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アラサー女子、乙女ゲームの世界に転生する。

 仕事帰り。

 青信号の横断歩道を渡っていると、居眠り運転のトラックが突っ込んできた。

 私の体は縫い付けられたように動かず、時間の流れがひどくゆっくりに感じられた。


――あ、死んだな私。


 そう思った次の瞬間には視界も思考も無になり、再び意識が戻ってきた時には、激しく泣く赤ん坊の声を聞いていた。

 私を見下ろすのは、満面に笑みを浮かべた中年の女性。日本人と比べれば肌が白く、顔の彫りは深く、瞳は青い。


「奥様、とても元気な女の子でございますよ」

「ふふ。よかったわ。ユベールが妹を欲しがっていたから、大喜びするわね」

 上品で美しい声が笑った。

 彼女たちの言語は日本語ではないけれど、なぜか理解できる。


 体を清めてもらったあと、「奥様」に受け渡される。

「女の子だったらミリエラと名付けることに決めていたの。あなたはミリエラ・ガスコーニュよ」

 ゴージャスな金髪と吸い込まれそうなほどに濃い青い色の瞳の、超美人さんが微笑む。お産で体力を消耗したのか、かなりしんどそうだけど。


 そうか。私は異世界転生しちゃったんだな。転トラって本当にあったんだね。

 しみじみしていると、扉がすごい勢いで開いて、男の人が入ってきた。


「エヴァンジェリン! 身体は大丈夫か?」

 男の人は必死な様子だ。


 とたんにこの体がパニックに陥ったように泣き始めた。

 同時に「びっくりした!」「怖い!」といった感情が伝わってきた。


 そこで私は違和感をおぼえた。

 今泣いているのは”私”の意思じゃない。

 この体に備わった”もう一つの意思”が泣いているんだ。


「ほら、大きな声を出したからミリエラが怖がっていますよ?」

 エヴァお母さん(勝手に省略)は侵入者を優しくたしなめる。


「すまない。エヴァンジェリン、それにミリエラも」

 赤ちゃん――ミリエラと名付けられた女の子は、ぴたりと泣き止む。


「お母様、僕もそちらへ行っていいでしょうか」

 少し離れた場所から男の子の声がする。


「ええ。いらっしゃい。あなたの妹よ」

「はい!」

 うれしそうな声が返ってくる。


 ベッドのふちに手をかけ、のぞき込んでくる男の子。

 茶色の髪に緑色の瞳。利発そうな顔立ちは、傍らに立っている男性とよく似ている。


「可愛い。お母様と同じ、金色の髪に青い目だ。僕はユベール。ミリエラのお兄ちゃんだよ」

 赤ん坊のきゃっきゃと笑う声を聞きながら、私は呆然となった。


 ミリエラ。ユベール。ガスコーニュ。

 これは、「せおみち」――乙女ゲーム「聖なる乙女が選ぶ道」の世界?

 この体の持ち主”ミリエラ”は、王立学園の卒業パーティーで断罪される、あのミリエラ・ガスコーニュ?


 マジか。

 詰んだ。

 自分の意思で動けないのに、どうしろと?

 せっかく異世界転生したのに、他人の体の中から見てるだけの第2の人生っていったいどんな罰ゲーム? しかも17年後には断罪されて生涯修道院で過ごすおまけつきだなんて。


 *


 数日間観察してみて、分かったこと。

 私はミリエラ・ガスコーニュの視覚と聴覚から入ってきた情報は取得することができる。

 一人称視点のゲームみたいな感じね。

 嗅覚、味覚、触覚は感じられない。

 彼女の強い感情は感じられるけど、考えていることまでは分からない。

 こちらから話しかけても、反応はないみたい。

 まあ、今は赤ちゃんだから、かもしれないけれど。


 今のところ、こちらから本体(?)に働きかけることはできないみたい。

 ラノベなんかでは、頭を打ったとか精神的なショックを受けたとかのタイミングで前世の記憶がよみがえることがあるよね。

 そうなる前の前世の記憶が、今の私みたいな状況なのかもね~。


 よし。断罪回避を目指して、プランを立てておかないと。


 そうとなったら、筆記具やパソコンがほしいなあ。

 うろ覚えなところを確認するために「せおみち」のソフトとファンブックもほしいなあ。


 そんなことを考えていたら急に視野が広くなって、私のいる空間が白い”部屋”になった。

 自宅で使っていたローテーブルの上に、A4サイズのノートにシャープペンシル、ノートパソコン、「せおみち」のソフトと公式ファンブックが現れた。ソファとふかふかのラグも。

 そして壁に大きな長方形の窓が現れ、そこからミリエラ視点のものが見えるようになった。

 お茶の間でテレビ見ているような気分になるね。


 それにしても、不思議な現象だ。

 ここは精神世界だから、念じればどうにかできるのかな。それとも、転生特典っていうやつ?


 だったら試してみなくちゃ。

 まずは私の「体」がほしい! 念じればパソコンも操作できそうだけど、やはり自分の手で動かしたい。実際に肉体があるわけではないから、気分の問題だけどね。

 肩こりに悩むアラサーの私じゃなくて、元気ぴちぴちの高校生くらいがいいなあ。

 イメージ、イメージ。服は……スエットでいいか。誰かに会うわけじゃないし。


 そうして私は精神世界での”体”を手に入れた。

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