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不穏な企み

 探していた少女が見つかった。

 ガスコーニュ公爵は帰宅するなり、ミリエラにそう告げた。


「薄桃色の髪に緑の瞳、年は7歳。孤児院の院長は元聖女で、彼女の手伝いもよくしているようだよ。けがの治療をするときに、院長の隣で『痛いの痛いの飛んでいって~!』と一緒にお祈りをしていたそうだ」

 公爵の表情は楽しげだ。


『それはほぼ間違いなくヒロインちゃんの幼少期エピだよ。あ、でも念のために院長先生とヒロインちゃんのお名前を聞きたいなあ』

 ヒカリがはしゃいだ声を出す。


「お父さま。とても興味深いですわ。院長先生と彼女の名前をうかがってもよろしいでしょうか」

「ああ。院長はメラニー、少女はアリアという名前だそうだよ」


 ヒカリは魂がぶるりと震えるのを感じた。

(アリア……アリアたん。パラメーターや好感度にボーナスがつく名前の中でも、好感度が上がりづらい代わりにパラメーターがまんべんなく上がる名前だあ。ひたすらパラ上げに励めば、単独で邪神と素手で殴り合えるまでに成長するんだよね。恋愛イベントガン無視で、ごりごりに鍛えたっけなあ。

 そうそう。ゲーム冒頭で描写されるシーンには、ボーナスがつく名前へのヒントがあったんだよね。「星」は「ステラ」、「花」なら「フローラ」、「赤ちゃんの泣き声」が「アリア」。前の二つはともかく、泣き声からアリアなんて、分かるかっつーの! ってネット上で突っ込まれてたよね~)


『どうしたの? 聖女ではなかったの?』

 ヒカリから長らく返事がなかったので、ミリエラが頭の中で問いかける。

『あ、ごめんごめん。ちょっと過去に思いをはせちゃってたよ。孤児院の院長が元聖女のメラニー先生なら、ほぼほぼ間違いないよ』


 辺境伯には公爵が事前に話をしていたから、すぐ彼女に会いに行くそうだ。


(辺境伯。マチアスのお父さん。誰よりも強くて勇敢で優しい男だってマチアスが語っていたなあ)


 帝国からの襲撃に対しての対策は、ミリエラに却下されて結局何もできなかった。

 でももしヒロインが聖女の力に目覚めてくれれば、傷ついた騎士たちを回復してくれたり町を結界で守ってくれるかもしれない。そんな期待もある。


(いやいや。7、8歳のヒロインちゃんにそこまで期待しちゃだめだよね)

 犠牲が少ないことを祈るしか、ヒカリにはできなかった。


 *


 ミリエラが手紙を書いている。


【アリアはまだ7歳ですが、すでに聖女としての兆しを見せ始めています。

 辺境伯閣下のもとで経験を積めば、立派な聖女に成長するでしょう。

 アリアをよろしくお願いします。

 薄桃色の髪に緑の瞳は珍しいので、会えばすぐ分かると思います】


 お手本のように整った、きれいな文字だ。


『辺境伯にお手紙書いているの?』


『まあそんなところね』


 ミリエラは鳩に手紙を託し、空に放った。

 鳩はミリエラの指示通りに王国の東端、その北側の山中、帝国西端の空をゆっくりと回った。

 その最中、鳩は翼に矢を受けた。


 ***


「お頭ー。”文”を持った鳩が飛んでやしたよ」

 ガラの悪そうな男が、射落とした鳩を掲げる。


 鳩の足輪には金属の筒が取り付けてある。

 頭と呼ばれた男は、その筒を取り外し観察する。


「こいつは金のかかった魔道具だな。魔力で封印してやがる。おい、コイツ外せるか?」

 魔法に長けた手下を呼び、筒を渡す。


 手下の男がしばらく試した後、筒のふたがかちりと開いた。

「この封を施したヤツは、適当な魔力しか流さなかったみたいですぜ。ちょいとだましの魔力を流しただけで、あっさり開いちまいました。たぶん魔道具の性能だのみだったんでしょう」


 念のためトラップがないか確認してから、頭は手紙を取り出した。

 大手の商会が扱っている上質な紙で、そこそこのお金を持っていれば誰でも入手できるものだ。

 文字は、教本をそのまま写したかのように丁寧で読みやすい。つまり筆跡を特定できるような個性は見当たらない。


 これを書いた人間は、自分の正体を隠しつつ辺境伯に伝えたいことがあった。

 その目的は何だ、と考えかけて――やめた。

 どうせこの手紙が「辺境伯閣下」とやらに届くことはない。


 一度は自分で黙読し、次は手下たちにも聞こえるように声を出して読んだ。


「聖女……? つっても7歳のガキじゃあなあ」

「うちの治療係用にかっさらいますか? 酒臭い先生に怒鳴られながら治療されるより、気持ちは癒されるかもしれませんぜ」

 手下の一人の冗談に、仲間たちはどっと笑う。


「そういえば、エルランジェ王国の王都の教会では、光属性の魔法が使えるガキを買い取っているようですぜ? 能力次第では、えらい大金がもらえるとか」

「教会は、光属性の魔法の使い手はタダで引っ張っていけるようになってんだろ? なんでわざわざ金を払うんだ?」


 仲間からの質問に、男は自身が聞いた話で答える。

「金を払って引き取っていた大昔は、逆に金目当てで子どもを売る親どもがいたらしい。平民のガキなんて、ろくな魔力もねえのにな。

 今はお貴族様の箔付けのための教会奉仕活動がほとんどだそうだ。光属性の魔法の使い手は希少だからな。しかし、お貴族様なんて気位が高いばかりで、気が乗らねえと平民の治療なんてしやしねえ。かといって機嫌を損ねたら教会への寄付や優遇措置なんかを打ち切られるかもしれねえ。教会側も持て余しちまうんだろう。

 そこで、『能力のあるガキを金を払って引き取る。その者の素性はせん索しない』、という噂を裏社会の人間に流せばどうなると思う?」


 何人かの男たちが息をのむ。

「――そりゃあ、能力の高い使い手を見つけたら、かっさらって浮浪者か奴隷とでも言って売っぱらう……?」


 一度しん、となった後に一斉に突っ込みが入る。


「いやいやいやいや。教会が人身売買とか、さすがにガセだろう」

「けどよう、たんまり金貨の詰まった袋を見せられちゃあなあ。なんでも、売買の際に契約を交わさせられるそうなんだ。売り手は教会のしていることを国や総本山にチクらない。買い手は売り手とその連れてきた子どもの素性をせん索しない。みてえなヤツを」


 男たちの間に、その説明に納得を示しはじめる空気が流れる。


 手下たちの反応をしばらく眺めていた頭は、パン、と手をたたいた。

「まあいい。この辺境伯ってのが王国のほうのなら、そのガキとも出くわすかもしれねえ。潜入させている仲間に話をつけておけ。”隷属の首輪”も持たせておけよ。利用価値がありそうなら、ついでにかっさらっちまえばいい。来年の春には、あの土地はとんでもない大騒ぎに見舞われるだろうからな」


 頭の言葉に、手下たちは獰猛な笑みを浮かべる。

「豊穣祈念祭の夜。ようやくですな」

「ああ。あの辺境伯の馬鹿弟をたきつけて、少しずつ手下を潜入させて、準備を整えるのに3年。いよいよだ」


 豊穣祈念祭は、春の訪れを喜び、その年の豊作を祈願するお祭りだ。

 多くの人の出入りがあり、住民の気持ちもゆるみがちになる。

 お祭りは3日間行われ、最終日の夜には町のあちこちで酒がふるまわれる。その酒に眠り薬を仕込むのだ。


 辺境伯の弟であるジュストは、深夜、領主の屋敷に火をつける。

 そのまま焼け死ぬ者もいれば、火事に気付いて逃げ出てくる者もいるはずだ。

 辺境伯やその側近は、できるだけこの混乱時に討ち取っておきたい。


 潜り込ませた手下の中には、門番を務めている者もいる。祭の夜、クグリス帝国側の門を守る当番を引き受けておき、盗賊団を侵入させる。


 領主の館が燃え上がるのを合図に、盗賊たちは町のあちこちで略奪を行う。

 動ける騎士たちは、消火活動と盗賊の対応に追われることになる。

 町中が混乱に陥ったさなか、クグリス帝国の兵士たちが突入する。


 ある程度戦闘を行った後、ジュストが自らの隊を率いて帝国兵を撃退する。

 ジュストを英雄に仕立て、領内を治めさせる。その実はクグリス帝国の傀儡だ。

 帝国の工作員は、王国の辺境伯領を堂々と通り抜けられるようになる。

 そういうシナリオだ。 

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