第18章 澪の異能力と原初の宇宙人
1.澪の魔法とスリングショット
少し時間ができたので、浩平はビーチサイドのドアを開けたまま、鍵を挿した転移台座の向こう側へもう一度行ってみた。
異世界キャンプ場は平日につきが休みである。
相変わらず椰子の木が立っていて、前と同じ光景が広がっている。
台座は相変わらず小さく、帰り用の足型が刻まれている。
そこを降りて、例の引き戸にある指を添えるための凹みを探した。
すぐ近くで探り当てることができた。最近は高さがほとんど変わらない取っ手なので、見つけるのにそれほど時間はかからなかった。
またあの漆黒の闇が広がっているのだろうか――そう思いながら、恐る恐る右へスライドさせてみた。
そこにあったのは、少しの木々と、なだらかな丘が広がる広大な平原だった。
新たに生まれたのだろうか? そんな感じがした。
俺がここに入るのを見ていたのか、澪が後からやってきた。引き戸なので、手で戻さない限り閉まることはない。
澪もその光景に驚き、前とはまるで違う様子に何かを考えているようだった。
だが、それ以上に俺たちの気を引いたのは集落の存在だ。
粗末な木を組み合わせ、ヤシの葉を重ねた屋根。壁は泥や粘土を固めたものだろうか、薄茶色でボコボコとした歪な形をしている。
この建物より少し低い位置に、数えて七軒ほどの家並みが広がっていたが、人っ子一人いる気配はない。
どうやら、いま居るこの場所は火の見櫓のような役割を果たしているらしい。
様子を窺いながら下へと降りることにした。ちょうど澪が来てくれたので、見張りとして周囲を警戒させておく。
家らしい小屋の戸を一軒一軒開けていくが、誰もいない。
どこも同じ作りになっていて真ん中に粗末な囲炉裏があり、木を燃やした跡など生活の痕跡が残ってはいたが、全てに時間が経っているようだった。
住人はどこへ行ったんだろう?
その時、澪は透明な壁の位置に足で砂を掘って印を付けていた。
だが、透明な壁側——正確には澪の後ろ側だが、砂浜にいる澪からはその背景が確認できない状態だった。
矢が飛んできて、浩平の背中の右肩あたりに当たって転がった。
痛い。左手を回して肩を押さえた手には血が付いていた。ヤバいと思った浩平は慌てて櫓に戻り、その先を見ると、耳が尖った背の低いグレー(宇宙人)のような生き物が数体、弓矢を構えていた。
思わず左手をかざして電撃を放った。
それがどうなったかなど、浩平には確認する余裕などなかった。急いで火の見櫓を右手を使わずに登り、澪に見てもらった。
「矢の先が当たって肩甲骨で跳ね返った感じで、穴が空いて血が出ている」と澪が言った矢先、押さえた傷口から血が出なくなった。
だが痛みはあったため、消毒しようと二人でこの場からキャンプ施設へ戻った。
愛衣と歩美が事務処理をしていて、思わず澪が「浩平さんが!」と言ったのだが、すでに痛みが無くなっていた。
傷が塞がっており、残っていたのは浩平の左手に付いた血痕と、澪が押さえた右手に残るわずかな血痕だけだった。
それを見た愛衣と歩美は、思わず声を揃えた。
「ヒール……か?」
浩平も「あ! なるほど」と合点がいったが、当の澪だけは何が起きたのかまったく理解できていない様子だった。
「……澪の魔法って、ヒーリング(回復魔法)じゃないか?」
浩平がそう告げると、澪は短く叫んだ。
「げげっ!」
「私の使える魔法って……これなの?」
どこかがっかりしたような表情を浮かべる澪を、浩平はなぜか申し訳なさそうに見つめていた。
助けられた浩平にしてみれば「実に素晴らしい魔法だ」と思えるのだが、澪にしてみれば「魔法=攻撃するもの」と思い込んでいただけに、そのギャップにひどく打ちひしがれているのだ。
(残念だったな、澪……!)
しかし、澪以外の三人は「これは儲けた」と密かに胸を撫でおろしていたのだった。
愛衣と歩美は、浩平が弓矢で撃たれたことを知った。
その人相を聞いた愛衣は、「それって過去の宇宙人ですか?」と言う。
確かに我々より遥かに高度な文明だとしても、昔からずっとそうだったわけではないか、と浩平は思った。
「確かにあり得るね!」と歩美も頷く。
「ちょっと、みんなで見に行ってみましょうよ。だって浩平さんの電気ビリビリでやっつけたんでしょ? だったら確認しない手はないじゃないですか!」
愛衣はノリノリだった。
「だが、弓矢が飛んでくるんだぞ!」
「大丈夫ですって、澪が付いてるじゃないですか」
確かにそうだが……と思っていると、「浩平さんの敵討ちです!」と愛衣が突っ込んできた。
「分かった! 分かったから!」
押し切られた浩平たちは、澪には以前彼が近未来で買っていた連射式スリングショットを持たせて、見に行くことになった。
2.倒れている物体
澪はこのパチンコ玉を連射できるスリングショットがやけに気に入った様子だった。
浜辺で透明な壁を狙って一発発射した。
パキーン! と良い音がして弾が弾け飛んだ。
だが壁には傷一つない。まるで防弾ガラスだ!
腰には短剣まで装着していて、やる気満々である。
(澪さんや、そんな所を狙わなくても、もし割れでもしてここが崩壊したらどうすんですかと、浩平は心の中で呟いた。)
四人は仕事もそこそこに、櫓を降りて行った。
確かに火の見櫓の向こうの茂みに、三体の宇宙人らしき姿があった。
身長は100センチメートルほど。体の割には頭が大きめで、最初はグレーに見えた肌は下半身に沿ってグリーンになり、片方履物が脱げた足はまるでカッパの足のように水掻きがあった。
上から宇宙人とゴブリンとカッパが少し混ざったような生き物だ。弓矢もそれほど殺傷能力のある武器には見えなかった。
澪が側に近づくと、何故か三体は目を覚ました。弓矢は既に没収している。
逃げようとする一頭の頭を、愛衣が押さえた!
「こいつが浩平さんを殺した奴ですか!」
(いやいや、俺、まだ死んでねーぞ!)
話しかけてみたが、「小さな声でハーギヤーウー」と言うだけで何のことかサッパリだった。
俺たちは二体だけ捕らえて、一番小さい一体だけを逃がしてやった。
慌てて逃げているようだったが、それほど速くもないので後を追ってみる。
口元を見ると小さな歯のようなものが見えたが、噛みつくほど大きく開きそうにはなかった。
いや、せいぜい小指が入るか入らないかという程度だ。
見るからに肉食だとは思えなかった。
気がつけば、先に逃がした原人の姿は見えなくなっていた。
その後、少し歩くと、連れていた原人の一人が小さな声をあげた。
遥か向こうを見ると、仲間なのだろうか、大勢でこちらに向かってきていた。おおよそ五十人くらいだろうか。弓矢を構えるものや、石を手にしているものなど様々だった。
弓矢が届かないくらいの距離で相手の集団が足を止めると向こうから一人の原人が前に出てきた。
浩平も(言葉など通じるはずもないと分かってはいたが)愛衣と歩美に原人たちの手首を掴ませたまま、自身も前に出て行った。
その時、愛衣が空に向かって左手をかざし、「ファイアーボール!」と思いっきり大声を上げて魔法を放った。
いきなりの出来事に、その場にいた全員が身動きをとれなくなってしまう。
ただ一人、澪だけが「ギャ〜っ!」と叫びながら、勢い余ってスリングショットの引き金を引いてしまった。
流石の浩平も「マジか」と苦笑する。
澪が放った弾は、前に出てきた原人が持っていた弓矢を弾き飛ばし、その手に怪我を負わせた。原人は傷ついた手を、もう片方の手で覆っている。
相手の交渉人なのだろうか。彼は何か「二人を返してくれ」と言っているようなジェスチャーをしていた。手の指は人間の五本指と似ていたが、よく見ると六本あった。
これ以上危害を加える意志はなさそうだったため、浩平は愛衣と歩美に命じて連れてきた原人たちを渡してやった。
澪は、スリングショットを当ててしまった原人を申し訳なさそうに見つめている。
浩平は全員でその集団のところまで近づき、澪に目配せをして「ヒール」で治療させようと考えた。
怪我を負った手のそばで澪が掌をかざすと、そこから淡いオレンジ色の光が放たれた。原人の青い血が止まり、傷が消えて痛みもなくなっていく。
その光景を目にした原人たちは、全員目を丸くして驚いているようだった。
3.原人の思考
何故かは分からないが、俺たちは集落に手招きされるままついて行くことにした。
原人たちの身体は貧弱で小さく、集落には文字を書くための黒板のようなものが用意されていた。
筆談などを交えて話を聞いてみると、この集落の原人のほとんどが500歳以上で、寿命は1000年ほどあるらしい。
それを聞いた愛衣は彼らを眺めながら、「これ、絶対に宇宙人の原初の姿ですよ」と言っていた。
確かに、あり得ない話でもない気がしてくる。
しかも、野山には魔獣も棲んでいるらしい。
彼らは弱者ゆえに、武器や家の作りに頭を使って文明を発達させたのかもしれない。
この集落にも火の見櫓があるが、これは単に魔獣の襲撃に備えるための見張り台だということも分かってきた。
俺たちが入ってきた以前の集落にあった火の見櫓も低かったが、まったく同じ作りをしている。
あの場所を捨てたのは、この集落と合併し、魔獣に対抗するための人数を増やすためだったと彼らは言っていた。
そんな風に過ごして日が傾きかけた頃、噂の魔獣とやらがやってきたらしい。
可愛らしいうさぎやリスを仕留めるわけではないと分かったからか、澪はやる気満々だった。
愛衣と歩美もその姿を見て楽しそうに笑っている。
現れた魔獣は、まさに熊のような姿をしていた。
原人たちにしてみれば大きくて恐ろしい生き物に見えるだろうが、あの巨大な狼の群れやバッファローを知っている今の俺たちには、小物にしか思えなかった。
「誰がやる?」
俺が尋ねると、三人は同時に「私!」と声をそろえて答えた。
「だったら丁度三体いるから、一人一体ずつ倒せばいい。打ち損じたり、こっちに向かってきたりしたやつは俺が始末する」
そう告げると、三人は前衛に並んだ。
焦った原人たちは弓矢を構えたが、それを使う間もなく愛衣はファイアーボールで丸焦げにし、歩美はウォーターバレットで頭部に数発氷の、矢をめり込ませている。
瞬く間にそれぞれの獲物を仕留めた。
残る澪だけは六発撃ち込んだものの仕留めきれず、最後の一体は逃げ去っていった。
原人たちは、澪のスリングショットとパチンコ玉を珍しそうに囲み、あれこれと話し合っていた。
彼らがスリングショットをとても欲しそうにしていたので、置いて行ってあげることにした。次回やって来るときに、数本持ってきてやることも約束する。
なんだかんだと立ち話や交流をしているうちに、すっかり日が暮れて周囲は暗くなっていた。
集落では、先ほど仕留めた熊のような魔獣を解体している最中だった。
ただ、肉を食べる様子はなく、土鍋にその blood(血)を溜めているようだった。一体何に使うのかまでは聞かずじまいだったが、彼らなりの用途があるのだろう。
集落をあとにした帰り際、浩平と愛衣、歩美の三人は両手を合わせ、空間の隙間から「異空間」を作り出した。
中から保管していた食料とジュースを取り出し、小腹を満たしながら歩いて帰ることにする。
すると、原人たちが物珍しそうに集まってきては、ジュースを欲しそうな目で見つめてきた。
そのため、缶コーラを一本取り出し、プルタブを開けて渡してやった。
長老らしき原人がそれを受け取って口に含んでいたが、あの小さな口でどれだけ飲めたのかは分からない。
次に訪れたときにでも、感想を聞いてみることにしよう。
澪は、みんなが帰りがけに使っていたあの「異空間」が羨ましくてたまらないご様子だ。
「なんで三人にはできて、私にはできないの!?」と、愛衣と歩美に詰め寄っている。
「こんなの、澪だってちょっと練習すればすぐできるようになるわよ!」
愛衣たちにそう励まされ、三人は帰り道を歩きながら、あれこれと試行錯誤しているようだった。
つづく




