夢のお告げ
王都にあるガスコーニュ公爵邸には穏やかで幸福な空気が流れている。
親子3人で毎朝一緒に食事をとり、会話を楽しむ。
それまではほとんど自室にこもっていた兄妹は、授業の休憩時間にはティールームや庭園に出るようになった。
そこで2人は他愛ない会話に興じたり、子どもらしく遊んだりした。
当初は疑心暗鬼だった使用人たちも、ミリエラが心を入れ替えようと努力しているのを実感するにつれ、微笑ましいものを見るような気持ちに変わっていった。
それにはヒカリのフォローのおかげもあった。
ミリエラが癇癪を抑えきれずに怒鳴りそうになった時には、『ミリエラちゃーん、はいはーいこっち見てー、鳩が出るよー』などと声をかけて注意をそらし、
同じくミリエラが使用人に手を上げそうになった時には、『暴力はダメー。殿中でござる殿中でござる』と、噴火直前の感情への消火活動を行う。
そんな時のミリエラは、あらゆる感情をかみ殺そうと小刻みに震えている。そこが「立派に我慢しようとしている」風に周囲の人間には見えた。
*
ひと月ばかり経った頃、ミリエラは再び公爵に面会を求めた。
「お母さまは、魔獣の被害がなくならないのを悲しんでいらっしゃいます。けがれた魔力がふき出す場所があって、そこから魔獣は生まれるから、魔獣の数が少ないうちに倒して、聖者の力でその土地のけがれを清めたらいい、とおっしゃいました」
ミリエラはそう言って、用意してきた地図を広げた。
「印の色が赤い場所は、急いだほうがいいそうです。近くに町があったり、魔獣の数がとても多かったりするそうです」
ガスコーニュ公爵は、それを娘の夢物語では片づけられない心境になっていた。
ミリエラは多少我がままで癇癪もちではあるが、たちの悪いいたずらはしない子だ。
それに地図につけられた印の位置。みょうに具体的だ。
魔獣の脅威に対応できるのは、大規模な軍や冒険者たちを雇い、定期的な駆除や調査を行える領地ぐらいのものだ。
それでも近くに広い森や山、洞窟などがあれば、調査の目が届かない部分もある。
ミリエラが持ってきた地図には、そういった場所にも印がつけられている。
「ありがとう、ミリエラ。早速対処しよう。教えてくれたお母様にも感謝だな」
公爵はミリエラの頭を優しくなで、ミリエラはにこりと微笑む。
「それから、このいずれかの印の近くにある町に、やがて偉大な聖女となる孤児の女の子がいるそうです。もし見つけ出したら、立派な聖女になれるように手助けしてあげてほしい、とお母さまがおっしゃっていました」
「そうか。討伐に向かう者たちに声をかけておこう。聖女の外見や年齢はわかるのかね?」
「薄桃色の髪に緑の瞳で、年はわたくしより少し下のようです」
「薄桃色の髪は珍しいから、良い目印になるだろう。彼女を見つけたら、王都の教会あたりで修行させることにしようか」
公爵の言葉に、ミリエラもヒカリも「ひぇ」と声がもれた。
「お、王都は治安が良すぎて、簡単なけがの治療しか覚えないかもしれません。それより、常に魔獣や他国に対して警戒しているような、気持ちを引き締めないといけない場所のほうが、聖女の力に目覚めやすいのではないでしょうか」
ミリエラはどことは言わなかった。
しかしこの王国の周囲は、北方に森林と山岳地帯、南に大砂漠、西に海。他国に対して警戒が必要なのは、クグリス帝国と接している東側だけだ。
公爵の頭の中では、すでに計画が立ち上がり始めている。
魔獣の対策については、まずは推論を確かめるという名目で始められるだろう。
冒険者たちも雇えば、兵力を持たない田舎町への対応もできる。
孤児の女の子を探すのは、それとは別の目標を掲げなければなるまい。
例えば、孤児院の実態調査。人手や資金が足りないために、教育はおろか生活環境すら整っていないところもあるだろう。
虐待が起きていないか、引き取った子どもを奴隷商に売り渡していないか。それを把握するために子どもの身体的特徴を詳しく調べさせよう。
この調査の表向きの目標は、環境に不備がある孤児院を罰するのではなく、実態を正しく知ることで不足を補うことだ。
子どもを健全に育てることで将来まともな職に就かせ、犯罪者に堕ちるのを防ぐことができる。
ミリエラの言う薄桃色の髪の少女が見つからなくても、この事業は将来的に国益につながる。
そして辺境伯への相談は、魔獣への対策が一定以上の成果を上げてから行うのがいいだろう。
そのうえで事実を明かす。辺境伯は嘘やごまかしを嫌う。彼に信用してもらうには、それが一番だろう。
などということを数秒で考え、公爵は口を開いた。
「なるほど。辺境伯領なら常に国境を警戒しているし、魔獣の脅威もある。騎士団の訓練は厳しいので有名だから、日常的にけが人も出るだろう。それにルシュール殿は民を大事にしているから、平民とて彼女が粗末に扱われることはないだろう」
ミリエラが狙った通りに話が進んだ。
しかしヒカリは穏やかな気持ちではいられなかった。
『ちょっと、ミリエラちゃん! もしかしてヒロインちゃんを戦争に巻き込もうとしてない?』
『あら。帝国が攻めてきた時に聖女がいれば、辺境伯は死なないかもしれなくてよ?』
ミリエラの声にはからかうような笑みが含まれている。
『だったら、辺境伯の弟が裏切ることを教えてあげたら。またお告げだと言って……』
『ばかね。そう何度もお告げをしていれば、怪しまれるにきまっているじゃない』
それは確かにその通りで、ヒカリは黙ってしまう。
第一、証拠がなければ公爵は動かないだろう。
『じゃあ盗賊団のアジトの場所を密告しようよ。あの襲撃には帝国が汚れ仕事を任せていた盗賊団がかかわっていたんだよ。王国と帝国の両方を荒らしまわっている連中だけど、裏では帝国の貴族とつながっているの』
正体がバレないように、ありふれた紙とインクを使って。筆跡をごまかすために角ばった文字にして。
人が大勢集まる場所――例えば教会にその紙を落としていく。
いたずらと思われる可能性もないではないけれど、あの盗賊団には手を焼いているから調査くらいはすると思う。
アジトは王国、北の山中、帝国の3か所を使い分けてて――。
そういったことをヒカリは一気にまくしたてる。
ミリエラは気のない相づちとともにそれを聞いた後、
『そんな面倒なこと、なぜわたくしがしないといけないの?』
と、切って捨てた。
ヒカリは言葉を失う。
所詮自分はミリエラの中から世界を見ているだけの存在。
何事もなすことができないのだ。




