ヒロインの話
辺境伯領から姿を消したヒロインが、どうして王立学園に入学してきたのだろう。
その過程を見てみよう。
星が輝き、花の香りが漂う美しい夜。
孤児院の院長メラニーは、赤ん坊のかすかな泣き声を耳にした。
もしやと思いそっと扉を開くと、石段の上にバスケットが1つ置いてあった。
その中には布にくるまれた赤ん坊の姿が。
メラニーは辺りを見まわすが、人の姿はない。
何らかの事情で子どもを育てられない親が孤児院を頼ることは、よくある。
このように子どもを置き去りにすることも、残念ながらたまに起こることだ。
バスケットごと赤ん坊を抱きあげ、屋内に戻る。
親らしき人物からのメッセージも、身元が分かるようなものも見つからなかった。
「あなたの名前すらわからないのね」
メラニーは赤ん坊を見つめる。
薄桃色の髪は柔らかく、大きな瞳は深い緑色をしている。
とても愛きょうのある表情で、「あうー」、「だー」などと話しかけてくる。
「かわいらしい声ね。あなたの名前は『アリア』にしましょう」
その名前が気に入ったのか、赤ん坊はきゃっきゃと笑った。
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地上よりはるか遠く。大きな鏡に映し出されている映像を見つめる4柱の神々。
「俺たちの今回の子どもは、無事”親”に受け入れられたようだな」
青年の姿をした彼は火の神。赤い髪が炎のようにゆらめいている。
長く美しい水色の髪の女性神が静かにうなずく。
「はい。今回の子どもにも健康な肉体と、学んだことが必ず身につく能力、危機に陥ってもどうにか助かる幸運を授けています。育つ環境によって、どのように成長するのか……」
水の神の言葉を、弟である地の神が引き取る。
「王族、大貴族、聖職者、豪商……。いろいろな”親”に我らの子たちを託してみたが、親の身分や職業にかかわる人生を送っただけだったな」
「しょーがないよ。『地中深くに引きこもって怨念を垂れ流している”邪神”を倒しちゃって』なーんて神託を下すわけにはいかないし。もしにーちゃんにばれたら、神界まで殴り込んでくるにきまってるもん」
かる~い調子で末っ子の風の神は笑う。
「ああ。それな」
他のきょうだい神は眉間にしわを寄せてうつむく。
地上に漏れ出している魔力を見るに、完全復活まであと300~500年はかかるだろう。
完全復活して地上に出てきた「光の神」が、世界に災いをなす存在でなければそれでいい。だが――。
「あの魔力を受けて獣たちが狂暴化するってことは、どう考えても穏やかな思考は持ってないよね」
「俺たちが地上へ討伐に向かえば、かつての戦いの二の舞になるだろう。まあそれ以前に、兄貴の結界を俺たちでは解けないからな。光属性の魔法の使い手。しかもかなり多くの魔力が必要だ」
「我らが討伐に出向くのは、あくまで最終手段。兄上が完全復活するまでに人の手で鎮めてくれれば、それが最良なのだが」
「今回の子ども――アリアは、どういう道を選ぶのでしょうね」
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アリアと名付けられた女の子はすくすくと育ち、やがて7歳の時を迎える。
***
朝の空気はひんやりとして気持ちいい。お空も晴れていて、いいお天気。
畑で育てている薬草は、色が濃くて葉っぱがぴんとしてて、みんな元気そう。
胸いっぱいに空気を吸い込むと、薬草のスーッとした匂いがするわ。
「薬草さんたち、おはよ~」
私より3つ年下のコゼットが、畑に向かって小さな手を振る。
「おはよう。お水の時間だよ」
私たちが手にしているのは、水やり用の魔道具。じょうろの形をしていて、中に水を生み出す魔石が取り付けてあるの。
スイッチを押すと水が出てきて、いっぱいになったら自動で止まるようになってるのだけれど、たまに水が全然出なかったりあふれたりするのよね……。かなり長らく使っているからかしら。
「元気に育て~。おいしくな~れ~」
「な~れ~」
私たちは薬草園と野菜畑にお水をまいていく。その時にお祈りの言葉も一緒にかける。
それは私が3歳くらいから続けていること。
*
メラニー先生が魔法でけがや病気を治してくれるとき、手のひらからきらきらした光が出るの。とてもきれいで、あったかい光。私は小さな子どものころから、それを見るのがすごく好きだったの。
私もその魔法を使えるようになりたいと言ったら、気持ちを込めてお祈りすることから始めましょうと先生が言ってくれたの。
「光の魔法は、魂に『光の種』が宿っていないと使うことはできないわ。でも、その種を宿しているかどうか、いつ芽吹くかは、誰にもわからないの」
「先生はどうやって覚えたの?」
私がきくと、先生はちょっと恥ずかしそうに笑った。
「私は小さいころはお転婆で、お庭を駆け回って遊んでいたの。そしたら転んじゃって、手やひざをすりむいてしまったのよ」
痛そう! 私は息を止めて目をぎゅっと閉じた。
メラニー先生は微笑みながら私の頭をぽんぽんと撫でた。
「すりむいたところから血がにじんできたら怖くなっちゃってね。『痛いのも怖いのも飛んでっちゃって』ってお祈りしたら、きらきらっと光が出て傷がきれいに消えたの」
「すごーい!」
先生とお話しした後、私は庭に出てドキドキする胸を押さえていた。
気持ちを落ち着かせようと息を吸い込むけど、うまく空気が入ってこなかったわ。
「え、えーい!」
目をつぶって、思いっきり地面に倒れこんだ。
膝と手のひら、あごやお鼻もぶつけちゃった。
手のひらから血がにじんできて、怖くなっちゃった。
「い、痛いのも……こ、怖いのも、と、飛んでっちゃって!」
叫んでみたけれど何も起きなかったわ。
泣きべそをかきながら何度もお祈りの言葉を繰り返していたら、声に気づいた誰かが先生を呼んできてくれたみたいだった。
メラニー先生は、私がどうしてこんなことをしたのかわかってくれた。
「怖かったでしょう? 今度からはお祈りは私と一緒にしましょうね」
先生は私のけがを治しながら、そう言ってくれたの。私は涙の残った顔でうなずいたの。
*
それから先生が光の魔法を使う時には近くに行って、一緒に「痛いの痛いの飛んで行って」とお祈りするようにしている。
声に出してお祈りをするのは、神様にその思いを受け取ってもらうためなの。
神様は今もどこかからこの世界を見守っていて、気まぐれに加護を与えたり願いをかなえたりしてくれている、と言われているの。
「朝のお水やり終わったね。コゼットもお手伝いありがとう」
「うん。えへへ」
私たちが畑を出て建物の中へ戻ろうとすると、
「おいアリア。お前まだみょうちきりんな呪文となえてんのか~?」
と、後ろから声がかけられた。
テッツがわざわざ追いついてきて前に回り込む。今日の鶏小屋の当番は、テッツだったみたい。
からかうような意地の悪い顔で笑っている。
孤児院の子どもたちは大体は仲良しなんだけれど、意地悪なことを言ったりしたりする男の子はたまにいる。
お姉ちゃんたちからは「実際の年齢より心がお子ちゃまな子には、あ~ハイハイぐらいにあしらったんでいいからね」とよく言われている。
泣いたり怒ったりするのが相手を一番喜ばせるからね、とも。
私は長めに一呼吸して言った。
「メラニー先生が言ってたでしょ。お願いやお祈りする気持ちが魔法になるって」
「それでメラニー先生が回復魔法を使う時に、一緒になって『痛いの痛いの飛んでいって~』って言ってんだろ。ばっかだなー。それはメラニー先生みたいに、魂に光の種がやどってないと使えねーって」
へらへらとテッツは笑う。
「テッツお兄ちゃん、うるさい。だいきらい」
じっと我慢していたコゼットが、小さな足先でテッツのひざを蹴った。
私が意地悪をされていると思って、かばってくれたみたい。
「大丈夫よ。ありがとう、コゼット」
コゼットの肩を軽く抱き寄せる。
「メラニー先生はこうも言ってたでしょ。光の種は、いつ芽吹くかもわからない、って。無駄な努力なんて、ないのよ?」
それ以上テッツの相手はしないで、コゼットと手をつないで建物の中へ戻っていったわ。




