悪役令嬢は改心する?
ミリエラは父親に面会を求めた。大事な話があると。
「お父さま。わたくし、お母さまにしかられました」
「どういうことだね、ミリエラ」
ガスコーニュ公爵は父親の顔になり、娘に尋ねた。
「お母さまがわたくしの夢に現れたのです。お母さまはとてもやさしいお顔つきで、わたくしを抱きしめてくださいました。『ミリー。わたくしたちの大切なお姫さま』と」
「――エヴァンジェリン!」
公爵は思わずかけていた椅子から腰を浮かした。
<わたくしたちの大切なお姫様>
それは亡き妻エヴァンジェリンが赤子のミリエラにかけていた言葉だった。ミリーという愛称も懐かしい。
その口調と顔つきは、まさにエヴァンジェリンそのものだった。ミリエラは母親似なので、なおさらだった。
(うふふ。ミリエラちゃん、名演技ね。あの家族団らんシーンはユベール兄様ルートに出てくるから、イベントシーンを何度も再生して勉強したからね~)
ミリエラの中で、ヒカリはうんうんとうなずいている。
公爵は椅子にかけ直し、話の続きをうながす。
「それで、お母様はミリエラの何に対して叱ったのかね?」
ミリエラはしおらしい表情を父親に向ける。
「はい。わたくしの行いが、淑女らしくないとおっしゃいました。使用人たちへの感謝の気持ちがないと。オーギュスト殿下と婚約したのだから、その立場に見合った行動をしなさい、と」
ミリエラが使用人たちに我がままを言って困らせたり、その時の気分で当たり散らしたりしていることは、公爵も知っていた。
だが、仕事の忙しさにかまけて、子どもたちのことは家庭教師や使用人たちに任せきりにしていた。
「そうか。お母様の言葉に対して、ミリエラはどうしたいのかな?」
「わたくし、わがままやかんしゃくを、がまんしますわ。でも、たまにがまんできないこともあると思います」
前半はきりっと。後半はしゅんと。
「まだ7歳なのに、ミリエラは偉いな」
公爵はミリエラのそばにきてしゃがみ、優しく頭を撫でる。
その日の午後。
ガスコーニュ公爵邸の人間は、家族も使用人も大広間に集められた。
壇上には公爵が立ち、両隣に息子のユベールと娘のミリエラが並んでいる。
「皆、忙しい中集まってくれて、感謝する。実はミリエラが重大な決意をしたようなので、ぜひ聞いてやってほしい」
使用人たちは、そこで静かに待つ。
公爵にうながされ、ミリエラが一歩前に出る。
「わたくし、わがままを言ったりかんしゃくを起したりして、いやな子でした。ごめんなさい」
そう言って、ミリエラが頭を下げる。
これには使用人たちもびっくりして、驚きや戸惑いの声をもらす。
兄のユベールですら驚きの表情で妹を見つめる。
公爵は優しい顔でミリエラの頭をなで、使用人たちへ顔を向ける。
「立派な淑女になるため、心を入れ替えるのだそうだ。たまに我慢がきかない時もあるだろうが、長い目で見守ってやってほしい」
「かしこまりましたッ!」
使用人たちは一斉に頭を下げる。
場が解散になった後も、ガスコーニュ親子は残っていた。
「わたくし、お父さまとお兄さまと一緒にすごす時間がほしいですわ。お忙しいのはわかっています。お食事をいっしょにとるとか、お茶会をするとか、ちょっとの時間でかまいません」
「ミ、ミリー。本当にどうしちゃったの?」
ユベールはおろおろと妹を見つめる。
「わたくし、オーギュスト殿下にふさわしい淑女になりたいのです」
ミリエラは澄ましてそう答える。
ユベールはそこで、いいように誤解した。
第1王子オーギュストは、美しい顔立ちに気品と知性を兼ねそろえている。学問だけでなく剣術や魔法の鍛錬も真面目に行っている。性格も穏やかで、非の打ち所がない、素敵な王子様だ。
つまり、ミリエラはオーギュストに恋をしたゆえに努力を始めたのだ、と。
ミリエラがオーギュストに恋をしているのは確かだが、そのために「心を入れ替える」などということは本来の彼女ならしない。あくまで断罪回避の手段の一つにすぎないのだ。
公爵たちと別れて一人になると、ヒカリが話しかけてきた。
『よかったね、ミリエラちゃん。これで第一段階クリアだよ』
ヒカリはにっこにこだが、ミリエラはばっさりと切り捨てる。
『おまえ、ばかね。これはお父さまに”夢のおつげ”を信じてもらうための準備にすぎないわ』
(がーーん……。元アラサー女子が7歳児にバカ呼ばわりされちった)
ショックで口がきけないヒカリを気にすることもなく、ミリエラは自室へ戻っていく。
*
魔獣の情報を公爵に伝えるのは、もう少し日数を置いてからになる。あまり頻繁に「お告げ」があるのは不自然だからだ。
断罪回避に向けてミリエラたちが打てる手段は、今のところ身近な人たちとの関係を良好に保つことくらいだ。
『公爵様とユベール兄様については、今から地道に関係を築いていけるからいいとして、オーギュスト殿下とお話しするときは、自分の話ばっかりしないで聞き役に回ったほうが好感度は上がりやすいよ。やっぱり”攻略対象”の好感度は稼いでおかないとね』
ヒカリの言葉に、ミリエラは『また意味のわからない言葉を……』とつぶやく。
『まあまあ。そう言わずに。オーギュスト殿下とユベール兄様のことはミリエラちゃんも知ってるから、学園に入学しないと会えないメンバーのことを教えるね。じゃあゲームを起動するから、意識を集中してね?』
『――おまえは時々、本当に強引ね』
ミリエラが不承不承目を閉じ意識を集中すると、映像と音声が伝わってくる。
『まずは天才魔法使いのシメオンから。長い白銀の髪に神秘的な紫の瞳で、ミステリアスな印象だけど、実はチャラ……えっと気さくな感じの子だよ。光と闇以外の全属性魔法を使いこなせるんだけど、それだけに光や闇属性の魔法を扱える人物に興味をひかれるんだよね。ヒロインちゃんの1学年上だから、ミリエラちゃんより1つ年下になるね。魔法使いは頭脳労働者だから、甘いものを好んで食べるよ。手作りのおいしいお菓子で好感度アップだよ!』
『ふぅん、そう』
ミリエラの反応はそっけない。
『次は辺境伯令息のマチアス。赤い髪に琥珀色の瞳。ちょっと人を寄せ付けないような雰囲気の子だよ。それは彼が8つの時に町を帝国に攻め込まれてお父様を亡くしたことが原因なの。成人するまでの後見としてお父様の弟――叔父さんが領地の運営をするんだけど、マチアスは色々不遇な立場に追いやられるの。だから人間不信なところがあるんだよ。ヒロインちゃんとは同級生。彼と仲良くなるには、魔力か武力のパラメーターが一定以上必要になるよ』
『――そう』
『んもう。ミリエラちゃんてば、オーギュスト殿下以外は眼中にないって感じ? まああと一人だけ聞いておいてよ』
ミリエラの返事を待たず、ヒカリは語り続ける。
『ヒロインちゃんのクラスの担任、ベルナール先生は20代半ば。砂色の髪に、黄緑色の瞳。知的な魅力を底上げする銀縁眼鏡も装備! 生徒たちの相談に乗ってくれる、頼りになるキャラだよ。ちなみに小動物やモフモフ系の生き物が大好きだから、そこから仲良くなるのも手だよ?』
『あら、そう』
熱が全くこもっていない感想だ。
(ああ。殿下以外はお呼びじゃない、ということね。これまた失礼しましたー)
ヒカリは静かにゲーム画面を落とすのだった。




