鳥の翼に
ミリエラは9歳になった。
王子妃教育を受けるため、週3回王宮に向かう。
ヒカリは、ゲームの中で登場した王宮の風景を実際に見て、感動している。
(おお~! これぞ「聖地巡礼」! 早く学園も見てみたいな~)
わくわくする気持ちはあるが、声には出さない。
今日もミリエラの授業風景にひそかに感心している。
(ミリエラちゃんて、ちょっとの努力ですぐに身についちゃうんだよね~。周りがバカに見えてしまうのもしょうがないかも。昔は性格がアレだったけど、今は猫かぶるのが上手になったから、嫌われたり恨まれたりはないだろうし)
いい傾向だと思いつつ、油断はできないと気を引き締める。
なにせ彼女は性格ドブカスの悪役令嬢なのだから。
*
この日の授業では、鳥を使った手紙の受け渡し方法を学んでいた。
老齢の男性教師がおっとりとした口調で説明する。
「手紙は信用できる人間を介して受け渡しをするのが基本ですが、一刻も早く伝えたい用件がある際は、鳥を用います。手紙が他者の手に渡った時の対策として、こちらの魔道具を使います」
それは小さくて細長い、金属製の筒だった。
この筒に手紙を入れて、鳥の足輪にセットするのだ。
筒には細かな文字で魔術式が彫り込まれている。開封を許可する相手をイメージしながら魔力を流すことで、ロックをかけるのだ。
「まずは私が見本をお見せしましょう」
老教師の言葉にミリエラは、
「はい、先生。よろしくお願いいたします」
と小さく礼をする。
老教師は筒のふたを開くと、細長く丸めた便箋を差し込んだ。
筒の内部には空間拡張術式が施されていて、便箋2枚くらいなら余裕で入る。
「ふたをきっちりと閉めましたら、次は開封を許可する相手を指定します。この筒自体に魔術式が刻まれておりますので、相手をイメージしながら魔力を流すだけでかまいません。具体的に相手をイメージできればできるほど封は強固になります。私はガスコーニュ嬢のみが開けられるようにいたしましょう」
筒に指先を押し当てて魔力を流すと、魔術式が淡く光った。
「これで封がされました。あとは足輪に取り付けるだけです」
鳩は魔道具が取り付けられる間、嫌がるそぶりもみせずおとなしくしている。
「では、この鳩を飛ばしてみましょう。まずは目に見える範囲を飛ばせますね。意識を集中して、移動するルートや目的地、手紙を届ける相手を鳩に伝えます」
王宮ですでに訓練を施している鳩なので、指示を出すだけでいい。ただし、その指示の伝え方が難しいのだが。
老教師は鳩を両手で優しく包み込み、しばらくの後、軽く勢いをつけて空に放った。
鳩は開け放たれた窓から飛び出し、庭園の上をぐるりと1周すると戻ってくる。
そして速度を落としながらミリエラの前までやってくる。
ミリエラが左腕を差し出すと、そこに留まる。
老教師が用意した手紙はミリエラに開封の許可を与えていたので、すんなりと開封することができた。
「まあ。すごいですわ」
ミリエラの素直な感想に、老教師は目を細める。
そう。ミリエラは教師相手にもきっちりと猫をかぶり、真面目で優秀な令嬢としての評価を得ているのだ。
次はミリエラが実践する番だった。
習った通りの手順を、ミリエラは問題なく行う。
「はい。上手にできましたね」
老教師は穏やかな口調でミリエラをほめる。
「ありがとうございます」
ミリエラは淑女のスマイルで答える。
「では、わたくしはお庭を逆回りに2周してから先生のもとへ行くようにしてみますわ」
ヒカリとの会話でコツはつかんでいる。「頭の中でお手紙を書くように」鳩に話しかければいいのだ。
ミリエラが鳩を放つと、宣言通りの行動をとった。
ミリエラの手紙は老教師にのみ開封の許可を与えてある。
そこで、部屋に待機している侍女に開封を試みてもらう。
筒のふたは開く様子がない。
老教師が代わると、難なく開いた。
「素晴らしい。ミリエラ様は本当に優秀ですね」
二人のやりとりを聞きつつ、ヒカリはゲームに登場する人物に思いをはせる。
(鳥を見るとつい連想しちゃうよね。ルシアン様、今頃どこを旅してるんだろうなあ)
ルシアンは乙女ゲーム「聖なる乙女が選ぶ道」、略称「せおみち」の隠しキャラクターだ。
彼は獣人族の長で、背中には黒い翼がある。
獣人族は、邪神が施した結界の中に囚われ、死ぬことを許されず、ただ魔力を搾取され続けている。
長い年月をかけて彼らが編み出したのが、鳥や獣に魂の一部を預ける術だった。
邪神の結界から同胞を解放するためには、結界術に秀でていて魔力が豊富な人物の協力が必要だ。ルシアンは鳥の肉体を借りて、そういった人物を探して世界を旅しているのだ。
(この世界のヒロインちゃんがどんな道を選ぶかは、わからないもんね。聖女の力に目覚めないかもしれないし。でも、せっかくこの世界に転生したのなら、助けたいな……)
*
帰宅したその日の夕食の席で、ミリエラは手紙を鳩に運ばせた体験を語った。
「お父さま。わたくしの鳩がほしいですわ。領地のお爺さまお婆さまにお手紙を送りたいのです」
ミリエラのおねだりはとても可愛らしい動機からくるもので、公爵は機嫌よくうなずく。
「そうだな。私たち3人でそれぞれの鳩を持とう。大人になれば使う機会があるだろうから、今から慣れておくといい。それに、生き物の世話をするのもいい経験になるだろう」
「僕も鳩をいただけるんですか? ありがとうございます、お父様。それにミリエラも」
ユベールは目を輝かせる。
(おお! ユベール兄様の天使な笑顔いただきました! ゲームでは悩み顔ばかりで、こんな表情見られなかったもんね~)
ヒカリは「ありがたや~」と拝んでいる。
ミリエラにはヒカリのそんな思いまでは伝わっていないが、やたらきゃっきゃとした雰囲気から「またどうでもいいようなことで喜んでいるのね」と冷めた感情のまま、突っ込むことすらしなかった。




