ゲーム内容をおさらいする。
乙女ゲーム「聖なる乙女が選ぶ道」、略称「せおみち」のヒロインは、孤児院で育った女の子だ。
彼女が13歳になったある日、町が魔獣の群れに襲われてしまう。
その時に聖女の力に目覚めるのだが、その奇跡が行われる様を多くの人間――とりわけ救援のために訪れた外部の人間に見られたことで、王都の教会にその存在を知られることになる。
――光属性魔法が使える者は教会で保護するべし。
これは光の神が信者に語った言葉から来ている。
はるか昔、主神の座をかけて神々が争った時代があった。
ゲームのネタバレをぶっちゃけると、父たる全能神にとって代わりたい光の神が、他の神々(自分の弟たち)をたきつけて戦いを挑んだのだ。
光の神は、目立ちたがり。自分が一番でないと気が済まない。弟神たちは「ちょっと父親に反抗したいお年頃」で、気軽に光の神の誘いに乗った。
その戦いによりこの世界は破壊されつくした。他の神々は世界の崩壊をこれ以上招かないように、戦いを放棄して神域に帰っていった。まさかにーちゃんがここまでやるとは……と、ドン引きしたともいう。
戦いの決着はつかなかった。世界を修復するために、全能神がその力すべてを解き放ち、世界から消えたために。
残った光の神は肉体を保てないほど傷つき、滅ぶ寸前だった。彼は自らが復活できるまで安全な場所にこもることにした。結界術は光の神が得意とすることだからね。
その際に光の神はたくさんの嘘をついた。
全能神を「邪神」と呼び、世界を修復したのは自分だと言い、人間たちの信仰を集めた。
「邪神は滅ぼしたが、私の肉体も深く傷つき、しばらくこの地を去らねばならない。だが悲しむことはない。私は復活するときにいくつかの瑞祥を示す。それらの中心地に光属性魔法の使い手を遣わすのだ。だが気をつけねばならない。邪神の眷属は彼らの神の復活をあきらめていない。彼らは体のいずこかに獣の特性を持つ、忌まわしい種族だ。彼らは光属性魔法の使い手をいけにえに捧げれば、彼らの神が復活すると信じている。だから光属性魔法の使い手は教会が保護しなくてはならない」
ゲームをクリアした人間から見れば、光の神には自身がついた「嘘」が痛烈な皮肉となって跳ね返っているのが分かる。
復活するときには「瑞祥を示す」などと言ったが、呪詛にまみれた魔力は獣を狂わせ魔獣を生み出す結果となった。だから誰も「瑞祥」とは気づかず、光の神を復活させる準備は行われない。
光の神は全能神のことを「邪神」と呼んだが、世界に邪悪を振りまいているのは光の神なので、後の世の人々から自身が「邪神」と呼ばれることになる。
禍々しいことが起こっている中心地。そこが「邪神」の復活ポイントだと予測され、「討伐」部隊を差し向けられる。
ようやく封印を解かれ地上へ出てみれば、光の神の信者たちから「あれが邪神! なんとおぞましい姿だ!」と、嫌悪の目を向けられる。
かつての光の神の肉体は、全能神が造ったものだ。その当時は均整の取れた体に美しい顔立ちをしていた。
しかし大戦の後滅びかけた肉体を自力で修復する間、恨みや怒りその他もろもろの負の感情が自身の姿をその感情にふさわしいものに変えてしまったのだ。
美しい曲線を描いていた金色に輝く髪は、くすんだ色になり、ねじ曲がった髪の先からは蛇の頭がいくつも生えた。
真っ直ぐだった背筋は猫背になり、腰から下は獣のものになった。手先には鋭いかぎ爪が伸び、ひじから先はうろこが覆っている。
熱心な光の神の信者たちは、神の言葉を後世に伝えていた。邪神の眷属は体のいずこかに獣の特性を持つ、と。まさにそれの親玉っぽいのが現れたのだから、邪神認定されても仕方ない。
多くの人間たちから歓喜で迎えられると思い込んで封印の土地から出てみれば、邪神とののしられ滅ぼされる。
うん。すごい「ざまあ」だね。
それはさておき。
身分格差が激しいエルランジェ王国では、光属性の魔法が使えても優遇されるのは貴族階級だけ。
平民の場合は保護という名目の略取、および酷使が待っている。
孤児院で育った平民のヒロインは、豊富な魔力、高度な回復魔法、強固な結界術などの高い能力を有しているため、酷使される日々を送ることになる。
貴族の聖女たちからはやっかみの対象となり、数々の嫌がらせを受ける。平民用の宿舎から狭くて寒くて汚い半地下の部屋に追いやられ、ベッドを水浸しにされたり食事に泥水を混ぜられたり。
そんなヒロインの心に癒しを与えてくれていたのは、1羽の小鳥。
ヒロインが空腹なのに気づいて、木になっている果実をせっせと運んでくれるのだ。
それでも彼女が不遇の状態にいることに変わりはない。疲労と空腹でふらふらしていたヒロインは、教会の視察に来ていたオーギュスト殿下に助けられる。
ヒロインに無茶な量の仕事を押し付けていた司祭は、未開の地への布教の旅に単身出される。
ヒロインに嫌がらせをしていた令嬢たちは、彼女たちの家長の判断により平民に落とされたり修道院に送られたりすることになる。
オーギュスト殿下はヒロインと対話するうちに彼女の聡明さに気づき、王立学園に通うことを勧める。
学園の寮で暮らすならば、快適で清潔な部屋と3度の食事は保障されるから。
ヒロインが入学した時、オーギュスト殿下とミリエラ・ガスコーニュは3年生だ。
オーギュスト殿下激ラブなミリエラは、ヒロインに対して強烈な敵がい心を抱く。
学園内でイベントごとがあれば、ことごとく勝負を挑んでくる。3年生が1年生に。大人げな……ゲフンゲフン。
相手は悪役令嬢スペックだから、育成が進んでいなければヒロインはぼろ負けする。そしてネチネチと嫌味を言われ嘲笑われる。
プレイヤーは「ぐぬぬ……。おのれ、ミリエラ・ガスコーニュッ!」となるわけだ。
このゲームは乙女ゲームだが、恋愛エンドのみをベストエンドと扱っていない。
ひたすらにヒロインを強い子に育てて自由気ままな冒険者になるのもよし、パン屋さんのアルバイトに精を出して将来お店を持つのもよし。タイトルの通り、ヒロインの進む道を選べるのだ。しかも美麗なスチルつき!
ミリエラ・ガスコーニュが断罪されるのは、王太子(オーギュスト殿下)ルートとユベール兄様ルートだ。
ミリエラはこの国の貴族の例にもれず、平民への差別意識が強いのだ。「お兄ちゃんをとられたくない」みたいな可愛らしい動機ではなく、平民をガスコーニュ家に迎えるなんて、とんでもない! という気持ちから妨害してくるのだ。
「ヒロインちゃんが非恋愛ルートか他の攻略対象を選んでくれればラッキーだけど、最悪のパターンを想定しておかないとね~。ヒロインちゃんも転生者で、こちらが何もしてないのにえん罪で悪役に仕立てられるかもしれないし」
そして何より恐れるべきは、物語の強制力だ。
ミリエラがどれほど良い行いをしていたとしても、結局は悪役令嬢に仕立て上げられるかもしれない。
ヒロインと接点を持たないように努めても、偶然階段の上ですれ違った際にヒロインがつまづいて勝手に転がり落ちるかもしれない。
「修道院で快適に暮らすための前準備もしておいたほうがいいのかな。地道に寄付をし続けるとか。でもガスコーニュ家と縁のある施設とみなされたら、送り込まれる先が変更されるかもしれないし」
考えるべきことはたくさんある。
しかしこの体を自分の意思で動かすことも、彼女に声を伝えることもできないままでは、何も変えられない。
「断罪イベントが終わってから前世を思い出すパターンのラノベも多いもんね。できればやらかしが少ないうちに干渉したいなあ」
*
それから3年もしないうちにエヴァお母さんは亡くなった。
ミリエラ・ガスコーニュは母親にとりすがり、激しく泣いた。
大きくなったらドブカス令嬢となる彼女も、今はまだたった3歳の女の子、ミリエラちゃんだ。
奥さんラブな公爵様は、悲しみを振り切るように仕事に没頭した。
結果家を留守がちにし、子どもたちとのコミュニケーションをとらなくなった。
やがて宰相の任につき、ますます忙しくなった。
ユベール兄様は泣いてばかりのミリエラちゃんを心配してくれていたけど、ミリエラちゃんのほうが殻にこもってしまった。
心を閉ざしてしまった小さな女の子に、まだ6歳の男の子ではどのように接していいかわからなかった。そして少しずつ距離が開いていった。
そのうち兄様もお勉強が忙しくなり、ついに家族はばらばらになった。
私はそれを見ているだけしかできなかった。
ミリエラちゃんが7歳になり、この王国の第1王子オーギュスト殿下と顔合わせをした時、彼女の心の中はたくさんの「!!!!!!!!!」でいっぱいになった。
驚きと戸惑い、強く焦がれる感情。そんなものが伝わってきた。
ミリエラちゃんはオーギュスト殿下に一目で恋をしたのだ。




