作戦会議
ヒカリはこことは別の世界で暮らしていたが、「居眠り運転の車にはねられて死んだ」そうだ。
その世界にいた間に「乙女ゲーム」というものを通して、この世界のこと、ミリエラや聖女についてこれから起こることを知ったらしい。
ミリエラが王立学園の3年生になった年に、平民の聖女が入学してくる。
彼女はその1年間で誰かと絆を深めたり、能力に磨きをかけたりする。
もしも彼女がオーギュスト殿下と仲良くなったら、ミリエラは激しい嫉妬から嫌がらせをするようになり、しまいには自らの手で聖女を階段から突き落とすことになる。
ミリエラの兄であるユベールと仲良くなっても、ミリエラは嫌がらせをする。これは「お兄ちゃんをとられたくない」などという可愛らしい嫉妬ではない。「平民ごときがガスコーニュ家に近づくなど許さない」という差別意識からきている。ユベールに招かれてヒロインがガスコーニュ家を訪れた際には、彼女の紅茶に毒を盛ろうとしてそれが発覚する。
そうなったら断罪イベントは避けられない。
あの夢で見た光景が、現実のものとなってしまう。
そうならないための「秘密会議」なのだ。
『あのね、まずはミリエラちゃんの味方になってくれる人を増やしておいたほうがいいと思うの』
『そんな面倒なことをしなくても、あのシワシワババアたちがいる修道院を、壊せばいいじゃない』
ヒカリはひえっと小さく悲鳴を上げ、ちょっとの間黙ってしまった。
『え、えっとね? あの修道院をどうにかしたとしても、断罪された時の行き先が変わるだけだよ? あそこは厳しい場所だけど、騎士が守りを固めているから暗殺の心配もないし、謙虚に奉仕作業をしていれば罰されることもないよ。もしかしたら、もっと悪い場所へ行かされるかもしれないよ? えっと……7歳のミリエラちゃんには言えないような場所とかね』
最後のほうの言葉は尻すぼみになる。
『じゃあ、あのフローラとかいう女を殺しちゃえばいいじゃない』
ミリエラの口からまたも非道な言葉が出てきて、ヒカリは「あああぁーーー」と絶望の声を上げる。
『ヒロインちゃんに危害を加えるのは絶対、ダメ! それは死亡フラグよ~』
声しか聞こえないが、ヒカリはくずおれながら半泣きになっている。
『ふぅん。だとしたら、どうするのがいいのか、話しなさい』
あくまで命令口調。「教えてちょうだい」でもない。
ヒカリは長い溜息をついた。
『私はやっぱり、味方をたくさん作ることだと思うんだよね。いつかミリエラちゃんが困ったことになったとしても、味方が多ければそれだけ助けの手も増えるから。まずは家族とこの屋敷の使用人たちと仲良くしようよ』
『お父さまとお兄さまはわかるけど、どうして使用人ごときと仲良くしなくてはならないの?』
ひどく当然のように尋ね返してくる。
ヒカリは「うっ」と言葉に詰まり、しばし考える。
『ミリエラちゃんは9歳になったらお城で王子妃教育を受けることになるのよね。その時に王妃様やオーギュスト殿下から何かお願いされることもあると思うのよ』
ミリエラはうなずく。
『ミリエラちゃんがそのお願いされたことを完璧にやりとげたのに、無視されたり、すごく細かいあらを探して文句を言われたりしたら、嫌な気持ちにならないかな?』
ミリエラは開きかけた口を閉ざし、黙った。それらは自分が使用人たちに対して行ってきたことだ。
『皆人間だから、心があるんだよ。にこにこしている人や自分を正当に評価してくれる人には気分良く接することができるし、それ以上に何かしてあげたい、って気持ちになるよ』
『――手駒にしたい人間はたくみに操れ、ということね。そうだわ。わたくしに似ている女をやといましょう。いざというときに身代わりにすればいいわ』
とてもいい思い付きだとばかりに、ミリエラの笑顔は輝いている。
ヒカリはくじけそうになった。
(悪役令嬢ミリエラ・ガスコーニュ。美人でスタイルもよくて、成績優秀。魔法の才能にも秀でている。――ただし、性格はドブカス。公式設定通りだよ。彼女がこのまま成長すれば、断罪ルート確定だよ~)
ミリエラは3歳になる前に母親を病で亡くしている。亡くなる1年ほど前から病床にいたから、ミリエラに母親との楽しい記憶はほぼない。
父親は宰相としての職務があり、多忙だ。
3つ年上の兄は、いずれ家を継ぐものとして様々なことを学んでいる最中だ。一緒に遊ぶことはもちろん、私的な会話すらかわせていない。
だからミリエラは家族の愛情を知らない。
(情で訴える作戦は効果が見込めないかあ。彼女の利になることでやる気を促すしかないかな?)
『そうそう。ヒロインちゃんが聖女の力に目覚めるのは、13歳の時に町を魔獣に襲われるからなんだよ。町を守ろうと結界を張ったり、けが人を治療しようと回復魔法を使ったりね。
魔獣が襲ってこなければ、彼女が聖女の力に目覚めることはないし、聖女じゃなければ王都の教会に連れていかれることもないからね。
王都の教会に連れていかれなければ、ヒロインちゃんがオーギュスト殿下と出会うこともなくなるよ』
(強制力が働いて別のきっかけで聖女になって、結局学園には来るかもしれないけど)
と、ミリエラに余計な不安を与えるような言葉は飲み込んだ。
ヒロインも転生者だったり、「ヒドイン」だったり、様々な可能性があるが、それはその時にならないとわからないことだ。
たとえミリエラが悪いことをしていなくても、罪をねつ造されて悪者に仕立てられるかもしれない。
そうなった時に、というかそういう状況を作らないように、周囲の人間と友好的な関係を築いおいてもらいたいのだ。
『あのフローラとかいう女は、今どこに暮らしているの?』
『町の名前は明言されてないんだよ。王国内の片田舎のとある孤児院、っていう描写があるだけで。あと、ヒロインちゃんの名前はフローラとは限らないんだよ。デフォ名がなくて、プレイヤーが入力するタイプだからね』
『おまえの言葉は、たまに意味がわからないわ』
ミリエラの呆れまじりの声が返ってくる。
『まあ、魔獣がヒロインちゃんの町を襲うのは彼女が13歳の時だから、まだ猶予はあるよ。それまでに魔獣が現れる場所を片っ端から浄化していけばいいよ』
『魔獣が現れる場所がわかるの?』
ミリエラが興味を示したので、ヒカリは説明した。
この世界には「魔獣湧きスポット」が無数にある。
ゲームの中では、ヒロインや攻略対象たちを強化するための経験値とアイテムを入手するための場所。
この世界の地下深くに眠っている「邪神」が放出する、強い魔力が原因だ。
自身の体をぼろぼろにした全能神を憎む、怨念に満ちた強い魔力。
それは魔力に敏感で理性が乏しい獣に、悪影響を及ぼす。
強い魔力を得た獣は魔獣となり、狂暴化する。
魔獣同士で争うだけならまだいいが、近隣に人間の生活圏があると、そこが襲われる危険がある。
『この王国の”魔獣湧きスポット”に魔獣の討伐隊を送るの。浄化の魔法が使える聖者もね。魔獣を討伐した後にその土地を浄化すれば、しばらく魔獣は出てこないよ。ガスコーニュ公爵に宰相としてこの討伐作戦を行ってもらえば、ヒロインちゃんが聖女の力に目覚めるきっかけをつぶせるし、公爵様は貴族たちに対して恩が売れるわけ。そうしたら公爵様の発言力もアップするだろうから、万が一ミリエラちゃんがピンチに陥っても多少のごり押しがきく……と思うんだよね~』
『いい考えね。でも、王国中の”わきスポット”など、わかっているのかしら?』
『お任せあれ! 伊達に全エンディング、全シナリオコンプしてないよ』
『おまえの言葉は、たまに本当に意味がわからないわ』
『まあまあ、そんなことより地図だよ地図』
『だからわたくしに命令するんじゃないわよ』
ヒカリは地図を用意してもらい、「湧きスポット」を示し、それにミリエラが印や注意点を書き込んでいく。
あとはこの情報をどうやって父親に伝えるかだ。
ガスコーニュ公爵は生真面目な性質であるため、その情報に信ぴょう性がなければ動かないだろう。
その問題について、ヒカリは解決策を考えてあった。だてに7年間ごろごろゲームして過ごしていたわけではない。
『夢のお告げ――ミリエラちゃんのお母さんが天国から話しかけてきた――というのはどうかな?』
『夢? お父さまがそんなこと信じるかしら』
『ミリエラちゃんが知らないはずのことで、ごく限られた人しか知らないことも一緒に話してみるの。家族をだますことになるから、心苦しいとは思うけど……』
ヒカリの声のトーンが落ちる。
『そんなこと気にするはずがないじゃない。いいから、話しなさい』
ヒカリはずっこけながら(やっぱりドブカス令嬢だ……)と心の中で思った。




