別れ。そして出会いw
ミリエラが聖女の件をしたためた手紙を送ってから数日後。
家族の食事の席で、ミリエラはひどく落ち込み申し訳なさそうな様子で父親に語り掛けた。
「お父さま。先日お爺さまお婆さまあてにお手紙を送ったのですが、鳩がまだ戻ってこないのです」
見た目は本当にしおらしく、瞳は不安でゆれている。
しかし彼女の内面に住むヒカリには、落ち込んだ感情などが流れてこないため、ミリエラの演技であるとわかっていた。
それに今「お爺さまお婆さまあて」の手紙と言った。
(違う)
ヒカリは急に嫌な予感に襲われた。
鳩が戻ってこないことに、ミリエラは不安も後悔も感じていない。
ミリエラは鳩に指示を出すのが本当に上手だった。
ミリエラには王国の地図をよく見る機会があり、町の位置を把握している。
だから鳩が道を間違えることはないはずだ。
(まさか)
盗賊団のアジトがある地域をわざと飛ばせた?
鳩を捕らえさせ、手紙を盗ませるために?
(そういえば手紙の封をするとき、普段よりちょっと時間が短かった気がする。魔法が上達したのかと気にしてなかったけど、第三者にも開けやすいようにわざと雑な封をした?)
ヒカリの不安と疑惑に満ちた感情を察しているのか、ミリエラからは嘲笑うような感情が伝わってくる。
『ふふ。どうなるか見物ね。アリアとやらは聖女の力に目覚めることもなく帝国兵に殺されるかもしれない。聖女の力に目覚めて辺境伯領を救うかもしれない。けれど盗賊団にさらわれるかもしれない。もしそうなったら、どうなってしまうのかしらね?』
ヒカリは恐ろしくなった。
ゲームの中では性格ドブカスの悪役令嬢だが、彼女が赤ん坊のころからともに過ごした存在だ。
多少腹黒いところはあっても、周囲への接し方から「いいほうへ変わった」と思い込んでいた。
だけどヒカリから得た原作知識を、ヒロインを排除することへ利用した。
うかつだった。
断罪を回避するために知恵を絞ってきたが、ミリエラの性格を考慮しなかった。
ヒカリはミリエラの存在が急に遠くに感じられた。
それ以降、ヒカリは「外」で起こることに関心を示さないようになった。
あれだけ楽しみにしていた学園生活についても、心が弾まなくなった。
(静かになって、ちょうどいいわね)
ミリエラは鼻で笑い、心配するそぶりすら見せなかった。
*
その数か月後。
ルシュール辺境伯領が襲撃された。
「鳥」を用いた急報によると、敵はすでに退けているとのこと。
辺境伯が養女に迎えた少女は、戦闘後のごたごたの間に行方不明となったという。
「まあ、恐ろしいわ」
ミリエラは不安げに眉を寄せているが、心の中では笑い声をあげていた。
ヒカリはその哄笑を聞きながら、
『ああ。なんで私、こんな人でなしの中に転生しちゃったんだろ……』
と、ぽつりと声に出してしまった。
それを聞き逃すミリエラではなかった。
『わたくしだって、お説教くさいおまえにうんざりしていたわ。出ておゆき!』
ミリエラのきつい怒鳴り声とともに、濁流のような力がヒカリを襲う。
ヒカリのいる部屋が激しく揺れる。
短く悲鳴を上げてテーブルにしがみつくが、彼女がいる部屋ごと押し流される。
『み、ミリエラちゃん! アリアたんに余計な手出しはしちゃだめだよ。あと、皆とは仲良く……』
ヒカリの声が徐々に小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなる。
ミリエラは自分の内側にいた存在が消失したのを感じた。
意識をこらしてもなんの感情も音も伝わってこない。
(――ふふ)
ミリエラは笑いだしたい衝動を上手に殺した。
(これで口うるさい者はもういないわ。それにしてもあの女の知識だけは役に立ったわね)
*
*
*
ミリエラは周囲との関係を良好に保ったまま成長した。
父親と兄はもちろん、使用人たちもすっかりミリエラのファンだ。
オーギュストは「ゲーム画面」で見た姿にだんだん近づいてきている。
美しく、賢く、剣も魔法も巧みに操る。王族としての務めも日々立派にこなし、将来有望と噂されている。
ゲームと違うのは、ミリエラへの対応だろう。
ゲームの中でのオーギュストは、高慢で独占欲が強く平民蔑視の激しいミリエラに忌避感を抱いていた。そのため必要な時にしか行動を共にしていなかった。向ける表情も「張り付けたような穏やかな笑み」か無表情だ。
しかしヒカリのゲーム知識を参考にして、オーギュストの言葉に真摯に耳を傾け、知性と優しさを持つ淑女としてふるまうことで、オーギュストの信頼を得ることに成功していた。
また、ミリエラとオーギュストが並んでいる姿は、理想のカップル像として学生たちのあこがれの的となった。
王立学園に入学して「攻略対象」を見かけたら、友好的な関係を築くようにも努めた。「いずれ何かの役に立つのなら」と。
ヒカリから聞いていた仲良くなるポイントを押さえておけば、非常に簡単な仕事だった。
やたらと友好的に接してこられ、辟易とすることもありはしたが。
*
そして3年生になった春。
ミリエラはいつものようにオーギュストより先に登校して、王室の馬車が到着するのを待っていた。
時間通りに到着した馬車からオーギュストが降りてくる。
互いに挨拶を交わした後、
「君にぜひ紹介したい人物がいるんだ」
オーギュストが、笑顔でミリエラに告げる。
王太子と同じ馬車に乗っていた人物が、彼のエスコートで降りてくる。
学園の制服をまとった少女。
薄桃色の髪。緑の瞳。
「アリア嬢だ。王都の教会で聖女を務めている」
ミリエラののどが「ひ」と音をたてた。
次からはヒロイン編になります。
ちょっと長くなりますので、しばらく書き溜め作業に入ります。




