第27話 先へ進むための情報と洞窟
1.侍の正体
その夜、宿の一階にある酒場で、浩平はボウレンの弟子・ベルソーと話していた。
突然の訪問だった。
「師匠と話してるのを聞いてたんです。実は……あの刀を持ち込んだ人物のことで」
ベルソーは声をひそめた。
「俺の実家は、この街の東の端で野菜畑を営んでる農家なんですが、その近所に、似たような人物が住んでたらしいんです。いや、今もいるかどうかは分かりませんが」
浩平は思わず身を乗り出した。
「ベルソー! 凄い情報じゃないか。ありがとう!」
「いえ、それを師匠に言ったら、『今すぐ行ってこい』って言われたもので」
浩平はすぐに決断した。
「そこへ行ってみる」
翌朝。
ベルソーが神妙な顔で、浩平の前に現れた。
「やぁ、浩平さん。昨日の話の続きなんだが……」
周囲に誰もいないことを確認し、声を落とした。
「実は、あの侍がいなくなったあと、町の外れで奇妙な噂が立ってる。『夜な夜な、森の奥から悲鳴のような鳴き声が聞こえる』ってよ。しかも、その声は『森の洞窟』の奥から、と」
浩平の手が止まった。
(森の洞窟……)
この町から見て、東に広がる深い森。人里離れた場所で、普段は猟師すら寄りつかない。
「……とりあえず、住んでいたという家へ行く」
浩平が静かに呟くと、ベルソーは目を丸くした。
「本気か? あの森はな、ただの森じゃない。昔から『迷いの森』と呼ばれてる。入った人間が、同じ場所をぐるぐる回って出てこられなくなった、なんて話もあるんだぞ」
「あいつが、まだこの世界にいるなら……会わなきゃならない理由がある」
ベルソーはしばらく黙っていたが、やがて大きく溜息をついた。
「……ったく、仕方ねえな。俺も行くよ。ただし、田舎の実家までだけどな」
四人とベルソーは軽い装備だけを整え、町を出た。
東の森の入り口は、朝の陽射しを遮るように濃い緑が立ちはだかっていた。
その少し手前まできてベルソーは言った。
俺はここまでだ!
久しぶりに戻ったベルソーの実家では、両親がひっそりと暮らしていた。
浩平はベルソーの両親から、その侍が住んでいたという古い一軒家の場所を詳しく聞き出した。
「かつては同じ身なりの者が四人か五人ほどいたんだがね……最後に残った男は、ここで村の娘を妻にして平凡に暮らしていたんだ」
両親は昔を懐かしむように、遠い目をして続けた。
「だがもう相当前に、奥さんが畑仕事の最中に魔物に襲われて命を落としてしまってね。それから間もなく、男も姿を消したのさ。古い一軒家だが、今はもう誰も住んでいないよ」
浩平たちはベルソーに教えられた古い一軒家を訪れた。
しかし、そこにはすでに生活の痕跡はなく、人の気配もない。
家の中を一通り調べてみると、奥の生活感の残る部屋の壁には、日本古来の漆塗りの弓がひっそりと飾られていた。戦乱の世を生き抜くための武器というよりも、遠い故郷の記憶を繋ぎ止めるかのように、丁寧に手入れされていた跡が残っている。
その足元、埃を被った小さな硯箱がぽつんと置かれていた。
浩平がそっと表面の埃を拭い去ると、その蓋の中央には、凛と交差する『三本矢』の家紋が彫り込まれていた。
浩平は蓋をあけた。
『正重へ。何度か台座を目指せども、魔物との戦いにて苦戦す。この先、凄惨な死闘は免れぬ。故に、お前を連れていくわけにはいかぬ。これが我が最後の戦いとなるやも知れず。あちら(元の世界)に戻れぬは無念なり。お前だけでも生き延びよ。――正綱』
これって!
「小笠原……正綱か? 正重宛ての兄の手紙か……」
手紙を読み上げた浩平は、言葉を失った。
かつて台座の周りで倒れていた、あの侍たちの姿が頭をよぎる。正綱は弟を守るため、一人ここに残していったのだ。
浩平は胸に込み上げる何か……で、涙が滲んだ。
「やっぱり、もうここにはいないか……」
浩平は静かに呟き、手紙を元の硯箱の中へと戻す。
そして妻の復讐のために向かったという噂の『森の洞窟』へと向かうことにした。
だが、その洞窟と呼ばれている場所を目にした瞬間、浩平たちは思わず足を止めた。
ぽっかりと口を開けた巨大な穴。
奥へ続く通路。
岩壁に刻まれた不自然な痕跡。
彼らから見れば、それはもはや洞窟ではない。
まさしくダンジョンの入口そのものだった。
「こんな狭い場所で長い刀を使うくらいなら、脇差しの方が使いやすそうね」
歩美が周囲を見回しながら呟く。
「確かにな」
浩平も頷いた。
その時、愛衣が掌に魔力を集め始めた。
ぽっと生まれた淡い光は、周囲を照らす松明のような明かりとなる。
だが、浩平はすぐさまそれを制した。
「待った。洞窟の中で火を使うと酸欠になる危険がある。明かりは文明の利器に頼ろう」
そう言って浩平が出したのは、現代の懐中電灯と電子ランタンだった。
内部には湿った空気が淀み、どこか鉄臭い匂いが漂っている。
「……血の匂い?」
澪が眉をひそめた。
奥へ進んでいくと、途中で何体かの魔物と遭遇した。
それらを倒しながら慎重に奥へ進んでいくと、魔物の骨がいくつも転がる開けた場所に出た。
その中心に、一体の白骨死体が静かに横たわっている。
骨となった手には錆びた刀が固く握られ、その胸元には、妻のものと思われる古びた髪飾りと、琥珀色の足印台座の鍵が抱えられていた。
「……小笠原正重さんか」
浩平は静かに呟いた。
「奥さんの仇は討った……だけど、傷を負ってここまでだったんだな」
遺体はすでに完全に白骨化している。
兄に命を救われ、愛する妻を得て、最後は命を賭して妻の無念を晴らした男の壮絶な生き様が、そこに散っていた。
一方で澪は、侍の骸を見つめながら小さく呟く。
「お侍さん……ここで力尽きたんだね」
そして胸の前で手を合わせ、静かに冥福を祈った。
その時だった!
洞窟のさらに奥から、
ギャアアアアアアッ!!
耳をつんざくような鳴き声が響き渡った。
「なっ!?」
一緒だか大きな頭の角を見た!
全員が反射的に身構える。
愛衣は掌の炎を大きくし、暗闇の奥を照らした。
すると、その闇の中で何かが動いた。
歩美は即座に手を突き出す。
圧縮された水弾が一直線に飛び、暗闇の奥へと吸い込まれていった。
「ウォーターバレット、だっ!」
2.死闘
愛衣は勢いよくファイアーボールを連射した。
だが、返ってくる反応はない。沈黙が支配する。
数秒後、更にもう一発――暗闇の奥でバン!と爆ぜた。
澪も勘でスリングショットを一発放つ。見えない岩壁を数回跳ねて、音は闇に消えた。
浩平は恐る恐る、すり足で前進する。
――その時、周囲が一瞬で真っ赤に染まった。
「あつっ……!?」
初めての激痛に、浩平は叫んだ。
顔面に深刻な火傷を負い、皮膚が爛れた状態でその場に倒れ込む。
愛衣が照らした明かりの下、歩美がすぐさま駆け寄り、浩平の頭を抱え上げた。
「嘘……火魔法!? 火炎弾なの!?」
「澪、お願い、浩平さんを治して!」
歩美の悲痛な叫びに応え、澪が掌をかざす。柔らかい光が溢れ、浩平の爛れた顔が元通りに修復されていく。しかし、焼き尽くされた髪の毛だけは半分失われたままだ。
その間、愛衣は隙を与えまいと極大の火炎弾を連発していた。急速に洞窟内の酸素が薄くなり、息苦しさが漂う。
浩平は息を整えると、愛衣に制止の声を上げた。
「待て! 火炎弾を使ってくるなら、あの魔物には火の耐性があるはずだ! 歩美か澪……が、いや!ここは、おっ…俺がやる! みんな後へ離れてくれ!」
浩平が両手を前方へ強くかざす。
獲物の痕跡を捉える。
瞬間――ズズッ!バリバリバリッ!!
洞窟全体を揺らさんばかりの激震が走り、三人は足元をすくわれて地面にしゃがみ込んだ。
……静寂の中、奥の暗闇からズドン!と巨体が倒れ伏す重い音が響いた。
歩美は背中のバッグにぶら下げたランタンを手に取り、恐る恐る奥へと足を進めた。
明かりが照らし出した先には、何かが仰向けに倒れている。
それは、身丈が二メートル近くもある女性の形をした異形の怪物だった。何も身に着けておらず、頭の両側からは牛のような角が左右に三十センチほど鋭く伸びている。
浩平の放った雷撃で即死だったらしく、呼吸も心臓の鼓動も完全に途絶えていた。
これまで見たこともないその凄まじい姿に、全員が驚愕してその場に立ちすくんだ。
その後、浩平たちは小笠原正重の骸の前へと戻った。
正重の両手に愛する妻の髪飾りをそっと抱かせ、首から下がっていた琥珀色の転移台座の鍵を引き継ぐように受け取る。
こんな暗く湿った洞窟に一人残すより、太陽の光が降り注ぐ場所で休ませてあげたい――。
全員の思いが重なり、近くの木を組み合わせて簡易的な担架を作ると、正重の骸を大切に運び出した。
洞窟から出て、ベルソーの実家へ行き正重の妻が眠る墓の隣にと、浩平たちは彼のための静かな墓を建てた。
3.帰る為の台座へ
「おそらく、正重さんもこの転移台座の鍵を持っていたということは、ポータルを何往復も移動した経験があったはずだ」
浩平はそう考えていた。だが、それでも彼が元の世界へ帰れなかったということは——台座を使っての往来はしていたものの、俺たちが遭遇したあの『透明な壁』の存在には気づけなかったということだろう。
「ならば……あの洞窟の深淵部を目指す必要がある」
浩平は自分の導き出した推論を、愛衣、歩美、澪の三人に静かに伝えた。
「……行くしかないわね」
澪がスリングショットをギュッと握り直した。
「ゲームでもさ、ボスっぽい怪物が守ってる奥には、絶対に重要な隠し部屋とかキーアイテムがあるのがお約束だもん。……それに、正重さんの無念も、そのままにしておけないしね」
「私も……浩平さんと一緒です。準備はできています!」
歩美が力強く頷き、愛衣も覚悟を決めたように小さく笑った。
「火魔法の準備、いつでもいけるよ。今度こそ、浩平さんの前も背中は私たちが守るから!」
「よし……頼むぞ」
浩平は短く応えると、琥珀色の鍵をしっかりと掌の異空間に収めた。
三人の頼もしさに胸の奥が温かくなるのを感じながらも、浩平の心には小さな引っかかりが残っていた。
(あの身丈二メートルの角が生えた怪物……。ただの野良の魔物じゃない。まるで……何かを『封印』するために配置されていたような……)
そして、正重が最期まで抱えていたであろう絶望。
もし自分たちが目指す深淵部に、足印台座や、あの透明な壁がなかったとしたら——。
「じゃあ浩平さん、戻る前に少し腹ごしらえにしようよ! 異空間からレトルトのカレー出してもいい?」
愛衣の緊張感のない明かるい声に、浩平は思わず苦笑し緊張感を解いた。
「……そうだな。腹が減っては戦はできぬ、と言うし、探索もままならない。しっかり食ってから向かおう」
シリアスになりかけた空気が、ふっと和らぐ。
四人は正重さんと奥さんの墓前を借りて、手早く食事を済ませると、武器と装備を今一度確かめ合った。
風が吹き抜け、青空の下で静かに並ぶ二つの墓標が、まるで彼らの背中を見送っているかのように見えた。
手斧を腰に挿し直し、サバイバルナイフの柄に手をかけた浩平を先頭に、四人は再び、あの暗く湿った洞窟——そのさらに深き「深淵部」へと足を踏み入れていく。
四人は、女体を模した不思議な姿の魔獣——牛の角を持つそれが横たわる場所まで辿り着いた。
「まさか……この魔物は牛を食らい、正重さんの妻まで食い殺して、こんな姿になったんじゃないだろうな?」
既に他の魔獣か何かに半ば食い散らかされており、肉片が散乱して強い悪臭が漂っていた。
浩平は探査するように、前方へ軽く電磁波を張り巡らせる。
しばらくすると、何かの反応があった。金属か? 動きはない。
金属反応のもとへ駆け寄った四人は、思わず息をのんだ。
そこにあったのは、紛れもなく目指していた「足印台座」だった。
しかし――絶望的な光景が彼らを迎える。
洞窟の上層部が激しく崩落しており、巨大な岩塊と土砂の山が台座の半分以上を無残に押し潰して埋めていたのだ。
「そんな……! これじゃ台座が使えないじゃない……!」
澪が悲痛な声をあげる。
浩平は崩れた岩肌を見上げ、歯かみした。あの二メートルの角が生えた怪物が暴れ回ったせいか、あるいは長年の地動によるものか。透明な壁や台座の存在を確認しながらも、物理的に埋もれてしまっては転移のしようがない。
「浩平さん……どうする? 退かせるかな、この岩……」
愛衣が不安そうに顔をのぞかせる。
完全に行き止まりに思える状況。だが、今の浩平たちには、かつて絶望に伏した者たちにはなかった「成長」と「仲間」がいた。
浩平は崩落した岩の隙間を目を凝らして観察し、不敵な笑みを浮かべる。
「いや……諦めるのはまだ早い。台座自体の構造が無事なら、土砂を取り払えば動くはずだ。俺たちの魔法と力を合わせれば、道は切り拓ける!」
「ここは私に任せて!」
そう名乗り出たのは歩美だった。崩落した岩山を見上げ、頼もしく頷く。
「これくらいなら、少し時間はかかるかもしれないけど何とかなると思うわ」
浩平は「なるほど」と深く頷いた。
(歩美の超高圧水流なら、岩石すら容易に切削できる……!)
確かに彼女の魔法なら土砂の撤去は可能だ。ただし、台座そのものを破壊してしまわないよう、極めて慎重な操作が求められるのは言うまでもなかった。
「よし、歩美には台座の掘り起こしを頼む。俺たちは深淵部から寄ってくる魔獣の警戒と対処にあたろう」
浩平の指示で役割分担が決まり、作業が始まった。
警戒にあたる中、ふと愛衣がある異常――いや、異変に気がついて声をひそめた。
「ねえ……私、思ったんだけど。澪が側にいると、あの魔獣の腐敗臭が消えていかない?」
言われてみれば、先ほどまで洞窟内に充満していたあの刺すような悪臭が、いつの間にか和らいでいる。
「これって……澪の『浄化作用』なんじゃない?」
澪の能力もすべて無詠唱で発動する。自覚なしに周囲の穢れや悪臭を浄化しているのだとすれば辻褄が合う。「確かにあり得る話だ」と全員が感心して頷き合った。
その間にも、歩美の作業は着々と進んでいた。
超高圧の水流が極細の刃となって岩を削り、勢いよく土砂を吹き飛ばしていく。
削岩の音とともに、埋もれていた台座が少しずつ、確実にその姿を現し始めていた。
つづく




