第5章 転移者達の痕跡
1. 異空間の歪み
誰が作ったんだと叫んでも返事などあるはずもなかった。
それでも浩平は、しばらくそこから手を離すことができなかった。
異世界に投げ出されてから、これまで何度も「人間の痕跡」は目にしてきた。
焚き火の跡、遺された猟銃、壁の地図、踏み固められた道、そしてあのバツ印。
だが、それらはすべて自分と同じように「ここへ流れ着いた哀れな人間」が足掻いた生活の痕跡に過ぎない。
これは違う。
もっと古く、もっと巨大な「絶対的な何か」の意志を感じさせる。
この世界に来てから初めて目にする――明確に『人間以外の何者かが、意図して造り上げた』と断言できる巨大な人工物だった。
これを造った『誰か』が、確実に存在する。
その圧倒的な事実に息を呑むと同時に、浩平は台座に刻まれた足形のマークを見つめ、この無言の装置が自分に何を求めているのかを悟らずにはいられなかった。
浩平は皮肉っぽく口元を緩めると、震える声でぽつりと呟いた。
「これを作った誰かさんよ……まさか、今度はここに足を乗せて立てって言うのか?」
浩平は、この足形の上に立つべきかどうか、しばらくの間その場に佇んで考え込んだ。
ここに立てば、何か別の景色が見えてくるのだろうか。それとも――。
思案しながら、彼は食べかけのサザエモドキの干物を口にくわえ、サバイバルナイフを強く握りしめた。
そして覚悟を決めると、右足、左足と、台座に刻まれた足型のくぼみへ慎重に足を揃えた。
瞬間――。
視界がぐにゃりと歪み、立ち眩みのような強烈な浮遊感が全身を襲った。
「――っ!?」
次の瞬間、浩平は最初にあの道を見つけ、腰掛けていたはずの「あの平たい岩」の上に立っていた。
(あれ……? 移動したのか……?)
唐突すぎる出来事に思考が追いつかず、彼はその場で慌てて周囲を見回した。
いや、何かが違う。
景色は確かによく似ていた。だが、周囲を覆う雑草や木々の配置が、先ほどまでいた場所とは微妙に異なっている。
さらに目を凝らすと、樹木の合間から、先ほどまでは存在しなかった二本の細い小道が左右へと伸びていたのだ。
(はて……ここは、さっきとは全く別の場所なんじゃないか……?)
一瞬で空間を飛び越えたのだと、浩平は直感した。
「……まじかよ」
事態を把握するため、彼は台座から降りて周辺の探索を開始しようとした。
そのとき、自分の肩が異常に軽くなっていることに気づき、血の気が一気に引いた。
「しまった……! バックパックを置いてきてしまった……!」
手ぶらだった。
水筒も、食料も、ランタンも、先駆者から受け継いだ弾薬すらも――すべて、移動前のあの円形岩盤の脇に置いてきてしまったのだ。
「安易に乗ってしまった……まさか、こんなことになるなんて……!」
取り返しのつかない大失敗に、浩平は頭を抱えた。
「……仕方ない、か……」
呆然と、思わず声が漏れ出た。
まさにその時だった。
「――誰か、いますか……!?」
静まり返っていた林の小道から、思いがけない「声」が響き渡った。
高くて透明感のある、人間の声――それも、若い女性の声だった。
鬱鬱とした木々の隙間を掻き分け、そこから姿を現したのは、二十歳前後に見える二人の女性キャンパーだった。
色鮮やかなアウトドアウェアを身に纏い、不安と怯えの混ざった表情でこちらを窺っている。
異世界へ落ちてから十ヶ月。
気が遠くなるような孤独と戦い続けてきた浩平にとって、それはあまりにも突発的で、信じがたい「他人との再会」だった。
「うおっ……!?」
約一年ぶりの人間の存在と、その声が持つ暴力的なまでの現実感に、浩平は思わず大きくのけぞり、後ろへよろめいた。
だが、驚いたのは浩平だけではない。
「きゃあああっ!?」
目の前に現れた二人の女性は、次の瞬間、耳を割らんばかりの悲鳴を上げた。
浩平の右手――そこには、先ほどまで作業に使っていた剥き出しのサバイバルナイフが握られていたのだ。
伸び放題の髪と髭、汚れきった服、そして殺気すら漂わせる男が手に刃物を握りしめている。その異様な姿に怯え、二人は身を寄せ合って激しく震え出した。
浩平はハッとなり、自分が向けられている恐怖の理由をすぐに悟った。
「ち、違う! 違うんだ! ナイフはただの……!」
焦った浩平は慌ててナイフを地面に放り投げると、自分でも理由の分からない言葉を投げかけていた。
「どこから来た!? あんたら、一体どこから入ってきたんだ!?
あまりの剣幕に二人は息を呑んだが、浩平がナイフを手放したことでわずかに警戒を解いたのか、怯えながらも途切れ途切れに事情を話し始めた。
二人は二十歳を過ぎたばかりの友人同士で、二泊三日の日程で紅葉を楽しむため、東北の十和田湖周辺にあるキャンプ場へ向かっていたのだという。
駐車場へ車を停め、霧の中を管理棟目指して歩いていると、あっという間に視界を奪われてしまった。
不安になりながらも必死に霧の中を抜け出した時には、そこは見覚えのない鬱蒼とした森林の中で、元いた駐車場や管理棟どころか道すら分からなくなってしまっていた。
携帯電話は圏外で電波が届かず、すれ違う車も他のキャンパーの姿もない。
初めて訪れる不気味な場所で途方に暮れ、不安と恐怖でパニックになりながら歩き回っていたところ、人の話し声(浩平の独白)が聞こえたため、すがるような思いで駆けつけてきたのだという。
(十和田湖……紅葉……!?)
彼女たちの口から飛び出したあまりにも馴染み深い日本の地名に、浩平の脳裏に激震が走った。
少し落ち着きを取り戻したふたりに名乗られる。
大人しそうな印象の女性が小笠原愛衣、アクティブな雰囲気を纏った女性が小田歩美。二人は二十一歳で、都内の大学に通う同級生だという。
(……なるほど、来てしまったのか)
浩平は心の中で呟いた。自分がかつて計算した「漂着の確率」を嘲笑うかのように、あっさりと新たな迷い人が現れてしまったのだ。しかも、一度に二人も。
浩平は意を決し、静かに、しかしはっきりと二人へ事実を告げた。
「……信じられないかもしれないが、聞いてほしい。ここは、君たちがいた日本じゃない。どこかも分からない『別の世界』だ」
「「えぇぇぇ――っ!?」」
ふたりの重なった悲鳴が、森の静寂を豪快に切り裂いた。あまりの衝撃に目を丸くし、口をぐうっと開けて絶句している。
(まあ、確かにそうなるよな……)
浩平は深く納得した。自分だって最初は正気を疑ったのだ。現代社会から突然こんな未開の地へ放り出されて、「はい異世界です」と言われて素直に受け入れられるはずがない。
浩平は努めて穏やかな声を作り、パニックになりかけたふたりを宥めるように語り始めた。自分が約一年前にこの世界へ落ちてきたこと、ここで生き延びるために行ってきた試行錯誤、そしてこの世界が持つ不可解なルールの数々を――。
「――それでだ!」
浩平は改めて二人に向き直り、これからの計画を切り出した。
「まずは、ここを出る。移動するぞ」
「……出るって、帰れるんですか!?」
食いつくように尋ねる歩美を、浩平は手を軽く振って制した。
「まあ待て、話を最後まで聞いてくれ」
浩平は呼吸を整え、言葉を続けた。
「ここを出ると言っても、すぐに元の世界へ戻れるわけじゃない。おそらくだが……今俺たちが立っている、この丸くて台座のような場所と同じものが、もう一つ近くにあるはずなんだ」
言いながら、浩平は台座のフチへと腰を下ろした。
深くかがみ込み、360度グルリと周囲の景色に目を凝らす。だが、生い茂る木々に遮られ、ここからでは目指すものが見えてこない。
「この周辺――ここを中心に十五メートルから二十メートルほど離れた場所に、これと似た、明らかに人工的な場所があるはずだ。そこを三人で探したい」
浩平は自分がこれまでに分析してきたこの世界の仕組みと実情を、かみ砕いて聞かせた。絶望的な状況ではあるが、道筋を示された二人の表情に少しだけ生気が戻る。
「よーし、探し直しましょ!」
歩美が意気込むと、浩平はふと思い立ち、二人に問いかけた。
「ところで……ここへ来る途中に、広大な草原のような場所はなかったか?」
「ありましたよ! 視界が開けたすごく広い草原が……」
「やはりか」
自分がこの世界へ落ちてきた時の状況と酷似している。
(ここにも何か別のギミックがあるのかもしれない)という考えが脳裏をよぎったが、今は余計な検証をしている場合ではない。元の世界へ帰るにしても、この狂った異世界で生き延びるにしても、安全な拠点へ移動することが絶対条件だった。
三人で手分けして落ち葉や藪を掻き分け、探索を始めてしばらくした頃――。
「あ、あれ……!? ここじゃないですか!?」
愛衣の甲高い叫び声が森に響いた。
浩平と歩美は弾かれたように声のした方へ駆け寄った。
「間違いない、これだ……!」
鬱蒼とした落ち葉や泥まみれになっていた地面を払い除けると、そこには先ほどと全く同じ刻印が施された石の台座が現れた。
(だとしたら……元の場所へ戻れるのか? それとも、まったく別の場所へ飛ばされるのか……?)
未知への恐怖が胸を締め付ける。だが、ここで立ち止まっている暇はない。浩平は意を決し、進むべき道を選んだ。
「俺が先に行く。続け」
この足形に揃えて乗り込んでくれ。
浩平が台座へ踏み込むと――次の瞬間、その姿が空気中に溶けるように消え去った。
「浩平さん……! 待って、私も!」
恐怖を振り払うように、歩美が続けて足を乗せる。
一瞬の光とともに、彼女の姿も消えた。
最後に残された愛衣も意を決して台座に乗ると、その場の気配は完全に掻き消えた。
天幕のような強い浮遊感のあと、視界が急激に開ける。
浩平は、かつて自分が腰掛け、この転移台座を見つけ出すきっかけとなったあの台座の上へと降り立っていた。
ほんの少し遅れて、空間が歪み、歩美と愛衣の二人がパニックになりかけながら空間から放り出されるように現れた。
「おっと……大丈夫か」
浩平はすかさず手を差し伸べ、慎重に一人ずつ順番に降ろそうとした。
だが、歩美の手に触れたその瞬間――
バチッ!
「痛っ!」
弾けるような衝撃とともに青白いスパークが走り、歩美が小さく悲鳴を上げた。思わず手を引こうとする歩美の手を、浩平は「ごめんな、大丈夫だ」となだめるように優しく包み直し、そのまま滑りやすい岩の上から足元へとそっと降ろしてやる。
浩平は痺れの残る自分の指先を小さく振ると、台座と岩肌を少し警戒するような眼差しで見つめ直した。
かつて一人で絶望に耐えていた拠点に、賑やかな二人の声が響いていた。
浩平はどこか照れくさそうに、しかし温かい笑みを浮かべて言葉を放った。
「ようこそ、俺のキャンプ場へ」
2.異世界キャンプ場
これより、浩平が作り上げた——例の「屋根すらない未完成の小屋」を目指し、十日間に及ぶ旅の準備を始めることとなった。
浩平はひとまずバックパックを取りに戻ることにしたが、自分が不在の間、万が一にも新たな訪問者がやってこないとは限らない。
そう考えた彼は、注意を促す「立て看板」を設置していくことにする。
設置場所は、向こう側の転移台のそばと、こちらの転移台の二箇所。
さらに親切なことに、看板には洞窟から「我がキャンプ場の楽園」へと至る経路図まで書き添えておいた。
さいわい洞窟の中には乾物と薫製がまだ豊富に残されており、旅の食料に困ることはなさそうだった。
さっそく、その食料の分配や旅の計画について三人で話し合うことにしたのだが——
ここで問題が発生した。
これまで一言も言葉を発していなかった浩平の唇の両端から、なんと白い泡が噴き出しているのだ。長く喋っていなかった反動か、あるいは極度の緊張からか……。
浩平はそれを気にする風もなく、汚れた服の袖口でグッと口元を拭うと、至って真剣な表情で語り始めた。
(……なんて情熱的で、心優しい人なんだろう……!)
その必死に語る姿を見て、少女二人は「この人は心の底から私たちの心配をしてくれているんだ」と、さらに安心感を深めていくのだった。
焦るな、浩平!
その優しさは、ただの口の泡からくる誤解だ!
「さて、出発するか。ちなみにだが……ここには昆虫や動物の類は存在しない。だから夜寝る時も、虫や野獣の心配はしなくていい。安心して眠ってくれ」
浩平のその言葉に、二人はホッと胸を撫でおろした。
そして旅の最初の夜。ふと見上げた夜空に、愛衣と歩美は息を呑んだ(息をのんだ)。
彼女たちがこの世界に迷い込んだ夜、ふと見上げた空は、慣れ親しんだ日本の見慣れた夜空だったという。
しかし、今二人の視線の先にあるのは——日本の夜空に浮かぶ巨大な月の二倍以上はある不気味なほど美しい巨大惑星と、その周りを静かに回る小さな衛星だった。
(……俺たちは、本当に帰れるのか?)
圧倒的な異世界の夜空を仰ぎながら、浩平の胸にふと切ない疑問が過る。あの転移台の向こう側を、いずれもう一度詳しく調べる必要があるかもしれない……。
だが今は、ただただ美しく輝く二つの月と惑星を眺めながら、三人はゆっくりと眠りについた。
旅の三日目。ついに持ち歩いていた水筒の水が底をついた。
浩平は「よし」とばかりに真剣な表情で二人に向き直り、サバイバル知識を伝授し始める。
「いいか、ここから水を確保するには、木々の葉についた朝露を一つひとつ集めるんだ。手間はかかるが、これで貴重な飲み水が——」
「あ、浩平さん! 水なら私の掌から出せますよ!」
「……は?」
言うやいなや、歩美は愛用の水筒を広げ、自身の掌からトボトボと清らかな水を注ぎ込み始めた。
「な、なんだそれは……!? そんなことができるのか!?」
目を丸くする浩平に、歩美はえへへと照れくさそうに微笑む。
「あの霧から抜けたあと、水がなくて喉がカラカラだったんです。『あ〜水がほしい!』って声に出して叫んだら、急に掌から水が出せるようになって……」
「そ、そんなことが……」
まさかの「生体水道」の出現に、浩平は固まるしかなかった。
歩美の魔法のおかげで無事に水を確保し、過酷な旅を続け——ついに、目的の場所に辿り着いた。
「すごい……! 海だーっ!!」
愛衣が大声で歓声をあげる。
視界いっぱいに広がる豊かな海。そしてその浜辺に佇むのは、浩平が作り上げた例の——「屋根すらない未完成の小屋」だ。
浩平が気まずそうに「ここが俺の作った拠点だ」と紹介すると、二人はうっとりと屋根のない天井(空)を見上げた。
「なるほど……! 浩平さん、あの綺麗な夜空をいつでも眺めるために、あえて屋根を作らなかったんですね……! なんてロマンチックな設計……!」
「……」
(……ち、違うとは言えねぇ……!!)
ただ材料が足りなくて屋根が作れなかっただけの浩平は、言葉を飲み込み、静かに黙認するのだった。
二人の目はすっかり感動でウルウルしている。
「よし……少しまて。今から食材を戻して、夕飯の仕込みをするからな。二人は小屋で荷物をほどいて、少し休んでいなさい」
「はいっ!」
二人は嬉しそうに荷物を置くと、靴と靴下を脱ぎ捨て、裸足になって白く輝く砂浜へと駆け出していった。
冷たい波打ち際に足を浸し、「きゃっきゃ」と弾んだ声を上げてはしゃいでいる。
「冷たくて気持ちいいーっ!」
「あ! エビが、たくさんいる! どれどれ……あ、すばしっこい! 逃げられたわ!」
水しぶきを上げながら夢中で浅瀬を覗き込む二人の姿は、過酷な探索の緊張感を一時忘れさせてくれるほど微笑ましかった。
上空にうっすらと広がる謎の霧のせいか、太陽の光は影を作るものの、眩しすぎることもない不思議な明るさで包み込んでいる。
波と戯れる少女たちの姿と、見たこともない幻想的な光景を眺めながら、浩平は少しだけ口元を緩め、夕食の準備に取りかかるのだった。
焦るな浩平!
屋根がない言い訳は完璧に通用したぞ! あとは美味しいご飯で「聖者」の評価を確定させるだけだ!
3.勘違いの鑑定能力
三人で海に入り、夕飯のための海藻や魚、貝類を採り始めてしばらく経った頃。
「浩平さんって、食べられるものと毒があってダメなものの判断が簡単にできるなんて、本当にすごい鑑定魔法が使えるんですね!」
歩美が感心したように声を弾ませる。
浩平は心の中で(……聖者様が何をご冗談を)と思いつつ、言葉には出さず少しだけ微笑むと、手作りの木の槍を構えた。次の瞬間、バシャッと勢いよく水面を突く!
その先に刺さっていたのは、熱帯魚のプレコに似た、ごつい質感の大きな魚——通称「プレコモドキ」だ!
「とったどーっ!!」
大物をゲットしてドヤ顔の浩平。
その横で、愛衣も砂浜でキラキラと怪しく煌めく綺麗な貝を嬉しそうに拾い上げた。
「見てください浩平さん、綺麗な貝! これも持っていきましょう!」
愛衣がそれを木の皮で編んだザルに入れようとした、その瞬間である。
「あ! それ食えないぞ!!」
浩平はバッと大声で制止した。
「食ったらマジでお腹壊す! たぶん……ノロウイルスより辛いぞ!!」
浩平の顔には、過去の絶望が浮かんでいた。
そう、実体験だった。かつてあの綺麗な貝を「美味そう」と思って口に仕込み、丸二日間のたうち回った記憶がフラッシュバックしているのだ。
「すごい……! パッと見ただけでそこまで分かるなんて……! やっぱり、それほどの能力がなきゃこの異世界で生き延びられないですもんね!」
目を輝かせる愛衣と歩美。
(いや……能力というか……単に俺が食って痛い目を見ただけなんだけど……)
浩平の「血と涙のサバイバルデータベース」は、またしても少女たちの手によって「凄まじい鑑定能力」としてありがたく神格化されていくのだった。
到着してからしばらく経った、ある夜のこと。
三人は焚き火を囲み、これからの生活と今後について話し合っていた。
「実は……あの洞窟と、このキャンプ場の中間に、食材の保管と簡易的に寝泊まりができる『中間拠点』を作りたいと思ってるんだ」
浩平がそう切り出した、まさにその瞬間——ふと、彼の脳裏にとある恐ろしい思考が閃いた。
(……待てよ? もしあの時、向こうの看板を見て新しい訪問者が来ていたら? ……ていうか、俺があの時、この小屋の『屋根づくり』にそのまま没頭していたら……あの洞窟の裏の別世界で二人を放置することになって、餓死させてたんじゃないか……!?)
ぞっとするような冷や汗が背中を吹き出す。
浩平は自分のノロマさと危険な一歩手前だった事実に青ざめ、その嫌な想像を打ち消すようにブンブンと激しく首を振った。
「あ、あー! それでだな! 明日からその中継地点の準備をして出かけようと思うんだが、どうだろうかな?」
ごまかすように声を張る浩平に、愛衣と歩美は顔を見合わせてにっこりと微笑む。
「いいじゃないですか! 大賛成です!」
「はい、ぜひ作りましょう!」
二人の快諾に胸をなでおろし、浩平は真剣な眼差しで言葉を続けた。
「二人があの霧を抜けて草原に出て、一夜を明かした時……見上げた夜空の星に見覚えがあったって言ってただろう?」
二人は「はい」と頷いた。
「だとしたら……あの転移台の向こう側は、俺たちのいた日本……いや、地球につながっている可能性があると思うんだ」
愛衣と歩美はハッとしたように目を丸くし、強く頷いた。
「確かに……! じゃあ、行き来しやすいようにするための『中継地点』なんですね?」
「そうさ。それもあっての提案なんだ」
(……なんて遠く、深いところまで考えてくれているんだろう……!)
愛衣と歩美は、浩平の深い洞察力と「自分たちを元いた世界へ帰そうとしてくれている優しさ」に再び胸を熱くする。
まさか浩平が、「あの時屋根を作っていたら二人を餓死させていたかもしれない」という恐怖の冷や汗を必死にごまかしていただけだとは、露ほども知らずに——。
つづく




