第8章 異世界の壁
1.異空間への転移台座
浩平は内心で意気揚々と呟いた。最初から海で魚介類を簡単に素手で捕まえられたが、まさか手から電気が流せるとは。
自分だけ異世界に来て無能力者かと焦っていたが、これでひと安心だ。浩平は感無量の思いで、誰にも気づかれないよう密かに小さなガッツポーズを作っていた。
それからしばらくして、彼らは東西南北に足印が刻まれた例の台座前へとやってきていた。
「何か変化がないか、歩美さん、この台座を水で綺麗に洗い流してみないか?」
「お安い御用ょ! 水だけにね!」
歩美はくだらないダジャレを口にしながらも、鋭い水流を放って台座を洗い始める。
台座はみるみるうちに汚れが落ちていった。彼女の手のひら中央から噴き出す水流は、十メートル以上も届く圧倒的な威力だ。
一方、地面に沿って手を振りかざした愛衣の火魔法も負けてはいない。放たれた火の玉は十メートルほど飛翔し、最後に「ボッ」と勢いよく爆ぜた。
そんな派手な魔法の横で、浩平は微弱な電気能力を使い、一生懸命に充電式ランタンのバッテリーを充電し続けている。
やがて一段落し、東側の台座を掃除していた愛衣が、ふと声を上げた。
「浩平さん! コレ……もしかしたら鍵穴じゃないですか!?」
東側の四方足印台座を掃除していた愛衣が、泥を拭い去った部分を指さして声を上げた。そこに開いていたのは、まさに何かを差し込めと言わんばかりの歪な穴だった。
「マジか!?」
浩平は愛衣から渡された鍵を検分する。先端は四角形、根本は六角形という特殊な形状だ。
台座の穴と照らし合わせ、慎重にそれを差し込んでみた。今までびっしりと土が詰まっていたせいで、誰も鍵穴の存在に気づかなかったのだ。
カチリ――。
鍵が奥まで嵌まり込んだ瞬間、微かな機械音が周囲に響き渡った。
ブォーン――。
台座に刻まれた四つの足印が、怪しく明滅を始める。まるで高速で回転するルーレットのように、四つの足印が順番に点灯していった。
「これ……いつまで回ってるんだ?」
「浩平さん、この台座、鍵を抜かないと回転が止まらないんじゃないですか!?」
歩美の叫び声にハッとした浩平は、回る光を睨みつけながら、差し込んだ鍵を一気に引き抜いた。
直後、目まぐるしかった回転速度がガクンと落ちてゆく。
ピッ、ピッ、ピッ――ピーッ!
やがて光は留まり、一箇所だけが強く輝いた。
「……どうする?」
「行ってみる?」
「でも、帰り道はあるかな?」
三人は顔を見合わせる。
浩平が鍵を抜いた後。
五分ぐらいして――足跡の光は薄くなった。
三人はしばらく、その光を見つめていた。いや、それぞれが、この先どうすべきなのかを考えていたのだろう。
浩平は意を決したように身構えた。
「……行ってみるか!」
その瞬間――ふっと、足跡の光が消えた。
「消えた……?」
「今の、何分くらいだった?」
「十分……くらいじゃない?」
浩平はもう一度、鍵を差し込んだ。すると、先ほどと同じように四つの足印が高速で明滅を始める。
浩平は鍵を抜く。
ピッ、ピッ、ピッ――ピーッ!
やがて、先ほどとは違う足印が光を放った。
今度も光はすぐには消えなかった。
三人は再び、じっと足跡を見つめる。
「また十分くらいで消えるのか?」
浩平がそう呟いてからしばらくすると、ふっと光が薄くなり、やがて消えた。
「……やっぱりだ」
浩平はさらに鍵を差し込んだ。
三度目。今度も明滅する速度が、明らかに速くなっていた。
鍵を抜いた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ――!
四つの足印が次々と点灯し、まるで高速回転するルーレットのように見える。
浩平は、今度はすぐに鍵を抜かずにしばらくそのまま様子を見た。だが、明滅は一定の速度で繰り返されるだけだった。
「……よし、みんな準備しろ!」
浩平は二人に向き直ると鍵を抜き、それを愛衣へと手渡した。
「最後に、それを持って来てくれ」
光が消えてしまう前に、浩平が台座へと駆け上がる。
ピッ、ピッ、ピッ――ピーッ!
最後に光ったのは――最初に止まった、あの足跡だった。
「ここだ!」
浩平が自分の足を光る足印に合わせると、次の瞬間――シュンッ!と、その姿が光の中へと掻き消えた。
「浩平さん!」
歩美もすぐに後を追う。同じように足を足印へ重ねた瞬間、歩美の姿も消え去った。
「――うそ……」
鍵を握りしめたまま一人取り残された愛衣は、目を見開いたままその場に立ち尽くした。
直前まで目の前にいた浩平と歩美の姿が、光の残像だけを残して跡形もなく消えている。
心臓が激しく打ち、台座から漂う冷たい空気が肌を刺した。
(怖い……。でも、ここで迷っていたら二人とはぐれちゃう!)
愛衣は小さく息を吸い込むと、震える拳を強く握りしめた。
「……浩平さん、歩美ちゃん、待ってて!」
覚悟を決め、輝く足跡へと一歩を踏み出す。
そして、自分の足裏を台座に刻まれた光の輪郭へと、そっと重ね合わせた。
その瞬間、足元から強烈な光が溢れ出し、愛衣の視界を真っ白に染め上げた。
浮遊感。風を切るような謎の駆動音。身体が一瞬、宙に浮いたような感覚に襲われる。
そして――光が掻き消えた。
「……つっ!?」
愛衣が思わず目を開けると、そこは先ほどまでの明るさではなかった。見たこともない、異彩を放つ空間。
そして、すぐ目の前には――体勢を崩しながらも愛衣を守るように振り返る浩平と、驚きに目を見張る歩美の姿があった。
「愛衣! 無事か!?」
「愛衣ちゃん!」
二人の声を聞いた瞬間、愛衣は大きく頷いた。
「……はい!」
鍵が指し示した「次の場所」へ――。
三人は無事に再会し、全員でたどり着くことができたのだ。
「ここは……?」
目の前に広がっていたのは、またしても見たこともない光景だった。
三人が立っていたのは、古びたレンガ造りの建物の中にある一室。その中央には、先ほどまで乗っていたものと全く同じ転移用の台座が鎮座していた。
よく見ると、鍵穴の位置まで同じだ。
降り立った足跡と直ぐ下に鍵穴はあった。
周りの建物も気にはなったが、何より元の場所へ戻れるかが心配だった浩平は、愛衣から鍵を受け取ると、確かめるように台座の穴へと差し込んでみた。
すると、先ほどと同じように四つの足印が明滅を始める。
浩平が鍵を抜くと――。
ピッ、ピッ、ピッ――ピーッ!
明滅が止まったのは、ちょうど自分たちが最初に乗ってきた足跡の位置だった。
浩平は鍵をしっかりと握りしめたまま台座に上がる。歩美と愛衣もそれに続いた。
――シュンッ!
一瞬の浮遊感の後、三人は「Kサークル」の東にある四方足印台座へと無事に戻ってきていた。
「戻れた……!」
息を整えながら、浩平は思考を巡らせる。
「このパターンで考えると、あの台座を使えば三箇所、別の場所へ行けるってことか……」
(――もしかして、これが原因なのか?)
なぜ侍とドワーフが同じ場所で出くわすことになったのか。その謎の答えが、この転移台座にあるのかもしれない。
「……とりあえず、最悪の状況になっても日本へ帰る手段はあるってことだな」
浩平の言葉に、二人は安堵したように深く頷いた。
「ただし、ちゃんと俺たちが来たのと同じ『時代』に戻れるのかどうかは別問題だがな……。さて、どうする? さっきのレンガ造りの建物から探索してみるか?」
浩平が問いかけると、歩美と愛衣は意を決した表情でしっかりと頷いた。
そして三人は台座から消えて行った。
異世界に来てから異質な景色ばかりを見てきた三人にとって、久しぶりに目にした「レンガ造りの建物」は、どこか胸を躍らせるものがあった。何より、かつていた現代人工物を思わせるその佇まいに、三人とも心のどこかで深い安らぎと親近感を覚えていたのだ。
「あのレンガの壁、なんだか横浜とかの港町にあった古い赤レンガ倉庫みたいな感じがするわね」
歩美が壁を感触を確かめるように見つめながら、ぽつりと呟いた。
「確かにね……」
浩平も周囲を見回しながら深く頷く。
未知の恐怖が渦巻く世界の中で、そのレトロなレンガ壁だけが、失われかけていた彼らの帰郷への希望を静かに繋ぎ止めているようだった。
三人は呼吸を合わせたかの様に、台座から離れた。
レンガ造りの建物――その先にある探索へ向けて、一歩を踏み出した。
2.隠された金塊と侍の覚悟
足元を確かめつつ、壁にしつらえられた小さな小窓へと歩み寄り、そっと外を覗き込む。
「あ! 街が見える……!」
愛衣が思わず声をあげた。
眼下に広がる街並みは、赤屋根の家々や石畳の道がどこまでも続き、どこか昔のヨーロッパの田舎町を思わせる風情を漂わせていた。
自分たちがこれまで生きてきた現代日本とも、あの見渡す限りの大自然のサークルとも全く違う風景だ。
「本当だ……。でも、ちょっと待って?」
歩美が周囲を見回しながら、首を傾げた。
「この部屋、そこそこ広くて三つくらいの空間に仕切られているけど……出口が無く、ない……?」
「……え?」
その言葉に浩平もハッとして部屋の中を確かめた。
そこはレンガの壁で区切られた空間が三つほど広がるしっかりとした造りの部屋だったが、外へ繋がる扉も、下の階へ降りる階段も——どこにも見当たらなかったのだ。
「小窓はあるけど、まるで古い城砦みたいな造りよね」
一通り部屋の中を検分した三人は、顔を見合わせた。
「なんじゃこれ……外に出られないじゃないか。参ったな」
浩平は苦笑いを浮かべながら、壁に背を預けた。
「まあ、それならそれで、逆にここでゆっくりできるだろ。少し落ち着いてから考えようぜ」
小窓から差し込むわずかな光のおかげで、部屋の中は薄暗いながらも見渡すことができた。
三人の目も徐々にその暗さに慣れてくる。
「隠し扉とかがあればいいんだけどね。変な罠や仕掛けがあったら困るけど……」
「それよりさ」
ふと思い出したように、浩平が二人に向き直った。
「さっき思いついたんだが……あの四方足印台座に侍とドワーフがいたろ? もしそうなら、鍵は元々『二つ』あったんじゃないか? いや、もしかしたら四つあるのかもしれない」
「どういうこと?」
「侍たちが一つの鍵を使って全員で渡ってきたとしても、ドワーフは別行動で来ていたはずだ。だから、あそこにはもう一つ鍵があってもおかしくないんだよな」
それを聞いた歩美が、ハッとしたようにポンと手を打った。
「それなら……あの骸があった場所! あの刀を持っていたお侍さん、服を着せたまま埋めたわよね?」
「あ! なるほど……掘り返してみるしかないか」
「着物なら、懐か袖の中に隠している可能性が高いわね」
「よし、じゃあ行ってみるか!」
浩平は台座に鍵を差し込んだ。明滅が始まるとすぐに鍵を抜き、三人は順番に足跡の上へ乗る。
――シュンッ!
光が収まり、再び東の台座へと着地した瞬間――。
一人で一気に思考を巡らせる浩平。
「……いや待てよ? 帰る気がなかったのか? 追手から逃げてきたから、あえてこの転移台座を埋めたのか……!?」
「「……」」
一気にまくし立てる浩平を前に、歩美と愛衣は顔を見合わせ、しばし沈黙した。
「待て待て、落ち着こう……!」
一人で勝手に熱くなり、一人で冷静になろうとしているのは浩平だけだった。
三人で侍の眠るお墓を掘り返した。
「よし! 探ってみるか」
浩平が横たわる骸の胸元の内側へそっと手を入れる。
何か財布のようなものを掴んだが、感触を確かめると一度手を止めた。
「……これだけか?」
そう呟いてから、今度は左袖を探る。
「ん?」
指先に伝わってきた感触に、浩平の顔色が変わった。
「これだ!」
そのまま引き抜いてみる。
「この感触……間違いない。さっきの鍵と同じだ!」
「本当ですか!?」
「どうだ、見たことか! 案の定じゃないか!」
「浩平さん、凄い!」
歩美と愛衣も思わず声を上げた。
取り出した鍵は、ドワーフが首から掛けていた物と全く同じ形をしていた。
浩平は二人の言葉に満足そうに頷くと、見つけた鍵を胸元でそっと握りしめてから、慎重に土の上へと置いた。
「これで、別々の場所から侍と異界の住人がここへ来たってことが分かるな」
「じゃあ、他にも……?」
「そうだ。まだ未知の出口が他に数カ所あるはずだ」
三人は、改めて鍵穴の位置を確認した。
鍵穴の真正面には、出口のないレンガ造りの部屋がある。
「さて、ここから右か左か……それとも」
浩平が腕を組む。
「どっちがいいかな?」
歩美が少し考えてから口を開いた。
「んー……なら、左!」
「私も左がいいと思います!」
「よし、決まりだな」
浩平が頷いたところで、愛衣がふと思い出したように口を挟む。
「でも、その前に……さっきの財布の中身を確かめませんか?」
「そうですね!いくら入ってるんだろ?」
歩美が楽しげに笑った。
浩平は先ほど骸の胸元から取り出した財布を持ち上げた。
それは二つ折りで、表面に鶴の刺繍が施された青紫色の古びた財布だった。
慎重に開いてみる。
中に入っていたのは、中央に四角い穴の開いた宝永通宝が二枚と、小ぶりな一朱銀が三枚、そして一枚の紙切れだった。
「……紙?」
三人の視線が、その小さな紙切れに集中した。
古びた紙を注意深く広げると、墨で書かれた和文が浮かび上がった。ところどころ赤黒い血が滲み、文字が掠れている。
浩平は、侍の手によって書き残された血混じりの文字をゆっくりと読み上げた。
『我ら四人、日の本の侍・小笠原正綱、ならびに同志。
この島国を狂わせた「長範の金塊」を、二度と現世に戻さぬため「向こう側」へと封じる。
戻る道は二度と開くべからず——』
「……小笠原正綱……!?」
愛衣が思わず息をのんだ。
「伝説の大盗賊・熊坂長範の金塊か……。武田や上杉の争乱の裏で動いていた隠し金を、現世から封印しようとした正綱たち侍四人と、それと出会せドワーフがここで死闘を繰り広げたってことか」
浩平が喉を鳴らし、紙切れを見つめる。
「正綱たちは戦っていたんじゃない。この恐ろしい黄金を現世から、いっとき隔離するために、命がけで封印しに来たんだ。だが、そこにドワーフが乱入して、全滅しかけた……」
「『戻る道は二度と開くべからず』って……じゃあ、彼らは相打ち覚悟でこの空間に閉じこもったってことですか……?」
歩美が顔を強張らせ、静かに眠る正綱の骸へ視線を落とす。
「ああ。鍵が他にもある事が分かって自分たちの出口も塞いだんだろ。だが……」
浩平はポケットの中の鍵と、先ほど決めた左側の通路を交互に見やった。
「未知の出口はあと何箇所あるのか、鍵穴は
俺たちが足を踏み入れているのは、数百年前の死闘と封印が眠る、特大の異界だぞ」
ひやりとした冷たい風が、森の奥から吹き抜ける。
「……浩平さん、どうします? 左の通路、行きますか?」
愛衣が意を決したように浩平を見る。浩平は不敵にニヤリと笑うと、紙切れを財布に戻し、胸ポケットに収めた。
「行くに決まってるだろ。正綱たちの執念、この目で確かめてやろうじゃねえか」
3.色々な世界と壁
浩平はサバイバルナイフを強く握り直し、左の足印へと足を踏み入れた。
重苦しい雰囲気を切り裂くように、愛衣がぱっと顔を輝かせる。
「浩平さん! その財宝って、この転移台座から運び出したんですよね? ということは、全部この地にあるってことじゃないですか! 凄いですよ、私たち大金持ちになっちゃいますね!」
愛衣は目を輝かせ、まだ見ぬ財宝を前にしたかのように、すっかり浮かれている。
「……まだ見つけてもねえのに、なんでそこまで大金持ち気取りになれるんだよ!」
浩平の即座のツッコミに、歩美が思わず吹き出した。
「ふふっ……愛衣ちゃん、気が早すぎますよ」
「だって、ある可能性が高いんですよ! だったら期待するじゃないですか!」
「その『ある』が確定してから喜べ。俺たちは今から、どこにあるのかすら分からない財宝を探しに行くんだからな」
「でも、見つかったら……」
「そのときは、そのときだ!」
なおも食い下がる愛衣に、浩平は呆れたように肩をすくめる。
先ほどまで三人を包んでいた、これから足を踏み入れる未知の領域への緊張感は、いつの間にかすっかり薄れていた。
だが――それでいい。
未知への恐怖に飲み込まれるより、こうして笑っていられるほうが、今の三人にはずっと心強かった。
「……よし。じゃあ、行くぞ」
流石に鍵を入れても直ぐに左を導かないだろう?
ピッ、ピッ、ピッあ!ピー
左方向の足跡が光る!
じゃ~行きますか!
浩平、歩美、愛衣の順番で台座に乗り込んだ!
相変わらず、鬱蒼とした密林。
愛衣 木々の種類が違いますね
歩美 あらまーここ昆虫いますね。
台座を、囲んで三人は周囲を警戒する。
特に、急に、攻撃を仕掛けるものや野獣、豹や猪はいなさそうですね。
安心しました。
右手に断熱グローブを、はめた愛衣は胸を撫で下ろした。
歩美は鞘を浩平が作り直して短剣として、背中に背負、見るからにクノイチである。
浩平は相変わらず、サバイバルナイフを握りしめていた。
鍵は浩平と歩美が持っている。
浩平、雰囲気は分かった!一旦引き返そう。
愛衣 もう、かえるんですか?
ここなら、人の気配さえなければ、侵入する野獣は居ないだろう、その確認さ。
逆に動物が居れば焼き肉が食べれるからな。
愛衣、やった!なら向かってきた時は、その場でバーベキュウにしちゃいますよ。
言ってくれるな!
鍵を差し込んで、即座に帰還した。
真ん中の足跡は何処となく、ヨーロッパの古い田舎町みたいだったし左は密林、日本である可能性も無きにしも、だな。
「残るは右?」
「右!」
愛衣と歩美が即答した。
「よーし!」
鍵を差し込んで三回ほど繰り返すと、右の足跡でカチリと止まった。
全く、ガチャルーレットじゃあるまいし。
浩平が指定の位置に足を乗せると、一瞬で姿が消える。
歩美と愛衣もすぐにそれに続いた。
広がる青い海、燦々と輝く太陽、椰子の木が生い茂る砂浜。まるでリゾートビーチだ。
愛衣が興奮気味に靴を脱ぎ、波打ち際へ走ろうとする。
「待て待て、ここは慎重にな」
浩平が慌てて制した。
「常夏の浅瀬には、毒を持った生物がいるかもしれない」
浩平は革のサバイバルブーツを履いたまま、警戒するように海へ足を踏み入れた。
「俺は大丈夫だ! 電気を流しながら入るから、少し待ってろ」
慎重に足を進めていた浩平だったが、すぐに違和感を覚えて足を止めた。
「ん……? 魚も貝も……何もいない。海藻すらねえぞ。なんだここ?」
あまりにも澄み切った水面を覗き込む。
「これ、本当に海水か……? 綺麗に透き通ってるな。よし、少し潜ってみるか!」
浩平は二人を待たせると、陸へ戻って上着とブーツを脱ぎ捨て、再び水の中へ飛び込んだ。
「波もないし、もしかしたら湖かもな」
呟きだけを残し、浩平の姿は水底へと消えていく。
一分が経過しても姿を見せない。二人が青ざめ、「まさか」と息をのんだその瞬間、豪快に水しぶきをあげて浩平が顔を出した。
「よし、大丈夫だ! 二人もおいで! 真水だが、念のため飲まない方がいいぞ」
「分かった!」
安心して声を上げた二人も靴を脱ぎ捨て、水の中へ駆け出していく。
「ヤッーホーーィ!!」
水から上がった浩平は、少し丘の方を調べてくる。最初に濡らしてしまったブーツを履き直し、椰子の木と低い草花が茂る方へと歩き出した。
「……こんなところに、四方足印台座が……?」
あたり一面には原っぱが広がり、遥か向こうには遠く霞む水平線が見える。空には地球と同じような雲がゆっくりと流れていた。
地球とよく似た雰囲気なのに、こんな素敵な場所に人が一人もいない。
無人島にも思えるが?
——何か妙だ。浩平は胸の内に小さな引っかかりを覚えていた。
まさに、その時だった。
「あ、痛っ!」
振り返って二人の安全を確認しようとした瞬間、浩平の顔面と全身が激しく「何か」にぶつかった。
横顔から衝撃を受け、たじろぐ。そこにあるのは、完全に透明な壁だった。
浩平は両手を伸ばし、おそるおそるその感触を確かめる。
「おーい! 二人ともちょっと来てくれ!!」
浩平が叫ぶと、愛衣と歩美が顔を見合わせながら駆け寄ってきた。
「何かありました?」
「まあ来てくれ、これを触ってみてくれ!」
困惑する二人は、どこを触ればいいのか戸惑う。
「どれを触るんですか……?」
「この壁だよ!」
「どれどれ……? って、何も無いですよ? 浩平さん、頭でもぶつけて壊れちゃいました?」
「いやいや! 触れば分かるって。多分だが……目に見えない壁があるんだ」
言われるがままに手を伸ばした愛衣と歩美の顔が、一瞬で引きつった。
「「えっ……!?」」
驚きを隠せない二人は、手のひらで壁を確かめながら左右へと歩き出した。
観察してみると、先ほど見つけた四方足印のある台座を中心に、目視できる範囲で四、五百メートルほどの長方形を描くようにその壁は広がっているようだった。
こんな見えない壁で囲まれているなんて、一体何の意味があるんだ?
……だとしたら、あの侍やドワーフたちは、どこからこの場所へ来たというんだ?
つづく




