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異世界キャンプは迷宮だった  作者: 一雲一人


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第23章 開拓された路と、密林の地鳴り

1.密林の地鳴り


Kサークルの足印転移台座に鍵を差しルーレットを回転させる。そして左の足跡へと一歩を踏み出すと、微かな光の粒子が視界を包み込み、次の瞬間には目的地である密林の小型の台座へとふわりと着地していた。


「おっ、相変わらずの感覚!空港のボディーチェックみたいなもんだな!」


浩平が背負っていた荷物を軽く揺らしながらそう呟くと、後ろに続いた愛衣、歩美、澪の三人も次々と光の中から姿を現す。


「ほんとよね、歩く距離を考えたら一瞬だもの。これがあるおかげで景観が一気に変化して面白いわ!」


澪がスリングショットを肩にかけながら、周囲を見回して満足げに頷く。


ここを起点として、彼らはこれまでのサバイバル生活を劇的に進化させていたのだった。


台座を中心にして綺麗に整備された道は、左右へと明確に分岐している。


右へ向かえば、豊かな湧き水から出来た美しい湖畔へと通じており、そこでは一メートル以上もある巨大な魚が簡単に捕獲される格好の食料調達場でもあった。


一方、左へ向かえば、先日出会った原始人たちの暮らす広大な平原へと続いており、そこは安全に往来できるしっかりとした小道や丸太を並べ橋を架け整えていた。原始人の住居先はお互いの往来がスムーズになったことで、今ではちょっとした交易や情報のやり取りも行われている。


さらに、その原始人の生活エリアでは、十メートル以上もある大木と大木を巧みに削り、そこへ頑丈な横板を差し込んで作られた何階層もの居住用ツリーハウスがそびえ立っている。


自然の景観に完全に溶り込みながらも、要塞としての堅牢さを兼ね備えたその建物は、今や彼らの完璧なホームベースとなっていた。


「さて、今日の予定はどうする? 湖畔で魚の燻製用のストックを増やすか、それとも平原の連中と新しく見つけた石器の加工について話すか……」


浩平が次の作業に思いを巡らせていた、その時だった。


――ゴゴゴゴ……ッ!


足の裏から直接伝わってくるような、不気味な地鳴りのような音が、密林の深部から響いてきた。


それはただの地震ではない。木々のざわめきがパニックに変わったように、無数の小動物たちが一斉に右の湖畔や左の平原へと向かって逃げ出していく。


「……なんだこれ? 今の音……」


歩美が驚いた顔をしてサバイバルナイフの柄を握りしめる。


澪も鋭く目を細め、音のする密林の奥を凝視した。


「おい、冗談だろ……」


浩平は整備されたばかりの道に目をやり、背筋に走る冷え冷えとした悪寒を感じ取っていた。


あの地鳴りの響きと尋常ではない気配は、明らかに先日倒したヒョウ型獣の比ではない。もっと巨大で、この密林全体の生態系の頂点に君臨する何かが、自分たちの切り開いたこの領域へと確実に近づいてきていた。


平穏だった開拓の日常に、静かに、そして圧倒的な脅威が牙を剥こうとしていた――。


「……なんだこれ? 今の音……」


愛衣も顔色を青くし、歩美もまた鋭く目を細めて音のする密林の奥を凝視する。


ただの地震ではない。それは地面を踏み鳴らす明確な意思を持った足音であり、空気を震わせる重低音だった。


なにより異常だったのは、普段はあのエリアを縄張りとしてうろついているはずの野獣や中型の魔獣たちが、一斉に恐怖に駆られたように左の平原や右の湖畔の方へと、泡を食って逃げ惑っている姿だった。


あのヒョウ型獣でさえ、背中を丸めて尻尾を巻き、まるで命乞いをするかのように全速力で走り去っていく。


「おい、冗談だろ……」


浩平は整備されたばかりの道に目をやり、背筋に冷たいものが走るのを覚えた。


あのヒョウや、かつて遭遇した大型の狼たちでさえ、ただの「獲物」か「雑魚」に思えるほどの恐怖。あれらが本能レベルで怯えて逃げ出すということは――。


「来るぞ……!」


浩平が叫んだ瞬間、視界の先、何重にも重なる密林の分厚い木々が、まるで紙細工のようにメキメキと音を立ててへし折れ、押し潰された。


木の葉が激しく舞い散り、霧のようだった土煙の向こうから、その「圧倒的な怪物」の姿がゆっくりと姿を現す。


それは、ただの熊などという枠を軽々と超越していた。


体高はゆうに五メートルを超え、全身を覆う漆黒の体毛は光を吸い込むかのように不気味に波打っている。だが、何よりも恐ろしいのはその頭部だった。

巨大な三つの角が禍々しく天を突き、口元からは剥き出しの長い牙が覗いている。一歩踏み出すたびに、大地そのものが大きく揺れ、周囲の空気が重圧で歪むようだった。


「嘘……であってよ……あんなの、どうやって戦うって言うの……!?」


澪がスリングショットを構える手をわずかに震わせる。


歩美の構えた手の先で、それを捉えた。


この密林全体の生態系の絶対的な頂点。すべての生き物がひれ伏す「ヌシ」が、よりによって自分たちが懸命に開拓し、拠点を築き上げたこのエリアへと足を踏み入れようとしていた。


巨大な三つの角を揺らし、その赤い双眸が、木々の陰に隠れる浩平たちを冷酷にとらえた――。








2.飛来する災厄、空の覇者との激突


「来るぞ……!」

浩平が叫んだ瞬間、視界の先、何重にも重なる密林の分厚い木々が、まるで紙細工のようにメキメキと音を立ててへし折れ、押し潰された。


木の葉が激しく舞い散り、もうもうと立ち込める土煙の向こうから、野獣たちを恐怖のどん底へと叩き落としていた「本当の元凶」が姿を現す。


「……っ!? まだ上のやつがいたのか!」


大地を揺るがす地鳴りに気を取られていた愛衣が、驚愕に目を見張りながら叫んだ。


先ほどまで逃げ惑っていたあの巨大な三つ角の獣ですら、この圧倒的な気配から逃れるための「前座」に過ぎなかったのだ。


ひときわ激しい風圧と共に、密林の頭上を覆う樹冠を吹き飛ばしながら、はるか上空から巨大な影が舞い降りる。


翼を広げればゆうに十数メートルはあろうかという巨体。全身を硬質な漆黒の鱗で覆われ、背中には鋭い棘を逆立てた、まさに神話の悪夢から抜け出してきたかのような「飛竜」だった。


その巨大な頭部がぐっと持ち上がり、禍々しい口を大きく開く。


喉の奥底からマグマのような強烈な光がドス黒く渦巻いた。


「ひ、飛竜様のご発生じゃーっ!」


密林の端、自分たちの集落へと逃げ込もうとしていた原始人たちの間から、老いた男たちが恐怖に顔を引きつらせながら絶叫した。


「はるか昔の言い伝えにもあった……! あれが目覚めれば、この森すべてが灰燼に帰すという大厄災……!」


老人は震える足でその場に崩れ落ち、ただ天を仰いで許しを乞うように祈り始める。


「あれが火を噴き出す……?! せっかくのツリーハウスも一瞬で丸焼きだぞ!」


浩平が歯ぎしりをしながら叫ぶ。苦労して築き上げた大木の拠点、そして仲間たちの生活圏が、今まさに炎の息吹に呑まれようとしていた。


だが、浩平の表情に怯えはない。鍛え上げられたサバイバルの勘と、数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の胆力が、瞬時に最善の迎撃プランを弾き出す。


「歩美! やるぞ!」


「――了解です!」


浩平の指示を即座に察知した歩美が、両手を力強くかざす。


――強力な魔力によって限界まで加圧された水を撃ち出す歩美特製のウォータースラッシュ、轟音とともに凄まじい水圧の豪水が天に向かって噴き上がった。


ゴゴゴゴォォッ! と大気を切り裂く水柱が、飛竜の狙いすました巨大な口内へとダイレクトに叩きつけられる。


「グルル……ッ!?」


飛竜の喉の奥で燃え盛っていたはずの業火が、突如として浴びせられた超高圧の豪水によって一瞬でかき消された。


水分を浴びた喉の奥がジューッと凄まじい蒸気を上げ、熱を持った赤黒い光が中で悶えるように明滅する。想定外の水撃を食らった飛竜はバランスを崩し、その巨体を大きくのけぞらせた。


「効いた……っ! いや、まだだ、体勢を立て直すぞ!」


飛竜は上空で大きく弧を描き、悔恨の唸り声を上げながら猛スピードで旋回した。再びこのツリーハウスの頭上へと舞い戻り、今度こそ全てを焼き尽くすための息吹を溜め込もうと、再び大きく口を開く。


「やったか……?」と息をつく間もなく、圧倒的な殺意が再び上空から降り注ぐ。


しかし、今度は恐れる必要などなかった。


「ふん、上等じゃない。――火には火を、あ!」


愛衣がスリングショットを持つ澪の前に飛び出し、両手を大きく広げ、ゆっくり前で掌を揃える。


その瞳に強い光が宿り、全身からあふれ出た膨大な魔力が周囲の空気をピリピリと震わせる。彼女の唇から、自信に満ちたかっこいい台詞が響いた。


「焼き尽くしてやりなさいよ……! ファイアーボール!!」


放たれたのは、もはや呪文のレベルを超えた、太陽の欠片の如き漆黒と紅蓮の混ざり合う超巨大な火の玉だった。


愛衣が放ったその一撃を見た瞬間、歩美や澪、そして下で震えていた原始人たちですさえ、あまりの熱量と規格外の大きさに息を呑んで目を見開いた。


飛竜が口から吐き出そうとした炎の奔流と、愛衣の放ったファイアーボールが、空の真ん中で激突する。


ドオォォォンッ!! と、世界が割れたかのような凄まじい爆音が轟いた。


衝撃波が周囲の樹々を根元からなぎ倒し、吹き荒れる暴風が浩平たちの髪を激しく揺らす。


「なっ……!?」


飛竜が吐き出した炎の奔流などまるで子供の戯れ言のように、愛衣のファイアーボールはその二倍以上の体積と圧倒的な熱量で押し返し、そのまま飛竜自身の顔面へと容赦なく叩きつけられた。


ギャアァァァッ!!


甲高い悲鳴を上げながら、飛竜は顔を激しく焦がし、文字通り弾き飛ばされるようにバランスを崩した。


規格外すぎる少女の魔法の威力に完全に気圧されたその巨体は、これ以上の戦闘は無理だと判断したのか、二度とこちらを振り返ることもなく、黒煙を引きながら遥か彼方の山の向こうへと逃げ去っていったのだった。


静寂が戻った密林の中、荒い息を整えながら、浩平たちはゆっくりと顔を見合わせる。


危機は去った。だが、この世界の奥地には、まだまだ自分たちの知らない恐るべき存在が潜んでいる——その確信を胸に、彼らはさらに気を引き締めるのだった。







3.武器を作る


原始人たちは、澪(みお)が手にするスリングショット(弓)に興味津々の様子で、自分たちも真似をして作ろうと動き出した。


だが、自然にある素材だけを加工して道具を作り上げるのは、決して容易なことではない。


木を薄く切り出し、お湯をかけてしならせながら曲げ加工を施す。さらに、剥ぎ取った木の皮から繊維を丁寧に抽出し、縄状に固く編み上げていく——。


そんな地道な工程を、彼らは何度も、何度も繰り返し挑戦し続けた。


失敗しては作り直し、飛距離を伸ばし、命中率を高めていく。まさに試行錯誤(トライ&エラー)の連続だった。


やがて——ついに、十メートルも矢を飛ばせる立派な弓が出来上がった。


それだけではない。彼らは木を削り出し、木剣というよりはバットに近い頑丈な打撃武器も作り出していた。その先端を鋭利に研ぎ澄ませば、立派な「槍」の完成である。


数人がこの武器を構えて連携すれば、襲い来る獣や野獣への対処においても大いに重宝された。


澪の手本をきっかけに、彼らは少しずつ、着実にサバイバルの知恵と技術を身につけ始めていた。


しかし今の集落には、かつてとは違うものがあった。


 弓。

 槍。


 そして仲間同士が連携して戦う知恵。


 原始人たちは恐怖に震えながらも、一人も逃げ出そうとはしなかった。


 その手には、自分たちの力で作り上げた武器がしっかりと握られていた。



つづく

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