第26話 ゲームではない世界と二本差し
1.祐介の冷たい背中
その夜、浩平の部屋に全員が集まっていた。
暖炉の火の傍らに立つ澪は、青ざめた顔で浩平に呟く。
「……違う」
「何がだ?」
「これ……ゲームの世界じゃない」
「どうしてそう思う? お前があんなに似ていると言っていたのに」
「……私の知っているゲームには……こんな場所も、こんな王都も……絶対に存在しなかった」
澪の手が、かすかに震えていた。
「じゃあ……ここは一体、どこなの……?」
傍らで聞いていた愛衣と歩美も、困惑した様子で首を傾げている。
浩平は静かに窓の外へ目をやり、夜空を見上げた。
(まさか、刀を預けたのが小笠原祐介だとしたら……。透明な壁の向こう側で、帰る術がなくなってしまうのではないか)
そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。
頭上に浮かぶのは、見覚えのある三つの惑星と、蒼く沈みゆく月。
――今までも、ずっとそうだった。
「みんなが考え、思ったことが先行して形作られた世界……かもしれないな」
そして、『碑守』の刻印。
「そんなもの、ゲームになんて出なかったわ!」
「ダンジョンへ行きましょう!」
突然の澪の言葉に、浩平は眉をひそめた。
「おい澪、俺たちは帰る方法を探しているんだぞ。寄り道している場合か?」
「だからよ! ダンジョンの最奥に転移台座が隠されているかもしれないじゃない!」
(情報がないなら、確かにダンジョンの最下層というのもあり得るか……)
浩平は納得しかけたが、ふと思い直す。いや、納得の理由はそれだけではない。
(みんなが強く思い込めば、そこに転移台座が作り出されてしまう……そんな気がする)
「さあ! そろそろ明日に備えてみんな寝るぞ」
浩平の言葉で、各自が自分の部屋へと戻っていった。
「おやすみ!」
部屋に残った浩平は、祐介と背中を合わせて話したときの記憶を思い出していた。
そして明日、老鍛冶師——ボウレンに、40年前にあの刀を持ち込んだ人物について、なるべく詳しく聞き出すことに決める。
これほどの逸品を持ち込んだのだ。きっと覚えているはずだ。
浩平は夢を見ていた。
過去の祐介と交わした内容、ドワーフに斬りつけられた!毒が塗ってあった!揉み合って転がり台座から落ちた!あれは何処の台座だったんだろう?
侍達が話している、この金塊は一旦こちら側で隠そう!、奴は裏切って女を!、見失った!
2.無詠唱魔法
――気がつくと、すでに朝を迎えていた。
疲れていたのだろう。ベッドに横になってすぐ、眠りに落ちてしまっていたらしい。
朝食を早々に済ませ、ボウレンの鍛冶屋を目指して歩き出す。
宿屋には騎士団長のザッカートが迎えに来てくれていた。
ボウレンの鍛冶屋は宿から数分の場所にあって、そこにはヒューイ補佐官の姿もあった。
工房の炉には、すでに火が入っている。
浩平はさっそく、製剣の注意点を語り始めた。
「水を大量に使うこと。火の温度は高いほうが鉄を扱うには都合がいいこと。そして、鉄のほかにミスリル鉱石などを混ぜた合金鋼のほうが、より硬く丈夫な剣ができる」
弟子たちから矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「鉄を折り返して鍛える理由はあるんですか?」
「たくさん折ればいいというものでもない。せいぜい3回から5回で十分だ。合金鋼の場合、混ざり合いと不純物の排除は叩くことで行うんだ」
「そして、焼きを入れたあとは冷たい水に浸ける!」
浩平が鍛冶屋の全員に向けて、力強く言い放つ。
「水が冷えていればいるほど、剣の地金は締まり、硬さを増すんだ!」
浩平の的確で自信に満ちた解説に、集まった鍛冶屋の職人や弟子たちは息を呑んで聞き入っていた。
「だが、それだけじゃない。俺の作ったこの両刃剣……中間に深く掘られた溝の理由が分かるか?」
浩平が剣を掲げて見せる。その中央には、深く鋭い溝が走っていた。
「実は、焼入れの前にこの溝へ『別の物質』を埋め込んでおくことに強いこだわりがある。それを施した状態で焼入れを行い、完成したあとにその物質を取り除く。なぜそんなことをするかと言えば、単に冷える速度をコントロールし、一部分の硬化を遅らせて柔らかさを残すためだ。――そう、俺の知る世界の『日本刀』と同じ原理さ!」
浩平は仲間や職人たちを見渡し、自らの理論を堂々と説く。
「つまり、一本の剣の中に『硬い場所』と『柔らかい場所』の緩急を作り出す! そうすることで、衝撃をしなやかに受け流し、決して折れない驚異的な丈夫さを誇る剣になるのさ!」
浩平が実演してみせると、水に浸けた瞬間の劇的な反応に、弟子たちは驚愕の声を上げた。
「それでは、実際に打ってみよう」
弟子のひとりが鎚を振るう。だが、ここで浩平が制した。
「この炉の温度では足りないな。愛衣、頼めるか?」
「はい!」
愛衣がすっと一歩前に出ると、一切の詠唱も身振りもなく、静かに両手を炉にかざした。
次の瞬間――工房内の空気が目に見えて歪んだ。
呪文の詠唱も、術式の展開すらもない。ただ愛衣が手をかざしただけで、炉の真っ赤な火炎が恐ろしい勢いで蒼白く変色し、室内を一気に極高熱の熱波が襲った。
「な……ッ!?」
騎士団長のザッカートが息を呑み、咄嗟に腰の剣の柄に手をかけた。長年戦場を潜り抜けてきた彼の本能が、目の前の出来事を「圧倒的な脅威」だと認識し、全身の毛髪を逆立たせる。
ヒューイ補佐官は言葉を失い、蒼白な顔で後ずさった。通常、高位の攻撃魔法ですら長大な詠唱と膨大な魔力放出を伴う。それをあろうことか、この少女は雑談でもするかのような無造作さで、ノータイムで発動してみせたのだ。もしこの火力が自分たちに向けられたら――想像しただけで背筋に冷たいものが走る。
老鍛冶師のボウレンも、弟子たちも、職人のプライドすら吹き飛ぶほどの戦慄に縛られ、開いた口が塞がらない。魔法使いが文字通り「神の領域」の火力を手のひら一つで自在にコントロールしている異常事態に、ただガタガタと震えることしかできなかった。
そんな周囲の喧噪や驚愕など露知らず、浩平は詠唱どころか、鉄を掴んだ左手に直接電磁波を流し込んでいく。
炉に入れる前から自在に鉄を熱し、完璧な温度調整を施しながら、浩平は落ち着いた声で解説を続けた。
「これは、ふいごを改良してもっと大きなものを作れば、魔法に頼らなくても十分に実現できるはずだ」
そして、ふっと余裕の笑みを浮かべる。
「ま、炉から出したあとも、俺が電磁波で思い通りに温度をコントロールしちまうんだがな!これが出来るか、出来ないかが一番の問題さ!」
愛衣の圧倒的な魔量と、それを何事もないように扱いこなす浩平の存在感に、ザッカートたちはただただ圧倒されるばかりだった。
形を整え、薄く泥を塗って再び焼きを入れた後、出来上がった剣を、薄く水を張った木枠へとそっと浸けさせる。
ジュウゥゥ、と激しい水蒸気が立ち上ったその瞬間――。
「えいっ」
今度は歩美が前に出て、木枠に向かって小さく手をかざした。
すると、木枠の中の水が一瞬でシャリシャリと音を立て、氷結直前の極冷水へと変わっていく。
当然、彼女もまた一切の詠唱を行っていなかった。
愛衣に続く、規格外すぎる無詠唱魔法の連続。
『驚愕のダブルパンチ』をお見舞いされた鍛冶屋の面々も、ザッカートたちも、もはや声すら出ずにただただ青ざめるしかない。
(……俺は、一体なんて奴らに模擬戦を申し込んでしまったんだ……?)
常識を遥かに置き去りにしていく少女たちと、それを当然のように指示し使いこなす浩平。
その圧倒的な実力を間近で見せつけられたザッカートは、以前自分が浩平に申し出た模擬戦の約束を思い出し、冷や汗を流しながら自分の選択を心の底から後悔していた。
3.40年前の来訪者
「ボウレンさん、あの刀が持ち込まれた時の話を、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
浩平は丁寧な口調で尋ねた。
「持ち込んだ人物の年齢や顔つき、仕草や話し方など、覚えている限りのことを教えてほしいんです。よろしくお願いします」
ボウレンは顎に手を当て、昔を懐かしむように遠い目をして話し始めた。
「確かに40年も前のことではあるが、よく覚えているよ。なんせあの刀だからな。あんな片刃の剣なんて、この辺りじゃ見たこともない代物だった」
ボウレンはフッと息を吐き、記憶を辿る。
「着ている服もこの街の者じゃなかった。髪型も変わっていてな、長く伸ばした髪を一つに束ねて頭の上で結っていた。男だったが、まるで黒いスカートのような衣類を身にまとっていて……頬には深い傷跡が残っていたよ」
それを聞いていた浩平は、密かに胸を撫で下ろしていた。
――その特徴は明らかに「侍」のものだ。祐介ではない。
(祐介じゃなかった……よかった)
「そいつは『前金だ』と言って、細長い金塊を一枚置いていったんだ。確かまだ奥に残っていたはずだな。少し待っておれ、持ってきて見せてやろう」
奥からボウレンが持ってきて手に乗せたその金塊は、紛れもなく「小判」だった。
(あの場所からどこへ行ったんだ……? 消えた侍は今、どこで何をしている……?)
「ああ、そうだ! 今思い出したぞ!」
ボウレンがポンと手を打った。
「そいつ、腰にもう一本、同じような少し短めの刀を差していたな!」
(……二本差し、か)
この世界では奇妙に映るかもしれないが、元の世界の侍ならば二本差しなど珍しくもない。
(だとすれば、預けた一本は刃こぼれしていたが……もう一本の刀は、まだ使えたということか)
浩平の頭の中で、謎の侍の存在感が一層大きくなっていった。
つづく




