第20章 ビーチ清掃と魔法能力
1.ビーチ清掃
櫻井千秋と浅野拓郎の二人は、誰もいないビーチサイトの清掃をしていた。
「なー、千秋」
「ん?」
「この足の形した台座って、なんでここに作ったんだろうな?」
「今度、浩平さんに聞いてみたら?」
「そだな」
ちょうどその時だった。俺がKサークルからビーチの台座に着いた瞬間、拓郎もまた台座の上にいたらしい。バチッと電気ショックのような現象が起き、拓郎は思い切り台座の外へ弾き飛ばされた。
飛ばされた拓郎とそれを見ていた千秋は、あんぐりと口を開けたまま身構え、目を丸くして固まっている。
俺はそれを見て「あー、ついにバレたか」とその時が来たことを悟った。
その後、歩美、愛衣、澪も次々と戻ってきて、固まっている千秋と拓郎を凝視した。
「な、なんですかそれ!?」
千秋が大声で叫んだ。
(分かるぞ、その気持ち……)と俺は深く頷いた。
千秋の従姉妹である愛衣が言い訳をしようと口を開く。
「これは、ほら! あの……それでさ!」
まったく言い訳になっていない。
俺は隣の歩美に「頼むよ」と呟いた。
「とりあえず、事務所へ戻りましょう。落ち着いたら説明します」
歩美の提案で、全員で施設の会議室へ移動し、腰を下ろした。
俺が中央奥の席に座り、両サイドに三人ずつが座る。
すると左手側の歩美が口を開き、両手を合わせて「祈の異空間」を二人に見せた。
そして、「実は、私達は魔法使いなの」と話し始めた。
(マジか、そこから言うのか!?)
心の中でツッコミつつも、まあ任せることにした。
千秋が「そんなまさか! 小さい頃から知ってる愛衣がなんで!?」と取り乱す。
その疑問に対しても歩美は、「浩平さんが元々魔法使いで、私達はその弟子になったから今があるの」と説明した。
大分ざっくりとした説明だったが、あながち間違いでもないし、説明が長引くのも面倒なのでそう納得してもらうことにした。
実はこれ、「もしこんな場面に出くわしたら」とあらかじめ4人で話し合っていた結果だった。
琥珀色の持ち手が付いたペンダント型の「足印台座の鍵」がもう一つない限り、絶対に二人は納得せず揉めるだろう……と考えた末の苦肉の策だったのだ。
その後、愛衣は以前居酒屋で澪に見せたように、指先からローソクの炎ほどの火を灯してみせた。
それを見た拓郎が「その魔法って、それだけなの?」と尋ねる。
「いや、違うよ! ここでは出せないけれど、極大まで威力を上げられるの」
実はあのビーチもそうなのだが、拓郎が乗っていた台座の向こうには別の世界が広がっていて、そこには魔物が存在する。実際に愛衣は、熊のような魔物を丸焦げにしたこともあるのだ。
俺たちはその話を二人に聞かせた。
まだ半信半疑といった様子の拓郎に対し、歩美は指先から高圧洗浄機並みの勢いで水を顔面めがけて発射した。
その後、愛衣は以前居酒屋で澪に見せた時のように、指先にローソクほどの小さな火を点灯させてみせた。
「その魔法って……それだけなのか?」
拓郎の少し拍子抜けした問いに、愛衣が首を振る。
「まさか! ここでは出せないだけで、本当はもっと凄い威力になるんだから」
実はあのビーチの台座の向こうには異世界が広がっており、危険な魔物が徘徊している。愛衣は実際に、熊のような大型の魔物を丸焦げにして退治した実績があった。
俺たちがその事実を語り聞かせても、拓郎はどこか半信半疑の様子だった。
すると次の瞬間、歩美が指先を拓郎に向け、高圧洗浄機さながらの水流を彼の顔面へ叩きつけた。
派手な音とともに、拓郎は水しぶきを上げて椅子ごと後ろへひっくり返る。
「ぐはっ!?」
呆然と起き上がった拓郎を見て、千秋が恐る恐る尋ねた。
「じゃ、じゃあ……澪さんは何ができるんですか?」
愛衣が「澪は治癒魔法だからね。何かを攻撃して見せることはできないの」と答えると、水浸しの拓郎が「……じゃあ、これ治せるか?」と己の肘を出した。
先ほど台座から弾き飛ばされた際についた擦り傷で、じんわりと血が滲んでいる。
澪は「やってみましょうか」と言うと、向かいに座る拓郎の側まで歩み寄った。左手で拓郎の腕を取り、肘へ右の掌をそっと添える。
すると淡い光が発光し、光が収まった時には傷が綺麗に消え去っていた。
直接魔法をその身で受けた拓郎は、「す、すげぇ……」とだけ呟き、治りきった自分の肘を穴があくほど見つめ続けていた。
千秋も目の前の光景に感動し、目を輝かせていた。
「じゃあ……浩平さんは、もっと凄いことができるんですか?」
その問いに、待ってましたとばかりに愛衣が割り込んでくる。
「もう、凄まじいんだから!」
愛衣は身乗り出して語り始めた。
「攻撃も防御も完璧なのよ。前に敵から何本もの槍が飛んできた時、絶対死んだと思ったのに……浩平さんが一瞬で全部丸焦げにして、私達に届く前に灰に変えちゃったんだから!」
興奮気味に凄まじい防衛戦の様子を再現した愛衣は、ふと二人に笑顔を向けた。
「一度、浩平さんの攻撃を受けてみたら分かりますよ?」
「「あ、いや! 遠慮しておきます!!」」
千秋と拓郎は、見事なまでに口を揃えて即答した。
「で、今の話はここだけの秘密にしてください。まあ、人に話したところでバカにされるのがオチですけどね」
と、歩美が淡々と告げる。
「それでも、中二病の学生なんかに噂が広まったら面倒なことになりますから」
と、しっかり念を押した。
「それに……もし誰かに漏らしたことが分かったら、あなたたちの命の……」
歩美はそこまで言って言葉を止めた。
笑顔のまま途切れたそのセリフに、二人がどんな反応を見せたかは言うまでもなかった。
2.異世界キャンプ
あれ以来、千秋と拓郎は土日祝日のみキャンプ場の管理をし、淡々と運営をこなすようになっていた。
一方、浩平はすっかり異世界でのキャンプを楽しむ日々にハマっていった。
元々はキャンプ好きの四人だ。これほど自由に楽しめる迷宮は他にない!
各々がキャンプ道具を背負い、旅支度を整える。
「さて、行こうか!」
「今回はどこへ行く?」と愛衣が切り出す。
行き先は言わずもがな――魚とビッグバードのいる湖畔、狼の群れを瞬殺させたあの場所、そして巨大バッファローの群れが闊歩する大草原だ。
あそこへ行けば間違いなく各自の魔法能力も鍛えられるだろうと、全員の意見は一致していた。
今や揃えているキャンプギアも最高級品ばかり。
だが、浩平の飯盒だけは昔のままだった。愛着があるがゆえの、彼なりのこだわりだった。
Kサークルの台座からジャングルへと足を踏み入れる。
相変わらず鬱蒼と生い茂る密林の中、俺たちは湧き水でできた湖畔を目指して足を進めた。
ふと見ると、澪のいでたちがかなり独特で目を引く。
攻撃魔法を使えないというギャップを埋めるためだろうか。
左手には二十連射仕様のスリングショットを握り締め、右腰にはサバイバルナイフ。そして腰の後ろの革ベルトには、一体どこで手に入れたのか、見るからに物騒なスタンガンまで備え付けている。
魔法使いの誰よりも、彼女が一番強そうに見えた。
全員、ベルトにはサバイバルナイフを装着しているが、愛衣は相変わらず薄い革手袋を忘れていなかった。
だが今では、愛衣と歩美の魔法を見る限り、「ファイアーボール」も「ウォーターバレット」も手の先1メートルほど離れた位置から出現しているように見える。それでもまだ熱いのだろうか?
やがて、湧水でできた湖畔が見えてきた。
懐かしさすら覚える。あれ以来となれば、もう2年は経っているだろうか。かつてここで解体した狼の残骸すら、今はもう影も形も残っていなかった。
「少し警戒してくれ」
俺はみんなに注意を促した。上空からあの巨大な鳥が襲ってくるかもしれないからだ。もっとも、言われる前から愛衣と歩美は空を気にしているようだったが。
湖面を覗き込むと、やっぱり1メートルほどの大きな魚がたくさん泳いでいた。
澪に頼んで、一匹仕留めてもらうことにした。
澪が「浩平君が電撃でやればいいんじゃない?」と言ってきたが、俺がやると出力の加減ができず、食べきれないほどの魚が浮かんでしまうと伝えた。
おそらくだが、今の俺が微弱レベルで放ったとしても、人が感電して意識不明になるほどの威力になってしまう。
(それにしても……なんで澪だけ、俺のことを『浩平君』って呼ぶんだろう?)
まあ害があるわけでもないのだが、10歳以上も年下の若い女の子に「君」付けで呼ばれるのは、どこか違和感のある不思議な気分だった。
魚を捌く俺の横で、歩美に薪拾い、愛衣に火起こし、そして澪には周囲の警戒をお願いした。
下ごしらえした魚を網でじっくり焼き上げ、程よく焦げ目がついたところでみんなで囲んで突っついた。
それぞれがマイカトラリーからフォークや折りたたみ箸を取り出し、チタン製のシェラカップへ取り分けていく。
まだ周囲は明るいというのに、形から入りたい愛衣はオイルランタンへと指先の炎を移し、雰囲気を盛り上げていた。
そして、このシチュエーションに合わせるのは……やはり冷えた缶ビールだ!
フルオープンタイプの缶のプルタブを起こしてフタを取り去る。缶の縁を親指と人差し指で弾くように刺激してやると、待ってましたとばかりに白い泡が吹き出してきた。
「かぁーっ! やめらんねぇー!」
愛衣が豪快にビールを煽って声を上げる。
うん、間違いない。最高に美味い!
3.キャンプギア
一通り落ち着いたところで、それぞれが自分のバックパックからおつまみを取り出し始めた。
俺は新調したばかりの登山ブランドの定番、オスプレーの『アトモス AG 50』から、真空パックにしておいた前浜のサザエモドキを取り出す。
やはり、これだけは外せない。パックを開けてみんなの前に並べた。
一方、愛衣が『山と道』のMINI2から出してきたのは――なんとカマンベールチーズ!
上面を丸く切り抜き、アルミホイルに乗せて火にかけると、仕上げに黒コショウとハチミツをたっぷりと回しかける。
歩美と澪も、愛衣とお揃いでこのULザックを買ったらしい。
彼女たちのバックからは、オリーブオイルやシャウエッセンの袋、ニンニクなどが次々と出てくる。
「浩平さん、スキレット借りていい?」
「はっはー! 喜んでお仕えいたします!」
なんて心の声は綺麗に殺し、ニコニコ顔でキャンプを始めた頃からの相棒、新潟・燕三条にあるブランド(キャプテンスタッグ)の愛用スキレットを献上した。
ついでに、家を出る前に刻んでジップロックに仕込んでおいたブロッコリーも渡してやる。これで完璧なアヒージョができるはずだ。
「あのメーカーのギアがどうの」「これの使い勝手がどうの」と楽しく談笑していた、まさにその時だった。
やはり、美味そうな匂いを隠し切ることはできなかったらしい。茂みを押し分ける重々しい音が周囲に響いた。
酔いが回っていても、全員の身体は瞬時に戦闘態勢へと切り替わる。
「……デカい!」
愛衣の切迫した声が上がった。
見れば、日本のヒグマの二倍はあろうかという巨大な黒熊――ビッグ・ベアが姿を現していた。美しい光沢をまとった濃いブラウンの毛並み。二本足で立ち上がると、鼻をヒクヒクと動かしてこちらの料理を探っている。
(――来るか!?)
そう身構えた刹那、隣でバチンッ! バチンッ! と連続で風を切る音が響いた。
見ると、澪が二十連射スリングショットを狂いのない手つきで撃ちまくっている。買って以来使う機会がなかったからといって、そこまで試射したかったのだろうか。
撃ち出された鉄球は、寸分の狂いもなく巨大熊の鼻先や顔面を次々と捉えた。
哀れなのは襲ってきた熊である。見知らぬ生き物が旨そうなものを食べているのを見つけ、近寄った瞬間に顔面へ鉄球の雨を降らされたのだ。
巨体に似合わぬ悲鳴を上げ、熊はパニック状態で逃げ出していった。
「ふう……やっぱり、この辺りには相当危険な獣がいるみたいだな」
巨大熊はパニックに陥り、呆けなく慌てふためいて逃げ去っていった。
俺は去っていく巨躯を見送りながら、改めて兜の緒を締め直した。
(……いや待て、俺たちの目的は魔法の鍛錬のはずでは?)
澪のスリングショット無双に心の中で突っ込んだが、去ってしまった獲物を今さら追いかけても仕方がない。言葉を飲み込み、「まあ、すぐ次に何かが現れるだろう」と自分に言い聞かせた。
あたりに薄闇が立ち込め始めた頃、俺はみんなに向かって声をかけた。
「今夜のキャンプ地はどうする? 正直、ここは少し危険すぎる気もするが……」
「なに言ってるの! せっかくここまで来たんだから、ここでキャンプしようよ!」
愛衣が気合い十分に返してくる。俺がその逞しさに苦笑していると、歩美がすでに設営の配置図を描き出していた。
「澪さんのテントを中心にして、浩平さん、愛衣、私の三人で三角形を描くようにテントを張りましょう。これなら全方位からの襲撃に対応できます」
なんと、最初からこの場所で夜を明かす計算だったらしい。……本当に頼もしい、できる子だ!
この面子と戦闘力なら何が起きても跳ね返せるだろうが、念には念を入れて夜間の見張り当番を決めることにした。
全体の14時間を4人で割ると、1人あたり3時間半。「それだと一度に起きている時間が長すぎて、睡眠の質が落ちるのでは」という意見が出た。
「じゃあ、三人が順番に立って、眠くなったら俺に交代すればいい。俺が最後にまとめて見張るから、みんなは先に休んでくれ」
俺がそう買って出ると、女子たちは感謝しながらそれぞれのテントへと入っていった。
あたりが静まり、三人の寝息が微かに耳に届くようになった頃、一人になった俺はバッグからコーヒーミルを取り出した。
シルバーの折りたたみハンドルを伸ばし、萩原の袋からブレンド豆を取り出してミルの中へ。ガリガリと音を立てて豆を挽き、金属製ドリッパーのフィルターへと移した。
ぱちぱちと弾ける焚き火の脇で、湯気を上げるケトル。厚手の革手をはめて持ち上げ、丁寧にお湯を注いでいく。
時間をかけてゆっくりシェラカップへと淹れられていくコーヒーを見つめながら、今までの出来事に思いを巡らせた。
どこかでホーッと鳥が鳴いている。
久しぶりのキャンプを楽しんでいる自分の存在を確かに感じながら、俺は熱いカップを唇に当てた。
つづく




