悪役令嬢と初会話
「ミリエラ・ガスコーニュ。君との婚約を破棄する!」
王太子オーギュストの声が、ダンスホールに響き渡る。
オーギュストの斜め後ろには、ピンクブロンドの美少女が悲しげな顔でたたずんでいる。
周囲には正装の卒業生たち。
貴賓席には国王と王妃、宰相や騎士団長の姿もある。
ミリエラは吊り気味の目をさらにきつくして、王太子に問いかける。
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「君は再三にわたって聖女フローラに不当な仕打ちを行ってきた。取り巻きの女子生徒を使い、教科書を引き裂いたり制服を汚したり、中傷の言葉を浴びせたりした。そのうえ、君は彼女を階段から突き落とした。このような行いをする者を王太子妃として迎えることはできないからだ。すでに陛下の承認も得ている」
王立学園の卒業記念パーティー。
その会場で突然始まった断罪劇。
ミリエラは貴賓席の父親――宰相に視線を送った。
父親は苦し気な顔でミリエラに告げる。
「ミリエラ、お前は修道院行きだ。お前は王太子妃教育を受け、この国の機密に触れている。それゆえ外部との交流が一切許されない場所で暮らさねばならん」
「まあ。そこの平民聖女にはどこにも怪我をした様子がないのに、随分と重い罰を与えようとなさるのね」
扇で口元を隠し、せめてもの虚勢を張る。
「それは彼女がとっさに結界で体を覆って、身を守ったからだ。怪我をすることは免れたが、10段以上の石段を転がり落ちたのだ。その時彼女が感じた恐怖は、いかばかりだったか。もしも聖女フローラが大怪我を負ったり亡くなったりするようなことがあれば、君は間違いなく極刑に処されていた」
オーギュストが強い口調で反論する。背中に聖女をかばうようにして。
ミリエラはきつく目を閉じた。
家族。公爵令嬢の身分。王太子妃の地位。そして初恋の人。
すべてを失ってしまった。と実感した。
支度はすでに整えられていた。
簡素な服に着替えさせられ、荷物は必要な衣類のみ。
身の回りの世話をする人間は、当然いない。
護衛付きの馬車で王国の西の果てにある修道院まで運ばれた。
近くに町などなく、旅人や行商人すら通らない。
高い石塀と鉄の扉で囲われた、まるで牢獄のような場所だった。
朝は暗いうちから起きて冷たい水で掃除をし、食事は質素、寝室は狭く暖炉はない。
寝坊したり作業をなまけたりすれば、厳しい罰を受ける。
外との交流は一切許されず、身の回りの世話をする者も友人もなく、娯楽もない。
年配の修道女たちからは、いくども厳しい言葉をかけられた。ミリエラの言動があまりにも行き過ぎている時には、食事を抜かれたり背中を鞭でぶたれたりした。
ミリエラはそこで生涯を送ることになる。
***
「うう、なんなのよ。あのシワシワババアたち。わたしくにイジワルばかりして。お父さまにいいつけて、ひどい目にあわせてやるから」
『あ~、ひどくうなされてるねぇ。大丈夫、ミリエラちゃん? って、聞こえてないよね。今までずっと一方通行だったもんねぇ』
「だあれ? というか、なれなれしい呼び方しないで」
ミリエラはうなされつつも、聞こえてきた声に反応した。
『うそ、聞こえた!? あ。もしかしてミリエラちゃんがうなされてたのって、私がやってたゲームの音がもれてたからかも。ちょうど王太子ルートやってたし。この世界に転生してから7年間、ずっとコミュニケーションとれなかったから、音量対策してなかったよ。失敬失敬』
ちょっと浮かれたような、女性の声。
さすがにミリエラもおかしいと感じた。
さっきまで見ていたのは夢で、今話をした相手は――どこにいる?
ぱちりと目を開いた。
ベッドの周囲にはレースのカーテンがかけられている。
そろそろ朝が近いのか、部屋の中はうす明るい。
身を起こし周囲を見回すが、人の姿はない。
『私はヒカリ。ミリエラちゃんが生まれた時からずっとミリエラちゃんの心? 魂? まあ、中にいるんだよ』
声は聞こえるが、それは耳から聞こえてきたものではない。
みょうに陽気な話し方にいら立つが、そこをいちいち指摘していては話が進まない。
「おまえの目的はなに?」
『一番は断罪回避だよ。修道院で一生いびられるなんて、いやだもん。せっかく転生したんだから、平穏な生活がしたいよ』
ヒカリの言葉から、先ほどの夢は夢ではなく、将来起こることだとミリエラは察した。
まだ7歳ゆえの、頭の柔らかさだ。
ヒカリが再び話しだした。
『オーギュスト殿下と婚約しちゃったからには、あとは嫌われないようにしないとね。ヒロインちゃんに嫌がらせするのは、絶対にダメよ?』
「わたくしに命令するんじゃないわよ。きっとあの女がなにか悪いことをしたから、わたくしも怒って仕返しをしたにちがいないわ」
『う、うーーーん。ミリエラちゃんにとっては、オーギュスト殿下と仲良くする女性は全員敵だからね。でもその独占欲丸出しのギスギスした態度のせいで殿下の心が離れていくんだから、淑女らしく余裕をもって、あとは殿下にベタベタしないことも大事かなー』
「だからわたくしに命令するんじゃないわよ!」
ミリエラはベッドの上で、両手足をじたばたと動かす。
「ミリエラ様? もう起きていらっしゃったのですか?」
ドアの向こうから侍女が控えめな声で問いかけてくる。
『声に出してしゃべってたから、外に聞こえちゃったんだね。そうだ、私に話したいことは、頭の中で強く念じてみて? 頭の中でお手紙を書くみたいにね』
ミリエラは一度ムッとした感情を表したが、しぶしぶ収めた。ヒカリと会話する際に自分だけ独り言を言っている状況は、改善したい。
それからミリエラとヒカリは、機会を見つけては秘密の会議をすることになった。




