ、私は……」

「私の言い方が悪かったようだ。ーーディズル君。君を『対抗戦』に出場させることはしない。これは決定事項であり、命令だ。決して覆らない」


 到頭、下ってしまいました。

 頭を、下げてはいけません。

 たとえ愚かなことであっても、自分の行いを否定するわけにはいきません。


 リフとの対戦。

 望んでいた、敗けられない戦い。

 高揚すると同時に、心に灯った一抹の不安。


 リフとの対戦に備え、習得した「聖語」。

 でも、それを完全に使いこなすことができていなかったのです。

 万全を尽くす。

 そう言い訳し、ほんの少しの不安さえ、打ち消そうと無理をした結果。


 ディズルは。

 リフを裏切ってしまいました。


 涙を流す資格などありません。

 膝に爪を立て、歯を食い縛ります。


「竜にも角にも、メイリーンもベズに『治癒』られなさい!」

「おひぁあっ!?」


 よほど腹に据えかねているのか、先ほどからアリスの言葉が乱れています。

 実は、露出度が高いアリスを、ディズルは苦手としていました。

 良いか悪いかは措くとして、ディズルは古い考えを持った人間です。

 真面目が服を着て歩いている。

 そう評されるディズルは、服も真面目に着ないといけないと思っているのです。


 その場で、腕の力だけでメイリーンを押すアリス。

 それだけで、女性の中では大柄なメイリーンが弾き飛ばされます。

 飛ばされた彼女の先には、立ち上がったベズ。


「おぴゅわぶこぽるちぇごりっぱぁ……」


 アリスも酷なことをします。

 メイリーンが好意を寄せている相手。

 そんな相手に向かって投げつけられたのですから、メイリーンが壊れた「聖人形(ワヤン・クリ)」のようになってしまうのも致し方ないことです。


 一向に気にした素振りを見せることなく、「治癒」を施すベズ。

 「治癒」中のベズには聞けないので、やむを得ずディズルはアリスに尋ねました。


「あの、学園長。ベズ先生はなぜ、ストーフグレフさんを抱擁(ほうよう)しているのですか?」

「あぴょりんがるほぷえっさぁ……」


 抱擁とは、親愛の情をもって抱き抱えること。

 他に、抱き締めて愛撫すること、という意味もあります。

 「親愛の情」があるかどうかはともかく、ディズルには「抱擁」しているように見えました。


 おおむね事実であることを言葉にされてしまったので、炎竜になって暴れるメイリーン。

 そんなことをすれば、ベズの拘束がさらに強まるだけなので逆効果なのですが、混乱の極みにあるメイリーンには言わぬが竜。


「それは、症状の違いね。今はまだ、症状を説明したところで理解できないでしょうから、わかり易く言うわ。ーーディズル。あなたの体には『罅』が入ったのよ。通常、そんなことはできないというのに、ティノに及ばないとはいえ、『努力』のし過ぎ。『罅』が治る前に無茶をしたから、体に変調を(きた)したのよ。今、無理をすれば、『聖語』が使えなくなるだけでなく、身体機能にも異常がでる。全身の『罅』が治るまでの一巡り、『聖語』は禁止よ」


 アリスの説明は聞こえていましたが。

 心にまでは届きませんでした。


 地竜組、父親、そしてリフ。

 自分の行為が、どれだけの迷惑を引き起こしたのか。

 心に現実が沁み込んだことで、ディズルは罪悪感に苛まれます。


「メイリーンのほうは何ともないように見えるけれど、ヤバいくらい深刻。言うなれば、体にでっかい穴が開いたようなモノ。命に係わるような事態。ただ、単純でわかり易いがゆえに、治し易い。今後、『必殺技』ーーではなく、新しいことをやるときは私かベズに相談すると確約するなら、明日の『対抗戦』、出場しても良いわよ」

「やうやうやうやうやうっ! ほやうっ!? ほ…本気でござりまするか?? というか、『対抗戦』で『必殺技』もおけおけっ?!」


 ベズに抱擁されているということを差し引いたとしても、反省が足りていないようです。

 気色(きしょく)、ではなく、喜色満面の笑顔で、八竜の息吹(ぜっこうちょう)


 「対抗戦」に出場できる。

 羨ましい。

 そんなことを考えてしまう自分を、ディズルは嫌悪しました。


 明暗。

 そのように見えますが、今回の件、もう少し複雑でした。

 少しだけ、ティノに似ている少年。

 らしくないと思いながら、アリスは()()()のことを語りました。


「ディズル・マホマール。顔を上げるだけでなく、(こころざし)を掲げなさい」

「え……?」

「あなたはベズの管理下にあった。そうであるというのに、『欠場』という憂き目を見た。どうしてそうなったのか、わかって?」

「いえ、……いいえ、わかりません」


 心が痺れ、頭が考えることを拒否しています。

 どうやったところで、自分の責任なのです。

 他人に責任を押しつけるような、楽な方向に流れるのは最低の行為。

 どれだけ惨めな思いをしようと、それだけはしてはいけません。


「それはね、ベズの予想を超えたからよ」

「予想を、超え……?」

「あなたもわかっているでしょう。『聖休』までに基礎を学び、一人も脱落することなく、『その先』に皆が食らいついてきた。今、あなたたちは『聖語』の、この時代の最先端にいる。これまでに必要だった『才能』と、これから必要な『才能』は別のモノ。ーーわかるかしら? クロウはまだ、ベズの『予想』は超えていないのよ」


 クロウ・ダナ。

 その背中は、遠ざかるばかりでした。

 「努力」で補えない「才能」。


 クロウと共に学ぶことを誇りに思いながら、生まれて初めて自分の「正しさ」に疑問を抱きました。

 「八創家」にとって、「聖語」は一つの手段に過ぎません。

 それでも、思うのです。

 「聖語」とは、その人物の生き様そのものではないかと。


 友人ーーそう、ディズルはクロウの友人です。

 自分は馬鹿だ。

 彼の背中を追いかけ続ける限り、ディズルはどうしても認めることができないのです。


 クロウを認めている自分と、自分を認められないディズル。

 クロウが認めているディズルと、クロウが認めている自分を認められないディズル。

 ディズルは。

 やっと答えが見つかりました。


 ーー「聖語」の申し子。

 あの光り輝く少年の隣に立ち、同じ眼差しを未来にーー。


 最悪です。

 苦痛なら、どれだけ積み重なろうと耐える自信はあったというのに。

 たった一つ。

 希望をぶら下げられただけで、この有様です。


「コラ、メイリーン。好い女なら、男が泣いているのを、そんなまじまじと見るものではなくてよ」

「え、あ…う……」

「今回のことは、私の落ち度だ。だが、学園長が言っていたように、私に相談をしなかった君にも責がある。私は、ディズル君が学園に在籍する間、正しく導くことで失点を挽回しよう。ーー君はマホマールだ。君の思う『正しさ』を貫きなさい」

「ーーはい」


 クロウに認められ、ベズもまた、ディズルを後押ししてくれました。

 瞼の裏に映る姿。

 もう、見失ったりなどしません。


「ふぅ~、そういうわけで、決めないといけないことがあるのよ」

「学園長に一任する」


 アリスの意味深な発言に、先手を打ったベズ。

 「治癒」が終わったようで、メイリーンを解放します。

 それからベズは目を閉じ、置物に早変わり。

 微動だにしません。


 まったく事態を把握できていないメイリーンとディズル。

 二人が顔を見合わせると、まだ涙の跡が残っている彼の顔を見て、メイリーンが顔を逸らし、彼女が顔を逸らしている間に、ディズルは涙を袖で拭い去ります。


 初々しい姿に、炎竜もぽっかぽか。

 でも、時間は有限。

 いつまでも楽しんでばかりもいられません。


 アリスは。

 炎竜らしく火に()べることにしました。


「ーーメイリーン、ディズル。二人に聞くわ。ディズルが『欠場』となれば、一人補充する必要がある。地竜組の6位は、ルッシェル。彼女、出場すると思う?」

「あり得ません」

「あー。ルッシェルなら、笑顔で拒絶。それが駄目だとわかったら、明日は仮病かなぁ」


 ある意味、絶大な信頼感。

 ルッシェルという少女は、入園当初からまったくブレていません。

 アリスとも正面から口喧嘩できる、強い女性です。


「私も、ルッシェルを説得するような、炎竜に炎をぶつけるようなことはしたくないわ。そうなると、7~9位の『三創家』の誰かになるのだけれど。ちょっと理由があって、彼らは今回、出場させないことにしているのよ」


 これは、ヴァン、クーリゥ、ゲイムの三家からの申し出です。

 まさかこのような事態になるとは思っていなかったので、アリスは許可してしまいました。


「10位以下でも良いのだけれど。それだと、地竜組の中で納得がいかない者もでてくるし、ーーこれは事実だから言うのだけれど、実力的に劣ってしまうのよね」

「実力的に? ストーフグレフさん、シーソニアさん、……それと一応、リフが強いのは想像がつきますが、残りの二人の選手も地竜組の10位よりも強いのですか?」

「『残りの二人』じゃなくて、ナインとイゴよ。名前くらい覚えなさいよ」

「すまない。彼らの名前は覚えているが、省略してしまった」

「え、いや、そんな……、頭まで下げなくていいからっ」


 仲がよろしい姿に、炎竜もーーとやっている場合ではありません。

 ここからが本懐。

 アリスは。

 (ことば)を吐きました。


「メイリーン。あなた、裏切りなさい」

「ーーほ?」

「わからない? 『邪聖班』を裏切れって言っているの」

「えっと、アリス先生? 言ってる意味がわからないんですけど?」


 さすが学園ぶっちぎりの最下位。

 物分かりが悪いにもほどがあります。

 とはいえ、メイリーンには気持ち良く戦ってもらわないといけません。

 アリスは懇切丁寧に説明してあげることにしました。


「ディズル。メイリーンとクロウ、戦ったらどちらが勝つと思う?」

「それは……。クロウは善戦すると思いますが、『聖拳』のストーフグレフさんには及ばないかと」


 ディズルは、父親から聞かされていました。

 こと「戦闘」に関し、ストーフグレフほどの馬鹿はいない。

 明らかに私怨が混ざっている言葉でしたが、父親にここまでのことを言わせるのですから、その実力に疑いはありません。


「で。メイリーン。どっちが勝つ?」

「ええ……? あたしに聞くんですか……。それは、まぁ、あんまり楽しめないんじゃないかなぁ~、とか」

「ま、そういうことね。未来のクロウならいざ知らず。でも、現在のクロウなら、メイリーンに瞬殺されるわ」


 そんなわけがない。

 喉元まできた、その言葉は。

 アリスとメイリーン、そしてベズの表情を見るなり、とまってしまいました。

 三人とも「瞬殺」という言葉を、ただの事実として受け容れているのです。


「てなわけで、メイリーン。あなたは『邪聖班』を裏切って、地竜組に。地竜組の五試合目の選手として出場しなさい」

「……ほへ?」

「ほら、ディズル。このスカポンタンのヘッポコピーに、教えてあげなさい」


 嫌なところで水竜を差し向けてきました。

 「裏切り」という言葉がそんなに嫌なのか、メイリーンは巻き込まれただけのディズルまで睨みつけてきます。

 このままではメイリーンに「瞬殺」されてしまい兼ねない。

 ディズルは、アリスの(ろく)でもない企みを暴露することにしました。


「ストーフグレフさんが地竜組の五試合目で出場となれば、炎竜組の五試合目の選手がいなくなる。そうなれば、誰かを補充する必要がある。幸い、『邪聖班』は6人で、一人補欠がいる。ならば、その一人を、炎竜組の五試合目の選手とすれば良い」

「っ!?」

「ま、そういうわけね。ーー炎を炎で削るような、楽しい戦いができるわよ。()()()と戦いたいのなら、『邪聖班』の皆を『裏切り』なさい、メイリーン」

「え…いや、だって……、そんな、えっと……」


 爆炎のごとく乗ってくるかと、アリスは思っていましたが。

 メイリーンは、意外に律儀でした。

 いえ、常識人と言ったほうが良いでしょうか。

 誰も彼もがアリスのように「喧嘩上等」ではないのです。


 メイリーンはお馬鹿さんですが、これでも色々と考えているのですーーたぶん。

 メイリーンは「正義」が大好きなのです。

 そして、「悪」が大っ嫌いです。


 九星巡り、仲間と一緒に過ごしてきました。

 笑い、泣き、苦しみ、落ち込みーー何だかんだで楽しい時間を過ごしてきました。

 皆で挑む「対抗戦」の、その前日に「裏切り」が発覚。

 「邪聖班」の皆はどう思うでしょうか。


「うひ~っ! 無理っ、嫌っ、もっきり『悪役』っ! 竜が頼んできたってお断り!!」


 頼む前から「お断り」されてしまいました。

 そんなわけで、アリスは「頼む(おどす)」のはやめました。

 アリスは、ティノの価値を。

 メイリーンの良心がぶち壊れるほどに、跳ね上げることにしました。


「良いことを教えてあげるわ、メイリーン。ティノは魔獣と、それからーー竜とも戦ったことがあるのよ」

「ほひ……? ……竜?」

「ーーベズ」

「ああ、学園長が言っていることは、()()()()()。ティノ君は峻厳(しゅんげん)なる魔獣と、そして、()()()()な竜と戦い、勝てはしなかったが、生き残った」


 最後まで黙っているつもりでしたが。

 ベズは。

 自分から「共犯者」になることにしました。


 メイリーンもディズルも見えていない「()」が、ベズには予見できてしまいます。

 それゆえの、アリスへのちょっとした意地悪。

 これくらい、許されても良いでしょう。


「もうお分かり? ティノはね、現在、人類最強なのよ。『対抗戦』は試合。だから、ティノは全力でやってくれる。ーーもしかしたらこんな機会、もう一生巡ってこないかもしれないわよ?」


 メイリーンは馬鹿なので、アリスの言っていることの、すべてを理解することはできませんでした。

 だから、必要なものだけを拾い上げました。

 メイリーンにとって大切なもの。

 学園に遣って来て、幾つも手に入れた宝物。


 メイリーンは、ティノに。

 返せないくらいの恩があります。

 そして。

 これからも恩の大安売りといった感じで、ティノに迷惑をかけることになるでしょう。


 メイリーンにできること。

 こうして考えてみると、それは本当に少なくてーー。


 メイリーンは。

 ティノの笑顔を思い浮かべました。


 それから、あの日の。

 父親に勝ってしまった、見えない階段を上ってしまった、あの、乾いた場所。


 ーーあんなところに。


 ティノが人類最強だというのなら。

 そんな場所に、独りにさせてはいけません。

 そうです。

 あんなところから。


 引き摺り下ろしてあげるのが恩に報いる、いえ、ティノの友達としてメイリーンがやらなければいけないことです。

 そうとなれば、「悪役上等」。


「わかりましたっ、アリス先生! ティノをぶち殺します!!」

「……は?」


 残念ながら。

 人と竜ではわかり合えなかったようです。

 アリスの理解は得られませんでしたが。

 ベズと、人間であるディズルも、メイリーンの思考回路を理解することはできなかったので、そこは気にしなくても良いでしょう。


「はいはい。あとは私たちがやっておくから、二人はしっかりと休みなさい」


 一悶着ありましたが、これでアリスの計画通り。

 今日はまだ、やらなければいけないことが山積しています。

 アリスは「竜」のことを口外しないように二人に約束させてから、とっとと研究室から追いだしたのでした。

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